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4 故郷から

「今更、何しに来た。帰っとくれ」

親の仇でも見るような目つきって、こういう目のことを言うんだろうな。私の腕を掴んで引き寄せるマナさんは、おばあさんを見つめたままで、その目は背筋が薄ら寒くなるほどに怖い。

マナさんが来てくれたことで恐怖は薄れたけれど、かわりに、肌を刺すような緊張感が辺りに膨れ上がった。


マナさんとは対照的に、おばあさんの表情からは感情が読み取れなかった。おばあさんは、ちらっとマナさんを見やり、億劫そうに息を吐いた。

「実の母親に対して、もうちっと ましな態度をとれんもんかね、おまえは。

 ・・・もっとも、おまえが生まれた時から、親子の縁など あるとは思っとらんが」


マナさんは鼻で笑った。

「そりゃぁこっちの台詞だよ。血の繋がった娘を犬ころ同然に扱っといて親子だなんて言ったら、ぶっとばしてたところだ。帰れ。老いぼれは優秀な〈境の民〉に囲まれてで大人しくしときな。こんな〈境の民〉の成り損ないの出涸らしみたいな女の家になんざ居たくないだろ!

ほら!そろそろシヤト兵が市中の見回りに来るころだ、とっとと帰らなきゃ2人ともシヤト兵(そいつら)に突き出すよ!」


「マナ」

ポン、と、マナさんの肩に大きな手が置かれた。・・・イサクさんだ。

イサクさんは、どっしりした穏やかな声でマナさんに「落ち着いて」と言い、おばあさんと若い女性の顔を交互に見た。

「あななたちが、うちのマナに用があって来たとは思えない。おおかた、フシケ・・・ケマル絡みのことでしょう。帰れと言われて のこのこ帰る気もなさそうですし、話だけなら聞きます。マナ、いいな?」

マナさんは反論しようとする素振りをしてから、しぶしぶ頷いた。




                ***




騒ぎを聞きつけたイマリちゃんに、今いるお客さんを最後にして今日はもう閉店にするように指示してから、イサクさんは若い女性とおばあさんに囲炉裏端へ座るよう促した。火を焚いていないので、明かり取りの窓や煙出し穴から日が差し込んではいるものの、室内は薄暗い。


マナさんは、私の隣に腰を下ろし、おばあさんと若い女性のほうを顎で示した。


「婆さんの方の名は、ヤマ。・・・いちおう、あたしを産んだ女。若い女の方は知らない。おまえさん、名は?」

「ボゼ。….ボゼ・ユン・デガハィダン(デガ山地境の民のボゼ)」

ボゼと名乗った女性は、眉ひとつ動かさず、ただただ真っ正面を向いている。この人も、表情を見ただけでは感情がわかりにくい。


「女にしては、ずいぶん(いか)つい名だね」

マナさんは、ひょいっと眉を上げた。いつも軽口を叩くときにやる仕草だけど、今のマナさんは顔が笑っていなかった。ボゼさんは返事をせずに真っ正面を見つめたままだ。


マナさんが しびれを切らして何か言いかけたころに、おばあさんが おもむろに口を開いた。



「マナ、この子は おまえの子ではない。マユンの子だ。マユンは優秀な境の民だ。そして、わたしはマユンとおまえの母親」

「何が言いたい。簡潔に話せ」

鋭い声を発し、マナさんは老婆を睨みつける。


おばあさんは、やれやれ、といったふうに首を振り、

「ケマルの身元をわたしらに渡してもらう」

と言った。





しん、と、冷たいものが胸に込み上げてくるような気がした。

煙出し穴から囲炉裏へと差し込む光の中で、埃が舞っていた。


言葉に詰まる私に構わず、おばあさんは畳み掛けるように言う。



「今、境の民(わたしら)にはおまえの力が必要だ」


「ケマル、わたしらの もとへ来ておくれ。境の民の里へ」


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