表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/29

8 大切な

「フー、風呂出るの遅せーぞ! せっかくだからおれも一緒に入るな」

「ぅびゃぁあぁぁぁあちょっサリっ」

自分ってこんなでかい声出せるんだなー、と妙に客観視している自分もいた、が、そんなの一瞬にして頭の片隅に追いやられる。


「なに勝手に入ってきてんの!!! 」

落ち着け私、サリトの顔周りにだけ目線を集中だ。

背中まである長髪を下ろしたサリトは、前髪を耳にかけている。それでも数本の毛束が目の前に細くかかっていた。人間の顔まわりの印象って七割ぐらい髪型に左右されるよな。リンスも無いのにその髪のツヤ、羨ましすぎて腹立つわ。

って、そこまで冷静に人間観察してる場合でもない!


「なにって、おまえ、これ以上待ってたら凍え死ぬわ」

サリトは硬直する私をよそに風呂場へ入ってきた。木桶を手に取りつつ、ひょいっと眉を上げる。

「そんな驚くこともねぇだろ。いっしょに暮らしてんだし、男同士の裸のつきあいってやつdぶぉあっ」

浴槽の傍に置いていた手拭いをサリトの顔に叩きつけ、私は木戸の向こう側へ飛び出した。そりゃ体は男だけど中身はアンタより年上の女子だっつーの! という言葉を間一髪で飲み込んで。


風呂場の湯気に温められてぬるく湿った空気が、肌をつめたく突き刺した。ととととりあえず体拭いて服着よう。

さらさらした下衣を、腕に機械でもついたのかというほどのスピードで身に着けて、私はふーっと腰を下ろした。というか、()ちた。

「え、あ、フー?! 気に障ったか?すまん! 」

ちょっと慌てた声が、くぐもって聞こえてきた。まぁ私はサリトたちから見たら完全に『フシケ』だし、悪気もなかったんだよな。

「いきなりすぎてびっくりしたの。私もこれからは長風呂にならないように気をつけるから、今回は許す」

投げるような言葉を発した途端、こんどは狭い脱衣室の扉がガラッと開いた。ちょっと、心臓いくつあっても足りないんだけど。


「サリト兄ちゃん、なんかフーが嫌がることでもしたの!? 」

「わ、ニマちゃん」

ニマちゃんは風呂場の方をかるく睨みつけてから、竹籠に置いてあった私の寝間着を取って渡してくれた。渋い茶色で、昼間着ている衣より柔らかい生地のものだ。

「下衣のままじゃ湯冷めするよ。早く着なきゃ」

「・・・ニマ、最近フーには優しいのにおれにはつめたいのな。兄ちゃん寂しい」

「何言ってんの気色悪い、そりゃサリト兄ちゃんよりは優しくしたくなるよ。箸で人差さないし」

「冗談だよ真に受けんな」

「はぁ!?紛らわしい冗談なんか言わないでよ! 」


「あの、ちょっと二人共落ち着いて。私はべつにもう大丈夫だから」

本格的に兄弟喧嘩へ突入しそうな空気を、必死で止めにかかる。お風呂はリラックスして入るもんだから。

眉間にしわは残っているものの、ニマちゃんは風呂場の方へ前のめりになっていた身を元に戻した。その目には、いつものやわらかい光が戻りつつある。何か言葉を探しているように、もどかしそうな口を少しだけ開閉させてから、ニマちゃんは私を見据えた。

「それならいいけど。でも、嫌なことあったら遠慮せずに言ってよ? ケンカだってするかもしれないけど、そっちのほうがいい。何回も一緒にごはん食べて一緒の部屋に寝てるんだから、フーはもう私達の家族だし。変な遠慮は必要ないでしょ」

胸がほわりとした。

〈魂定めの儀〉のあとの帰り道、マナさんが話してくれた時と同じ感覚だ。


宇野万葉として大切に思っていた人はいっぱいいたし、その人生ではやり残したこともいっぱいあった。

いきなり何も知らないところに放り出されて、初対面の人に囲まれてやっていけるのかと、最初は思っていた。父さん母さんやミユちゃんに会いたいとも思う。それでも、大切な人というのはどんどんできていくのかもしれない。

それはどの人生も同じか。想って別れて。今は。


「ありがと」

呟いて、私は風呂場に向けて苦笑した。

「じゃぁ言わせてもらうけど、もう風呂にはいきなり入ってこないで。声かけてくれたら出るから、それから入って」

はーい、と間延びした声が返ってきて、私はまた苦笑する。

寒いから早く服着よ。






静かな寝息だけが、部屋に満ちている。

サリト、ニマちゃん、私が使っている狭い寝間は、あまり暖かくはないけれど、寝具の中はしっかりと温もりを保っていた。囲炉裏で熱していた石を布にくるんだものが入れてあったおかげだ。

布を寄せ集めた、寝袋みたいな寝具。最初のうちはよく眠れなかったけど、だんだんと慣れてきたと思う。使い古された布の感触が気持ち良い、とさえも。

瞼の裏の深い闇を見つめて、だんだんと私の意識も遠のいていっていた。

この世界も公衆浴場とかありそうだけど、そこへ行くことになったりしたら、そのときはマジでどうすんだ・・・・とか・・・・考えて・・たっけ? ま・・・なん・・




なんとかなるよ、この人達となら。


ぼんやりとした夢のなかで、ふとそう思ったような気がした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