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2 想う

この話は書くのがキツかったです。この話に限らず、荒いところは後々、修正します・・・


《前話あらすじ》

主人公・フシケが共に暮らしている、サリトたちの兄・サクは、縁談の相手とデーとに出かけた。

サクを見送った後、フシケは一通の手紙を受け取る。それは、以前 偶然出会い、書物屋で仲良くなったカルサからのものであった。

カルサ君だ。

口を半開きにして、鳥が飛び去っていった空を見やり、また手元の紙へと視線を落とした。

カルサ君。あの日以来、まったく会うことがなくて。そのカルサ君からの手紙が自分の手元にあるのだ。昼寝から目を覚ました直後みたいに、ぼうっとした気分になる。

カルサ君がせっせと筆を動かす様が頭に浮かんで、口元がほころんだ。『妙な文になってしまった』とあるけれど、どうにかして自分の思いを伝えようとしてくれたのだろう。

私は、手紙の最後に記されている署名を指でなぞった。


カルサ・ダンヤウラフ・ダクシナ


ああそうか。カルサ君は旧ダクシナ王室の人なのか。あの日はお忍びで六通りに来たのだろう。この署名を見た瞬間に、すんなりと理解できた。あの喋り方も雰囲気も、私が今まで会ってきた人とは異質だったから、身分の高い人だとすれば合点がいく。

なるほど、ね。


〈境の民〉は、シヤト帝国の人、特に軍から嫌われている。それは、先に起きたという戦で、〈境の民〉が活躍?(具体的なことは知らないけど)したことが発端だと聞いた。そんな〈境の民〉と、〈境の民〉を従えていた旧ダクシナ王室の人間が、公的でない場で会っていたと知れたら。

・・・あらぬ誤解を生むかもしれない。

だからカルサ君は、あんなに動揺していたんだ。

知らぬ間に、私は唇を噛んでいた。


もう会えない、か。べつにカルサ君に会わなくても生きていけるし、生活への支障は全く無い。それなのに、何か重要なものを持ち去られたような、ちょっと気になっていた昔の本が既に絶版になっていることを知ったときのような、無念さに似た寂しさが喉元まで突き上げた。


私も楽しかったよ。『異界輪廻妄想譚』読んでる。感想も語りたい。


そよ風が、手紙に染み込ませられているお香の匂いを私の鼻先まで吹き上げた。カルサ君が旧ダクシナ王族なら、これは、旧王都からはるばるやってきたのだろうか。どんな風景かも分からないところから。この世界には、まだ私が見たことのない景色がたくさんある。


「フー?何してんだ、早く来いよ」

お店の方からサリトの声がして、私はようやく我に返った。私は今、戸をを開け放したまま敷居の前で突っ立っているところだ。早くお店の方に行かないと。

手紙をパッと折りたたんで封筒に戻し、懐に押し込む。室内に入って戸を閉めようと取っ手に手をかけたところで、地面に取り残されている、明るめの藍色に目が吸い寄せられた。

羽根だ。それも、ついさっき私にぶつかってきて、おそらく手紙を託していったのであろう鳥の羽根。あの鳥がこの国でどういう位置づけなのかは知らないけれど、拾っておいた方がいいのかな。


いったん外に出てそれらを拾い、封筒の中に収める。ふと、何かの気配を感じた。

イタチ?

塀ぎわに生える雑草の陰で、イタチらしき動物がこっちを見つめている・・・ような気がした。前に2度ほど感じた、異様な気配は感じられない。むしろ自分でもよく気付いたなと思うくらい、存在感のない動物。

ちょっと気になったけれど、またサリトが呼ぶ声がしたので、すぐにその場を離れたのだった。







空がうっすらと枇杷(びわ)色に染まり始めるころ、サクは帰ってくるなり『縁談についての返事は明日するから今は取り敢えず飯食って風呂入りたい』と言った。その横顔は、何か考えている様子だった。

今日は私が風呂を焚く当番だ。焚き付けは、3軒隣の木工屋さんから木の端切れを貰ってくる。夕方、近所の子たちが駆けていくと、四十がらみのおじさんが摩訶不思議な形をした木切れの山を示して『いくらでも持ってけ!』と言うのだ。そうやって得た焚き付けを燃やしていると、風呂場の戸が開けられる音がした。サクだ、と直感する。


湯加減がどうかとか、他愛もないやり取りをしてから、ちょっと尋ねたいことが思い浮かんだ。


「サク」

「うん?」

「サクは、旧王都とか行ったことある?」

火吹き竹を両手で弄びながら、訊いた。

「あるけど。このへんではさ、〈成人ノ儀〉をむかえた若者を集めて、一月(ひとつき)ぐらい旅をさせるんだよ。若造には旅をさせよ、ってな。んで、自分ちの店の商品を売り歩くの。俺も、それで。そういや、フーとサリトも今年だな」

そんなならわしがあったのか。なんだか感心して、2,3度うなずいた。

旧王都。どんなところだろう。そもそも私は、旧王都だけでなく、六通り周辺ですらツォングル宿場町と川…リンジァン川、だっけ?…しか行ったことがない。そういえば、自分が…ケマルくんが以前まで暮らしていたのがどんなところかも、私は知らないのだ。


