置き去りの一日目
(置き去りとか、人間の方が幽霊よりえげつないだろう?)
五月十三日の金曜日、さらには仏滅。
門出の日には、最悪の日かもしれない。
『都立木村野高校』
今日からこの学校へ転入する卜部は、古びた校舎を眺めた。
一学期の途中であり、卜部の転入は計画的なものではない。『訳あり』であった。
(こんな浮遊霊だらけじゃ、塩がいくらあっても足りんな……)
校門脇にしゃがみ込んで塩を盛りながら、卜部は短い黒髪をうーん、と掻く。
盛り塩作りの時に、袖口にでも入ったのだろう。白い粉が卜部の頭から舞った。
「え、ありえないんですけど……」
近くを歩いていた女子が、とてつもなく汚い物を見た目で見てくる。
ちょっと待て、何の誤解だ、と卜部はため息だけ吐いた。
卜部はつらつらと、ここ最近のことを思い返す。
なぜひとりぼっちになったのか―――を。
◇◆◇
つい二週間ほど前まで、卜部は両親と共に、アメリカのカリフォルニア州にいた。
何をしていたかと言えば、『ウィンチェスター・ミステリー・ハウス』なる、異形な屋敷の掃除である。
卜部家では『幽霊や心霊現象が視える』者が度々生まれるらしい。
平和な学生ライフを送りたい卜部も、残念ながら『視える』のだ。
そのため、修行と称して、アメリカの西海岸で掃除をさせられていた。
卜部と両親は、アメリカでの仕事に区切りがつくと、久々に日本へ帰国。
しばらくは、親子仲よく都内のホテルに滞在していたのである。
しかし、ふと外へ出た間に、両親は消えた。
『ベトナムのコンダオ島に行く。お前は自立しろ。 父母より」
ご丁寧に、卜部の荷物はフロントに預けてあった。嬉しくない気遣いだった。
(コンダオ島って、観光じゃなくて刑務所の方だろうな)
卜部は、幼い頃から両親に連れまわされてきた。
嫌になるほど見物したのだ。世界中の『心霊スポット』を。
十歳年上の兄は『視えない』人間だった。
ゆえに『視える』卜部が標的になったのだと、今さらながら思う。
好き勝手に連れまわして、心霊現象の『英才教育』を繰り返した両親。
彼らは、家財や金や住む家など、一切合切、何も残さずに、いきなり消えた。
怪奇現象で大概のことには動じない卜部とて、さすがに途方に暮れた。
「俺だ。弟だ。兄貴。覚えているか。金だ。金をくれないか」
記憶と財布にあった十円玉のお陰で、『幽霊の視えない』兄とは連絡が取れた。
案内されるまま銀行に向かったが、そこにはたむろする三人の警察官たち。
(あー、こいつ、女の生霊がついてるな……。浮気性か?)
卜部は生霊憑きの警察官へ生暖かい目を送りながら、兄を待ちわびた。
ほどなく、警察官たちに卜部は『任意同行』で署へ輸送される。
後から聞いた話では、「受け子」だろう、と勘違いされたらしい。
「違う! 俺は詐欺師じゃない! ちょっと幽霊が視えるくらいだ!」
実の兄が引き取りに来たのが、それから三日後のこと。
人間ってやつは、ずいぶんと冷たいじゃないか、と取調室でこぼした卜部を、責める者はいないだろう。たぶん、きっと、おそらく。
投資で財産を築いていた十歳年上の兄は、お詫びとばかり手を尽くしてくれた。
賃貸住宅の手配と『都立木村野高校』へ転入手続き、それから半年分の生活費。
卜部としては感謝しかなかったが、それを最後に兄とは絶縁されてしまった。
「お前のことは別に、恨んだり嫌ったりはしていない。でも、『視える』やつとはもう関わりたくない」
ファミレスの片隅で、パソコンをかたかたしながら、兄はそれだけ言った。
卜部は薄々感づいていた。兄がどうやって財産築いたのかを。
大量に絡みつく怨霊らが、あくどいことに手を染めているのを物語っていた。
(兄貴……守護霊が、もう守り切れないって嘆いているぞ……)
卜部とて兄を憎からず思っている。
『視える』と『視えない』で、道を違えるのは仕方がないことだ。
それでも、せめてお返しくらい、と卜部はお守りを差し出した。
「兄貴、これをもらってくれないか? メキシコで手に入れた『巫女の毛髪』が入ったおまも……」
「いらない」
『心霊絡み』とは縁を切りたいのだろう。兄の表情は曇天のようだった。
(せめて、長生きしてくれ……)
◇◆◇
卜部は心霊現象が『視える』男だ。
そして、『心霊スポット』を転々する人生を送って来たのだ。
(本当に、普通の高校生活なんて、送れるのだろうか……)
不安があるのは当然と言えよう。
両親が消え、実の兄とは絶縁。あるのは住処と当座の金、そして学生の身分。
これが卜部の現状で、転入初日の状況だった。