22.爆発的に不味い
温泉、もとい足湯から上がった僕は、スカッと冴え渡った清涼な気分で緑の街を歩いていた。
本来ならば、風呂上がりはポカポカという表現が正しいだろう。しかし、今回は真逆! ひんやり温泉だから! ひんやり温泉を舐めてはいけない! ひんやり温泉って何なんだ――!?
全身から湧き上がる爽快感に包まれて。キンと冷えた背筋をピンと伸ばし。暑い日差しもなんのその。あとは、風呂上がりの美味いコーヒー牛乳でもあれば満点だった。
「僕の知ってる温泉とは天と地ほども掛け離れてたけど、なかなかどうして気に入った。これなら是非とも、また来たい。あれっ? 異世界の住人じゃない僕まで温泉の虜に……!?」
「グルメ様に気に入って頂けて何よりです!」
「うえっ!? 私が提案したんですよぉ~!? 私のお手柄じゃないですかぁ~!」
ミキサはいひひっと笑いながら、プンスカするクリムをたしなめる。うーん……これは完全に姉と妹の図。やっぱり同い年には見えないな。
ちなみに現在は移動中だが……僕は二人から腕を引っ張られていない。これ以上は、マジで根本からもげちゃうから! 手を繋ぐのは丁重にお断りした! ミシミシまでは許されるけど、バキッといったら許されない――!!
異世界に来て3日目で腕を失うなんて嫌! こんなしょうもないことで!
クリムとミキサは、おどけながら僕のすぐ前方を並んで歩いている。その二人の背中に向かって、周囲の喧騒に掻き消されぬよう、少し大きめに声を投げ掛けた。
「ちなみに、今度はどこへ行くの?」
「知りませーん」
「知らないの!?」
「あっ、間違えましたぁ~。秘密でーす」
「どういう間違え方!?」
「大丈夫ですよ、グルメ様っ! だって、私が付いているんですから。大船に乗ったつもりで、どんと構えていてください!」
「前々から気になってはいたけど……ちょくちょく会話に、ことわざとか慣用句が出てくるよね?」
「もちろん、エルフだって人間のことわざくらい使います。そもそも、この言語自体が人間から発祥したものですからね」
「あぁ、納得」
言語が共通ならば、諺だって共通。唯一の謎は、どうやって日本語がこの世界に伝来したかなんだけど……。
僕は言語学者じゃないから分からないし、興味もない。とりあえず、日本語が世界共通言語だった事実を喜ぶべきだろう。
食べ物がみんなクッソ不味くても! 言葉さえ通じるなら、何とかできる! 望みはある! もしも、不味い上に意思疎通が不可能だったら! 完全に詰んでたよ!? クソゲーも甚だしい! 異世界に来た時点でゲームオーバー!
ホントにクリムと出会えて良かったなぁ。
「ところで、話は随分と前に戻るんだけど……ビストロ・メシマズで、ミキサは言ってたよね? この村のエルフは身分の違いがあるって。具体的には、どんな感じで分かれてるの?」
「そういえば、詳しい説明がまだでしたね。一口に身分と言っても、家柄や職業を含めて細かく分類されていますが、大まかには3つのランクに区分されています」
「3つのランク?」
「はい。まず、この村の全人口の8割程度を占めているのが――『B級』。私たちのような極々普通の一般エルフのことです。最下層にして最大派閥の平民。村に点在する住宅地や商店街のほとんどが、B級エルフの地区となります」
「ということは、一つ上の身分が――『A級』?」
「その通りですっ! エルフの中でも上位2割に相当するのが、選ばれし優秀なる民。平たく言えば、上流階級のエリート。私たちとは全く異なる地区で生活していますね。以前も言った通り、B級からA級へ昇格するシステムが存在します。ただ、逆に落ちる場合も……」
「ふむふむ」
初めて遭遇する身分制度に僕は若干戸惑ってしまうが、彼女たちにとってはこれが当たり前なのか。いつかA級に上がれる夢を見て、今日も頑張って自身の役割を全うする。
もし、僕がこの村に生まれていたら――絶対にA級を目指してた。だって、A級の方が美味いもん食ってるから! どうやらこの制度、単純ながら思ったより上手くできている。
そして、B級、A級ときたら……次は言わずもがな。
「最後に、いっちばーん偉いのが――『S級』! 全体の1パーセントにも満たない王族! もう、神様みたいな存在! 私だって、族長様を一回しか見たことないっ!」
