32.なんとも不味い
全身が不味い汁でベトベトになる。こんな経験は滅多にないだろう。
ちなみに、僕は二回目。
不味さの対人殺戮兵器こと、ゲボの実先輩に反撃を喰らって以来の衝撃である。あの時はシャワーを浴びることができて、無事に解決したけれど……。
今の僕は森の中。一体どうすればいい!?
「クッソォ……どうして僕ばっかりこんな目にぃ……」
「ふふっ。日頃の行いですよぉ~」
「そんなに悪いことしてないから! 不味いのは、不可抗力だし……」
「あれぇ? 下着泥棒してませんでしたっけぇ?」
「だから違うんだって!!」
冤罪なのに! 勝手に変態認定されては堪ったもんじゃない!
ただ、クリムの中では確固たる地位を築き上げていると思う。我がままで、食事にうるさい、変態な、ペット。ダメだこりゃ……。
「不味いよ不味いよ。このまま他の誰かに遭遇したら、絶対に通報されるレベル。森に全身ベチャベチャの怪しい奴がいる。あぁ、魔獣の代わりに討伐されるのは嫌だ……」
「そこまでベチャベチャじゃないですよ?」
「えっ、そう?」
「涎まみれなのは、グルメさんの前半分だけですっ!」
「前半分! 顔面しか舐められてないから! つまり、リュックは無事! 着替えもある!」
「そのまま着替えちゃあ、意味ないですけどねぇ」
彼女の言う通り。着替える前に、涎をどうにかしなければ。
一方、僕がこうなった元凶、もとい初代グルメ(仮)は、依然としてこっちをじーっと見ている。苦手なクリムがいるにも関わらず、この場から離脱しない。
狙っているのか。隙あらば、僕を舐めようと狙っているのか。
さて、これからどうしよう。考えあぐねた、その直後。クリムがパッと弾けた笑顔で言い放った。
「そうですっ! グルメさん、行きましょう!」
「どこへ?」
「決まっているじゃないですかぁ~。今からグルメさんの涎を洗い流しに行くんですっ!」
「言い方っ!! 僕の涎じゃない! せめて、初代って付けて! 初代グルメの涎! ただ、森の中で洗い流せる場所……あ、もしかして!」
「もしかしないっ!」
クリムは片足でピョンと立ち上がり、森の向こうを指差してドヤッとする。
「ふっふーん! 行きますよぉ! ゲチョリ川へっ!」
☠
僕とクリムの出会いの場所、ゲチョリ川。
うーん……あんまり感動的じゃない。
まず、名前がダメ。味もダメ。住んでる魚もダメ。悪い要素が三拍子も揃ってしまった。
できれば二度と行きたくなかった。しかし、エルフが生活用水として使っている時点で、いつかは訪れる未来。ゲチョリ川と運命の再会。
まぁ、見た目は綺麗なんだよなぁ……。見た目は。
「やっぱり、エルフは川で水浴びするんだね」
「そうですよ? だって、何度も家まで水を運ぶのは大変じゃないですかぁ」
「いや、川で水浴びなんて、クリムに拾われてから初めての経験だし」
「どれだけ頻繁に水浴びするかは、人それぞれです。毎日浴びる人もいます。ただし、私は数日に一回で十分っ!」
「面倒だから?」
「えっとぉ……ちょっとそれもありますぅ」
正直だな。ぎこちなくゆっくりと歩きながら、言葉尻を萎ませるクリム。なんだか親近感を覚えてしまう。
川で水浴びかぁ。昨日は温泉に入ったけど……まさかっ!?
刹那、僕の脳裏に稲妻が走る!
「水浴びってことは、全身を浸かるの!?」
「うえっ? とーぜんですっ!」
「足だけじゃなくて!?」
「足だけじゃなくて」
「服も脱いで!?」
「服も脱いで」
温泉回が来たァ――!! 温泉じゃないけど!!
あれ以上の温泉回は来ないと思っていたが! そうか、水浴びだ! その手があったか!!
