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4.ガチ不味い

 一番最初に感じたのは。


 口の中にへばり付いて残ったゴミのような苦さ。


 苦虫を噛み潰した、っていう表現があるけれど。それでは遥かに及ばない。苦虫の王様を口一杯に頬張って、ガッと噛み締めたら――多分こんな味になると思う。そもそも苦虫って何か知らないけど。


 次に感じたのは。


 全身を包み込むような、柔らかく気持ち良い感触。


 まるで、ふかふかな綿菓子に包まってお昼寝をしているかのような。何を思ったのかパティシエが間違えて、ふわっふわのスポンジケーキに僕を挟み込んでしまったかのような。いつまでもぐっすりできる。


 ふと気付いた。


 トン、トン、トン、トン。一定のリズムで、木をつつくキツツキさながらの楽しげな音。さらに遠くからは、クツクツクツ。誰かが鍋でも熱しているみたいな……脳裏に飛来したのは、キッチンに立つ母の後ろ姿。今日は僕の大好きなカレーかな。


 いや、違う。カレーじゃない。


 ほんのりと漂ってきたのは、もっと別の香り。


 例えるならば、旬の野菜をふんだんに使って、じっくりと時間を掛けて丁寧に煮込んだホワイトシチュー。中に入った肉もジャガイモもトロットロ。一杯食べれば、身体の芯からポカポカに温まる。クソ不味いだの、メチャ不味いだの、そんな些細な悩みなんて全部忘れさせてくれるような……。


 実に……実に()()()()な匂い……!!


「――はっ!?」


 やっとのことで睡魔の誘惑を振り切り、僕は目を覚ました。


 正確には、覚めざるを得なかった。


 こんなに腹ペコなのに! めっちゃ美味そうな匂いがしたら!


 誰だって飛び起きる――!!


 周囲を見回せば、森の中じゃない。家の中だった。全く知らない部屋。そこのベッドの上で寝ていた。いや、寝かされていたようだ。多分、倒れていたの僕を発見して、親切な村人が介抱してくれたのだろう。心優しい異世界の民に感謝。


 そして、見れば見るほど面白い部屋。壁も、床も、天井も、全てが木で造られている。まぁ、そういう家もあるか。僕には馴染みが無いだけで。連想したのは、巨大な木の上に建てられたログハウス。海外のホームドラマとかでよく出てくる、完全木造住宅。


 驚くことに、その他の物もほとんど木製。僕が寝ているベッドを始めとした家具も、テーブルの上に並べられた食器も、ちょっとしたお洒落な置き物まで。


 みーんな、木か、草か、藁か、綿。あと、ちょっと石。まさか屋内で豊かな自然を味わえるなんて、夢にも思わなかった。人によっては、質素と言うだろう。でも、僕は好きだ。こういう秘密基地みたいな空間に憧れる――


「あらぁ? お目覚めですか?」

「へっ!?」


 長閑(のどか)な静寂を破ったのは、少し高めの女性の声。


 思わず上半身ごと向き直る。そこには、スラリとした一人の女の子が立っていた。年齢は……分からない。そういうのは、僕はちょっと分からない。ただ、恐らく若いんじゃないかなぁ。


 身長は高いけど、僕ほどではない。編んだ長い金色の髪が、風もないのにふるふると揺れ動いている。緑と白を基調とした、とても動き易そうな服装。一言で表現すれば、「森の精霊」って感じがしっくりくる。


「もしもーし! お目覚めですかー?」

「ちょっ、痛っ! ペチペチしないで!」

「あっ、起きてた」

「起きてますけど!!」


 完全に起きてたじゃん! 身体ごと向き直ってた!! まぁ、ぼうっとしていた僕にも非があるのだろう。だって、()()()見たんだから。()()を。


 耳が尖ってる!!


 そう、本物の()()()――!!


 スゴイ! 作り物じゃないよね!? じーっと見ていたら、耳がピクッと動いた! 本物だ! もう、感激っ! スッゲー!!


 と、いつまでも感動している訳にはいかない。まず状況を整理しなければ。


 最初の質問を、彼女へ投げ掛ける。


「……もしかして、君が僕をここへ……?」

「もしかしないっ! どう見たってそうでしょう? だって、ここは私のおうちなんだからさぁ」

「ごめん。それは、さすがに知らない」


 大丈夫。意思疎通はできている。ちょっと、話が噛み合ってないだけ。何も問題ない。


「あっ、そうだ。ありがとうっ! 本当にありがとう! 助けてくれて!」

「えへへ。そりゃあ、助けるってぇ。困った時にはお互い様っ!」

()()()()……?」

「あれぇ? まさか人間さんじゃないのぉ? お隣りの人間さんの村から来たんじゃないのぉ? 耳が尖ってないのに」

「君らもそうやって区別するんだ……。確かに僕は人間だけど、この近くに住んでいる人間じゃなくて、もっと別の遠い場所、というかもう次元が違うみたいな世界から来た人間で――」

「?????」


 彼女はブルーの双眸を見開いて。全く訳が分からないという顔を僕に向けた。こんなに完璧な「目は口ほどに物を言う」は初めて見た。


「ごめん。詳しいことは後で説明させて。それより――」


――グウウウゥ……


 ダメだった。間に合わなかった。もう限界だった。


 さっきからずっと! 美味そうな匂いがプンプンしてる! 部屋中に充満! 堪らない!!


