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31.思いっ切り不味い

 吹き抜ける柔らかな風の心地良い時間帯。太陽は高く、木々の隙間からさんさんと光が零れ落ちる。そよそよと揺れる木の葉の歌に耳を傾けながら、大樹に背を預けてぐーっと伸びをする。


 とっても眠くなりそうだ。僕たちの周囲には、スライムを始めとしたモンスターまでピョコピョコと集まってきた。もしや、おこぼれでも狙っているのだろうか。


 結局、ブレンは一緒にお昼ごはんを食べたら満足したらしい。誠に無念の極みであるが、今日のところは帰らなければと言い出した。


「うえっ? もう帰っちゃうんですかぁ? あっ! もしかして、体調不良で早退ですねぇ?」

「学校か!」

「グルメさん、ガッコウって何ですか?」

「あー、人間にとっての学び舎みたいなもの」

「ふえぇ~人間さんも勉強するんですねぇ~」

「その言葉、そっくりそのまま返してやる。エルフも勉強するんだね」


 当然だが、理由は体調不良ではない。まぁ、クリムの前では体調悪そうだけど。マジで吐いちゃう五秒前だけど。


 兵団の訓練である。やはり、上官の命令は可能な限り絶対なのだ。


 クリムの問いに、ブレンは必死の形相で言葉を捻り出す。


「かっ、神のご意志と……あらば……残ることも……」

「だから、勝手にクリムを神格化しないで! はぁ……無理して残らなくていいから。これで兵団を除名にでもされたら本末転倒。いや、僕としても残って欲しいけど。仕事がなくなっちゃうし」

「大丈夫ですよぉ。グルメさんが役立たずなのは知っていますからぁ」

「酷い言われよう」

「そうですよね。兵団も忙しいですよねぇ~。ここまで手伝ってくれて、ありがとうございますっ!」

「あ……クリム……感謝……うっぷ」

「はい、ストーップ! そこまでっ! じゃあな! また!」

「ブレンさん、ばいばーい」


 彼はいつまでも手を振って、何度も何度も振り返りながら僕たちの前から去って――


「グルメ、グルメっ!!」

「戻って来ちゃった!」

「言い忘れていた。お前に一つ言っておくことがある」

「僕に?」


 ブレンに引っ張られて、僕は二人だけで話をすることに。


 一つ言っておくこと……? ダメだ。心当たりが多過ぎる。多分、クリムに手を出すんじゃないぞとか、そんなところだろう。


「クリムに手を出すんじゃないぞ」

「当たった」

「それと、もう一つ」

「一つって言わなかった?」

「いいから。これは、まだ公にもなっていない最新の情報だが。村の近辺で怪しい影が確認された」

「えっ!? 僕は怪しい人間じゃないよ!」

「違う。お前も大概、怪しいが。それを本人に伝えてどうする!」

「確かに」

「昨日、目撃した兵士の証言によれば――魔獣の類ではないかと」

「ひえっ」


 最も恐れていたことが、現実となってしまった!


 待って待って。この村の近辺に魔獣がいるって!? つまり、肉食系の大型モンスター!? 嘘でしょ! マジで? やめてよ……!!


「帰らないで! ブレン、帰らんといて!!」

「待て。飽くまで可能性の話だ。まだ確証は持てない。ちょうど輸送任務の帰りに、俺の同僚が見たのは……何かの大きな影だ。奴の見間違いかもしれないが、用心に越したことはない」

「いるかもしれないし、いないかもしれないのか。もしや、ブレンがクリムを監視(ストーカー)していたのは……」

「言い方が悪いっ! まぁ、それもある。仮に魔獣がいたとしても、遭遇率は極めて低いだろう。ただし、念のため。これを渡しておく。俺の古い相棒だ」


 ブレンから手渡されたのは、刃渡りが15センチ以上もありそうなナイフ。皮のケースから、木製の柄が飛び出している。そうっと抜いてみると、金属の刃がギラギラと恐ろしい輝きを放つ。


 武器というよりは、サバイバルナイフみたいな。刃先はギザギザしてないタイプ。モジャの実もスパッと半分に切れそう。


 いや、調理用の器具として渡した訳ではない。やっぱり必要なのか。異世界では戦闘手段が必要なのか。


「ほら、腰のベルトに付けてやる。大事にしろよ」

「ありがとう。ただ、これで僕が魔獣に太刀打ちできるとは……」

「そりゃあ、単なる気休めだ」

「だよね!」

「文句を言うな。無いよりはマシだろう」

「でも、いいの? こんなに大切なものを貰っちゃって。あっ、そういうことか。これをやるから、命に代えてもクリムを守れと――!!」


 瞬間、ブレンはきょとんとする。えっ、なにか変なこと言った?


