晩餐会のあと
舞茸尽くしの晩餐会も終わり、三人はそのまま食卓で談笑していた。食卓の上に並んでいた食器も、既に陽平の手によって全て下げられている。
「いやー、本当に美味しかったよ」
「お口に合いましたようで何より」
「あの舞茸は君に託して正解だったよ」
「ほんの少しだけ、お団子召し上がらない?」
陽平が腰を浮かせる。
「じゃぁせっかくだから、二つもらおうかな」
「きな粉と餡子、どっちにする?」
「ぼくはきな粉がいいな」
「俺は餡子がいい!」
「和樹は自分で用意しなさい。棚に茹で小豆の缶詰入ってるから、それ使っていーから」
「はぁーい」
和樹が気だるげにイスから立ち上がった。
「ぼくと和樹君じゃ、えらい待遇の差だな」
「そりゃぁ、貴方はお客人ですもの。今、菊花茶を用意しますから」
「菊花茶とは、相変わらず洒落てるねぇ」
「お浸しに菊使ったでしょ? あの残りの菊を、レンジで乾燥させて、それにお湯をさしたの」
陽平が食卓の真ん中にガラスのポットを置いた。ポットの中では、湯の中に菊の花が浮かんでいる。透瑠の盆の上には、陽平が準備していた団子が二粒、きな粉をまとって小皿に盛られている。陽平は自分の盆の上にも、二粒の団子が乗った皿を置く。和樹だけは少し大きめの皿に、自分用に団子も餡子もたっぷりと盛っている。
「で、和樹はお茶よりお酒の方がいいかなぁ、と思って…」
「ということは、菊酒か」
「さすが透瑠さん!」
「え、陽平さん、まだ酒飲んでいいの?」
「まったく…、今日は特別だからね」
陽平が和樹のぐい吞みに酒を注ぎ、その中に菊の花弁を浮かべた。
「こんなお洒落な飲み方もあるんだね…」
「昔から、重陽の節句にその酒を飲むと、長生きできると言われていてね」
「そうなんですか?」
「透瑠さんの言う通りだよ。宮中では、平安時代とかからやってる記録がある」
「そもそもなんだけど、ちょーよー、って何? 節句って、こどもの日みたいなの?」
和樹の言葉に、陽平はため息をつく。
透瑠が微笑を浮かべ、穏やかな口調で和樹に説明する。
「重陽ってのはね、陽の数が重なる、って意味の言葉なんだよ。陽の数というのは奇数のことで、奇数は縁起がいいとする考え方があるんだ」
透瑠の説明に、陽平が言葉を継ぐ。
「それで、一の位で一番大きい奇数は九だから、その数が重なる九月九日に、宮中行事として盛大にお祝いをしていたの。さっき和樹が言ってたこどもの日も、端午の節句って名前で五つある節句の一つだね」
「確かひな祭りも、桃の節句って言うよね」
「そうそう、そこまでは有名だよね。残りは七夕の七月七日、年明けの一月七日を言うの」
「人日、上巳、端午、七夕は同じ漢字で七夕、最後が重陽か」
透瑠が指折り数えて、一月から順に五節句の名を挙げた。
「今透瑠さんが言った名前が、五節句それぞれの正式な名前。桃の節句とか端午の節句という方が一般的だけどね」
「へ、へぇー、そうなんだ…」
何しろ作家二人が並んでいるのである。教養の高い二人の会話を前にして、その手の話にまるで興味がない和樹はただ相槌を打つばかりだ。
「まぁ、少し和樹には難しい話だったよね?」
「俺、そういうのホント無頓着だからね。二人とも作家さんだからよく知ってるだけじゃないの?」
「『作家さん』って、何か新鮮な響きだな…」
「時々コイツ、俺のこと『先生』って呼んでからかってくるんですよ」
「結構じゃないか。本当のことなんだし」
「まぁ、そうだけど…」
「陽平さんと一緒に暮らしてても思う時あるけど、やっぱり物を書く人って、俺みたいな普通の人とは見てる物からして違うんだなぁ、って思うよ」
和樹の「普通」という言葉に、陽平と透瑠が同じ様な反応をした。
「和樹君、君の思う『普通』って何だい?」
「俺も同じこと言おうとした。『普通』って、案外脆いものなんだよって」
「そ、それは…」
和樹は迂闊なことを言ってしまった、という様な顔をした。
「『普通』って言うのは『多数派』と同義だと思ってるけどね」
「ぼくも陽さんの意見には賛成だね。人には誰しも『普通』と言えるような部分と、そうでない部分を持っているものだと思うな」
「言われてみれば、陽平さんもいつも言ってるね」
「でしょ?」
「まぁ要するに、物書きも特別な人間じゃないってことだよ。裏を返せば、誰しもなろうと思えば物書きになれるんだよ」
陽平の言葉に透瑠も頷く。
「俺にムリかなぁ」
「確かに、お前はムリかもな」
「いやいや陽さん、そんなことないでしょ」
「だってコイツ、ホントに文章力ないんですもん」
「それはさておき、和樹君、やっぱり季節の行事は大切にした方がいいと思うな。あくまでぼくの意見だけど、行事とか、花鳥風月を愛でて季節の移ろいを感じるのって、案外楽しいよ」
「そういうもんですか?」
「そうそう!」
透瑠の言葉に、陽平が大きく頷いた。
「まぁ、陽さんほどの風流心は持たなくてもいいけどね」
「えー、ひどくない?」
「だって陽さん、昔から平安貴族も顔負けの雅なことばっかしてきたじゃない」
「そうなんですか?」
「夏には扇と手拭いを持ち歩いてたし、使わなくなった香水を綿に含ませて匂いつきの紙作ったり、金印みたいな立派な角印作ったり…、あと、和紙で名刺入れとか作ってたじゃないか」
「そんなこともありましたね」
「陽平さん、そんなことしてたの?」
初めて聞く陽平の話に、和樹が目を輝かせている。
「もう昔のことだよ」
「君なら狩衣着て烏帽子被って、蹴鞠とか歌合とかしてても違和感ないだろ」
「さすがにそこまでじゃないでしょうよ」
透瑠の言葉に陽平が苦笑する。
「そうそう、君は自分の定紋も持ってたよね。確か自作したやつだった気がするけど」
「ええ、今でも使ってますよ」
「透瑠さん、他に何か陽平さんの面白話とかはないんですか?」
「えーっとねぇ…」
「透瑠さんも、コイツに何も話さなくていいですからね」
「えー、やっぱり恋人の話って聞きたいもんだよねぇ、和樹君?」
「そりゃそーですよ!」
「変なトコで意気投合しなくていーから。透瑠さん、そろそろお茶のおかわりはいかがです?」
ポットを持ち上げ、陽平は少し皮肉っぽい物言いをする。
「君、それはぼくに帰れって言ってるのかい?」
「なーに、ほんの軽い冗談ですよ」
こうして、充実した休日の夜はどんどんと更けていくのだった。




