33.随分と不味い
「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!! ゼアッ! ゲええェ! ペッソォ……! マッッッズ!! 随分と不味いッ!! ぶえっ! 覚悟してたのに――!! 僕の一世一代の覚悟ッ! 真正面から打ち砕かれたァ! 心の折れる不味さ! 折れたよッ! 今心折れたよッ!! 不味さが世界を征服した! リアル噴飯物! 舌が馬鹿になる! のどごし生々しい――!! ぐうゥ……試練か! これは試練なのかッ!? 不味さと強さの等価交換ッ! 震えるぞ全身! 燃え尽きるぞ精神! 刻むぞ不味さの破壊神ッ!! 僕は人間をやめるぞォ――!! ぱふぁ……」
さて、どうして僕がこんな風に叫んだのか。
とある一日を振り返ってみよう。
☠
朝、起床。
硬い木の床に藁を敷いた簡素な布団の上で目が覚めた。
目覚まし時計の代わりに変な鳥の鳴き声。今日も元気にグエグエ叫んでいる。
ちなみに、必ずクリムよりも早く起きる。クッソ不味いものを口に入れられたくないから。ベッドを見やれば、彼女はスウスウと気持ちよさそうに寝息を立てている。
「よし、クリムが起きる前に朝食を……作れないんだよなぁ」
無理。一人でできないもん。
料理が作れないなんて、居候としては致命的。むしろ、勝手に料理しちゃダメと釘を刺されている。理由は言わずもがな。
頃合いを見計らって、クリムを起こしにかかる。
「クリム。起きて。朝だよー」
「ん……うにゅう……」
「うにゅーじゃなくて。ほら、二度寝しないの」
「まだ朝じゃないですかぁ……」
「もう朝だよ!」
全然ダメ。揺すった程度では起きない。やっぱり仕事の日じゃないと早起きしてくれないのか。
しかし、僕には秘策がある!
メガサメ草ではない。そんな物を使うまでもなく、簡単にクリムを起こすことができちゃうのだ。
「ふーん。起きないのか。じゃあ、しょうがないなぁ。クリムの分の朝ごはんは、僕が食べるしかないよね?」
「うえぇ……!? 私のご飯……食べますぅ~!」
「あ、起きた。飛び起きた。さすがは食い意地の権化。睡眠欲に勝る食欲」
「それ、どーゆー意味ですかぁ!?」
「何も間違ってないよね? はい、おはよう」
「むぅ……おはよーございます」
完全にぱっちりと目を覚ましたクリム。今日も元気一杯だ。見ている僕まで自然と元気になる。
そして、朝食の時間。
朝ごはんは必ず二人で一緒に食べる。これがクリムと取り決めた新ルール。前に抜け駆けして、僕だけゲボの実を食べちゃったから。
ただし、彼女が起きている場合に限る。
「僕は今日もモジャの実2個で我慢するかな。クリムは何を食べるの?」
「うーん……グルメさんと同じのでお願いしますぅ~」
「じゃあ、取ってくるよ。ちなみに、何個?」
「グルメさんの3倍で」
「6個!? 朝からよく食べるね」
「違いますよぉ。グルメさんが小食なんですっ!」
「その言葉、カスタさんに聞かせてやりたい」
という訳で、半分に切ったモジャの実の山が完成。今日も相変わらずモッサモッサしてる。これを最初に食べた人は尊敬に値するよ。
「いただきます」
「いっただっきまーす!」
――ガブリッ
………
……
…
「ブゲェ……やっぱり不味い。なかなか不味い。さすがに慣れたけど、食べれるけど、不味いんだよなぁ~。目を閉じればハワイアンなのに。出されたのは腐ったマンゴー。食物繊維は死ぬほど豊富だけど。マズゥ……あっ、ごめんなさい。黙って食べます」
クリムと決めたもう一つのお約束。一緒にご飯を食べている時は、なるべく不味いって言わないこと。
確かに、慣れれば多少は我慢できるようになった。ただ、初めての食べ物に対しては厳しいと思うよ。だって、いつも想像の遥か斜め上をいく不味さだから。