「そんなに偉いの?」
「当然ですっ! この村を統治するトップ集団ですよ! 王族の実態こそ謎に包まれていますが……私たちB級では知る由もありません。何を食べているか、どんな生活をしているか、一切不明。でも、スッッッゴイ美味いものを食べてるんじゃないですかねぇ……?」
「ゴクリ……」
「ただし、A級からS級へ上がることは、まず不可能です。名前の通り、王の一族ですから。彼らと同じ王族の一人として、普通のエルフが迎え入れられるなんて……長いメシマズの歴史でも数えるほどしかありません」
美味いものを食べるためならば、手段を選ばない。そう思っていた僕ですら、話を聞いただけで憚られるほど存在感。S級『王族』。ここまではちょっと手が出せそうにない。
かといって、B級『平民』の食事では満足できない。
すると、僕が次に狙うべきは……A級『上流』が妥当だろう。
「以上が、一通りの説明になります。グルメ様、ご質問はありますか?」
「ありがとう。全て理解した」
「えっ? では、これから何をするのかも?」
「当然。僕たちのミッションは……」
「グルメ様が美味いものへ辿り着くために……」
「「A級のエリアへ侵入するっ!!」」
正攻法では難しい。ミキサの言葉の真意が、やっと分かった。
「僕は部外者だから、A級のエリアに入れないんだよね?」
「残念ながら、正解ですっ! 私は、頑張って正規の手続きを踏めば入れるでしょう。クリムも、どうにか正当な理由を付ければ入れるでしょう。しかし、グルメ様は……村の外部から来た人間です。私たち程度の権限では無理ですね。そもそも、B級エルフの使い魔をA級エリアに連れていくことは固く禁じられていますから」
「あぁ、何となく察した。拾った変な魔物を連れていって、大惨事になっても困るよね」
チラリとクリムの方を見る。
ムッとした表情でこちらを見返す。
あっ、ちょっと不貞腐れてる。「失礼なぁ! 私がそんなことする訳ないじゃないですかぁ~!?」という感じの不機嫌さではなさそう。ただ単純に、僕とミキサが二人だけで仲良く喋っているのが気に喰わないご様子。
「もぉー! 二人とも、まだお話が終わらないのぉ~!? 詰まんなーい!」
「いや、大事な話だからね? むしろ、クリムもちゃんと聞いてた?」
「うえっ? 今どこへ向かっているかの話?」
「だいぶ前に終わった! それじゃなくて、A級とかB級とか……」
「私もミキサちゃんもB級ですよぉ?」
「うん。知ってる」
「でもでもっ! 私がグルメさんを飼っている訳だから、結果的にグルメさんもB級ですよねぇ?」
「ん……?」
「つまり、B級グルメさん」
「その呼び方は止めて」
史上最悪の組み合わせ――!!
それだけは考えちゃいけなかった!! ペットの呼称にも限度がある! 「グルメさん」は辛うじて許容するが! 「B級グルメさん」は絶対に許さない――!!
ここで釘を刺しておかなければ、危うく変なニックネームが定着するとこだったよ! B級って!? A級ならまだしも!!
「あれぇ? 気に入らなかったですかぁ~」
「逆に聞くけど、気に入ると思ったの!? だって、B級クリムって呼ばれたい?」
「うえっ!? やめてください~! ダサいですぅ~!」
「うん。そのダサいを僕に付けようとしたんだけどね」
「まあまあ。そこはクリムですから。どう逆立ちしても、私たちは全員B級なんです。重要なのは、どうやってグルメ様をA級エリアへ連れていくか! 具体的な計画は、また後日考えるとして……やっぱり協力者が欲しいところ。A級エリアに住んでいる人とか、兵団に所属している人が手伝ってくれると楽なんだけどなぁ~? クリムは、どう? 誰か当てがある?」
「うーん……私の周りには……いないかなぁ」
「やっぱり?」
「八百屋のおじさんじゃダメですかねぇ……?」
「ダメッ!!」
クリムはうーんと唸りながら首を右に左に傾け、ミキサは腕を組み真剣な表情で眉を顰める。ここまで僕の我がままに付き合ってくれるなんて。有り難い。
僕も協力したいのは山々だけど……知り合いなんていない!!
クリムと、カスタと、ミキサ。たったの3人だけ! 人間関係狭いよ! もっと友達が欲しい! 自慢じゃないが! 不味いものなら、20品目以上も知ってるのに!!