 彼は深々と溜め息を吐いて、僕を諭すように言葉を紡ぐ。


「お前は、何を言っているんだ。クリムなら、大丈夫。魔獣に遭遇しても逃げれる。捕まって喰われるのは、お前の方だ」

「なるほどォ――!! 満場一致で納得っ!」

「最低限、これで自分の身を守れ。ただしッ! もしも、クリムに万が一のことがあったら――」

「分かってる。これもペットの務め。命に代えても主人を守ると誓おう」

「約束だ。頼んだぞ。使わないことを祈る」


 こうして、ブレンと二度目の別れを終えたのだった。


 後ろ髪を引かれるように去っていく、彼の姿をまじまじと見送る。


 なんだ。やっぱり良いエルフじゃないか。あわよくば恩を売ってやろうかと考えていた、僕の方が浅ましい。反省。今日から心を入れ替えます。


「ねぇ、ブレンさんと何を話していたんですかぁ? ねぇ?」

「へっ?」


 唐突にクリムから詰問されて、思わず僕はたじろいでしまう。


 確証もないことで、無駄にクリムを怖がらせてはいけない。だから、ブレンも僕にしか話さなかったのだ。ここは黙っておこう。現場の僕がそう判断した。


「それは……秘密っ! 男と男の約束!」

「えぇー! 私には教えてくれないんですかぁ!? そんなの、ずっこいですよぉ~!!」

「じゃあ、逆に聞くけど。クリムには秘密がないの?」

「うえっ!? ダメでーすっ! 乙女の秘密を暴いちゃダメですぅ!」

「ほら、秘密があるじゃん。つまり、おあいこ」

「うええええぇ!? グルメさんはどこまで知ってるんですかぁ~!? そこから先はダメっ! 乙女の花園っ! 禁断の領域ですよぉ~!」

「何も知らないって!!」


 むしろ、逆に気になってしまう。あのクリムが、そこまで必死になって隠したがる秘密……? 一体何だろうか。


 だからと言って、無闇に人のプライベートには踏み入らない。自分がされて嫌なことを、進んで人にするほど僕は愚かではない。


 親しき仲にも礼儀あり。ペットと主人の間柄でも同じこと。


 クリムは僕に疑いの眼差しを向けながら、口を尖らせて言い放った。


「……ホントに何も知りません?」

「むしろ、何が?」

「なーんだ、早とちりでしたかぁ~。よかったよかった。あ、ふわぁ……ほっとしたら、眠くなっちゃいましたねぇ。お腹も一杯になったし。ちょっと一眠りしちゃいましょうか?」

「まさか、ここで寝るの!?」

「もちろんですよ? だって、家に帰る訳がないじゃないですかぁ」

「いや、それは不味いんじゃ……? ほら、仕事しないと」

「起きたらやりますよぉ。それに、今日は朝も早かったですしぃ~」

「そうだけど……!!」


 魔獣がうろうろしているかもしれない。


 そんな中でお昼寝なんて、なんて自殺行為! どうぞ食べてくださいと言っているようなもの。


 美味いものを食べる前に、美味いものとして食べられるのは嫌だ!


「あーっと……そうだっ! モンスターが集まってきちゃったじゃん。ここで寝たら、何されるか分かったもんじゃないよ」

「大丈夫ですよぉ。あの子たちは無害ですぅ。自分より強い相手には無闇に近付こうともしません。いきますよぉ……ばあっ! ふふっ。みーんな逃げちゃいました。いつも遠くからじーっと眺めているだけぇ~」

「……待って。僕はスライムに近付かれたんだけど? うん。勝手に膝の上へ乗ってきた」

「うえっ? つまり、スライムさんはグルメさんのことを、自分より弱い生き物だと認識しちゃったんですねぇ」

「知りたくなかった――!!」


 世界最弱のスライムから! 最弱認定を受けてたなんてっ!


 もしもモンスターを倒して経験値が入る世界だったら! 根こそぎ狩ってやるとこだったぞ!


