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11 きのうの夢は

投稿時にサブタイトルをつけ忘れたので修正しました。



今日は何だかマナさんもイサクさんも用事があるとかで、出かけたり帰ってきたり忙しく立ち回っている。私はというと、昨日の晩に見た夢が妙に引っかかって、どんな夢だったか必死に思い出していた。ちなみに、宇野万葉だった頃は記憶が曖昧な夢の内容を思い出そうとしても成功したためしがなかった。


日が傾いて店じまいの時刻も間近、というころに、私は木桶を二つ持って勝手口を出た。

お風呂に水を張る作業は、はっきり言ってキツい。サク、サリト、ニマちゃんと日ごと交代でやっている、その順番が回ってくると気分が萎える。はやく慣れてしまいたいけど、サリトたちも『きつい』と言っているからなかなか厳しいのかも。

裏通りに出て少しだけ歩くと、共用の井戸があって、いつもそこを使っている。そういえば〈魂定めの儀〉をしに行ったときに初めて見かけて、その時は『リアル井戸だ…!』という感想を持った。今は目にも馴染んだけど。


〈魂定めの儀〉といえば、あの川。すごく透き通ったあの川。たしか、夢に出てきたような・・・

あの ふわふわした感覚と、目覚めた後の疲れ。魂が身体から抜け出るっていうことが本当にあるのなら、あれがそうなのかもしれないと今になって思う。


井戸の底につるべ(・・・)を落とすと、黒々した空間の底で僅かな光を反射している水に影が映り、パシャリと水音が反響した。ぐるりを低く囲む石垣にも井戸の内部にも苔が生えていて、じめっとした闇が広がっている。

この世界で目を覚ます前に感じていた闇は、こういう日常のそばに在る闇とは、

「違う気がするんだよなー」

と独り言を言いつつ、つるべ(・・・)をたぐり寄せる。これがなかなかの重労働で、宇野万葉より筋肉も体力もあるこの体でも頬が汗ばんだ。

【ふと気付けば、そこは闇なり。果てしなく深く、果てしなく浅い闇なり。無色透明の闇なり。】

これは、『異界輪廻妄想譚』の冒頭で主人公が命を落とした瞬間の描写だ。深くて浅い闇。色味のない闇。

言葉としては破綻していても、私としてはしっくりくる。・・・思えば、昨日の夢の中のふわふわした感覚と、命を落とした後の感覚は、よく似ている。

あの感覚はー

何もない闇ではなく、ありとあらゆるものが混ざり合った闇と言った方が近いかもしれない。いろんなものが集まって成っていて、吸い込まれそうで。帰ってくるのにも体力がいる、不思議な闇なんだと思う。そういえば夢の中でも、帰るとか何とか思ってた気がするな。あれ、あのとき、私は・・・?


思い出せ思い出せ。木桶に水を入れつつ眉間に力を込める。

ふと、頭の中に閃光が走った。テスト中に度忘れした単語を思い出した時と同じ閃光だ。

昨日の晩、ふわふわした感覚の中にいた、あのとき。

  『どうやって帰る?』

そう思った。それで、その後・・・

   ⦅ちがうよ⦆

   ⦅瞼を閉じて、朱色の瞳があるところ⦆

   ⦅もっと内へいこうか⦆

あれは。風呂釜に木桶の水を注ぎながら、私は唇を噛んだ。針の穴ほど小さい直観を見失わないように、記憶の井戸の底から必死にたぐり寄せた。

あれは、私の中で発せられた言葉だった。でも、本当に私…宇野万葉が発した言葉なのかな。

え、そりゃ、私の中に浮かんできた言葉は私から出た言葉じゃないの?

いや・・・やっぱり・・・・

「ケマルくん」

自分で口に出しといて、なんか変な感じになった。私の中に、ケマルくんがいる。何の確証もないのにそう思った自分が一番不思議だ。それでも、さ。良くも悪くも現実主義な部分に向けて、精霊とかの世界観も好きだというもう一人の自分が畳みかけている。

  ⦅もっと内へいこうか⦆

 あれ、宇野万葉から出る言葉か?あの夢が何なのか今考えるのがやっとの、私から?内とは自分の魂?内側ってことか?って、後付けで考えてる私が、あの言葉が出てくるとは思えないんだけど。   だから・・・


そこまで考えたところで、思考が止まった。


うなじがピリッとしたのだ。歯が浮くような いやな感覚が喉元までこみ上げる。思わず後ろを振り向く。細い路地の隅っこから、一瞬だけ変な存在感が放たれていた。

何かいる。いや、いた。

人ではなかったように思える。強いて言うなら鼠か。

近づいて確かめようかとも思ったけれど、水が満タンの桶ふたつ持ったまま寄り道する気力は起きなかったので、足早に家へ戻った。








「サク、おまえさんに縁談が来たんだけど」

みんなが集まる夕餉。そんなパワーワードが耳に飛び込んできて、私は鍋の汁でむせそうになった。今まで昨日の夢やら何やら悶々と考えていたものが吹っ飛ぶ。そうなったのは私だけではないようで、ニマちゃんは口をつぐみ、サリトは咀嚼を止めてサクを見ている。当のサク本人は、芋を口に運ぼうとする姿勢のままで固まっていた。芋が、ぼとりと落ちた。


「『頬落屋』のおかみさんが声かけてくれてね。相手は、六通りの西門近くで香辛料の取引をしてる『カへイ商店』の次女さんだよ。おまえさんより一つ年下」

サクは、マナさんが続けて説明しても微っ妙~な顔して固まっていた。

サク嬉しそうじゃないね、と声をかけると、サクは左手で頭を抱えた。すらっとした長身が、いつもより小さく見える。


「いやっ、だって今まで、ちょっと好きな娘さん(ひと)ができても『サクさんっていい人だね』って言われたっきりしれっと他の男と一緒になったり・・・・これまでに来た縁談もさ、まとまるかと思った途端に相手が『実は他にどうしても添いたい(ひと)がいるんです』とか言い出して破談になったり・・・・俺が女運がないのは分かってるからさ・・・」

「サク兄ちゃんは女運がないんじゃなくて、もてないだけでしょ」

「器量は可もなく不可もなくなのにな」

弟妹(きょうだい)たちにズケズケ言われて、サクは いじけた顔になる。私はというと、この展開何ですか!?と頭も仰天して、またもや気の利いた言葉が出せない。


「そんなウダウダしてたら、得られる幸も逃しちまうよ。先方も乗り気なんだから、とにかく一度会ってみとくれ。今からうまい具合に進めば、サリトとフーの〈成人ノ儀〉と同じぐらいの時期に祝言挙げられるし」

マナさんに もう一押しされて、サクは左手で口元を覆い、しばし目を伏せ、やがて少し赤面して上目遣いに頷いた。



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