知り合いの数 < 食べた不味いもの
こんな不等式は嫌だ――!! 今のところ成立しちゃってるけど!!
「あっ、グルメさん! 見えてきましたよぉ!」
そうこうしているうちに、目的地へ到着したようだ。
僕の目に飛び込んできたのは、開け放たれた巨大な木製の門。遠くから目を凝らした限りでは、あー大きいなーくらいにしか思っていなかったのだが。近付くにつれ、徐々にその全貌が露わとなる。ざっくり概算で、高さが人間の背丈の5倍はありそうか。
商店街にはそぐわぬ、一際大きな建造物。紛うことなく職人技だろう。かなり年季は入っているが、ちょっとやそっとじゃ倒壊せぬぞと、現在もなおドッシリと構えている。剥き出しになった滑らかな木目。古い樹木のほのかな香り。装飾に至っては、ディテールにまでこだわりが見え隠れする。
往来する人々でごった返す中。
門の眼前に、僕は立つ。
見上げて、堪らず呟く。
「ほえー……こんなの、修学旅行でしか見たことない……」
果たして、これは何なのか。門であることは間違いない。つまり、出入り口。
ここから先は、別の誰かが所有する敷地か? いや、でも超エライ人はB級エリアにいないしなぁ。こんなに荘厳な門は、現代社会でも寺か神社でしかお目に掛かれない――
「はっ! まさか、ここは……」
「早くも気付かれましたか? 察しが宜しいですね、グルメ様っ! そう、この先にあるのは――メシマズの神殿ですっ!」
「メシマズの神殿」
うん。もう慣れた。建物や名所にメシマズと付いても驚かなくなった。
門を潜ったら、そこは誰の土地でもない。神様の土地――!!
「そうですっ! メシマズの神殿……その3号店ですね!」
「 3 号 店 ! ? 」
いいの!? 呼び方はそれでいいの!? 確かに村中へチェーン展開しているんだろうけど! チェーン店みたいなモンだけど! 神様に怒られない!? 僕が神なら天罰を降すっ!!
まぁ、つまり。神社の入り口って訳か。
あとは、何をしに来たのか……アレしか考えられないだろう。
直後、ミキサはドヤ顔で言い放った!
「グルメ様の美味い未来を願って、神様に御祈願しましょう!」
☠
世界と宗教は切っても切り離せない関係にある。それは異世界でも同じこと。如何なる種族であれ、思わず神様にすがってしまうような局面に遭遇することがあるだろう。それが神に捧げる祈りへと昇華され、宗教へと至る。
信仰が必ず報われるかは、個人的に半信半疑だけど……気持ちは分からんでもない。だって、僕も最近よく祈ってるから。次こそ美味いものが食べれますようにって。まだ一度も叶ってないけど――!!
硬い木の板で舗装されたグネグネの参道を進みながら、僕は左右に立ち並ぶ奇妙な出店に目を輝かせる。ただ、僕以上にクリムがはしゃいでいるんだが……。
「ミキサちゃん! ミキサちゃん! お祭りだよぉ! 今日、お祭りやってるよぉ~!! うわぁ~!」
「そういえば、その日だったわね。メシマズの村の恒例行事『英誕祭』。こっちの仕事は、私の管轄外だから」
「えっ? 今日がたまたま、お祭りの日なの? 僕たちがふらっと来た日に? やった、ラッキー! こんな偶然ある?」
「確かに、グルメ様は幸運ですっ! 月に3、4回やってるお祭りですが……」
「そんなに!? 結構やってる! 有り難みが薄まっちゃう!!」
お祭りって、年に1、2回とかじゃないのか! ちょっとテンション下がっちゃったよ!!
「えっと……つまりっ! 出店を開いてどんちゃん騒ぐ日ということです。お祭りというだけで集客効果があり、人々の財布の紐は緩み、お店も潤う。そういう商売方法の一環になりますかね」
「ひゃあ~! グルメさん! グルメさん! 見てくださいっ! ノーコーヤが売ってますよ! これソースが濃くって美味しいんですよぉ! あっちにはスッペエまで! この酸っぱさが病み付きになるんですぅ! こんなに一杯、食べ切れませんよぉ~!? どうしよう!? どうしよう~!?」
「あんな感じで?」
「あんな感じで」
確かに、お祭りはワクワクする。思わず浮き足立つ。僕もついつい、焼きそばとか、あんず飴とか買ってしまったものだ。
お祭りの食べ物は、美味いっ!!