 ただ、弱いという点については反論できない。ここ数日、クリムに連れ回されて足腰は多少鍛えられた気もするけど。まだまだ足りない。力も弱いし、叩かれると痛いし、持久力もなければ、木だって登れない。


 やはり、筋トレだ。鍛えるしかあるまい。筋肉は世界を救う。


「そもそも、クリムも無防備に寝たら危ないんだよ? 分かってる?」

「それは、グルメさんが私を食べちゃう肉食モンスターだからですかぁ?」

「あの話は例えだって! いや、寝るにしても一工夫した方がいいって。安全な場所を確保したり、木の上で寝たり」

「うーん……試しましたけど、木の上で寝たら落ちちゃいましたよぉ」

「あっ! 寝相が悪いから!」

「もぉー! 分かりましたよぉ! 寝るのは我慢しますぅ!」

「今日のところは、そうしよう。今日のところは」


 無事に彼女を説得できて、僕もほっと胸を撫で下ろす。魔獣が討伐されるまでは、森でお昼寝は控えた方がいい。


 僕がクリムを守れるくらい強ければ、話は別なんだけどなぁ。


「はぁーあ。久々に草のベッドで寝たかったのになぁ……あれっ?」


 突然、クリムはピコンと耳を動かして、その場で一つ飛び跳ねる。金色の長い髪が、空気を含んでフワリ。改めて思うけど、やっぱり絵になる。周りの木々や花々まで、彼女を祝福しているかのよう。


 そのまま、脇目も振らずトトトと森の奥へ。気になるものでも発見したのだろうか。僕も一緒になって付いていく。


「うわぁ! 何これぇ! スッゴーイ!」

「……えっと、マジで何これ?」


 分からない。クリムが分からなければ、僕にも分からない。


 例えるならば、苔むした大きな岩? 彼女が驚いているということは、前に来た時は置かれていなかったのだろう。しかし、一体誰が何のために……。


 もしかして、別の種族が送り込んだ謎の古代兵器とか。それはさすがにファンタジーの読み過ぎか。だが、決して有り得ない話ではない。


「クリム。危ないかもしれないから、慎重に……」

「とうっ!」

「聞いてた!?」


 間髪入れずに、クリムは謎の物体へ飛び乗った!


 ヤバイ! どうなる!? 最悪の場合、爆発する――!?


 予想に反して、特に変わり映えはない。本当に単なる岩だったのか。


「おおぉ……柔らかーい。思ったよりもフカフカで気持ちいいですぅ~」

「クリムっ! ちょっと! 一旦、下りてきて!」

「大丈夫ですよぉ。グルメさんは心配性ですねぇ。むしろ、上ってきてくださ~い」


 僕の心配もお構いなしに、彼女はボフンボフンと岩の上で飛び跳ねている。


「なるほど、なるほどぉ~。お昼寝のベッドに丁度いいですっ! うーん……ヤワラカ岩と名前を付けちゃいましょう! 私の新しいベッドですぅ~!」

「……待てよ。岩なのに、柔らかいの?」

「えへへー。とってもモフモフで~す」


 おかしい。これは、おかしい。


 僕も手で触れてみると、モフモフしている。苔ではなく、緑の毛で覆われているみたい。そう表現した方がしっくりくる。そして、ほんのりと温かい。


 まるで、生きている巨大な毛玉。


 直後、異常に気付いた!


 追い払っても、追い払っても、わらわらと僕たちの周りに群がっていたモンスターたち。それが、ここ一帯には一匹たりともいない――!?


 全ての点と点が線で繋がったッ!!


「まじゅうううううううううううううううううううううううぅ!!」

「えっ、不味ぅ? もぉー! 今度は何を拾い食いしちゃったんですかぁ!」

「違う違うッ!! ()()だって! ウッソやろぉ!! 確率は低いんじゃなかったんかいっ! 別れて五分でフラグ回収ゥ――!!」

「うえっ!? 魔獣さんですかぁ!? どこどこっ!?」

「そこォ――!! クリムが乗ってる奴ッ!!」

「……まっさかぁ」

「なにを悠長な……早く下りて! 逃げようっ!!」

「しーっ! そんなに騒いだら、魔獣さんが起きちゃいますよぉ~!」


 寝てるのか。道理で動かない訳だ。クリムが上で盛大にモフモフしても起きないなんて。


 とにかく、早く早くっ! ここは危ないっ!


 僕は必死にクリムへ手招きする。彼女もまた、察したようだ。そうっと岩から下りようと――


――ゴゴゴゴゴゴ……


 あっ、時間切れ。


 遂に起きた。最悪の事態が起きてしまった。多分、僕が叫び過ぎたせい。クリムを呼ぶ時に、魔石を切っちゃったから。


 瞬間、クリムの身体が高く舞い上がる!


 動き出した魔獣に振り落とされた!?


「ひゃあ~!?」

「クリムぅ――!!」


 僕は駆け出した。出せる限りのスピードで。


 落ちてきたクリムを受け止めようと。その落下地点へ。


 間に合え! どうか間に合え! 僕の脚よ、頑張ってくれ!


 クッソォ……!! このままじゃ、間に合わない……!!


