表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/36

5.ヤベー不味い

 僕が元々いた世界には、こんな言葉がある。



『プディングの味は食べてみなければわからない』



 随分と抽象的な物言いだけど、プディングとはプリンの総称。どれだけ事前情報で味のことを詳しく知っていようと。そのプリンを実際に食べてみなければ、絶対に分からないってこと。万物に対しても似たようなことが言える。


 ただ、この発言をした人物は――食べたプディングが()()()()()から、こんな呑気なことを言っていられるのだ。


 もし、クッソ不味かったら……。



『ウエッ、マッズ! このプディングの味、食べてみたらクッソ不味い――!! 二度と食べたくない! こんな味なら一生わからなくて結構っ! おい、誰だ!? このプディングを作った奴は! さっさと出て来いッ!!』



 こうなる。絶対にこうなる。


 かの有名なフレーズは、決して生まれなかった。


 不味い食べ物というのは、存在するだけで歴史を塗り替えるほどの! 圧倒的なパワーを秘めているのだ! それこそ、下手したら美味い食べ物以上に――!!


 そして、現在。


 不味い、不味いと、部屋中をピョンピョン飛び跳ねて騒ぎながら。


 舌を出して涙目になっている、忙しないエルフの女の子。


「スッゴイ! いつまでも口の中が苦ぁーい!! 後を引く不味さだよぉ~!!」

「うん、だよね。ただ……大体の不味い食べ物って、そう」


 どうして、僕は不味い食べ物の普遍的な見解を述べているのだろうか。あたかも、ニュース番組に呼び出された「不味い食べ物の専門家」みたいな。そんな称号、絶対に嫌!


 しかし、誠に遺憾ながら――異世界の不味い食べ物については詳しい。転移一日目にして、めっちゃ詳しくなってしまった。


 ()()()()の後味の悪さならば! 平静を保てるくらいには! 達観した――!!


 いや、クッソどうでもいいスキル! 不味さ耐性なんてステータス、どんな異世界でも絶対に流行らないよ!


「ああぁ~! 不味いよぉ~!! なんでぇ~!?」

「ねぇ、そろそろ落ち着かない?」

「どぉーして、そんなに落ち着いてられるんですかぁ!」

「そういう方向に成長しちゃったから……」


 それから、さらに数分くらい経って。


 やっと一段落したようだ。ピョンピョン跳ね回ることを終え、今はグッタリとベッドに端に顔を埋めている。余程ショックだったのか。さっきまで(みなぎ)っていた活力が、嘘のように消失している。恐るべし、不味い料理。


「うええぇ……無理ぃ……。不味いだけならまだしもぉ。初対面の人間さんにドヤ顔でこんなの出して。死ぬほど恥ずかしい……っていうか、ごめんなさいぃ……」

「いや、謝らなくていいよ。言っちゃアレだけど、この世界で僕が食べた物の中では――相対的に一番美味かったから」

「どんな人生、送ってたんですかぁ!!」

「ホントだよね」


 うん。そこまでフォローにならなかった。失敗失敗。


 しかし、一つだけ気付いたことがある。


 このシチュー()()()は、彼女にとっても不味かった。即ち、普段はここまで酷い味じゃないはず。作る料理が全て不味くなるなんて、特異的な稀少スキルを持っている訳ではない。


 と、いうことは。()()が存在する――!!


 偶然にも、料理が不味くなってしまった原因が! 何らかの理由がある! 絶対に!! でなきゃ、おかしい! こんな味は、意図的に創り出そうと思って創り出せるレベルを、遥かに凌駕している――!!


「一つ、質問をいいかな?」

「うえっ……なんですかぁ……」

「これを作る時に、()()()は間違ってなかった? 例えば……独自のアレンジや隠し味をこっそり加えちゃった、みたいな」

「失礼なぁ! ちゃんと教わった通りに作りましたぁ~!!」

「おおう。メシマズの常套句」

「普段は不味くないんですってぇ! 普段は!!」


 僕が思うに、生粋のメシマズ料理人の「ちゃんと教わった通りに作った」は、「何もしてないけどパソコンが壊れた」に通ずるところがある。


 果たして、真実は――


「じゃあ、()()調味料と()()()()()調味料を間違えたなんてことは?」

「そんな初歩的なミスで! こんなに不味くなりませんよぉ~!!」

「なるほど。一理ある。つまり、調味料はシロ。ちょっとやそっとの隠し味では、隠し切れぬこの不味さ。故に、作り方も正しいと仮定すれば、もっと根本的なところに要因が……」

「な、なんか、スッゴイ冷静に分析してる……。もしかして、アナタは不味い食べ物の専門家ですかぁ?」

「否定できないことが辛い」


 持てる限りの脳味噌をフル稼働して、真剣に考える。理論を構築し、仮説を検証し、真理を暴く。どうして不味くなってしまったのか。


 そう! 全てはいつも通りの、美味い料理を取り戻すため――!!


 断言しよう。


 人間とは。ピンチに陥った時、覚醒する生き物であるが。


 ()()()()()を食べたいという一心でも、覚醒できる!


 この根源こそが、人類の食の歴史。遺伝子レベルで刻み込まれた、美食への飽くなき探求心。初めてナマコを食べた人類。死をも恐れず青梅やフグの解毒を試みた人類。


 美味いもののためならば! 体を張ることも、時に命を賭けることすら(いと)わない! 停滞は退化と同義である! 未知への挑戦なくして、美味いものなど得られぬ! こうやって、人類は食と共に進化してきたのだ――!!


