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愚者は温かい世界を求めて旅をする

作者: 日真 陣

世界には愛しさがあふれている。

持たざる者にはすべてが輝いて見える。

人々はたがいに愛を囁き、

持たざる者の声はどこへ行く。

聞こえてくる愛に人は心を温める。

澄みきった心にその温かさは染み渡り、

濁った心は少しだけ温かさを取り戻す。


持たざる者は輝く世界をうらやみ、

愚者はその世界の存在を喜んだ。

荒んだ心は冷たい風を吹かせ、

愚者はその風にさらされる。

愚者は荒んだ心を憐れみ、

自分の温かさを分け与えた。

荒んだ心は少しばかり温かさを取り戻す。


すこし寒くなった愚者は輝く世界を眺め、心を奮わせる。

愚者は荒んだ世界を旅し、荒んだ心にまた自分の温かさを分け与えた。

しかし、いくらか旅をつづけた愚者はいつしか自分が冷えていることに気が付いた。

荒んだ風へ自ら進んで近づくのだ、冷えもするだろう。

それでも愚者は旅を続ける。


長い間、荒んだ世界を旅した愚者は荒んだ風を己のうちに抱え込む。

愚者は寒がる人を目にすることを嫌う。

ましてや自分が誰かを寒がらせるなんてもってのほかだ。

だから愚者は一人最果ての地を目指す。




いつしか愚者は旅人と出会う。

最果ての地にて出会った。

旅人は愚者へ声をかける。

しかし荒んだ愚者は何も返さない。

良いものも悪いものも。

旅人は寒そうだからと愚者へ温かさを分け与えようとする。

愚者はこの温かさの届かない世界で温かさに飢えていた。

だからこそ愚者は温かさを失うことを恐れ、旅人より離れようとする。


旅人は愚者の手を取る。

これはあなたの温かさだと旅人は言う。

愚者にその意味は分からなかった。

愚者は温かさを受け取らない。

旅人を凍えさせるわけにはいかないのだ。

愚者は凍えたものを見ることが嫌いだった。


愚者は旅を続ける。

最果ての地からの始まりだ。

愚者の旅に旅人はついてきた。

ふと振り返すとあの輝かしく温かい世界は随分と遠くに見えた。


いくばくか進むと旅人の温かさを感じなくなってきた。

愚者は慌て、旅人に自分の温かさを分け与えようとする。

しかし旅人はその温かさを受け取らない。

愚者は何でもするから温かさを受け取ってほしいと告げる。


そうすると旅人は一方的に暖かさを受け取るのではなく交換を持ちかけた。

愚者はその条件を受け入れる。

自分がもらった以上に温かさを返せばいいだけだと愚者は考えた。

それで愚者の目標は果たせる。


愚者は旅人の温かさを受け取った。

久々に受け取る温かさにほんの少しばかりの懐かしさを感じた。

愚者は旅人に貰った以上の温かさを返す。

愚者は人が寒がることを嫌う。

この何もない世界において温かさは大切だ。

温かさはいくら持っていても悪いことはない。


旅人はもらった温かさの量に目を見開き、微笑んだ。

やはりあなたは変わっていなかった。

あなたはこんなにも温かい。

私を温めてくれた時から何一つ変わらない。

そう言って旅人は帽子を取った。

そこに見える顔は愚者の見覚えがある顔だった。

冷え切って荒んだ風を放っていたあの子だ。

忘れるはずもなかった。


愚者は喜んだ。

自分は一人を救うことができたのだと。

憧れたあの世界に一歩近づけたのだ。


愚者は言った。

僕はあの温かい世界になりたかったんだ。

温かい世界を作り冷え切った人たちを温めてあげたかったのだ。

僕にはもうできないと思っていた。

でもあなたがいた。

こんな僕でも救えた人がいた。


だからありがとう。

僕は満たされた。


その時の愚者は旅人から見ても温かさに満ちていた。

旅人は尋ねた。

これからあなたはどうするのか。


愚者は答える。

温かい世界を作るために旅をしようと思う。

僕の憧れを成すために。


旅人は旅についてくると言った。

私の夢はあなたについていくことで叶いそうだと旅人は言う。


愚者は旅を続ける、旅人ともに。


旅先で寒そうにしている人を見かけると、二人して温かさを分け与えた。

効力は段違いだった。

昔は愚者一人分の温かさ。

今は二人分の温かさ。


温かさを取り戻した人は愚者たちに温かさを返したいと言った。

愚者は寒そうにしている人にあげて欲しいと言った。

そう告げると温かさを取り戻した人は旅立った。

きっと誰かに温かさを分けるたびに出たのだろう。


分け与えたことにより温かさの少し減った二人はお互いに温かさを分け合った。

再び二人は温かさに満ちた。


愚者の夢は叶いつつあった。

たくさんの人に温かさを与えられる存在になれたのだ。




ある時旅人に求婚する者が現れた。

旅人を愛する者が現れたのだ。

口説き文句は一緒に温かい世界を作ろうだった。


愚者は旅人の幸せについて考えた。

故に愚者は旅立った。

旅人には告げずに。


愚者は旅を続けた。

昔とやることは変わらない。

愚者の旅は続く。


