霊障を受けている女子生徒
卜部の転入初日は、あっという間に過ぎた。
時間以上に早く感じたのは、窓際一番後ろの席から質問をした女子。
『柚貝 三矢』のせいだろう。
卜部の席が柚貝の隣になったのは、何か運命のいたずらかもしれない。
(柚貝……か。さすがに慣れたが、朝は驚いたな)
『あなたには、私がどう視えるのですか?』卜部は答えられるはずもなかった。
曖昧に、「ええと……これからクラスメイトになる女子……」とだけ言った。
何を考えて聞いてきた、と頭を抱えたくなったくらいだ。
(こんなにひどい霊障は、初めて見た)
『柚貝 三矢』彼女は、身体がばらばらである。
手で逆立ちのように立ち、足を手のように使っている。
首は胴体と別れ、手の代わりになっている足へ乗せている。
西洋の妖精である『デュラハン』と東洋の妖怪である『逆さ男』を足して二で割った姿とでも言えばいいだろうか。
卜部以外のクラスメイトには、普通の女子高校生の姿に見えていることだろう。
にも関わらず、柚貝が訊いてきたのは、己の姿へ心当たりがあるに違いない。
そうでなければ、よほど見た目に自信があるのかもしれない。
「柚貝……さん。今朝のことだけど、少しいいか?」
「あぁ、卜部くん。私のことは呼び捨てでも構わないですよ。朝のことで声をかけてくるってことは、あなたは私に何かが『視える』人なのですか?」
「あぁ、『視える』……。柚貝、それはどうした?」
柚貝は逆立ちの姿勢をしながら、足に己の生首を乗せて座っている。
生首にくすくす笑われているので、卜部はひどく居心地が悪い。
どういう事態なのか、『心霊現象』に慣れた卜部にも、さっぱり分からない。
「さあ、気が付いたら、こうなっていましたから」
「三矢―! どうする? 一緒に帰る?」
クラスメイトだ……名前は憶えていない。その女子は普通に柚貝と接している。
しかし卜部には、『逆立ちした柚貝のスカートと話している』ように見える。
白衣とスカートが重力に逆らっているのは、霊的で超常的な現象のせいだろう、と納得するが、異様な光景だった。
「あぁ、ごめん。今日はちょっと図書室に寄って行くから」
「分かった! じゃあ、また明日ね!」
その女子は卜部にも手を振ってくれる。つられて手をあげて、ぺこりと目礼する。
柚貝は座ったまま、足に乗せた生首を寄せてきた。
「じゃ、ちょっと図書室へ行きましょうか」
「……分かった」
「へえ。意外ですね」
「なぜだ?」
柚貝は器用に足で生首を転がしながら笑っている。
なかなかうまいもんだな、と卜部は目を丸くしてしまう。
もちろん、柚貝に何か特別なことをしているつもりはないのだろう。
『微笑みながら首を傾けている』ような仕草。
それが、心霊現象の『視える』卜部には奇妙に見えてしまうだけだ。
「転入していきなりなのに、話を聞こうってのがまずひとつ。あとは……こうなったのに気づいた私が、自分なりに調べた『霊能者』とやらを訊ねて行ったら、門前払いにされましたので」
「……。」
「だから、意外ですね、と。それとも、今からでも断りますか?」
「話しは聞く。なんせ、隣の席だからな」
視えるってのも、大変なんですね、と柚貝はかすかに目を細めた。
卜部は、無言でリュックを背負って席を立つ。
柚貝は後ろから付いてくるのだろう。椅子を引く音がした。
廊下を見知らぬ生徒が走っていく。
校庭では、どこかの運動部だろうか、大声をあげているのが耳に入る。
廊下の窓から、屋上に座る霊が視えた。
(祓うのは、けっこう大変そうな気がするな……)
転校初日からこうなるのは、さすがに予想していなかった。
卜部はため息を吐いて肩をすくめる。
思わず先に教室を出てしまったが、そういえば、と卜部は柚貝へ振り返る。
「なぁ、柚貝、図書室って、どこにあるんだっけ?」