朝食を終えたら、庭の水やり。
外に出れば、さんさんと太陽の光が僕に降り注ぐ。綺麗な快晴。気候は今日も温かい。
「はうぁ! 人間様のお出ましじゃあ~!」
「ありがたや、ありがたや」
「おおう。朝から行列。でも、お爺ちゃんお婆ちゃんしかいないような」
「ふえぇ……みんな熱心に参拝しますねぇ。お年寄りさんは朝に強いですぅ。それにしても、暇なんですかね?」
「クリムっ!」
「そうそう。ワシら暇人なんじゃよ」
「合ってた!?」
そんなこんなで、一通り参拝されてから水やり開始。
クッソ不味い水を汲んでは、クリムと手分けして草花に与える。
すると、巨大な影がのそりと僕に近寄ってきた。
「ブモッ!」
「おっと。初代、おはよう。よく眠れたか? 分かったから。舐めるのは左手で我慢しなさい。はぁ、手がベトベトだよ。あとで洗わなきゃ」
「ブハァ~!」
「よし、満足したな。それにしても、何故か家には近付かないんだよなぁ。嫌な思い出でもあるのか」
かつてクリムが拾ってきた魔獣。どうやら、コイツも僕と同じく村の外からやって来たようだ。
結局、元の名前が思い出せないので『初代』と命名された。クッソォ……僕よりも名前がカッコイイぞ……!!
「おーい! グルメー!!」
唐突に名前が呼ばれた方を振り向けば、今度はちびっこ集団。子供からお年寄りまで、みんなの人気者になってしまった。まぁ、悪い気分ではない。
唯一の問題は、子供たちから崇められているというよりは……面白い玩具みたいな扱いを受けている。
「おーう、ちびっこたち! おはようっ!」
「おはよー!」
「やっぱり耳が尖ってなーいっ!」
「グルメ、グルメー! これ食べてー!」
「はいはい。今日は何を持ってきたんだ?」
ちびっこの一人が、かごの中から何かを取り出して僕に手渡す。それはブルーベリーのような青色の果物だった。しかし、縦長。例えるならば、青いピーナッツみたいな感じ。
「オーマズの実だよ~!」
「オーマズの実」
「さっきそこで収穫した採れたてっ!」
「これは、ちゃんと食べれるの?」
「食べれるよー! ほら、こんな風にー! あむっ」
「よーしっ! じゃあ、僕も食べるぞー。食べるぞー!!」
――バクッ
………
……
…
「ベガルタアアアアアアアアアアアアアアアアァ!! ヴィッせ! ベルマぁ! じゅびぃ……マッッズ!! 大いに不味いッ!! 名前の通り――!! おーマズッ! 期待を裏切らぬ不味さ! なんと表現すれば良いのか! 爽やかッ! 爽やかな不味さである!! 喉を吹き抜ける青々しい風! 胃の中から込み上げるヤバイ感じ! 食べ物と認識しないッ! 300年前に製造された歯磨き粉――!! しかも芳香剤みたいな味ッ! 食べたことないけど! ごべえぇ! キッツイわぁ……!! ラベンダーの花畑かと思って足を踏み入れたら! 漏れなくトリカブトだったァ――!! 不味さの新境地に到達ッ! げえィ……」
うん、知ってた。だって、その辺で採れた果物だからね。美味い確率は低い。それでも食べざるを得ない。ちびっこの期待に応えるヒーローと同じ理由で。
「ぎゃはははー! 不味いって! やっぱ不味いってさー!」
「ウケる~! グルメ、超グルメッ!」
「もう一回食べて~!」
「べはぁ……喜んでもらえて、何よりだよ……マジで体を張った笑いだからね……。ただ、もう一回は勘弁」
「なーんでー!?」
「もっかい、おげーしてよッ! おげええええぇー!」
「おげーするって……変な言葉を作っちゃダメ! 絶対に村で流行らせないで! 吐き芸なんて持ちネタは嫌だぁ……」
「じゃあ、今度はこれ食べてー! そこで拾ったオゲリ虫!」
「虫はやめて!!」
辛うじて食べ物は許容するが! 虫だけは許さない――!!