 このまま話し込んでいたら、理性が崩壊しそう。今すぐにでも、キッチンの鍋を直にかっ込みたい――!!


「あれぇ? お腹が空いてたの? あっ、それで倒れてたのかぁ!」

「ちょっと違うけど、まぁ大体そんな感じ」

「そっかそっか! うふふっ。ごめんねぇ、気付かなくて。ちょーっと待っててね」


 それだけ言い放つと、彼女はピョンと跳ねるように向きを変え、部屋の奥へと姿を消した。


 と、思ったら十数秒後。


 木のボウルを抱えて戻ってきた。そんな、軽快に持って来られると……ほら、今にも零しそう!


 そんな見た目とは裏腹に、絶妙なバランス感覚で一滴たりとも零さず、僕の前へと到着した。 


「えっ、朝からなーんにも食べてないの?」

「いやっ、何かこう……これっくらいの大きさの真っ赤な実をガブリと……」

「ドロベチャの実を食べちゃったのぉ!?」

「そこから森へ入って、透き通った川の水を一杯……」

「ゲチョリ川の水を飲んじゃったのぉ!?」

「あと、青い半透明のプルプルしたモンスターを一口……」

「スライムさんを(かじ)っちゃったのぉ!?」

「あっ、スライムはそのままなんだ」


 どうやら、ここで僕が口にしたもの全て。


 この世界の人間にとって、()()()()()()なものだったらしい。


 あぁ、道理で。納得。納得だぁ……。


「じゃあ、大変だったでしょう? ほら、食べて食べて。冷めないうちにどーぞっ!」


 差し出されたボウルには。


 真っ白なスープが湯気を立てていた。想像していたシチューほど、ドロッとしていない。全体的にさらさらしている。ただ、スープにしては具がゴロゴロしている。この世界のシチューと言えば、これが定番なのかもしれない。


 残念ながら、()らしき具は見当たらない。でも、十分。黄、緑、橙と、鮮やかな野菜が食べる前から目を楽しませてくれる。口の中でどんな調和(ハーモニー)を奏でてくれるのか。無意識に想像してしまう。


 温まったばかりなのだろう。ポコッ、ポコッと、表面に時折、泡が顔を覗かせる。グツグツはしていない。食べられる温度。これこそ、僕が求めていた物――!! 体調や気分が悪い時には、温かい料理と相場が決まっている。


 そして、部屋に充満していた良い香りが。ここに凝縮されている。ほんわりと湯気が顔を覆い、立ち昇る香りが脳髄を震わせる。もう、これだけで美味い! コクのある、まろやかな香り! ご飯三杯はいける!


 からの――実食!


 木のスプーンを手に持って。ちょっと欲張って、大きな一口分だけ掬う。


「あっつ! ふーっ、ふーっ。では、いただきます」


――ハムッ





………





……









「ンゲエエエエエエエエエエエエェ!! ゲええッ! オぼえッ! ウッエ!! えっ!? えっ!? えっ!? なんでええええええぇ!? ゴヘっ! マッズ!! ガチ不味いッ!! いや、マシだけど――!! スライムとか、変な実よりはマシだけど! それでもなお、人が食すと思えぬ不味さ!! ごめんなさいっ! でも、ホントだからッ!! 味のハーモニーどころか! 史上最悪の不協和音ッ! オーケストラ大暴走っ! 食感云々(うんぬん)以前の問題! とにかく味が()()()()! どれだけ甘く採点しても、100点満点でガチ不味い――!! 不ッ味いいいぃ~!! えっ、嘘でしょ!?」


 僕のリアクションを目の当たりにして。


 さすがの彼女もドン引き。


「そっ、そんなに……不味かった、ですかぁ……?」

「ごめんっ! ホントにごめんっ! でも、これだけは! これだけは言わせて!! 人は誰しも嘘をつくけど!! ガチ不味い料理を食べた時()()は! 絶対に嘘をつかない――!!」


 ……ちょっと強く言い過ぎてしまったようだ。


 あと一押しで泣きそうな表情。罪悪感がハンパない。


 だって、不味いんだもん! いや、ホントの、ホントに! 不味いから!!


「そんなに……不味く、ないもんっ……がっ、頑張って、作ったのに……」

「いや、気持ちはマジで有り難いから! 本当にありがとう!!」

「ちょっと……貸してっ!」


 彼女は僕の手からスプーンとボウルを引ったくると。


 なり振り構わず、何も気にせず、一気に自分の口へ運んだ。


――ジュルッ





………





……









「ウゲエエエエエエエエエッ!! 不味いっ! これ、死ぬほど不味いよぉ!! うえっ、何これぇ!? 一体全体どうやって作ったらぁ! こんな味になるのさぁ~!! もう、バカじゃないのぉ!? ゲエッ! 罰ゲームでお友達に食べさせたら! 絶交されるレベル――!! うぇ……にがぁ……!!」


 まさかのリアクションに、僕もドン引きしてしまった。


 やっぱり不味かったのか。勘違いじゃなかった! 良かった! いや、本当にこれで良いのかはよく分からないけど!


「っていうか、君が作ったんでしょ!?」

「そう、だけどぉ……」

「味見はしなかったの!?」

「しなかった――と、思う……?」

「ええぇ……」


 彼女はすっかり混乱していた。


 ただ、言わせてもらうけど。


 僕だって、何が何だか訳が分からない――!!

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