「・・・フシケ、あのさ」

やわらかくエコーのかかった声が、湿気とともに小窓から流れてくる。物思いから自分を引き戻して、「うん?」と先を促した。

「縁談なんだけど・・・正直、俺、迷ってるん、だよね」

まばたきをした。なぜ、私にそんな話をするのだろう。

「イマリさん、だっけ?何か嫌なところでもあったとか?」

「ッ違う、そうじゃない全然!!!」

バシャバシャと激しい水音がしたのに驚いて、私は小窓を見上げた。ほぼ同時に、サクがそこから顔を乗り出してきて、髪から滴ったお湯が私の顔面にモロにかかった。すまん、と素っ頓狂な声が降ってくる。衣の袖で顔を拭ってからもう一度見上げると、もうそこにサクの顔は無かった。


「じゃぁ、なんで」


返事は、すぐにはこなかった。かわりに、ブクブクと水中で息を吐き出すような音がする。

「すごくなんかこう、きっぱりサッパリしてて、綺麗で、楽しくて優しい人」

「いいじゃん」

弱々しい唸り声がする。何を躊躇っているのか、その間は、戯れに薪窯へ突っ込んだ小枝が燃え尽きる時間より長かった。


「イマリさんは、ほんとに俺でいいのかなって、思って。だって・・・」


辺りの家々から、たくさんの人たちが会話しているのが、ぼんやり聞こえてくる。私は、無言でサクの言葉の続きを待った。


「俺は、〈成人ノ儀〉こそ終えてるけど、商人としては まだ未熟だし。女に振られて婚期は逃すわ、気は利かないわ、そんな俺にはもったいない人だよ、イマリさんは」

「その人のこと、好感は持ってるんだ?」

「まぁ、な。まだ会ったばかりの人だから、よく分からんけど、さ」

そこで、サクはまた一呼吸の間をおき、観念したように言った。


「・・・怖いんだよ」

その掠れた声が、一番重みを持っているように思えた。

「俺は未熟者なのに、結婚したらさ・・・イマリさんや、いつか生まれるだろう子供らの生活を背負わなきゃならんだろう?父ちゃん母ちゃんに店の商売のことを教わって、いずれこの店も継ぐ。いろんな、取りこぼしちゃいけないものが、俺のこの手にかかってくるんだよ。一つ歳をとるごとに、なんとなく見えてくるんだ。俺が背中に背負わなくちゃならんものが、俺が守らなきゃならんものが、そう遠くない未来に、この手に託されるって。・・・俺の、この手に。それが、怖い。すっげぇ怖い・・・・・」

それきり、サクは黙り込んだ。


壁一枚を隔てていて、表情すら見えないのに、サクが自分のすぐ隣にいるような気がした。

思えば私も、似たような感情になったことがある。

高校で楽しく過ごしていても、受験というものが待ち構えていて、大学に入れたら、単位?とかとらないといけなかったり、バイトしたり。就活して就職したら、自分でアパート借りるんだろうし、自分の生活は全部自分で管理しないとだめだし、自己責任なことが増えていくだろうし。そんなふうに未来のことを考えるなんて、めったになかったけれど、ふと考えてしまった時は、楽しみなのと同時に不安だった。


今さっき、サクは『観念したように言った』のだと思ったけれど、観念するというよりは、満を持して、だったのかもしれない。秘めていたいが、吐き出さないとスッキリしない気持ちだから。


18歳、か。私と同い年のサクは、高校で同級生だった男子たちより大人びているように見える。


同学年の男子といえば。誰かの机の周りで駄弁ったり、全然勉強してないのにテスト3日前ぐらいから何故か自信満々になってたり、2月14日になると静かにざわめいたり、…そういえば中学の修学旅行でサングラス買って常時装着してた奴いたな…そんな姿ばかりがフラッシュバックするのだけれど。


あの男子どもも、将来への不安と、一瞬でも対峙したことがあるのだろうか・・・なんて、思ったりして。前世では、そんなことに思いを馳せたこともなかったな。


「でも、イマリさんのことは、好きになれるんじゃねぇかとも思う。イマリさんも、俺でいいって思ってくれたなら、それは・・・うん、そうだよな」

なんか、サク、一人で納得してる。私は何を喋れば?

「特に好きじゃない相手と結婚して、それは幸せなのかどうか、正直、私にはよくわかんない」

何言ってんだ、私・・・・・文脈おかしいでしょ・・・大事なときに気の利いたことを言えないの、いいかげん どうにかしたくなる。

でもサクは私の文脈ないセリフも気にしていない様子で、「そうだなぁ」と相槌をしてくれた。


「ここらじゃ、そういうもんだからなぁ。農民も職人も、隣近所のご夫婦たちだって、みんなお見合いで結婚してるけど、皆それなりにうまくいってるだろ?喧嘩する物音は、ときどき聞こえてくるけど。・・・そうだよな、うん。飛びこんでみなくちゃ分からんよな。自分が背負っているものの重さも、何が幸せなのかも」

サクは また一人で納得したように言って、 水音を立てた。唸り声がするから、たぶん伸びをしているのだろう。


「やっぱり縁談、受けるわ。・・・なに。えっちょ、熱い」

夕焼け空になると、あとは あれよあれよという間に日が暮れる。私は、薄青い闇の中で光を放っている、風呂場の小窓を見上げた。

「きっと大丈夫でしょ。サク、いい人だし」

「そっ、それ振られた時に言われたやつ!っつか、お湯、熱い、あっっつっ」

サクの叫び(というか悲鳴)が耳をつんざき、私は慌てて薪窯から木をいくつか抜いた。








私は今、幸せ? 




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