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砕けた鏡

「……かえって、混乱させてしまいましたか?」



 柚貝(ゆずかい)に顔を覗き込まれて、卜部(うらべ)は我に返る。

 完全に一人の世界に入ってしまっていた。いかんいかん、と頬を叩く。



「あぁ、いや。俺はどうすれば良いのかと思ってな……」


「どうすれば、ですか?」


「さっき柚貝があげたような『山月記』や『変身』だと、主人公が自分の変容を受け入れていた気がするが……お前はどうなんだ?」



 『どう視えるか』って聞かれただけだったような、卜部は小声で付け加える。


 柚貝はきょとんとしているようだ。

 腕代わりの足を組んで、天井を見上げている。

 首を傾げうーん、とひと唸りした。



「あぁ、そういうことですか。誤解させてしまったなら悪いのですが、相談したのは元に戻りたいからですよ」


「そうか。そうだよな」


「昔からどうも言葉足らずなものでして。だから、仕方ないでしょう。私は美術部に所属しているのですが、コンクール用に絵を仕上げたいのです。だから、それに間に合うまでに戻れたら、嬉しいと思っていますよ」



 日常生活は平気ですが、絵を描くのには手の具合が悪くて、と柚貝は眉を下げる。


 生きている人間との意思疎通は本当に難しい。

 相手が幽霊なら、『対処方法』を知っているか、知らないかだけで済むのに。

 卜部は深いため息を吐いた。



「……すまないな。俺も昔から『心霊バカ』と言われてきて、あまり人と話すのが得意でなくてな……」


「はは。だからこんな化け物姿の娘とは、ちゃんと話せるってわけですね」


「そういうつもりはないが……とにかくだ、柚貝の霊障を解くために俺もできる限りのことはする。きっと、どこかで原因となる霊と障ったはずだから、思い当たることを教えてくれると助かる」


「そうしたいのは山々なのですが、断片的な記憶ばかりで。まるで、今の私みたいな」



 逆立ちの生首、ちぐはぐな身体で、柚貝は笑っている。

 柚貝は、身体だけじゃなく、思考もばらばらになっているのかもしれない。


 そんな顔するなよ、と髪を両手でがしがしとかいた。

 卜部だって、さっさと解決できるならしたい。そこで、違和感に気づいた。



「断片的でちぐはぐ? そして、左右反転……?」



 恐らくは砕けた鏡か、と卜部は憶測する。

 仮にそうだった場合、まずはその鏡を見つけるのが必要だ。

 その上で、どんな奴が憑いていたのかを把握しないといけない。



(まだ、もう少し情報が足りないな……。柚貝から霊を無理矢理はがしても、鏡が砕けているとその霊に行き場がない……。誰かが祟られる)



 卜部にはもう、この『心霊現象』を放っておく選択肢はない。


『平和な高校生活を送っていくため』そんなお題目だってある。

 しかし、それ以上に卜部の個人的な理由だ。



(今さら簡単に、普通の学生になんてなれるはずがない)



『霊を侮るな。安易に関わるな』そんな父からの教えが頭に浮かぶ。

 分かっている。安易に触れて、祟られるのは、卜部だってごめんだ。


 それでも。



(柚貝はさっさと元の姿に戻してやる。そうしないと、これまで『心霊現象』に費やしてきた時間に意味がない)