子供って怖い。純粋だから、何でも食べさせようとする。まぁ、みんなの前で調子に乗って不味いものを食べちゃう僕も僕だけど。
無事にちびっこ集団が退散したら、水やり再開。今日も朝から騒がしい。穏やかなのは天気だけ。そう、景色は最高なのだ。空は蒼いし、山は緑だし、庭はカラフル。耳を澄ませば、風の音と鳥の声――
「もぉー! グルメさんっ! お庭の花を食べちゃダメでしょう!」
「ブモッ!?」
「こらぁー! こんなところで、おトイレなんていけませんっ!」
「プギィ……」
「あー! 遅かったぁー! だから言ったのに! もりもり出しちゃってぇ! うえっ!? なーに喜んでるんですかぁ! これだからグルメさんは~!!」
「誤解される言い方しないで!! せめて初代って付けようっ! 初代!」
クリムの言葉だけ聞かれたら完全にヤバイ奴! 弩級の変態だよっ!
どうか誰も聞いていませんように。
☠
水やりが終わったら、今度は川へ水汲み。
生活用水を貯めておくにも限界があるし、使えばなくなる。蛇口を捻れば美味い水が際限なく出てくる現代社会とは違うのだ。
そのため、家と川を最短距離で何度か往復する。もちろん、行き先はゲチョリ川。道さえ覚えれば、水汲みくらいは一人でもやれそう。
だと思ったんだけど。
「ぐううぅ……おっ、重いぃ……!!」
「うえっ? たったそれだけで!? グルメさんはバケツ1杯、私はバケツ2杯ですよぉ? 半分じゃないですかぁ~」
「そう、だけどっ……!! があああああぁ!」
「弱っ! グルメさん、弱っちい! スライムさんから舐められる訳ですねぇ。もぉ……ほら、減らしていきましょう」
「面目ない」
「ブシシッ!」
「初代ィ……! だったらお前も手伝えや!」
水を少し減らして。クリムの一往復が、僕の三往復。
全然手伝えてないよ!
車輪やコロを使って工夫して水を運ぼうにも、川へ辿り着くまでに凸凹の森を抜けなければならない。まず無理だろう。そもそも、僕にはそんなもの作れない。
こんなところでも力不足を痛感してしまった。
転んで全てを無に帰さぬよう、足元に注意しながら木々の隙間を抜ける。どうしてクリムはバケツ2杯も持って、僕より早く歩けるんだ。いつも通り、軽快にピョンピョン。
「はっ、はぁ……水汲み、大変っ……! クリム、そういえば……飲める水は、どこから汲んでくるの……?」
「飲むお水ですかぁ? そっちは貴重ですからねぇ。もちろん、厳重に管理されています。村の中心に井戸があるんですよ。ノメル井戸って言うんですけれど」
「ノメル井戸」
「そこからお水を引き上げて、各地に分配する仕組みです。うちにも運び人さんがお届けに来ますよ」
「なるほど……飲めるのは、それだけ……?」
「うーん。村を出てちょっと遠くへ行けば、山の湧水とか。ザーザー降った雨を集めて、綺麗にしたお水とか。あとは、花の蜜と果汁ですかねぇ。おおっ、噂をすればお花を発見ですっ!」
「あ、前に飲んだ奴……そういや、名前は……」
「チュパチャプの花です。はむっ。んちゅー」
「ぐっ……ちょい、休憩……」
見栄を張らずにもうちょっと減らしておくべきだった。
やはり筋肉だ。僕に必要なのは筋肉。帰ったら筋トレをしなければ。
☠
重労働の水汲みを終え、体力を回復したらお出掛け。
今日は所用で街へ行かなければならない。
「うっわぁ……みんなに注目されていますねぇ。すっかり有名人」
「いやいや。絶対に初代のせいでしょ。こんなデカイの連れてる奴、見たことある? 僕はない」
「ブファ~?」
「お前は大人しくしてろよ。暴れるんじゃないぞ」
初代が他の食べ物に目移りして暴走しないかと心配したが、全くの杞憂だった。つまり、僕が一番美味いのだろう。