うおおおおおおおおっ! むっちゃドキドキしてきた! ドキドキしてきたぞォ――!!
「あっ、ちなみにぃ~。男女は別ですよぉ」
「だよね!! 知ってた!!」
当たり前じゃん! 何を馬鹿なこと考えているんだ! ペットでも男女は別っ! 人間とエルフだから! 文明社会の常識!
安堵半分、虚しさ半分。世界は男心に残酷である。
「ふふっ。グルメさん、なーに考えていたんですかねぇ?」
「あれ、クリムも察してる?」
「どうせ、あわよくば背中を流してもらおうとか思っていたんでしょう?」
「うーん……なんかズレてるんだよなぁ。ちなみに、クリム。一つだけいい?」
「私は流してあげませーん」
「一言もお願いしてないから! じゃなくて。その、さっきからさぁ……ずーっと僕たちの後を付いてきてるんだけど」
「ブモォ?」
そう、初代グルメが。
一定距離を保ったまま、いつまでも付いてくる。器用にも森の草木を掻き分けながら。時には身体を縦に細めつつ、木々の間を擦り抜ける。遠くから見ている分には、健気で微笑ましい光景。
ただ、デカいんだよなぁ……。小動物的な可愛さはゼロ。むしろ、勝手にどこかへ行って欲しいのに。
「不思議ですねぇ。グルメさんモテモテじゃないですかぁ~」
「モンスターにね」
「スライムさんにも、魔獣さんにも、あとミキサちゃんにも」
「ミキサをモンスターにカウントしちゃダメッ! 怒られるよ!!」
「なーにがそんなに気に入ったんですかねぇ? 私には分かりません」
「君も大概だよね」
「そうですかぁ? でもでもっ! 今のグルメさんは嫌いですよぉ? とーっても、ばっちいですからぁ……」
「好き嫌いの基準がそれ!?」
「つんつん」
「木の枝で突かないで!」
酷い扱いだよ。一刻も早く洗い流さなきゃ。
いや、例え洗い流しても、油断したら再度ベトベトになるのがオチだぞ。何か対策を立てないと。
せめて僕が狙われている理由でも判明すれば――
『さっきからずーっとグルメさんをベロンベロン舐めていますねぇ。そーんなに気に入っちゃいましたかぁ?』
唐突に、クリムの言葉が思い出される。
そんな……そういうことが、あるのか……!?
僕の中で一つの仮説が組み立てられていく。
まず、初代グルメは草食だから、僕を食べれない。しかし、ベロンベロン舐め続けるということは……僕の味が気に入った!
同時に、僕は別世界の人間である。この世界とは比べ物にならないほど、食べ物が美味い世界の人間。そこで存分に美味いものを食べて育ってきた。
結果、完成してしまったのだ! とっても美味い人間が――!!
嘘でしょ……!? 僕、美味いの!? この世界では美味い人間なの!? ガチで肉食モンスターに狙われる奴!! 誰か、嘘だと言ってくれえええええぇ!!
☠
無事にゲチョリ川へ辿り着いた。
干上がってないかなー? って期待したけど、干上がってなかった。
ちなみに、道中で精神が不安定になったものの、最終的には落ち着いた。焦るのはまだ早い。少なくとも、この近辺に肉食モンスターは生息していないのだ。村から出なければ、基本的に大丈夫だろう。
「おぉ……久々のゲチョリ川。ただ、僕が倒れていた場所じゃないような?」
「ぜーんぜん違いますっ! だって、川は広いですからねぇ。森をあっちこっちに流れています。じゃあ、グルメさんはこの辺で適当に水浴びしてください」
「適当に。なかなか開放的で、誰かに見られちゃいそうだけど」
「なーに言ってるんですかぁ~。グルメさんの水浴びを喜んで覗く人なんて、この村に一人もいませんよ」
「だろうね。クリムはどうするの?」
「女性用は、もう一本向こうのゲチョリ川ですっ! もっと奥まったところにあります。グルメさん、覗いちゃダメですよぉ?」
「分かってる。僕を信じて。悲鳴が聞こえても覗かない」
「絶対に、絶対に、覗いちゃダメですからねぇ~!」
「やめて、それ以上は。フリに聞こえる」
こうして、僕はクリムと名残惜しみながら別れた。
大丈夫。何があっても覗かない。村から追い出されたくないし。
それよりも重大な問題が一つ!
