9.スゲー不味い
いや、不味いでしょ。これはさすがに不味いでしょ。
一つ屋根の下で男女が泊まるだけでもスゲー不味いのに、同じベッドで一緒に寝るって!? エルフの文化は知らないけど、そういうことに抵抗がないのか? それとも、種族が違うからセーフなのか? はたまた、彼女の感覚がズレてるから?
そんなことを頭の中で巡らせている内に、着々と就寝準備は整っていった。
モジャの実の果汁でベチャベチャになった口と手は、汲んであったゲチョリ川の水で洗った。この水は、飲料水としては致命的だが――生活用水として集落の人々は利用しているらしい。
海外の水道水だって、地域によっては飲んだら腹を壊すけど、手洗いやシャワーに使っているだろう。それと似たような感じ。飲まなきゃセーフ。
あとは、就寝用のパジャマとして渡された服に着替えて準備万端。丈夫で細長い草を集めて編んだ、ゆったりとした深緑の寝巻。うーん……チクチクはしないけれど、ちょっとごわごわする。病院の安い検査着を纏っているみたいな。慣れるまで時間が掛かりそうだ。
「はいはーい。もう寝る時間ですよぉ~。って、どうしたんですか、グルメさん? ベッドの上で正座なんかしちゃってぇ」
「あのですね。クリムさん」
「さん……? また別の人格が出ちゃいました?」
「もう、それでいいから。ちゃんと話を聞いて」
彼女は、「何か変わったかなぁ~?」という顔で、僕のことをキョロキョロと観察する。いや、何も変わってないから。小首を傾げないで。
「よくよく考えてみたのですが、これは不味いのではないでしょうか?」
「えぇー? なんでー?」
「なんで……いやいや、逆になんで?」
「だって、ベッドは一つしかないんだよ?」
「そうだけど。じゃあ、片方が床で寝るとか」
「私は床で寝たくないなぁ……」
「僕が! もちろん、僕が床で寝る! クリムさんはベッドでどうぞ!」
「どぉーして硬い床の上で寝たがるのさぁ? もぉー、訳の分かんないこと言ってないで」
「訳分かんなくない! むしろ、僕の頭の中が訳分かんない!」
「はいはーい。ふわぁ……もう眠いんだから。ほらぁ、灯り消すよ?」
クリムは壁際で揺らめく蝋燭の炎をふうーっと吹き消して回り、最後に天井のランプを机へ降ろし――
――フッ
暗転。
世界は深淵の漆黒に呑み込まれてしまった。
何故だろう。急に心細くなる。現代社会の夜とは全く違う。都会は深夜になっても、けっこう明るい。ただ、この世界の夜は――とてつもなく暗い。野宿じゃなくて良かった。そう、心の底から思った。
完全に真っ暗、という訳ではない。ガラスの嵌まっていない窓の外から、月明かりが差し込む。目を凝らして見れば、モゾモゾと動く影がクリムであると判別できるレベル。
じゃなくて!!
説得失敗。完全に押し切られてしまった。
もう、一緒に寝るしかないのか――!?
彼女がベッドに入ってくる。
「狭いんだからぁ、もうちょっと詰ーめーてー」
「あの……掛け布団も一枚しかないのでしょうか?」
「とーぜんっ! 私はここに一人で住んでいるんですからぁ」
近い。よく見えないけれど、とても近い。
心臓がバクバクしてきた……っていうか! なんで僕の方がドキドキしてるんだ! 普通は立場が逆というか……なんか違うって!
思わず身体を彼女とは反対側へ向けてしまう。
「はっ、はあっ……鎮まれ……鎮まれ僕の精神……」
「うえっ? それが人間さんの寝る時のお呪い? 変なの~」
呑気! めっちゃ呑気!!
ドキドキしてるのは僕だけ!!
「その、クリムは……おかしいとは思わない? 例えば――エルフを食べちゃう肉食のモンスターを拾ってきて、ご飯を与えて、一緒に寝る? 寝ないよね?」
「ふふっ。何ですかぁ、その例えは。まるで、グルメさんが私を食べちゃうみたいな」
「誤解だから! 飽くまで例えだって!」
「私は食べても美味しくないですよー? 多分……」
「違うって! あー、もう……そうじゃなくて、何と言うか……」
狼――と伝えても、通じないだろう。この世界で狼に変わる肉食動物って何なんだ? どう伝えればいいんだ……?
