1 便り
前回までのあらすじ
フシケ(宇野万葉)は、ある日見た不可思議な夢について考えを巡らせていた。そんな折、共に暮らすマナさんたち家族の長男・サクに、縁談が舞い込んだとの知らせが入る。
春らしい陽気があたたかい。山でもだいぶ雪解けが進んだようで、白のかわりに緑が覆い始めた。
今日はサクがお見合い相手と初めて会う日。だんだんと旅人や行商人が増えてきたのと、パンファという木がピンク色の花を咲かせ始めたのとで、六通りは華やいでいる。
この地域の『縁談』は、まず当の二人が会って・・・要するにデートをして、双方が縁談をを進めてもいいとなってから正式に両家の人たちが顔を合わせるというシステムらしい。じゃぁサクが以前来た縁談がまとまりそうになってから破談になったのはどういうことだとなるんだけど。『まぁ、あん時は向こう家でゴタゴタしてたらしくて、異例中の異例でさ。おかげで近所の人にも周知の事実』(ニマちゃん談)。
そんなわけで、私たちが出かける必要はないけれど、開店時間はいつもより遅らせてサクを送り出すという事の運びになった。
「サク兄ちゃん、しっかりね」
「相手に失礼のないように、気張って行けよ!」
弟妹に激励されて、サクは『わかってるよ』と苦笑した。苦笑というか、頬が引き攣っているようにも見える。さっきから そわそわして拳を固く握ってるし。小綺麗な衣を着て、髪もすっきりと結い上げた姿は、私もドキッとしちゃいそうなくらいなんだけど、ね。すらっとした長身がかえって頼りなささえ醸し出しそうな緊張っぷりを見ていたら、なんだか いたたまれなくなって、私はサクの傍に寄った。
「サク、私からもちょっとだけアドバイスさせてほしいんだけど」
「・・・あど、ばいす?」
「どんだけ話題が見つからなくても、お相手に会って初っ端から自分の話ばっかりするのはダメだよ。あと、変に気を使って自分の立場を下げすぎるのも『いい人』止まりになっちゃうんだって。自然体で接すること、ね。そんなに緊張しないのが大事だよ」
サクは目をぱちぱちさせた。驚いた顔で私を見つめている。私は、その瞳を見上げて、こくりと頷いて見せる。
「フー、おまえ、やけに詳しいっつぅか、なんつーか」
「気のせい気のせい。ほら、落ち着いて。いつものサクでいればいいだけでしょ」
サクは私に言われるがまま頷いて深呼吸した。まだ緊張の色は残っているけど、とりあえず頼りない雰囲気は無くなった。切り替えの早さは接客業をやってるのも関係してるのかな、知らんけど。
その横顔を見ると、不思議な気分になった。サクは今年で18歳。私は17歳の冬に死んだから、中身の年齢でいうと、サクと同い年だ。でも、同じ歳でも人生経験が違うのだろう。ここは15歳で成人なんだそうだから。15歳~16歳が結婚の適齢期とか聞いたときはぶったまげた。私なんて17歳になっても彼氏いたことなかったんですけど!?この世界での暮らしにも慣れてきたとは思うけれど、まだ驚きは尽きない。
「サク、イマリさんと会う甘味処の場所は分かってるよな?」
家の外に出たところで、イサクさんが念を押した。殊勝顔で頷くサクに、サリトがジト目の視線を送る。
「兄ちゃん、甘味処を、カンミ(腸詰め)屋と間違えたりしてねぇだろうな」
「・・・え、カンミ屋じゃないの?」
「馬鹿。なんでお見合いで腸詰めを買う必要があんだよ」
「おまえさん、本当に落ち着きなよ」
ついにマナさんまで心配顔になったところで、イサクさんが懐から何やら取り出した。縄跳びの縄くらいの長さの麻縄と、金属の入れ物…火口入れか。
「大切な日だし、緊張も悪いもんも祓っとこう」