クリムがいなくなったら! 初代が僕を舐めにくる――!!
しかし、僕もバカではない。ちゃんと対策を考えてある。
「こんなこともあろうかと……じゃーん! ドロベチャの実~!」
僕が美味いなら! 不味さで上書きすれば良いのだ!
当然だが、初代にも味覚はある。ならば、ドロベチャの不味さは知っていよう。
どれだけ僕が美味かろうと! クッソ不味い果実を大量に抱えていたら! 絶対に舐めようとはしない――!!
不味さの専門家が断言するのだ。この実はそれだけのポテンシャルを秘めている。もし近付いてきたら、弾ける不味さをお見舞いしてやる。
ありがとう、ドロベチャの実。僕は初めて、不味い食材に心より感謝した。
こんなに不味くてありがとうっ!!
心配事も解決したから、早く不味い汁を洗い流そう。荷物を置き、ぱっぱと服を脱いで、川の中へざぶん。水浴びの場所なだけあって、そこそこ水深がある。
おっと。荷物にいたずらされないように、ドロベチャの実もいくつか置いておこう。うーん……魔除けみたいになっちゃったぞ。
そんな些細なことなど意に介さず、水中へ一気にダイブ! 頭のてっぺんまで潜る。冷たい水流が快適で気分は上々。もちろん、口にだけは絶対に入れちゃいけない。
そのまま目を開ければ、どこまでも透明な蒼い世界。光の柱が降り注ぎ、川底の石を燦々と照らす。水面を見上げれば、キラキラと不規則に波打ち、万華鏡さながら。向こうでは数匹の魚が、流れに逆らわず悠然と泳いでいる。
ずっと眺めていても飽きない。
「……ぷはっ! あぁー! すっきりしたぁ~! ベタベタも洗い落として、気持ちも晴れやかっ! あとは川の水が美味ければ、最高のシチュエーションなんだけど。絶対におかしいよ。どうしてこれが不味いんだ」
ひとしきり水浴びを、というか川遊びを楽しんだら、今度は汚れた服を洗濯。全てを完璧にリフレッシュ。ドロベチャの効果もあって、初代は僕に近付かない。それどころか、河原にゴロンと寝転がって、ゴオゴオ唸りながら日向ぼっこに興じている。やっと僕を諦めてくれたのか。
「よしっ! このまま自然乾燥……いや、タオルだ! 荷物にタオルが入ってる! カスタさん、ありがとうございますっ! 着替えもちゃんと揃ってるな」
濡れた身体を拭いて、太陽の香りに包まれたシャツを着て――
――ごそごそっ
ん? 変な音が聞こえたぞ?
誰かが僕の荷物を漁ってる!? 初代は近付かないと思ったのに。いや、他のモンスターも寄ってこないだろう。だって、魔除けが置いてあるから。
急いでシャツから頭を出す。
すると、音の主が即座に判明した。
――プルプル
「スライムっ! 確かにお前は! クッソ不味い果実を喜んで食べてたっ! 道理で魔除けの効果がない訳だ。納得。さて、次はパンツを……あれっ? 僕のパンツは?」
無い。さっきまで置いてあったパンツが無いっ!
ふと、向こうを見れば。
初めて見る珍しい布を被って、楽しそうに遊んでいる一匹のスライム。
「僕のパンツ――!!」
――プルプルッ!?
「おい、どこへ行く!? 返せっ! 僕のパンツを返せェ――!!」
おっかなビックリ。ボフンボフンと全力で逃げ出すスライムを、僕はとっさに追い掛ける! 必要最低限の部分は隠しながら! 魔除けの果実も忘れずに!