「大丈夫ですよぉ。だって、その子が仮に肉食でも、それまで私は食べられていないじゃないですかぁ。だったら、私はその子を信じます。夜中に襲うような子じゃないって」
「……そっか」
これは信頼の証なのか。
信頼しているからこそ、安心して一緒に寝る……うん。やっぱり理屈がおかしい。ペットと主人の間なら成立するが、男女の間では成立しないのでは。
ただ、ここまで一方的に信じてるって言われたら。信頼に応えぬ訳にはいかない。どうか、僕の理性よ。一晩だけ持ってくれ。
「じゃあ、おやすみなさ~い」
「うん。おやすみ」
「人間さんの言葉で、しずまれ~」
「違う違う! それは間違いだって! 人間もおやすみ!」
すると、彼女はぬうっと僕の身体に腕を絡めてきた。
えっ!? 確かにペットと寝る時は! 抱き枕にして寝ても許されるけど! これは許されざる――!!
ペットじゃないよ! 人間だよ!? モフモフしてないから! 人間の男! あぁ、クッソ……めっちゃ良い香りがしてきた……!! 美味そうとは、また違った感じの……!!
ふうっ、ふうっ……平常心、平常心。別のことに集中。
こんな時、何を数えればいいんだっけ? もう、何でもいいや。クッソ不味いスライムが1匹、メチャ不味いスライムが2匹、ゲロ不味いスライムが3匹――
………
……
…
がああああああああッ!! 寝れねえええええええええええええぇ!! やっぱ、不味いって! スゲー不味いッ!! こっそりベッドから抜け出そうにも! 腕が絡まって身動きが取れない――!! 不味いよ不味いよッ!! 目が冴えて冴えてしょうがないっ! っていうか、昼間も寝てたから! 全く眠くない! だあああああぁ! チックショオオオオオオォ!! なんか、柔けええええええええええぇ!!
心の中で大絶叫!
どうにか、他のことに意識を向けようと。
僕はそうっと口を開いた。声を潜めて。
「ねぇ、クリム……もう寝た?」
「寝ましたぁ……」
「寝てる人は返事をしないっ」
「うぇへへ……グルメさん、我がままですねぇ……すぅ」
「いや、これはマジで寝てるな」
「ちょっとぉ……これも食べてみてくださいよぉ……うっわぁ……」
「夢の中で何してんのっ……!?」
完全に玩具にされない? 扱いがペット以下だよね?
まぁ、そうだよね……。一緒に寝ても、何とも思わないんだから。その程度の認識だよね。一人で勝手にドキドキしちゃって。自分が嫌になってしまう。
ぐぐっと、首だけクリムの方を向けてみる。そこには、すぅすぅと気持ちよさそうに寝息を立てる彼女の顔が、闇の中にぼんやりと見えた。
はぁ……僕よりも先に寝ちゃうなんて。無防備ったら、ありゃしない。これは誰かが、彼女のことを守ってあげなきゃダメでしょ。全く。
そう……誰かが……守って――
知らず知らずの内に、僕も深い深い眠りへと誘われていた。昼間あれほど寝たのに。そういうことも、あるよね。
「もぉー……グルメさんは、ダメダメですねぇ……私が付いてなきゃ……ぐぅ」
☠
眩しい。眩しくって寝ていられやしない。どうしてこんなに眩しいのか。必死に目を閉じても、光が白く明るく世界を照らし出す。
すると、今度は奇妙な声が聞こえてきた。
――グエエエエェ~! グエエエエェ~!
多分。本当に、多分だけど。鳥の声。もしくは、鳥っぽいモンスターの鳴き声。それにしても、ひっでえな……不味いものを食って吐いたように鳴いている。
同時に、嗅ぎ慣れた木の匂い。森の中とはまた違う、削り出した木の少々しつこい香り。ただ、木の家で半日も過ごせば慣れる。もう気にならない。
「ぐっ……いててっ……」
何故か、背中が痛い。まるで硬い木の床の上で一晩眠ったかのように、背中から強い痛みを感じる。っていうか、全身がバッキバキ。僕の記憶が正しければ、ベッドで寝たはずなのに……?