美味さとは、その場の雰囲気で左右されるのだ! 屋内でバーベキューするよりも、広大な自然に囲まれた河原でバーベキューする方が美味く感じる! お祭りもまた、似たようなもの。
お祭りの空気は! 食べ物の美味さを倍増させる――!!
例え商売で利用されていても、お祭りで人々に笑顔が灯るのだ。これには祀られている神様もニッコリ。
「あっ、クリム! あんまり無駄遣いしちゃダメだよ! カスタさんに怒られるからね?」
「はーいっ!」
とっさに、駆け出した彼女の背に声を掛けたが……ちゃんと聞こえたのかな? いつも返事だけは良い。やれやれ。これではどっちが主人か分かったものではない。
っていうか、さっき温泉卵を食べたのに! 夕飯が食べれなくなるよ!?
「おおう。端の店から順番に吟味してるよ。スゴイなぁ」
「ええ。全くです」
「……ちなみに、エルフって信心深い種族なの?」
「いえいえ。そうでもないですよ? 一部の例外を除けば、何となーく神様を信仰している程度です。稀に厳かな儀式へ参加させられますけど。姿の見えない神様よりも、形ある自然の方が大事ですから。ただ、願いが叶うと言われたら……思わず祈りますよねっ!」
「じゃあ、僕と同じようなもんだ」
「へっ!? グルメ様と……私が、同じ……!? うへへ……」
「ニヤけるポイントが読めない」
色々と予想外ではあったが、エルフの宗教観って現代の日本人っぽいな。これといって信仰している宗教はないけど、寺や神社でお参りする。何を祝う祭りかは知らないが、とりあえず楽しめればそれで良し。
まぁ、エルフは宗教よりも自然に重きを置いているという点が、ちょっと現代人と違うか。
それでも、中には必死で布教活動をしている者もいるようだ。道行く人を勧誘したり、ビラを配ったり、演説したり。僕も入会を勧められたら……回答は決まってる。
美味いものが食べれるなら! 入ってやろう!!
「グルメ様も宗教には興味ないんですね。ただ、美味いもので釣られたら入っちゃいそうですが……」
「あっ……とても鋭い」
「まぁ、ここの神様は、厳しい教えとかありませんから大丈夫ですよ。誰でも気軽に神殿へ訪れて、好きにお祈りするだけ。来るもの拒まず、去るもの追わず」
「じゃあ、もっとギッチギチの戒律に縛られた宗教が、この世界に存在するってこと?」
「そうなりますっ! 詳しい実態は知りませんが、世界は主に3つの宗派で分かれているのです」
「3つの宗派? また3つに分かれてるのか……」
これも勝手な偏見だけど! 勢力ってよく3つに分かれてる!!
「より正確には、三柱の神様ですかね。戒律の厳しい『カプサイ神』、戒律の優しい『ナイア神』、戒律なんて存在しない『ラー・メーン』。ここに祀られているのは、3番目の女神様になります。豊穣を司る創造神で――」
「待って待って待って!? なんか、妙なワードが聞こえたんだけど!? 色々と聞きたいことはあるが! とりあえず……僕たちはこれから、ラーメン様にお祈りするの!?」
「違いますっ! ラーメン様ではなくて、ラー・メーン様」
「ラー・メーン様」
ちょっと待て。うん、落ち着こう。冷静になれ。深呼吸。
ふぅ……。
やっぱりラーメンじゃないかッ!! ラーメンじゃないかァ――!!
誰がどう聞いても! ラーメン!! この世界はラーメンに支配されているのか――!? でも、よくよく考えてみたら! 現代社会もラーメンに支配されているかもしれないっ!
存在をみんな知ってる! 男女問わず幅広い年代から支持され、超人気がある! 食べ物としての地位も高い! 一部に狂信的な信者までいる!
つまり、ラーメンとは神様だった!?
「ねぇ、ミキサ。この世界にラーメンって――」
「グルメさんっ! 危なーいっ!!」
――ドンッ!