 『柚貝のため』そんな風に思うと、卜部の気分は不思議と高揚していた。

 他人から疎まれていた『視える』こと。それが役に立つなら、悪い気はしない。


 卜部は立ち上がり、柚貝の肩……ではなく、太もも辺りをがっしりと掴む。

 逆立ち姿勢のスカートと白衣は、物理現象を超越して、年齢制限を懸命に守る。



「階段での件や話を聞いて分かったが、柚貝、お前のその霊障は、鏡にまつわるものだと思う。何か心当たりはないか?」


「鏡ですか? そうですね。家にある鏡は全部割ってしまいましたから、どれかと言われるとちょっと分かりません」


「全部? 割った?」


「だって、さすがに私だって辛いですよ。この姿を見るのは」


「そうか……。しかし、家族はどうした? 不便だろうし、割るとなれば止められないか?」


「さて、どうでしたでしょうねえ。そろそろ暗くなりましたし、帰りましょうか」



 ずいぶん唐突だな、と卜部は思った。

 家族には触れられたくないのかもしれない。

 複雑な家庭、それは卜部も同じだった。



「ん……分かった。そうだな。ただ、鏡については柚貝も考えてみてくれ」


「……分かりました。今日はありがとうございます」



 『柚貝は丁寧に頭を下げている』目の前で逆立ちしながら座る姿は無視する。

 卜部は無視して、信じることにした。柚貝の『見えない』姿を。



「一応言っておくが……俺はその姿を放っておかないからな。俺のためでもあるし、隣の席なんだ。そうやすやすとは諦めないぞ」



 卜部は手を差し出した。

 柚貝はおずおずと足を差し出してくるが気にしない。その足を強く握る。

 足からは、不思議な温かさを感じた。

 どき、と少しだけ、卜部の鼓動が早くなる。


 卜部はそのまま、じっと柚貝の目を見る。

 柚貝は、さっきまでの不愛想な表情から、少し戸惑った表情を浮かべた。



(柚貝って、意外と表情豊かなんだな。知らなかった)



 柚貝は戸惑っていると言うより、そわそわしていた。

 握手している手に目を向けては、居心地悪そうに目線を泳がせている。

 どうやら、椅子の付近にある書架を、ちらちら見ているようだ。



(あれ? 俺なんか変なことしたか?)



 卜部は横目で、柚貝が向ける視線の先を辿る。

 書架の影には、二人の女子生徒が隠れていた。

 二人は緊張の眼差しを、卜部と柚貝へ向けているようだ。

 肩を寄せ合いながら、囁いたり、頷き合ったりしているのが分かる。


 卜部は少しだけ回想してみた。


 座っている女子を前に肩を掴んで何やら真剣に話す男子。

 そして、『その姿を放っておかない』さらには『諦めないぞ』と宣言して握手。



(やっちまった!)



 機械のように、ぎぎぎ、と卜部は覗き見している女子生徒二人へ、身体を向ける。

 目と顔から火が出そうだった。違う、誤解だ、と強く言いたい。



「あっ、ばれた!」


「振られても諦めない!」


「「きゃー!」」



 二人の女子生徒は走り去っていく。

 きっと、何かを勘違いされた。壮絶に、勘違いされた。

 卜部はそんな確信に、床へ崩れ落ちるのだった。



 ◇◆◇



 すっかり陽が落ち始めた学校は、もう静かである。

 夜の住人たちが蠢き始めるのを卜部は感じた。

 この学校は、本当に霊が集まりやすいんだな、とため息を吐く。

 校庭に見える浮遊霊の影を無視して、柚貝と門をくぐる。



「柚貝……さっきはすまなかった。学校が久しぶりで、どうにも空回りばかりしてしまった……」


「はっ。あんなのは別に気にしませんけどね」



 柚貝の声には何の感慨もない。

 卜部くんは『心霊現象』ってのに夢中なんでしょうし、と口端をあげて、面白そうにしている。


 いたずらを楽しむような柚貝の目は、夜の始まりに黒く透き通っている。

 実に楽しそうで、卜部には何だか嬉しかった。



「それならいいんだけどな」


「気を張らなくて、いいですから」


「そうか」


「そうです」


「わかった」


「それじゃあ、私はこっちなので」


「おう。また明日な」


「明日? ふふふ。そうね」



 卜部は左、柚貝は右へと進んでいく。



(転校初日って、ずいぶんいろんなことが起こるもんだなあ……)



 耳に残った柚貝の声に、卜部は肩の力が抜けていくのを感じた。


次ちょっと間が空く気がします 8/31記載

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