目を覚ますと。
僕は硬い床の上に転がっていた。
徐に立ち上がって伸びをする。入念に背中を曲げ伸ばし。
そして、ベッドの上に視線をやれば。相変わらず、気持ち良さそうに眠りこけたクリムの姿が。
結論を言おう。
僕はベッドから落とされた――!!
確かにベッドは一人用で狭かったけど! それを考慮してなお、寝相が悪い――!! 完全に一人でド真ん中を陣取っちゃってるよ! 布団も蹴っ飛ばして! 道理で落とされる訳だ!
「はぁ……最初から床に寝ても変わらなかったんじゃ……? いてて……」
一つだけ言うならば。今が寒い季節じゃなくて良かった。
そっと彼女に布団を掛けてやり、珍しく早起きした僕は、これから何をするか考え始めた。
☠
もちろん、黙って出て行くほど薄情な人間ではない。
ご飯を頂いて、家に泊めてもらったのだ。恩返しをしなければ、僕の気が済まない。
さて、何も持っていない僕ができるお礼と言えば? その通り! 定番のアレがある! いや、掃除じゃなくて。部屋は綺麗だから、掃除の余地がない。つまり、もう一つの方。
朝ごはんを作る――!!
彼女が目を覚ましたら、朝ごはんが出来ている。どうだろう? なかなか良いアイディアじゃないかな? もう、驚いた顔が目に浮かぶ。
唯一の問題は、最後に自炊したのが数年前ってことだけど……まぁ、何とかなるでしょ!
しかし、甘かった。
料理を作ること自体が久々であるのに加え、ここは異世界である。
同じ人間同士でも! 人の家のキッチンの勝手が分からないというのに!
異世界の別種族のキッチンで調理――!?
この後、僕は現実を知ることとなる。
☠
さて、何を作るか。
エルフの朝の主食は、ごはん派か、パン派か。まぁ、分からないから後回し。デザートは適当な果実で、飲み物もそれを搾ればいいだろう。簡単簡単。
ということは、メインのおかずが一番の問題。
「ただ、それはちゃーんと考えてあるんだなー」
昨日、食糧庫に入った時。目を付けておいた。隅っこに置かれた果物ではない食べ物。
僕が手に取ったのは――「卵」!
「へぇ、思ったより大きいな。何の卵かは知らないけど……大丈夫でしょ! よーしっ! 今日の朝食は『目玉焼き』だっ! シンプル・イズ・ベスト! 卵を割って、焼くだけ! 楽勝っ!」
っていうか、それくらいしか僕には作れない!
「ふむ……ここがキッチンか。おぉー、それっぽい。料理に使えそうな、よく分からない道具が並んでる。さてと、フライパン的な物は……?」
~10分後~
やっと見付けた。この時点で、キッチン周りをけっこう荒らしちゃったぞ……。
「……まぁ、最後に片付ければいっか。さてと。これは石を削り出して作ったフライパン……なのか? えっと、じゃあ――フライパンの上で卵を割ります! せいっ!」
――ベチャ!
「あっ、失敗失敗。殻ごと粉々になっちゃった。仕方ない。これはスライムの餌にするとして――せいっ!」
――ベチャ!
「あれぇ? おっかしいなぁ……? 僕が悪いのか、卵が悪いのか……。よしっ、気を取り直して、慎重に――せいっ!」
――ベチャ!