一瞬。何が起きたのか分からなかった。
気付いた時には、地面にキスをお見舞いしてた。うえっ。地面まで不味い……。
次の瞬間、全てを悟った。走ってきたクリムに突き飛ばされたのだと。
「ぐっ、グルメ様ァ! 大丈夫ですか!? お怪我はありませんか!?」
「ミキサ。そんなに叫ばないで、グルメ様って。ちょっと恥ずかしいから。大丈夫。怪我はない」
「うえぇ……ごめんなさーい。走ったら急に止まれなくってぇ。次からはちゃんと、グルメさんが避けてくださいよぉ~」
「無茶言わないで!? 気を付けるべきはそっち!」
立ち上がって、クリムの方を見れば。
両手一杯に抱えられた屋台の食べ物。
そんなに――そんなに食べ切れるのか!? 無駄遣いはダメって言ったのに!
「はぁ……クリム。どうして走ってきたのかな?」
「それは、急がないと冷めちゃうからですっ! ほら、美味しそうなもの全部買ってきましたぁ~! 3人で食べましょう!」
僕たちのために、急いで戻ってきたのだ。出来たての美味い料理を届けるため。決して悪意ではない。むしろ、幸せを分け与えたいという善意。
これじゃあ、怒るに怒れないじゃないか!
「待ちなさい、クリムっ! アタシはそんなに食べれないわよ?」
「余ったものは責任をもって私が全部食べますっ!」
「はぁ、頼もしいことで」
「えへへー」
間髪入れずに、クリムは串に刺さった謎の物体にかぶり付く。からの、とってもいい笑顔。あぁ……いつもながら、幸せそうで羨ましい……。
「ん~美味しっ! 外はカリカリ! 中はふっくら! お祭りの食べ物は一味違いますねぇ~」
「今度は何を食べてるの?」
「丸焼きですよぉ~! 丸焼きっ!」
「丸焼き」
僕が見たままのイメージを伝えるならば。団子のように一本の串に連なって刺さった、たこ焼き。そこにケチャップと生わさびが掛けられた感じ。いや、マジで。
丸い焼き料理だから、安直に丸焼きなのだろう。日本語の丸焼きだと、別の意味になってしまう。
「ほらほらぁ! グルメさんも、どーぞっ!」
「いや、僕もそこまで食べれないよ? これ以上は夕飯に支障が……」
「いーから、いーから。これは今しか食べれませんよぉ~? お祭り限定の食べ物なんですからぁ」
「そういうのも、確かにあるけど」
「はいっ、あーん……」
この世には、確実に相手に食べさせる魔法の言葉が存在する!
それが、「あーん」――!!
食べるか否かの二択を迫られているようで、実は一択しか選択肢が存在しない! 口を開けるという一択しか!!
あーんと言われたら、誰もが無意識に口を開けてしまう! 魔法の言葉だから!
さらに、異性からあーんをされた日には――!!
断れない。断れるはずがない。
可愛い女の子からのあーんを拒否できるほど、強い意志を持った男など! この世のどこにも存在しない! もしそんなスゴイ男が実在するならば、紹介して欲しいくらいだ!
王子様のキスが、お姫様の呪いを解く魔法となるように。
異性からあーんされた瞬間。
魔法の言葉は、本物の魔法に変わる。
回避不能の強制身体操作魔法・あーん。
僕も魔法に掛けられてしまった。もう抗えない。食べる未来が確定した。
もっとも、あーんされるのは2回目である。思い返せば、目玉焼きもどきでもあーんされていた。しかし、あの時はグイグイ押し付けられたから食べてしまったのだ。これとは、ちょっとシチュエーションが違う。
今回こそが! 正真正銘のあーん!!
パリパリに焼き上げられた焦茶色の表面。割れた隙間からはみ出すフワフワな中身。赤と緑のソースが織り成す不思議なグラデーション。その全てが、僕に食べてと訴え掛ける。
美味いから。絶対に美味いから、と。
お祭りの空気に呑み込まれる。そう、お祭りの食べ物は何でも美味い。そういう雰囲気なのだ。多少不味かろうと、美味いと錯覚してしまう。元が美味ければ、なお美味し。
ここまで全てが揃って、不味いはずがない。確信して、大口を開ける。
僕もまた、唱える。魔法の言葉を。
「あーん……」
――あむぅ
………
……
…
「ホゲエエエエエエエエエエエエエエエェ!? お……ごッ……!? ベバアアアアァ!! のぁ……マッッッズ!! 爆発的に不味いッ!! 油断した――!! 噛んで最初に不味いと感じたら! 次の瞬間ッ! もう一段階、不味かったァ!! 突然、不味さが大爆発!! あぁ、この程度の不味さかと油断したところで! 正体を現したよ! 本気で命取りにきやがったァ!! オベエエェ! 時限爆弾――!! 世間には爆弾焼きなる食べ物あるが! そんなちゃちなモンじゃねえ! コイツはガチの爆弾焼き――!! ガハッ……祭りの空気でも看過されぬ滅茶苦茶な味の集合体! 外はガチガチ! 中はグッチャリ! 全ての具材が混ざり合った瞬間! 人類は新たなる不味さのステージに度肝を抜くッ! 例え今しか食べられなくとも! スルーして後悔なし! これ食べたまふことなかれ――!! おうげぇ……」
精一杯の感情を吐露し尽くした。嗚呼、今日も食べ物は不味かった。
何が……何が丸焼きじゃあ!! 店ごと丸焼きにしてやろうかァ!?