そして、目的地の管理局へ到着。僕と初代は待機して、クリムだけ建物の中に入っていく。しかし、外にいても声はよく聞こえる。
「おーい! ミキサちゃーん? いる~? いない~?」
「クリムっ! いるに決まってるでしょう! ここで働いてるんだから! って、あれ……? アンタだけ? なんでオマケのアンタしかいないの?」
「うえっ!? 私はオマケじゃないですぅ!」
「分かったから。それで、本命はどこ? 我が愛しのグルメ様はどこっ!?」
「ミキサちゃん、相変わらずだねぇ」
「もしかして、愛想尽かされて逃げられた?」
「どーしてそうなるの~!? ちゃんとお外でお利口に待ってるよぉ!」
「ふぅん。外にいるのね。じゃあ、アンタは何しに来たの?」
「今日はグルメさんをここへ紹介しにきたんだよ?」
「は? 頭でも打った? 記憶が飛んじゃった?」
クリムは、またもやらかしているようだ。初代って付けないから。そして、ミキサもまたお変わりないようで。ちょっと安心した。
少しすると、2人が建物の外へと飛び出してくる。それはそれは、意気揚々と。
「グルメ様っ! グルメ様~!!」
「じゃあ、紹介するね! グルメさんの隣にいるのが……新しいグルメさん! 魔獣さんですっ!」
「……魔獣ウウウウウウウウウウゥ!? ウッソでしょ!? うわっ、デカイ! マジで魔獣! なんでなんで!? 確かに情報が届いたけど! これが例の影!? アンタ、今度は魔獣を家で飼って……?」
「羨ましい?」
「全然っ!」
仰天しながらミキサが僕に駆け寄る。耳をピンと立てて厳重警戒態勢。武器を取り出さんとする勢いで身構えている。
まぁ、初見で驚かない方が無理な話だ。なんたって、魔獣だもん。
「だっ、大丈夫ですかっ!? 食べられかけてません!?」
「心配ない、心配ない。じゃれてるだけ。ミキサも元気そうで何より」
「えっと、その……お久しぶりです。またグルメ様に会えて良かったぁ……」
「一昨日会ったばっかりだけどね。で、本日の用件なんだけど」
「はいっ! 察するにペットの登録ですね。ただ、本気で飼うんですか?」
「うん。スッゴイ懐かれちゃったから。悪い魔獣じゃないし。草食だし。それに、森へ返して討伐されちゃうと可哀想だから……」
「グルメ様、魔獣にも優しい……聖人君子ですか……」
「あと、ステーキにするにも忍びないし」
「フゴッ!?」
またミキサには迷惑を掛けてしまうな。それが仕事とはいえ。いつかちゃんと御礼をしないと。
クリムも遅れて駆け寄って、ミキサの背中にドーンとぶつかる。なのにビクともしない。体幹が強い。あれは軽いスキンシップなのか。僕なら吹っ飛ばされること請け合い。
「えへへー。登録よろしくねぇ~」
「ちなみに名前は?」
「グルメさんです」
「待って、クリム! 違うでしょ!? 初代だって! 初代グルメっ!」
「おぉ、そうでしたぁ。初代グルメさんです。略して初代さん」
「へぇ。アンタ、初代って言うのね。でも、ホントに無害なのかしら……うわっ! 何これ!? モッフモフ! 見た目よりモッフモフ!!」
「ブシシッ!」
「おや? 初代も撫でられて喜んでる。珍しいな」
「どれどれ、私も……」
「プゴォ!?」
「だから、どぉーして逃げちゃうんですかぁ~!?」
ミキサは平気なのに、クリムは無理。
初代にとって、この世で唯一の天敵がクリムなのかもしれない。
☠
無事に初代を登録することができた。
ただ、許可が通るかどうかは不明。こんなデカイ魔獣は前例がないから。暴れたら手が付けられないだろうし。クリムを除いて。
ちなみに、書類上はクリムのペット。さすがにペットのペットは無茶な相談だった。