しかし愚者が温かさで満ちる時は減った。

人に温かさを分け与えた時も、人に温かさをもらった時も、前よりも温かくならないのだ。

愚者の旅は続く。




ある時愚者は分け与えられる温かさよりも貰う温かさのほうが多くなっていることに気が付いた。

愚者は焦った。

とうとう自分が温かさを消費するだけの存在になってしまったのだ。


愚者は逃げ出した。


愚者がなりたいのは温かさを分け与える存在だ。

温かさを奪う存在にだけはなりたくなかった。


だから愚者は最果ての地へ向かうことにした。

つまりは今までの旅路を逆行することにした。

懐かしき旅路、蘇った世界、自分の軌跡がそこにはあった。


愚者は思った。

僕はもうすぐ終わるだろうと。

だがきっと僕がいたことにはたぶん意味はあった。

他ならぬ軌跡が僕に教えてくれる。


蘇った世界を僕は遠くから眺める。

温かさを奪わないように。




愚者は最果ての地へとたどり着く。

今思えばここが始まりの地だったかもしれない。

関わった多くの人の顔を思い返す。

帰りに見た皆の顔は温かさに満ちていた。

僕の旅はもうじき終わる。

温かい世界を作り出すことはできなかったが、多くの人に温かさを与えることはできただろう。


今思えば旅人との出会いこそが奇跡だったのかもしれない。

旅人がいなければ僕はこんなにも多くの人を温めることはできなかっただろう。


遠くに見える温かい世界と僕が温めることができた人たちを眺めながら僕は終わる。



そう思っていた。




僕の背中が温かい。

誰かに抱き着かれているようだ。

無理やりにでも温かさを分けようと意思を感じた。


誰かは知らないが僕はやることを成した、その温かさはほかの人に分けてあげて欲しい。

そう告げるとその人はこう告げた。


これはあなたの温かさだ。


どこかで聞いたことのある懐かしいセリフだ。

同じことを言う人が前にもいた気がする。

だが今の僕は消費するだけの存在だ、温かさを返すことはもうできない。

なぜか体の芯から温かさが生まれてこなくなったのだ。

まるで温かさを生み出す器官がなくなったようだ。


愚者はその人を振り解こうとする。

すると突如その人から温かさが失われていく。

愚者は慌てて振り返る。

そこにいたのは旅人だった。


愚者は驚いた。

旅人は番になったはずだ。

なぜこんなところにいる?

愚者がそう質問すると旅人は荒んだ風を愚者に叩きつけながら言葉を発する。


なぜ何も言わずにいなくなった。

私が旅についていくのは邪魔だったのか。

私はあなたにとって不要な存在だったのか。


荒んだ風は徐々に勢いを失っていく。


愚者は答える。

そんなことはない、僕はあなたと一緒にいる時間が楽しかった。

だがあなたには幸せが訪れただろう。

私はあなたの幸せを邪魔したくなかった、決してあなたのことを嫌いになったというわけではない。


そう答えると旅人の冷えと荒んだ風が止まった。


旅人は告げる。

私は悲しかった、あなたに見捨てられたのかと思った。


愚者は埋め合わせをしたいと申し出た。


旅人はあなたのすべてが欲しいと言った。


愚者は了承した。

どのみち自分は終わる予定だったのだ、旅人のために使えるのなら最後にふさわしいと思った。

そして愚者は自分のすべての温かさを差し出した。


しかし旅人は受け取らない。

旅人は言った。

私はあなたの温かさが欲しいわけではない、あなたのすべてが欲しいのだ。


愚者は混乱した、自分はすべてを差し出したつもりだったのだ、だがすべてじゃないと言われた。

訳が分からなかった。


旅人は愚者を抱きしめた。

そして愛を囁き始めた。


私はあなたに救われた。

私はあなたの夢にあこがれた。

私はあなたが好きだった。


私はあなたと温かい世界を作りたかった。


私はあなたを愛している。




愚者に旅人から温かさが流れ込んでくる。

愚者の器には収まりきらないほどの温かさだ。

温かい愛だ。


愚者の体から温かさがあふれだす。

旅人からも温かさがあふれだす。

二人は心を一つにしていた。




突如愚者と旅人の体にヒビが入る。

旅人は驚き、焦り、悲しそうな顔をする。


しかし愚者は焦らない。

これは終わりなどではない、始まりだよ。

そう優しく旅人へ囁く。


とうとう愚者達は崩れ去った。


そして世界へと生まれ変わった。

二人の温かい世界が最果ての地に生まれた。



二人の世界には新たな温かさが生まれる。

二人の世界には心温かき人が集まってくる。

人々はたがいに愛を囁きあい、互いに温かさを分け合っていた。

寒そうにしている人がいれば温かさを分け与え、かつて愚者がしたように多くの人を救った。

ここに愚者の望んだ世界は生まれた。




ある時、この世界を見て心を温かくした少年がいた。

そして彼はこの世界の温かさが届かない場所を憐れんだ。

そう、旅の始まりだ。


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