 そんなっ! 嫌だ! クリム、クリム――!!


――すたっ


「ふえぇ……驚きましたねぇ……」

「いや、綺麗な着地っ!! そういえばクリムって身軽だったぁ!!」

「あれぇ? グルメさん、そんなところでずっこけて何してるんですかぁ?」

「何でもないっ! いいから、逃げるよ!」


 僕はクリムの手を引いて走り出す。奴が気付く前に、ここから立ち去らなければ。


 だが、問題が起きた。


「グルメさん! 待ってぇ~! きゃあっ!」

「こんな時に転ばないで!」

「違うんですよぉ! 上手く走れないんですぅ~!」

「まさかっ! 着地の時に足を……!?」

「挫いちゃいましたぁ?」


 愕然。あの高さから落ちて、無事であるはずがなかった。


 最悪と言っていられる内は、まだ最悪じゃない。この瞬間、それを超えた――!!


「そんな……どうする……!!」

「ダメでーす! 私を置いて逃げてくださーいっ!」

「バカなことを言うな! できる訳ないっ! こうなったら、僕がクリムを抱えて……んぎぎぎぎっ! あ、無理だ! 重いっ!!」

「失礼なぁ! そんなに重くないですぅー!!」


 抱えて逃げるのは不可能。かといって、背負って逃げても追い付かれるのが関の山。


 起死回生の一手が、思い付かないっ!!


「このままじゃ、二人とも食べられちゃいますよぉ……。でも、グルメさんだけなら……」

「約束したっ! 一緒にいるって! 絶対にクリムを見捨てないって!」


 為す術なくタイムリミットが迫る。


 獣が餌の匂いに気付かぬはずがないのだ。大きな見た目とは裏腹に、奴は素早くクルリと背後を――僕たちの方を向いた。


「ブオオオオオオオオオオオォ!!」


 地を震わせる咆哮。


 魔獣の名に違わぬ風貌。


 緑色の体毛で覆われた、巨大なイノシシさながら。真っ赤に目を血走らせ。猛犬のように歯を剥き出しにして、迷わず僕の元へ近付いてくる。


 勝てない。非力な僕では勝てない。クリムの言う通り、僕だけ逃げるしかないのか。


 ふと、ブレンとの約束が思い返される。



『もしも、クリムに万が一のことがあったら――』

『分かってる。命に代えても主人を守ると誓おう』



 誓ったじゃないか!! クリムのことを守るって!! 何があっても!!


 覚悟を決める。不味いものを食べる時の比ではない。


「クリム。僕の後ろに隠れてて」

「でも、グルメさん……私より弱いのに……」

「そうだけどっ! 頑張って守るから! 僕を信じてっ!」


 ブレンから託された、最後の頼みの綱。早くも使う時が来るとは。


 腰からナイフを引き抜き、魔獣へと突き付ける。


「来いっ! イノシシ野郎っ! 僕が相手だッ!!」

「ブモォ?」


 作戦はこうだ。僕が囮になって引き付ける。以上。


 そのためには、少なくとも僕を狙わせる必要がある。奴に傷を負わせるとか、怒らせるとか。


 余りにも無謀なことは……分かってる。それを本能で感じ取り、腕と足までガクガクし始めた。


 だからと言って、やらない理由にはならない――!!


「喰らえええええええええぇ!!」


 奴が油断しているうちに! ナイフを持って突撃っ! 一閃っ!


 表皮に深々と突き刺す!!


――パキッ


「ぎゃあああああああああああぁ!! 折れたァ――!! ナイフの方が折れたぁ! 古い相棒がぁ!! さては、使ってなかったからッ! 手入れをサボってたなァ――!!」


 武器が失われた。


 目の前には、ブシシと笑う奴の顔。


 あっ、死んだ。今度こそ、死んだ。


 走馬灯が駆け巡る。クッソ不味いものから、クッソ不味いものまで。


 無念。これまでか……。


 いつか、ふぐ刺しを重ねて食べたい人生だった……。


 魔獣は大きく口を開け、僕を丸呑みにするかの如く――


――ペロンッ





………





……









「ブバアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!! ボヘェ! ぶっぺ! むえぇ……!! マッッッズ!! 思いっ切り不味いッ!! なっ!? 僕の顔面を舐めたァ――!? おげえええぇ! コイツの涎が口に入ったッ!! クッソ不味いんですけどぉ!? チクショオオオオォ!! べえっ! 一度や二度ではない! 何度も何度も舐める舐めるッ!! がああああぁ! 顔面がベチャベチャだぁ! でんぷんのり――!! 引き出しの中で腐ってた()()()()()()の味ッ!! 子供の頃に食べて後悔したァ! あの味に近いものがあるゥ!! みんなのトラウマ! やめてくれぇ! 不味い上に、恐怖を煽らないで! もう、一思いにガブリといってくれ――!! うげええぇー!」


 そのまま、三分くらい経過しただろうか。


「グルメさぁーん……いい加減にしてくださいよぉ……」

「ぶはっ! 僕に、どうしろと!? べえっ!」

「うっわぁー! 涎まみれぇ~! グルメさん、ばっちいぃ~!」


 おかしいっ! これは、何かがおかしいっ!