クッソォ……めっちゃ走りにくい! スライムが速いぞ! なかなか追い付けないっ! お願いだから、そのまま人のいる場所に行くのはやめて!
「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!!」
突如、悲鳴がつんざいた!
聞き覚えのある声! 一人しかいない!
「くっ、クリムゥ――!? 最悪のタイミングで戻ってきたァ!!」
彼女は赤面しながら、顔を手で覆って絶叫する!
「いやああああああああああぁ!! どぉーして履いてないんですかぁ!?」
「見えてないから! 見えてないからセーフ!! えっ、見えてないよね!?」
「もぉー!! なんて格好で走ってるんですかぁ!! グルメさんのバカッ! 変態っ! 人でなしっ! 露出狂っ!!」
「 露 出 狂 ! ? ! ? 」
また新たな称号が! 僕に与えられてしまった!
下着泥棒の次は、露出狂。はい、どう足掻いても変態です。
「違うから! これも誤解! 誤解なんだって!」
「ちょーっと頼もしいと思ったら! すぐこれですよぉ! 前言撤回っ! 変態グルメさんは、全然頼もしくありませーんっ! うええぇ……」
「あっ、丁度いい!」
「うえっ!? 丁度いい!? 不味いものを食べ過ぎて! 頭までやられちゃったんですかぁ~!?」
「ほら、そっちに逃げた! スライムがクリムの方に逃げたから! 急いで捕まえてっ!!」
「へ……?」
クリムは指の隙間から、少しだけ目を覗かせる。
スライムを確認できたみたいだ。これで無事に取り返してくれる!
「いやああああああああああぁ!! スライムさんがパンツ履いてますぅ~!! どぉーしてスライムさんですら履いてるのにぃ! グルメさんは履いてないんですかぁ~!? スライムさん以下ですよぉ!!」
「そのスライムと! 僕を! 比べないでええええぇ!!」
完全にスライム以下。
スライムより弱くて、スライムより体が固いのに、スライムより変態。
違うんだよおおおおおぉ!! 全部全部、そいつのせいなんだあああああぁ!!
チクショウ! 許さんッ! スライム絶対に許さんぞぉ!!
僕は涙ながらにスライムを罵倒するのだった。
結局、パンツはクリムが無事に取り返してくれました。
☠
誤解は解けた。一応、クリムは僕の話を信じてくれた。
依然として僕の顔を見てくれないけど。
「あの、本当に信じてくれた? 僕のせいじゃないって。あのイタズラスライムのせいだって」
「信じましたぁ! グルメさんが何も履かずに走り回るの大好きな変態さんじゃないって! 信じましたぁ~! だから、近付かないでくださいぃ~!」
「ホントに信じてる?!」
「もぉー! これ以上、変なもの思い出させないでぇ~!!」
「見えてないよね!?」
ほぼ確実に見えてないはず。多分。恐らく。十中八九。
つまり、クリムの想像力が豊かなだけ。
こんなアクシデントが起こるなんて! クリムに嫌われちゃうなんて! 川で水浴びするんじゃなかった――!!
一向にクリムの機嫌が直らないまま、午後の仕事も終了。
あとは家へ帰るのみ。
夕暮れの中を二人並んで歩く。彼女はそっぽを向いている。
「あの、クリムさん。そろそろ機嫌を直して頂けないでしょうか……」
「……ふーんだ!」
何だろう。スッゴイ既視感。今朝もこんな感じだったっけ。
帰宅したら生ポペンの刑が……待ってないよね?
「それとですね。まだ初代が後ろを付いてきているのですが……」
「知りませーん」
「ブシシッ!」
僕がドロベチャで牽制することを覚えてから、初代は無闇に舐めようとしなくなった。クリムがいなくても大丈夫。上手く躾ければ、いつか初代を忠実に制御できる日が……来るかもしれないし、来ないかもしれない。
ただ、僕はクリムのペット、もとい使い魔のはず。
すると、初代は使い魔の使い魔……? 元はクリムのペットなのに、今はクリムのペットのペット……? もう訳が分からない。
「はぁ……今日も大変な一日だったなぁ……あれっ?」
「うえっ? 何ですかねぇ?」
クリムの家が遠くに見えてきたところで、僕たちは異変を察知した。
家に行列ができている――!?
