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3 道案内

ジャリ、ジャリ、と地面が鳴る。近寄ってきた人は、向かい合うとサリトより少し背が高いようだ。

「お止めして、申し訳、ない。道に迷うてしも…しまって」

その人は、風が吹けば飛ばされそうな声でそう言った。


三度笠を被っていて、その顔はよく見えない。一見、庶民がよくする服装をしているけれど、いつも接しているここの人たちとは違う雰囲気もある。静かというか、どこか(はげ)しいというか・・・気品、という言葉は、こんな雰囲気の人に使うのではないだろうか。その澄んだ雰囲気に、声変わり特有の掠れた声が、なんともちぐはぐだ。


「『月ノ満(つきのみち)堂』という書物屋を探しているのじ…ですが。何処にあるのか教えて、くれませんか」

「あぁ、あそこね」

サリトは顎へ右手をやり、2,3度瞬きをした。無意識なのか、その人差し指はトントン顎を叩いている。つかの間、宙に視線を泳がせてから、サリトは言った。

「あんた、その喋り方、旧王都から来たのか? 中町(なかまち)か、上町(かみまち)か」


ザワリと木々が葉を揺らした。


旧王都のことは、私も既に知っている。

ここより東…カイラさん曰く、早馬を飛ばせば半日で着くくらいの距離にあるダクシナ領の中心部分には、かつてダクシナ王国の都があった。都は、王族が住まう王城を中心にして、貴族階級の人々が住まう『上町(かみまち)』、武人階級の人々が住まう『中町(なかまち)』、そしてそれらを囲むようにして、庶民が暮らす『下町(しもまち)』が円状に広がっている。それらの呼び名や街の形は、ダクシナ王国がシヤト帝国に征服された今も変わらずに在るんだとか。

私は行ったこと無いから分かんないけど、サリトの今の口ぶりだと、このへんとは喋り方が違うのかな? 方言的な?


「そうだとしたら、何か? 」

動揺も困惑も微塵も感じさせずに、その人は真っ直ぐこちらを向いて、毅然としていた。

サリトはちょっとムスッとしたような気配を醸し出したけれど、やがて肩をすくめた。まぁいいや、とでも言うような仕草だ。


「いや、何も。『月ノ満堂』は六通(りくどお)りにあるんだけど」

サリトは、ひょいっと眉を上げた。

「おれたちが働いてる旅道具屋も、六通りにあるんだ。こいつが『月ノ満堂』まで案内するからさ、帰りにうちの店で買い物していってよ。うちの保存食や携帯食は、旅人だけでなく地元民にも人気なんだぜ」

三度笠姿の人が、ひゅっと息を吸い込む気配がした。そうきたか、とか何とか呟いたみたいだったけど、やがて笑みを浮かべた。口元から読み取れるその表情は、面白がっているような潔さがある。

どこかでまた、スーミャオの鳴き声が響いた。


・・・っていうか、ちょっと待って。今サリト、私が案内するって言ったけど、私『月ノ満堂』とかいうお店なんて知らないんだけど!

「ここへ来る途中に見かけたろ。フーが物欲しそうに見てた、あの書物屋だよ」

私の表情を読み取ったのか、サリトは私に囁いた。

まぁ、あそこなら分かりやすそうだし、私でも案内できるか。

書物屋。胸が、ぎゅんっとなる。興奮と緊張とが入り混じった、なんともたまらない気分だ。




「何故s・・・あなたもついてくるのですか、こちらの方が案内してくれると言っていたでしょう」

六通りに入ってしばらくして、三度笠の人は戸惑った様子で言った。

「なんでって、うちの店もこの通りにあるって言ったろ」

サリトは頭をかいてから、私に向けて手を振った。あとは頼んだ、という丸投げオーラ全開である。


「じゃあおれは先に帰っとくから。フー、頼むぞ」

「え、うん」

ゴロゴロと乾いた音を撒き散らして、あっという間に小さくなっていく背中に向けて、私はぎこちなく手を振った。

三度笠の人が、じっとこっちを見ている気配がする。ちょっと気まずい。にゅ、入学式で初対面の同級生と二人だけになったみたいな空気だー。


「え・・・っと、もうすぐそこですよ」

 とりあえず笑顔を忘れないようにして、話を振ってみよう。

「物語とか、好きなんですか。私も好きです」

あ”ーーーーーーーー。ミユちゃんや星野さん以外の人と喋るときは完全に聞き手側だったツケか。気の利いた話題の振り方とか分かんないよー。

一瞬にしてそんな後悔みたいな感情が渦巻いた。次の瞬間、ガッと肩に圧力がかかった。


三度笠の人は笠を額まで跳ね上げ、私の両肩を揺すぶる。笠の下からあらわになったのは、思いのほか幼さを残す少年の顔だった。


「そなた、そなたも書物が好きなのか!」

堰を切ったように、その口から掠れた声が飛び出した。えっちょ、肩、肩痛い。

「どのような書物が好きじゃ?! カルマン・ジクの詩は読むか!? お勧めの物語は? 教えてたもれ! 」

頬を紅潮させ、目をきらきらさせて詰め寄る姿に、私はただただ口を半開きにするしかなかった。


少し興奮が落ち着いたのか、肩にかかる力が緩められたところで、私はやっと口に出す言葉をいくつか頭に浮かべた。

「はい、本…書物は好きです。

まずは自己紹介しますね。私はフシケといいます。愛称はフー。よろしく」

「『フシケ〈蝶〉』か。良い名じゃのぅ。・・・申し遅れて悪うもうした。わたしはカルサという。よろしく頼む」

胸に手を添え、カルサと名乗った男の子は微笑んだ。そして、すぐにまた三度笠をかぶり直した。


「さ、案内(あない)してくれ。『月ノ満堂』は、すぐそこなのじゃろう? 早う行って、さまざま話がしたい」

カルサ君は、自分の口調がガラリと変わっていることに気づいているのだろうか。私は小首をかしげて、でも、すぐに頷いた。

食べ物屋から漂う、食欲を直撃の匂いに交じって、なつかしい本の匂いが鼻の奥に蘇った。




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