 ……ちょっと言い過ぎかもしれない。ただ、間違ってはいない。


 数秒後。


 僕が導き出した結論は――別に大したことなかった。


「料理に使った()()を、確認してもらえないかな?」



   ☠



 それから程なくして、異物混入事件の主犯が判明した。


「ごめんなさいっ! 材料を取り違えちゃってましたぁ!」

「だから、謝らなくていいって。まぁ、そうなるよな」

「あの、とっても言いにくいんだけど……キノコと間違えて、マイコニドさんを入れちゃった」

「モンスター入れちゃったの!?」


 マイコニドと言えば、キノコの魔物。異世界でも共通らしい。


 そして、この世界のモンスターはゲロ不味いのだろう。実食した感想であるが。スライムも不味ければ、マイコニドも不味い。冷静に考えて。あんな得体の知れない生き物、美味い方がおかしい。百歩譲っても、珍味が落としどころ。


「でもでもっ! どうして分かっちゃったんですかぁ~!? スゴイッ! 不味いもの専門家の人間さん、スゴイッ!!」

「その呼び方はやめて」


 と、いう訳で。


 正しい材料を使って、同じ料理を作ってもらうことになった。


 不味い方の料理は……スライムの餌にするしかない。アイツら、何でも食べるから。美味かろうが、不味かろうが。


 ちなみに、彼女とは初対面なのに、すっかり打ち解けてしまった。これも全て、不味い料理のお陰である。もう、これだけ! 不味い料理の良かった点は、これだけ!!


 同じ釜の飯を食った仲。もとい、同じガチ不味い飯を食った仲! 二人にとって数少ない共通の話題! それが、不味い飯! 誰も知らない二人だけの秘密! それが、不味い飯!


「はいっ! お待たせしましたぁ。今度こそ! 絶対に大丈夫だからぁ!」

「……いや、さすがに信じてるよ」

「えへへ」


 見た目も香りも、前回と変わらない。マイコニドも広い分類で捉えれば、キノコの一種なのだ。あれは、ゲロ不味いキノコ。今回は、ちょっとキノコの種類を変更しただけ。エリンギからマイタケにチェンジ、みたいな。


 つまり、鮮やかな野菜も、温かな湯気も、芳醇な香りも、健在である。とても美味そう。そして、今度こそ()()()美味い。


「では、改めまして。いただきます」


――あむっ





………





……









「ブッヘエエエエエエエエエエエエエェ!! なァ!? あっ、ゲええエッ!? アベっ! ぬおおおおおっ!? 何がどうして、こうなった――!? マッズ! ヤベー不味いッ!! 相も変わらず! ちょっと向上心は感じるが!! やっぱり不味い! いや、()()()()っ! これは絶対、何かがおかしい!! 確実に美味いと信じて食べた――!! 不味い料理ほど罪なものは他にないっ! 数十年来の親友に、がっつり裏切られたような気分ッ!! あー、不味いっ! あの苦さとは、また違ったベクトルで不味い! 鈍い味が混ざり過ぎて! ごちゃごちゃした何とも言えぬ不味さ――!! うげええぇ……何でやねんッ!」


 思わず関西弁で突っ込んでしまう不味さ。


 恨めしそうな目で、彼女を見る。イタズラじゃないよね……?


 あっ、これは怒ってる。謝らなきゃ。


「ごめんなさいっ! でも、やっぱり料理は不味かった! それでも料理は不味かった! 不味いと言わずにいられないっ!」

「はぁ!? 嘘でしょう!?」

「ちなみに、ちゃんと味見は……」

「しーまーしーたぁー!! 人間さんの味覚が変なんじゃないのぉ!? 貸しなさいっ!!」


 またしても、彼女はボウルを引ったくる。そのまま端に口を付けて……。


――ズズッ





………





……









「――ほらぁ!! ()()()()不味くないじゃん!! 噴き出すほど不味くないって! 美味しいか、と聞かれたらぁ……お世辞にも美味しいとは言えないかもだけどぉ! 苦くもないし! 甘すぎもせず、辛すぎもせず! 絶対に許容できるレベルの不味さ――!! じゃなくて! 不味くないんだって!!」


 心から分かり合えた仲だと思ったのに。


 早くも決別の時が訪れた。


 まさか、こんなにも()()に違いがあるなんて――!?


「えっ、これがいつも食べてる味!?」

「そうですよぉ! 私をバカにしてるのぉ!? はいはーい。人間さんはそりゃあ、さぞかし美味いものを食べて生きてるんでしょうねぇ!!」

「いや、バカにしてないって! 気を悪くしたなら謝罪するから! そう、()()よりは! 前回よりは美味い――」

「全然フォローになってなーいっ!!」


 彼女はぷりぷりと怒り出した。多分、本人は本気で怒っているのだろう。それすらも、僕の目には可愛らしく映ってしまう。これも、種族の違いかもしれない。


 ほら、ペットの犬が怒っても可愛いだろう。犬とエルフを同一視するのは、申し訳ないが。


 ただ――ここまで来て。


 僕も遂に気付いた。


 おかしいのは、この料理ではない。


 ()()()()は――何かがおかしいっ!


 これは不味いことになった。二重の意味で。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