こんな感じで、数多もの尊い犠牲を出しつつ。何とか無事に割ることができた。入っちゃった殻は頑張って除去したが……残ってないことを神に祈ろう。
次に、卵を「焼く」段階に入る訳だけど。もちろん、コンロなど存在しない。現代社会とは違うのだから。
「僕の予想によれば、昨日はここで魚を焼いていたと思われる。大きめの石で囲まれた、お手製のかまどのような一角。ところで、どうやって火を点けるんだ? そうだ! マッチ、マッチ……」
~20分後~
やっと見付けた。この時点で、キッチン周りが見るも無残な有り様になってしまったぞ……。
「……うん。最後に片付ける! えっと、これが薪で、これが着火用の松ぼっくりみたいな奴で、マッチの代わりに火打ち石! 初めて使うけど。こうか? いや、こうか? ていっ! でやっ! クソッ、難しいな……」
~1時間後~
やっと火が安定した。一時は火の勢いが強過ぎて、火事になるとこだったけど……咄嗟の機転で水をぶっ掛けて消火! ギリギリセーフ! 全てを新しく取り替えて、再着火して、現在に至る。
この時点で、キッチン周りがビショビショになってしまったぞ……。
「……料理が完成してから考えよう! あとはフライパンを火の上で熱すれば……あっちぃ!! 取っ手まで熱が伝導する――!! 全部石だから! あっ、ヤバ……」
フライパンを落としてしまった。燃え上がる炎へ直火で加熱。これはちょっとヤバイ。即座に服を脱いで、それを手に巻き付ける。そう、鍋掴みの要領で。何とかフライパンを救出成功っ!
「あーあ、焦げちゃったな……まぁ、食べれると信じよう! 最後に、皿に盛り付けて……完成っ! どうだっ! 僕だって、やればできる――」
「ふわぁ……朝からうるさいですね……何事ですかぁ?」
唐突に、眠そうな顔でクリムがキッチンへ入ってきた。
瞬間。
彼女の目は一気に覚めた!
「なっ、何ですかぁ!! これぇ――!?」
その目に飛び込んできた光景は。グチャグチャでビチャビチャになったキッチンと、勢いよく燃え盛る炎と、その前で上半身が裸のまま立ち尽くした僕。
そりゃあ、誰だって驚く! ほら、思った通りの驚いた表情! いや、こんな感じで驚かせたかった訳じゃないけど!!
「ちょっとぉ! グルメさぁん!! 何やってるんですかぁ!? もぉー!!」
「あ、いやっ! その……あはは……」
今の僕には。笑ってごまかすことしかできなかった。
これは……アレだ。イタズラした現場を、母親に見られた時の気分。
さて、どうやって弁明しようか。
☠
異世界に来て2日目。
もう既に、何度謝ったのか分からない……。
「ごめんなさいっ! ホントに、こんなつもりじゃなかったから! 申し訳ないっ! お願いだから、信じてください――!!」
「はぁ……もう、分かりましたってばぁ……。元はと言えば、私が見ていなかったのが悪いんです。ちゃんと躾けておかないから……」
「粗相をしたペット!? いや、僕が悪い! 全面的に僕のせい!」
「こんなことなら、ガッチリ首輪を付けておくべきでしたぁ」
「本当にごめんなさい。それだけは勘弁してください」
二人でキッチン周りを掃除して、散らかした道具を元に戻して、気付けばお昼に近くなってしまった。
最後に残されたのは――皿の上に乗った目玉焼きもどき。
「うーん……あんまり美味しそうじゃないですねぇ……?」
「僕もそう思う」
「じゃあ、頂きますぅ……」
「えっ! 食べるの!? マジで食べるの!?」
「だって、グルメさんが私のために作ったんですからぁ……食べない訳にはいかないでしょう……?」
やっぱり優しい! クリムは優しい! ここまでされて――!! 見るからに元気がなくなっても! それでも、僕の作った料理を食べてくれる! もう、天使か!!
「ただ、味は保証できないよ……?」
「分かってますってばぁ」
すっかり時間が経って、冷めてしまった目玉焼き。
グチャッと潰れた黄身が3つ。原形を留めていない。裏返せば、万遍なく焦げ上がっている。どんな初心者が作っても、ここまで酷い目玉焼きはなかなか作れないだろう。僕には才能があるかもしれない。作る料理を片っ端から不味くする才能が。
彼女は慣れた手付きで調味料を振り掛ける。あっ、そんなとこに置いてあったのか。胡椒ではない。見た感じ、塩っぽいな。なるほど。クリムは目玉焼きに塩派か。気が合いそうだ。
そのままフォークで一口サイズに切り分け、数秒ほどじーっと見詰める。やがて、覚悟を決めたのか。
グッとフォークで刺して、ギュッと目を瞑って、口へ運び――
――パクッ
………
……
…
「――あっ。美味しい。えっ、なんでぇ!? おかしいですよぉ! 見た目はこんなに不味そうなのに――!! 美味しいですっ! 私が作るよりも美味しいっ!! 普段はアツアツしか食べたことなかったけれどぉ! 冷めている方が口当たりがいいっ! 裏側の焦げた部分のホロ苦さが、また絶妙っ! こんな料理、誰も思い付きませんって! 不味そうなのに美味しい! グルメさん、天才ですよぉ!!」
褒められた――!?