イサクさんは そう言って、サクを建物からちょっと離れさせ、麻縄を地面に置いた。またたくまにサクの足元を囲って、半径40センチくらいの円ができる。イサクさんは、火口入れから火の熾った炭を出し、縄の一方の端に置いた。みるみるうちに火は麻縄全体に広がる。サクを囲んでちろちろ燃える炎が結界のように思えた。サクは、なるべくゆっくりと呼吸をするように、その静かな火を見つめていた。
ほどなくして火が消えると、サクは2度足踏みをして、黒く燃え尽きた縄をまたいで円から出た。それから、パンっと自分の頬を打ち、息をひとつ吐いて、私たちを見据えた。
「行ってきます」
「さ、ここからは サクに任せるしかないさ。あたしらも仕事、仕事」
サクの背中を見届け、マナさんが手を打つと、糸が切れるようにいつもの空気感が戻った。
「サク兄ちゃん、ほんとに見ててハラハラした・・・」
「まぁ、あの子にも肝が据わってるところがあるから。ね、イサク」
「ああ」
どやどやと家の中へ引き揚げる。私は、サクが歩いていった六通りの道を ぼぅっと眺めてから、閉まりかけた扉を止めて中に入っ・・・入ろうとした。すると。
胸に枕を投げつけられたみたいな衝撃が走り、ふわりとしたものが肩や頬を掠めていった。羽音と共に、青藍色の羽が舞い落ちる。反射的に宙を見上げると、深みのある青い羽毛をもった鳥が、東の空へ消えていくのが見えた。
一拍遅れて、冷たい汗が背中に滲んできた。あぁ、びっくりした。
何だったんだとブツブツ言いつつ、再び家へ入ろうとしたところで、胸元がガサガサするのに気付いた。見ると、長方形に折りたたまれた紙が、衣の襟に挟まれている。
封筒を閉じている蝋を剥がすと、お香の匂いが鼻をくすぐった。覚えのある匂いだと思った。
中にある紙を取り出して広げると、滑らかな筆跡の墨が踊っていた。なかなか上質な紙だというのが人目で分かる。この店で使っている帳簿の紙は、もっと茶色っぽくて薄く、ちょっとザラついているからだ。生成り色で滑らかで、和紙みたいにしっかりした厚みの紙を、この世界で見たのは初めてだ。
誰からだろう。そう思って、文の最後にある送り主の署名を見、目を見開いた。
❝フシケ殿
このたび文を認めましたのは
・・・・・ええい、友への私信でこのような堅い態度は いささか やりにくい。少々くだけた文面でご容赦願う。
改めまして、フシケ。久方ぶりだな。わたしだ、カルサだ。 以前、六通りを訪れた折には世話になった。
シヤト兵が傍に来た時、何も言わず、何もせずに立ち去ってしまったことを謝りたく、この文をしたためている。
そなたが〈境の民〉だと知って、驚いた。わたしが〈境の民〉と親しく共に居るのを、シヤト兵に見られてはならなかった。それゆえ立ち去ってしまった。 軽率だった。そなたを傷つけてしまったであろう。誠に申し訳ないことこの上ない。すまぬ。
ただ、これだけは言わせてほしい。
そなたと書物屋で過ごした時間は楽しかった。ほんとうに。短い時間であったが、同じ年頃の者と好きなものについて語らい、山のような書物、異国の書たちを目にし、手に取り、手に入れることができたあのひとときは、わたしにとって夢のようだった。そなたと出会えて良かったと思う。
わたしの署名を見れば、わたしが何者なのかわかるだろう。
わたしが〈境の民〉と関わるのは、はっきり言って まずい。国家間、いや、支配国と領国との間の問題に発展しかねない。
あの日六通りに出向いてから、周りの者たちの目がうるさくてな。こうして文を飛ばすのも遅くなってしまった。もう、直接会うことは叶わぬだろう。
そうそう。『異界輪廻妄想譚』は読んだか? わたしも、なんとか最新巻を手に入れて読んでいる。そなたの感想も ぜひ聞いてみたいと思っている。だが、その欲求は わたしの心の中に留めておくとするか。
なんだか妙な文になってしまったな。まぁ大目に見てくれ。
それでは、息災で。
シヤト暦356年 息吹ノ月
カルサ・ダンヤウラフ・ダクシナ❞




