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2 宿場町と

表の通りに人気が少ないからか、しんとした静寂が時間の流れを遅く感じさせた。塀の角の植え込みに佇んでいる木が、サワサワと葉を震わしていた。


「はいはい、ちょいとお待ちを」

返事が聞こえ、扉の向こうで人の気配がした。ガタッと音がした後、戸の向こうからおじいさんが現れる。その人は私を見て少し首を傾げたが、その後ろにサリトの姿を認めて顔をほころばせた。


「あぁ、メオさんだね。するとサリト君、この子は雇い人さんかね」

「いや、おれの従兄弟です。一月ほど前から、うちに住むことになりまして」

「そうかそうか。(わたくし)この宿屋の経営者で、ユハイといいます。よろしく」

「フシケです。こちらこそ、よろしくおねがいします」


ユハイさんに会釈をしてから、私は荷車の包を抱え上げた。軽いから、これは油紙の入ったものだろう。

サリトと私で包を渡し、ユハイさんが中身を確認する。代金を貰ってからお辞儀をしようとすると、ユハイさんはちょっと待ってと私達を引き止めた。

その小柄な体が奥に消えたと思ったら、老人とは思えない機敏さで戻ってきて私の手に何か乗せてくれる。

「どうもご苦労さま。ここまで来たら小腹も空いただろう。これ、帰り道にお食べ」

ホカホカと熱いパンのようなものだ。この世界でもまだ見たことがない。あとでサリトに訊いてみよう。

「ありがと、ユハイさん」

サリトに続いて、私もありがとうございますと頭を下げた。


「ちょっと、じいちゃん」

ふと、若い男の人の気配がした。顔を上げてみると、奥から20代後半ぐらいの男の人が顔を覗かせている。露骨に出してはいないけど、その眉間には微かに皺が寄っていた。さっきの言葉からして、ユハイさんのお孫さんか。

若い男の人は、頭ひとつ分以上下にあるユハイさんの頭を見下ろして、どこか不服そうに言った。

「悪いけど、帳簿を確認して貰えないかな。昨日のぶんの記録、まだ見てもらってないから・・・・・あと、じいちゃんはもてなし(・・・・)しすぎ」

「何を言うか、わざわざここまで届けに来てくれたんだぞ。これくらい当然の情だわい。

サリト君とフシケ君、ありがとうね。これで失礼するよ」

「はい、ありがとうございました。これからもご贔屓に」

サリトと声を合わせて会釈をし、私達は宿の敷地から出た。掌のパン(?)が温かかった。


ツォングル宿場町は、高速道路の道幅いっぱいほどもある街道に沿って、大小さまざまな宿屋が立ち並んでいる。屋根には黒い瓦が光っている宿が多いけれど、町の入り口にあたる辺りには、板葺きの簡素な宿屋が集まっていた。宿屋や泊まり方によって、料金がだいぶ違ってくるという。

宿と宿の間など、ところどころにある井戸端では、私達と同い年ぐらいの子たちが野菜を洗ったり洗濯をしたりしている。なかには十歳にもなってないんじゃないかという子もいて、水音に混じってキャッキャッと黄色い話し声が絶えず聞こえていた。


そんな街道を、空になった荷車を引きつつ下っていく。空は高く、薄い雲がたなびいていた。

「ねぇ、サリト。さっきユハイさんに貰ったこれは何ていう食べ物なの?」

「これはな、雑穀で作ったファンバイ(パン)に牛のハウ(バター)を塗って焼いた上に、マオロっていう果実を砂糖で煮詰めて保存しといた蜜をかけたものだよ。おれは、甘いファンバイって呼んでる。ふまいほ(うまいぞ)

「へぇぇ」


 早速『甘いファンバイ』にかぶりつくサリトを横目に、私は片手を持ち上げた。黒っぽいパンの上に、トロリとした薄桃色の蜜が照っている。まだ少し湯気の上がっているそれは、こっくりと重たかった。荷車を取り落とさないように気をつけながら、それを齧ると、サクっといい音がして香ばしさが鼻をぬけた。パンに染み込んだ、しょっぱめのバターのコクが何ともいえず美味しい。その旨味に、意外とサラッとした甘さの蜜がからんで・・・・・・

「ふふっ」

「な、美味いだろ」

サリトは自慢げに笑った。





「それにしても、ここらの人はよく、ちょっとした食べ物とかをおまけしてくれるね」

 残り一かけらとなった甘いファンバイを眺めて、私は常々思っていたことをぼやいてみた。


「ん? ああ、そうなのかもな。世話好きが多いし。

ユハイさんはうちから仕入れた商品を必要な人に格安で提供してるし、もてなし好きだからお孫さんは心配してるみたいだけど」

「さっきの人ね」

「ん。おれたちには不愛想だけど、悪い人ではないんだろうさ」

「もひとつ気になってたんだけど、『幸』がうちの商品を安く売ってるなら、うちの売れ行きは減ったりしてないの?」

「『幸』には店先で売ってるのと同じ値段で商品を買ってもらってるし、ここまで配達する手数料も少しだけど払ってもらってるから。それにどうせ六通りに来る人は店で買ってくしな」

「なるほど。たしかに、六通りに出向いて、うちの店や他の店で買い物を済ませた方が楽だもんね」

「そゆこと。    ーでも、まぁ」


束の間、サリトは言葉を切った。道沿いの木々から、うすい影が伸びてサリトの横顔を撫でていた。


「おまけも、ユハイさんとこも、うちの商売も、なんていうか・・・いろんな余裕があるから今みたいに繁盛して『もてなし』が十分にできるんだよな。ここ十数年は、この辺りではでかい(いくさ)がないから。戦なんか起きようもんなら、税は上がるわ物価はうなぎのぼり(・・・・・・)だわ、働き盛りのにいちゃんたちは兵に駆り出されるわで、おれたち領国民は踏んだり蹴ったりだろうよ」


なんとなく返す言葉が浮かんでこなくて、私は黙々と石畳を踏みしめた。それに気付いてか、サリトが何か言おうとした、けど、その視線は斜め前の方に泳いでいった。


ジャリ


地面と靴とが擦れ合う音がした。シュッシュと、鈍い衣擦れの音。

「もし、そこのお二人。道を尋ねたいのじ…ですが」

私達と変わらないくらいの背丈の人影が、こちらに近寄ってきた。



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