朝はそんなことなかったのに! どういうことだ。ヤバイ事態でも起きてしまったのか。嫌な予感がプンプンしてきたぞ……!!
思わず走り出そうとするクリム。そんな彼女の手を握って止める。
「だから、走っちゃダメだって。足を挫いてるんだから。また転ぶよ?」
「はぁい……」
拗ねた顔で渋々了承。夕焼け空と相まって、まだ帰りたくないと駄々をこねる子供みたいだ。
十分に家へ近付いたところで、集まっている人々は僕たちの存在に気付いたのか。盛大に手を振りながら駆け寄ってきた!
マジで何なの!? 一体、何が始まるの!?
「おーい、クリムちゃん!」
「うえっ? どちら様ですかぁ?」
「ワシじゃよ、ワシ!」
「……ああっ! 実家の近所のおじいちゃーん! 元気ぃ~? ところで、この騒ぎは……?」
「聞いたぞ、クリムちゃん! 人間を飼ってるそうじゃな!」
「飼ってますよぉ? じゃあ、みんなに紹介しますっ! この子が、私のペットのグルメさんです!」
「初めまして。グルメです。種族は人間です」
瞬間、集まった人々の目の色が変わった!
口を揃えて一斉に叫んだ!
「「「「「耳が尖ってなーいっ!!」」」」」
「おぉ……本物じゃあ……!! マジモンの人間じゃあ……!!」
「初めて見たっ! 人間なんて初めてだっ!」
「ねぇ、どうして耳が尖ってないの? 不思議~」
「記念に握手してもらえませんか! 友達に自慢したいんで!」
「はぁ、ありがたや、ありがたや……」
あっという間に、僕は人混みに囲まれてしまった!
「待って待って。ここに集まった人たちは、みーんな僕を見にきたの!?」
「当然ですじゃ! 街は人間の話題で持ち切りですぞ! 他になーんにも楽しい話題がないからのぅ……」
まさかの! 意図せずして、見世物になっちゃった! でも、ちょっと人が多くない!? みんな力が強い! あっ、押し潰される……!!
もみくちゃにされる僕を前に、目を真ん丸くするクリムと初代。
「うっわぁ……グルメさん、超人気ですねぇ……」
「プギィ~?」
数日前まで自分だけのペットだったのに、今や街中で大人気。
結果、発動! クリムの独占欲が発動っ!
「ダメでーすっ! 私のグルメさんですぅ~! もぉー! 何回言わせるんですかぁ! 勝手に取っちゃダメェ~!!」
「どうしてクリムも参戦するの!? そんなこと言ってないで、助けて! 人混みから抜け出せぬぅ! この際、初代でもいいから! 助けてっ!!」
「ブハッ!」
「お前も参戦する気かぁ~!?」
初代が駆け寄ると、人々はビックリしたのか。無事に僕から離れてくれた。うん。結果オーライ。
「よしよし。いい子いい子。だから、舐めないで。不味いの食わせるぞ」
「はうぁ! 巨大な魔獣……山神様を従えておるのじゃあ~! なんという種族! 人間スゴイッ!」
「人間スゴイッ!!」
「うん? なーんか、勘違いされてなぁい?」
「ふふっ。面白いですねぇ。ホントはダメダメの変態さんなのにぃ~」
「変態じゃないから!!」
混乱も収束して、集まった人々は行列に戻った。さては、順番に僕を見物する気だな。観覧料を取れば仕事になりそう。まぁ、取らないけど。
すると、行列の先頭から、エルフのおばあちゃんが歩み寄ってきた。
「ありがたや、ありがたや……」
「いや、ありがたくないから。お地蔵さんじゃあるまいし」
「こちら、人間様へのお供え物です」
「勝手に神格化しないで!」
どうしてみんな神だと崇めようとするの!? そういう風習でもあるのか。
「さあ、どうぞ。お食べくだされ」
「えっ! ここで食べるの!? お供え物を!?」
あっ、断れない。みんながじーっと見てる。期待の眼差しで。
ここで食べるしかないのか――!!