からの、3人と1匹でお昼ごはん。
「ふん、ふふ~ん♪ おっひるごは~ん♪」
「めっちゃ浮かれてるな。おーい、クリムっ! ちゃんと前見て歩いて! それで、ミキサ。どこへ向かってるの?」
「初代が一緒では、お店の中で食べられそうにないですからね。今日は外で食べましょう!」
「わーいっ! さんせー!」
到着したのは、フードコートのような一画。食べ物のお店が軒を連ねている。あっ、めっちゃ良い匂いが漂ってきた……。これは期待できる。
僕と初代は、近くの公園で待機。クリムとミキサがお昼ごはんの買い出し。その間にも、僕の周りには参拝客が集まってくる。誰もが物珍しげに人間を眺め、手を合わせる。どうやら変な噂が立っているな。
「グルメ様っ! お待たせしましたっ!」
「おまたせ~!」
「2人とも、ありがとう」
「でへへ……感謝されちゃった……」
「感謝しただけなのに」
「では早速。グルメ様、あーん」
「ストップ。あーんは禁止って言ったよね?」
「そういえば、そうでしたっ! うっかり。はい、どうぞっ!」
「これは……パスタだ。妙に太い緑のスープパスタ。ここに来て初めての麺類。ラーメン好きの僕にとっては期待十分。ワンチャンあるぞ……!!」
「こちらの料理は、ペヤッグと言います」
「ペヤッグ。焼きそばじゃないのに。パスタなのに」
ミキサは僕のことを分かっている。ならば、フードコートで一番の絶品を買ってきてくれたのだろう。
だから、彼女信じるしかない。何はともあれ、食べなければ味は分からないのだ。今度こそ、信じる者は救われる。そう信じる。
っていうか、そろそろ当たりを引いてもいい頃合い。
盛大に料理を貪っているクリムを脇目に、僕もまた一口。
――チュルン
………
……
…
「ドビュッシイイイイイイイイイイイイイイィ!! ばっは! マニノフっ! ドヴォ!! マッッッズ! とんだ不味いッ!! 魔王だっ! 魔王がいるッ!! 口に入れた直後! 不味くて不味くて! 脳内で再生される不協和音のメロディ!! 魔王の葬送曲――!! 頭が割れそうだぁ! ダメッ! 幻覚が見え始めた! 魔王の娘が手招きしている! ビジョンとして具現化される不味さァ!! 麺ではない! 長細い物体X! この世の麺類に謝れェ――!! 逆に芸術的だよ! もう麺なんて食べない! お父さーんっ!! フィがろぉ……」
脂たっぷりの背徳的なラーメンが懐かしい。あれを深夜に食べたい。
☠
お昼休みが終わったら、ミキサも仕事に戻る。今日は遊べない。
名残惜しみながら別れて、また2人と1匹に戻ってしまった。
あとは街で買い物をしてから帰るだけ。
「うーんと……八百屋さんでお野菜も果物も買ったし、新鮮な卵もゲットできたし、グルメさんの餌も気に入ったのが見付かったし、これで全部ですかねぇ?」
「一つ訂正。初代の餌ね。全く……僕を舐める癖が直ればいいんだけど」
「ブゲェ?」
「お前のことだよ!」
初代の餌はさすがに重量があるので、どうにか本人に括り付けた。工夫すれば、多少は重い物を運んでくれそうだ。水の入ったバケツを運ぶのは無理だろうけど。
帰り道はゆっくりと歩く。いや、ゆっくりとしか歩けない。荷物を持った僕が遅いから。
「ほーら、グルメさーんっ! 頑張れ、頑張れ~!」
「ぐふぅ……クリムの方が、重いはずなのに……午前中と変わらない……!」
ただ、心なしか。この世界に来た初日よりは、鍛えられている気がする。絶対に筋肉が付いている。あとはこれを続ければ、きっと強くなれるはず。継続は力なり。
家に帰って荷物を片付けたら、特訓。
まずは初代の特訓。
「待てっ! 初代、待てっ! 食べちゃダメだぞ……!!」
「ブッハァ!」
