3 来訪
日差しが痛い。
まさに春という感じの陽気を浴びて、私は目を細めた。
タライに張った水がチャプチャプ揺れる。
勝手口を出てすぐのところで、マナさんにお使いを頼まれたサリトのぶんもお椀を洗っているところだ。これが終わったら店番中のニマちゃんやサクたちと交代。今日の昼ごはんのお汁、ほろ苦い山菜が入ってて美味しかったなぁ。
洗い終わったお椀を手拭いで拭きながら、今朝のとあるお客さんに言われたことを思い返し、首をかしげた。
そのお客さんは、にやにやして私を眺めたのだ。
「いや、なんていうか、若いっていいよな。うん。いいと思うぞ」
その人は隊商の護衛人として各国を旅しているそうで、会計の後もしばらく店に留まっていろいろな国の出来事について世間話をした。
その時、私は話してみたのだ。以前カルサ君が言っていたことを。
「友達がね、言ってたんです。この世の全ての出来事には意味があると思うって。それぞれ意味を持った出来事が寄り集まって、一つの大きな出来事になるんじゃないかって。面白いなぁと思ったんです。今起こっている出来事も、そうやって歴史になっていくのかなぁって」
そう言ったら、先述の「若いっていいよな」
だった。どういうことだ。やっぱり青臭い話だったかな。
むぅ、と小さく唸ってからお椀と手拭いを持って立ち上が、り、
全身に鳥肌が立った。
手からお椀と手拭いの感触が消える。でも、それらが地面に落ちる音は私の耳には聞こえなかった。
見下ろされている。まるで今この瞬間湧いて出たような唐突さで、私の目の前に、全身を覆う生成色のマントを纏った人が居た。
その人は、私に顔を寄せた。心臓が跳ね上がる。
「おまえ、カルサ様と接触したな」
女性の声だった。
深いフードで、その顔は半分ほどしか見えない。ただ、今までにも感じたことのある気配が、びりびり伝わってくる。
妙な気配を醸し出していた、ネズミと思しきなにか。今まで何度か私を見ていたもの。それと全く同じ気配だ。
トン、と、胸の中央を人差し指で突かれた。女性の顔がますます近づく。身体が、金縛りになったかのように動かない。
「ケマル、そこにいるのだろう? 俺たちがなぜ来たか、わかるな?
マユンが何をしたか見当はついている。だがおまえの魂なら、まだしばらくは」
そこで、女の人は言葉を切った。まばたき2,3回分ほどの間、私の眼の奥をまじまじと見つめてから、喉を震わせた笑い声が、薄紅色の唇から漏れた。
「そうか、おまえ、そうだな」
女性の手が、私の頬に触れた。なまめかしい、色っぽい触り方だ。冷たい汗が背中をつたった。
「何があったのか、おまえが何故こちら側に呼び出されたか、知りたくはないか?
俺たちについてくれば・・・」
声も、髪や肌から滲み出るやわらかい香りも、どう考えたって女性のものだ。それなのに、耳元に囁かれた瞬間、この人は男だと思った。自分の頬が染まった気がして、でも、わけのわからない恐怖が脳天から爪先まで走り抜けて、声が出ない。まばたきすら躊躇われて・・・・・・・・
「なんだい!」
天から大木を落とすような勢いで勝手口が開いた。
夢の中から引っ張り出されたように、我に帰る。真っ青な空も、建物も、大通りの喧騒も認識できる。さっきは、それすら感じる余裕が無かったのだ。
マナさんが、目を吊り上げて立っていた。その視線の先に・・・は・・え?
この女性、単独じゃなかったのか。
私の目の前にいる女性の後ろにもう1人、おばあさんが佇んでいる。
全く気づかなかった。
マナさんは、私にキスしそうな勢いで詰め寄っている女性を見て眉をひそめ、次に、おばあさんを見て顔をしかめた。
みるみるうちに、鬼の形相が出来上がっていく。
「・・・・あんたら・・・今更、何しに来た!帰っとくれ」
今までマナさんの口からは聞いたことのない、低く殺気立った声だった。
やっと更新を再開できました。
感覚を、取り戻していきます。