「えっと、これは何ですか?」
「アンマアです」
「アンマア」
「うえっ!? それ、スッゴイ高級なお供え物じゃないですかぁ~! グルメさん、ズルイッ!!」
「そうなの? 多分だけど、甘いお菓子?」
「当たりですっ! これ、死ぬほど甘いんですよぉ~! いいなぁ~」
「よろしければ、あなたもどうぞ」
「いいんですかぁ~!! うわぁい! おばあちゃん、ありがとうぅ~!!」
ラクガンのような砂糖菓子を想像していたけど、登場したのはピンク色のおはぎだった。
鮮やかな桃色。なかなか可愛いらしい。わざわざ着色したのではなく、自然素材そのままの色味だろう。
僕の隣で、クリムは飛びっきりの笑顔を見せている。あっ、食べた。供えられた僕よりも先に食べた。まぁ、許すけど。彼女は目を細めて、陶酔するようかのようにモグモグッと感動を噛み締めている。本当に頬っぺたが落ちそうな様子。完全に機嫌を直した。
滅多に食べれないものなのか。そう、高級なお供え物と言っていた。
神様に供えるくらいなのだから、中途半端なものは許されない。つまり、エルフが用意できる最高のお菓子! それが、アンマア!
さらに、確実に甘い。いつかの花の蜜は、そんなに甘くなかったけど。今回はクリムが死ぬほど甘いと宣言している。これで甘くなかったら、この世に甘いものなど存在しないっ!
最高級の甘いお菓子。僕も和菓子は大好き。スアマとか、よく食べてた。
神が美味いと唸るならば! 僕も美味いと唸るだろう!
崩れないよう、おはぎを手で掴み。躊躇なく一口で食べる。
――はむぅ
………
……
…
「アンマアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!! ぶはぁ! アマッ! ごふぅ!! マッズ!! なんとも不味いッ!! 死ぬほど甘い――!! 比喩じゃない! こりゃあ、マジで死ぬぞォ!! 100年休まず、砂糖を煮詰めて抽出した! 甘さ120%の化け物ッ!! あめぇ……!! 物理的に砂糖を吐くッ! 糖分の海で溺れ死ぬ! 皆殺し――!! おはぎに半殺しだの、皆殺しだの種類があるがッ! コイツはガチの皆殺しだねェ!! 和菓子が嫌いだったら即死してたッ! さらに線香臭さが染み付いて! 不味さに追い討ちを掛けるッ! そうだったァ! お供え物って、美味いとは限らない! だって、お供え物だから!! 生きているのなら、神様だって糖尿病にしてみせる――!!」
あーあ。やらかした。みんなの前で不味いと叫んでしまった。
もう取り返しが付かない。おじいちゃんも、おばあちゃんも、プルプル震えてるもん。
「あわわ……本物じゃ……噂は本当だったんじゃあ……!!」
「えっ、噂?」
「そうじゃ! 此度の村へ現れし人間は、舌が肥えておると! 即ち、神の舌を持つ人間であると――!!」
「神の舌!? いやいや、不味い不味いって叫んでるだけだからね!?」
「はぁ! ありがたや、ありがたや……!!」
「ねぇ、聞いてる!? 神様じゃないから! そんな器じゃないし! ちょっ、頭を撫でないで! 勝手に神格化しないでえええええぇ!!」
それからしばらく、僕は順々にお参りされるのだった。
「むぅ~、私のグルメさんなのにぃ~。ねぇ、初代?」
「ブモッ!?」
「もぉー! どぉーして私からは逃げちゃうんですかぁ~!?」
「ブムゥ……」