 僕たちは、盛大な勘違いをしていたのでは!?


 それを先に指摘したのは、クリムだった。


「もしかしてぇ……魔獣さんは、最初から食べる気がなかったんじゃないですかぁ?」

「僕を食べる気がないっ! それは、つまり……!!」

「この子は草食ということです」

「草食かァ――!!」


 大型の魔獣だから! 肉食というイメージが先行していたけど! そうとは限らない! 身体の巨大な象だって、草食じゃないかッ!!


 誰だ……誰が最初に肉食って言い出した……!?


 あっ、僕だ!!


「それにしても、さっきからずーっとグルメさんを、ベロンベロン舐めていますねぇ。ふふっ。そーんなに気に入っちゃいましたかぁ? 私のですから、取っちゃダメですよぉ~」

「ぶはあああっ! ねぇ、クリムからっ! 何か言ってやれない!? コイツを説得してっ!! もう、やめてー!!」

「はぁ……グルメさんは仕方ないですねぇ。まぁ、私はモンスターと話せませんが……ほら、よしよーし」

「ブモッ!?」


 クリムが近付いた瞬間、魔獣が後ろに下がった!


 まるで恐ろしいものから逃げたように。


「あれぇ……? ほーら、怖くないですよぉ~」

「ブモモッ!?」

「うえっ? どぉーして逃げちゃうんですかねぇ~?」

「ふぅ……とにかく、ありがとう。助かった……」

「ちょっ! グルメさん、近付かないでくださーいっ!」

「身を挺して守ったのに!!」


 はぁ……死ぬかと思った。クリムを庇って魔獣に食べられるならまだしも、涎で窒息死とか……格好が付かない。


 それにしても、僕には懐いたのに、クリムからは逃げるなんて。どういうことだ? 普通は逆じゃないのか?


 謎は深まるばかり。


 いや、あった。一つだけ、可能性があった! この魔獣が、本能的にクリムを恐れる理由が――!!


「あのさぁ……クリム。コイツに見覚えがあったりしない……?」

「見覚え?」

「より具体的に言えば、むかーしペットとして()()()なかった?」


 自分よりも小さいクリムを恐れる魔獣。自らの意志でクリムの元から逃げ出したペット。うん。筋は通っている。


 彼女が首を傾げて考え込んだ、三秒後。


「――ああああああああああーっ!!」

「やっぱりか……」

「初代グルメさーんっ!!」

「初代グルメ!? 違うでしょ! 当時はグルメって名前じゃないよね!?」

「こんなところにいたぁ! もぉー! 勝手に逃げ出した癖に、おっきくなっちゃって~!!」

「飼ってた頃は、もっと小さかったの?」

「うーんと……これくらいでしたっ!」

「20倍くらい違う!!」

「はて、成長期ですかねぇ~」

「ブモォ……」


 さっきまでの威勢の良さとは打って変わって、初代はうな垂れるように僕たちを警戒している。正確に言えば、クリムを。もはや、近付こうという気配すら感じられない。


 一体、クリムに何されたんだ――!?


「なーんだ。私のベッドかと思ったら、私のペットでしたねぇ」

「いや、どういうオチ!?」

「えへへー。ただ、この子はどうしましょうかぁ。もう1匹なんて私は飼えませんし、近付いても逃げちゃいますしぃ~。いててっ」

「あー、もう。無理して立たないで。座って休んでていいから」


 僕はクリムを木にもたれ掛けて座らせ……たかったが。近付くなと言われたから無理。勝手に座ってください。


 はぁ……全身が涎でベトベトだよ。どうしてくれる。ナイフも折れちゃったし。踏んだり蹴ったりだぁ……。


「グルメさんは、今日もダメダメでしたねぇ~」

「反論の余地なし」

「ふふっ。でもでもっ! 私を守ってくれた時は……ちょーっとだけ! 頼もしいと思いましたよ」

「……それ、褒めてるの?」

「とーぜんですっ!」


 やれやれ。クリムに一人前と認められる日は、まだまだ遠いようだ。

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