「あーもう! だから、食べちゃダメなんだって~! 待てっ! 分からない? アンダースタンド? 待てっ! ウェイト!」
「ブ……ブッハァ!」
「があああああああァ! 難しいっ! ペットの躾けって難しいっ!」
「ふふっ。グルメさんも、私の気持ちが分かりましたかぁ?」
「僕を初代と一緒にしないで!」
「じゃあじゃあ、お手本を見せてあげましょう! 初代さーん? 待てっ!」
「ブギ……」
「えっとね。待てっていうか、固まってなぁい?」
なんだろう。完全に飴と鞭の関係。僕が飴で、クリムが鞭。
もしかしたら、躾けにはピッタリのコンビなのかもしれない。
ただ、僕は物理的に飴なんだよなぁ……。初代が喜んで舐める舐める。絶対に、ちょこまか動く飴だと思ってる節があるよ。
「うーん……どうしてクリムが苦手なんだ。何か覚えがある? むかーし飼ってた時にいじめてた?」
「いじめてないですよぉ~!! 失礼なぁ!」
「そうだよね」
「ただ、ご飯を作ってあげたら何回か吐いちゃったことがありましたねぇ」
「それだ! 不味かったから!」
「お散歩を嫌がるから、半分くらい引き摺って外に出してましたねぇ」
「それも! 散々な目に遭わされたから!」
「最後は一緒のベッドで寝て、朝起きたらいなくなっていたんですよぉ」
「そうか! 寝てる間に蹴っ飛ばされたから!」
謎は全て解けた。
半分くらいは予想通りだった。
「初代……お前、苦労したんだな……分かるぞ……」
「ブモォ……」
「うえっ!? なーんで私が悪いみたいになってるんですかぁ~!?」
「いや、ごめんごめん。痛っ! えっ、叩かないで! ごめんって! 痛いッ! だから、そういうとこォ――!!」
どうやら、クリムは自然界よりも厳しいらしい。
☠
最後に、僕の特訓。
平たく言えば筋トレである。
「……十八……十九……二十っ! ぐはああああぁ……辛い」
1セット20回の腹筋を終えて、その場に崩れ落ちる。
昔はもっとできたはずなのに。既に限界。
さらに腕立て伏せ、背筋、スクワット、水入りのバケツを持ち上げる……。
3セットくらいやりたかったけど、無理だった。1セットで勘弁してください。
「ふぅ……そうそう。運動後は30分以内にタンパク質……」
もちろん、この世界にプロテインなんて存在しない。
ならば、代用品っ!
昔ながらの筋トレの定番。今日はちゃんと買っておいた。
「……あった! グエグエの卵――!!」
そう! 生卵を一気飲みと! 相場が決まっている!
ただ、僕が見た映画では運動前に飲んでいたような……? まぁ、いっか。
割らないよう慎重に卵を持って、コップの上へ。からの、卵の下に穴を開けて中身を出す。割ると失敗するから。
注いだ2個の卵をかき混ぜて、準備完了。
焼いても不味い。茹でても不味い。では、生ならば……?
考えても仕方ない。
間髪入れずに飲み干すッ!
――ゴクン
………
……
…
「ヴェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!! ゼアッ! ゲええェ! ペッソォ……! マッッッズ!! 随分と不味いッ!! ぶえっ! 覚悟してたのに――!! 僕の一世一代の覚悟ッ! 真正面から打ち砕かれたァ! 心の折れる不味さ! 折れたよッ! 今心折れたよッ!! 不味さが世界を征服した! リアル噴飯物! 舌が馬鹿になる! のどごし生々しい――!! ぐうゥ……試練か! これは試練なのかッ!? 不味さと強さの等価交換ッ! 震えるぞ全身! 燃え尽きるぞ精神! 刻むぞ不味さの破壊神ッ!! 僕は人間をやめるぞォ――!! ぱふぁ……」
こうして、僕は腹筋の底から不味さを叫びましたとさ。
めでたしめでたし。