「グルメさん、もういらないんですかぁ? じゃあ、残りは私が食べちゃいますよぉ~?」
「どうぞどうぞどうぞ」
クリムが満面の笑みで食べ物を頬張る。
ここまではいつも通り。もう、定番の流れ。お決まりのパターン。
しかし、そこへミキサが加わると! そうは問屋が卸さない!
「あーっ! クリムだけ、ズルイッ!!」
「うえっ? 何がずっこいんですかぁ……?」
「アタシも……アタシもグルメ様にあーんしたいっ!!」
そう来たか――!! そこで対抗心を燃やしてきたか!!
素早い動きで、ミキサはクリムが持っている食べ物を一つ引ったくって! 僕の前へと差し出した!
「はい、グルメ様っ! ノーコーヤです! あーん……」
断れぬ! 魔法の言葉である故に! 僕の意志では断れぬ!!
――もぐっ
………
……
…
「ノノベエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!? おっふ……ヴェアアアァ! がべしっ! ンべぇ! マッッッズ!! 著しく不味いッ!! っていうか、濃い!! クッソ不味いソースが濃すぎて! なーに食ってんのか分かんねぇなこれ!? ベハァ……!! なんちゅう濃さァ……!! 汚れた海水を煮詰めたかの如し――!! 塩分濃度高いよ! 僕の味覚を! ぶっ壊ぁーす!!」
悲痛な叫び声が世界に木霊する!
一方、僕に念願のあーんをできて、ミキサはご満悦の様子。
「はぁ、グルメ様に……あーんしちゃった……待って、待って……もう、これ完全にデートやん……うぇへへ……」
「もぉー! グルメさんっ! 勝手に知らない人から、あーんされちゃダメでしょう!? 待てっ! お座り!」
「いや、知ってる人なんだけど……?」
「ミキサちゃんにグルメさんは渡しませーん! こうなったら、勝負ですぅ!」
「望むところよっ!」
クリムの申し出に、ミキサも負けじと張り合ってきた! 負けず嫌いなのは知ってたが!
次はどんな勝負になるんだ……!?
「グルメさん! 今度はスッペエです! ほらほらっ! あーん……」
またしても! 断れない男で! 意志薄弱な男でごめんなさい!!
――カプリ
………
……
…
「ギバラアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!? グゲエエエェ!! あっがァ……!! べらあああぁ! マッッッズ!! しこたま不味いッ!! 酸っぺええええぇ!! 薄々察していたもののォ! 酸味が予想の遥か斜め上の大気圏を越えていったァ――!! だがしかしっ! それにも後れを取らぬ不味さ!! 言うなれば、腐りに腐った梅干し! すっぱぁ……不味けりゃいいってモンじゃねェぞ――!!」
声の限りに謎の食べ物へ当たり散らす!
それでも地獄は終わらない――!!
「へっへーん! これで2対1ですぅ~!」
「なら、次はアタシの番よっ!」
「えっ!? これ、そういう勝負!? あーんした回数を競うの!? 嘘でしょ!? 夢なら醒めて――!!」
ところがどっこい、夢じゃない。これが非情な現実である。
「うへへ……グルメ様っ! あーん……」
「むむぅ~! グルメさんっ! あーん……」
「もう、やめてぇー!? これ以上! 魔法の言葉を唱えないでぇー!! ぐふぅ……身体が勝手に……逆らえぬ……!! あーん……」
チックショオ……!! どうして断れないんだァ――!?
二人が満足するまで、僕は延々とあーんさせられるのだった。
その後、あーん禁止令が敷かれたのは言うまでもない。