まさかの。罵倒される準備はできていたのに。絶賛されるなんて。
彼女の言葉は――嘘ではなさそうだ。今日一番の驚きの表情。それに、さっきまでとは打って変わって、元気が溢れている。本当に美味いのか! えっ、これが!?
「スゴイッ! スゴイです! また作って欲しいくらいっ!!」
「えっと……同じのは、もう二度と作れないと思うけど……」
「うえっ!? 隠し味に何を入れたんですかぁ!? 稀にパリッとした食感が素敵なアクセントを出していますっ! 食べたことないっ!」
「……ごめん。それは、卵の殻」
「ほらぁ! グルメさんも食べてみてくださいよぉ!」
「いや、僕はちょっと……」
「美味しいですってばぁ!!」
無理矢理、僕の口へとグイグイ押し付けてくる。そんなに美味いのか? 他の人にも食べさせたいと思うくらい、美味いのか?
もしかすると。この世界の食べ物は、見た目が不味そうな方が……美味いのかもしれない。そう考えると、これまでの全てに辻褄が合う。
美味そうだと不味い。不味そうだと美味い。なるほど。そういうシステムか。納得だ。
だから、こんなに不味そうな目玉焼きが美味いと絶賛される。ならば、食べざるを得ないだろう。
「じゃあ、あーん……」
――パクンッ
………
……
…
「ボヘエエエエエエエエエエエエエエエエェ!? ゴホォ! ゲハッ!! ぬわああああっ! あっ、ウエッ……!! マッッッズ!! スゲー不味いッ!! 見た目がクッソ不味そうならばァ! 中身までクッソ不味いのは当たり前ッ!! 統計学的に見積もっても! 美味い確率はかなり低いよっ! なんじゃこりゃああああぁ!! この料理は、目玉焼きじゃねえ――!! 冷めてなお、ぶよぶよした気味の悪い食感! 急にガツンと頭を殴られたような、焦げの絶望的な苦さ! さらには、噛む度に口の中でジャリジャリする不快感――!! 生み出してはいけないッ! 絶対に生み出してはいけない、悪魔の創作料理! 地獄から悪魔を呼び起こしてしまったァ!! もう二度と! 作ることなど有りはせぬ――!! いや、これが! 美味い訳ないでしょ!?」
ポカーンとした表情のクリム。
何が言いたいのかは、分かる。彼女にとっては美味かったのだ。ならば、僕が食べてもそこそこ不味い程度なのでは。そう考えていたのだろう。
ところが、蓋を開けてみればスゲー不味い。
まぁ、味覚とは単純な物差しで測れるものではない。人によって味の好みが存在するように。食べ物によっては、僕が美味いと絶賛しても、彼女は不味いと吐き捨てる。そんなものだって、無くはないはず。
今回の料理が、偶然にもクリムの舌に合っちゃったのだろう。
これは、ただの事故。それも、大事故。
「そんなに不味いですかぁ……? やっぱり、グルメさんは舌がおかしいですよ」
「いや、君には言われたくないなぁ……!!」
「じゃあ、ぜーんぶ私が食べちゃいますよぉ? もう、一口だってあげませんからね~?」
「どうぞ、どうぞ。食べてどうぞ。その料理で宜しければ」
「絶対に美味しいんだけどなぁ……」
彼女に作ってもらった料理が不味ければ、自分で作った料理はもっと不味い。
ずっと自炊なんてやってなかったのに! 珍しくキッチンに立つから! こうなるんだ!
ただ――クリムが喜んでくれただけ、良しとしよう。
でも、もう二度と料理なんて作らないからな――!!