20.やけに不味い
もう、堪能した。僕はビストロ・メシマズの料理を堪能した。その名に違わぬ不味さだった。少なくとも、僕にとっては。一回行けば十分。
「ねぇ、ミキサ。いいの? ホントに奢ってもらっちゃって……いや、お金は持ってないんだけどさ」
「大丈夫ですよ、グルメ様っ! こういう時は、持ちつ持たれつです!」
「持たれつばっかりな気もするけど……」
「えっ! ミキサちゃん、奢ってくれるの? やったぁ~!」
「アンタは自分で払いなさい」
「うえっ!?」
「冗談よ、クリム。だって、アンタは私とグルメ様を引き合わせてくれたんだからっ! ま、これでチャラね?」
「うんうんっ! ありがとね、ミキサちゃん! ただ、グルメさんの紹介料にしては安くないですかぁ~?」
なんと。クリムもちゃんと計算ができたのか。しかし、分からない。お昼ごはん一食分と、僕の紹介料。どっちが高いのか、相場が分からない。そもそも、僕の紹介に価値があるのか……?
一つだけ思ったのは、この村で人間は珍しい生き物らしい。つまり、見世物にすれば見物料くらい稼げるかもしれない。色々と悲しいけど。生活に困窮して首が回らなくなったら、それでやっていこうと思う。
「それでは、お会計189オエーになります」
「あら、いつ来ても良心的な価格ね」
出たっ! 189オエー! 現代換算でいくらなのか考察したいが! オエーのインパクトが強力で考察できない! これは、良心的なオエーなのか……!? 良心的なオエーって何だ!
唯一、理解できたのは。コインのような通貨で支払いをしていたこと。この世界では、紙幣が流通してないみたいだ。つまり、ミキサが財布から出したあれが、100オエー硬貨だったり、10オエー硬貨だったり? なんか嫌だなぁ。
「またのご来店をお待ちしておりまーす!」
店員とシェフに見送られて、僕たちは店を後にした。こんなクレーマー紛いの客に、またのご来店をお待ちしてくれるのか!? もう二度と来るなって言われてもおかしくないのに! やっぱり、聖人だ……。
ただし、僕は二度と来ない!
店を出て、最初に口を開いたのはミキサだった。
「それで、クリム。この後の予定は?」
「うーん……グルメさんの許可も貰ったし、お昼ごはんも食べたし……あとは帰るだけかなぁ?」
「えぇー!? 勿体ないっ! まだ昼過ぎじゃないの!? もう少し遊んでから帰ってもいいでしょ?」
「まぁ、晩ごはんまでに帰れば、おかーさんにも怒られないよね?」
「よしっ! じゃあ、決まりねっ!」
おおう。勝手に予定が決まってしまったぞ。僕は口出しできる立場じゃないから、従うより外にない。
ただ、エルフって街で何して遊ぶんだろうか……? ちょっと興味がある。どうか、食べ歩きではありませんように。
「いや、ちょっと待って、2人とも。もしや、遊びに行くってことは……僕がお邪魔なのでは?」
「うえっ? どうしてですかぁ?」
「何を言ってるんですかっ! グルメ様が今日の主役ですよ!」
あっ、なんだ。てっきり、女子会みたいな感じかと思ってしまった。僕も一緒でいいのか。これってつまり……ペット同伴の女子会?
「むしろ、お邪魔なのはクリムの方よね」
「むぅ~! ミキサちゃん、ひっどーい!」
「では、グルメ様っ! 参りましょう!」
「グルメさん、行きますよぉ!」
「何だろう。既視感があるというか、スッゴイ嫌な予感がしてきた……」
ミキサが僕の左腕を持って、クリムが僕の右腕を持って。
二人は反対方向に走り出した――!!
「オギャアアアアアアアアアァ!? 痛い痛いっ! ちょっとそんな気はしていたが! 一切期待を裏切らぬ――!! 知ってる! こういう処刑方法、知ってるよ!? やめてええええぇ!! メキメキッ! 肩からメキメキ聞こえてきたァ! アゲエエェ!! どうして僕は一人しかいないんだあああああぁ!?」
☠
まず最初に、ミキサに連れて来られたのは――賑わう街のど真ん中に建つ一軒のお店。見た感じ、服屋みたいだ。エルフの間でも流行のファッションとか、あるのだろうか?
様々な形の服が無造作に吊り下げられている。ただし、大体緑色……。
「っていうか、エルフも服を買うんだね。自分で作るのかと思ってた」
「もちろんっ! 作れなくはないですよ? 何なら、自分で布だって織れちゃいます! だけど、時間と手間が掛かりますし、やっぱりプロには敵いませんよね」
「ミキサちゃん、自分で作れるの!? ほえー」
「あんな感じで作れない子もいます」
「安心して。クリムには最初から作れると思ってないから」
「失礼なぁ!」
そして唐突に始まるファッションショー!
この店は試着オッケーなのか。それどころか、お客さんの誰もが自由に試着している。ご丁寧に試着室まで準備されてるなんて。
「グルメ様っ! 見てください! これ、どうですか?」
「あー、良いんじゃない?」
「うへへ……じゃあ、こんなファッションは?」
「良いんじゃない?」
「でしたら……こんな格好はお好みですかぁ?」
「良いんじゃない?」
「もう! ちゃんと見てますか!?」
「ごめん。見てるんだけど、そこまで違いが分からない。浮かぶ感想は、緑だなー。以上」
「はぁ……それだけですか? グルメ様って、料理の辛口評価はできるのに、ファッションは全然ダメなんですね。もっと、よく見てください。ほら、あるでしょう? 可愛い~とか、綺麗~とか、素敵~とか」
「いや、ミキサはどれを着ても似合ってるからさ。モデルさんみたい」
「えっ――!? そっ、そんな……褒め過ぎですよ……うへへ……」
まぁ、嘘ではない。
僕はファッションに疎いから! 誰が何を着ても似合って見える――!! いや、マジで! そっち方面に目が肥えてないから!
「あれ? そういえば、クリムは?」
「助けてぇ~! ミキサちゃ~ん! 着ようとした服が絡まっちゃったぁ~! 動けない~!」
「えっ!? そんなことある!?」
「はいはい。クリムは相変わらずね」
「相変わらずなの!?」
確かに、どうやって着るのかも分からない服がちらほら見受けられるけど! 絡まって動けなくなる!? 僕はクリムの不器用さを舐めていたようだ。
☠
無事にファッションショーが終わり、店の外で待っていると、ミキサが荷物を抱えてほくほくしながら出てきた。
「いひひっ! 久々にこーんなに買っちゃったぁ~!」
「もしや、僕のせい? 調子に乗って褒め過ぎた? それにしても……クリムは本当に何も買わないで良かったの?」
「うーん……着れそうにないからいいですぅ~」
そんな理由で!? 値段が高いとか、サイズが合わないとかで、服を諦めるのは聞いたことがあるけど。着れそうにない……? 着物かっ!!
しかし、買えなかったからといって落ち込んでいる訳ではない。むしろ、楽しそう。友達とショッピングなんて久々なのか、見るからに楽しそう。耳の動きを見れば一発で分かる。犬の尻尾みたい。
「よぉーしっ! 次は私が行きたいお店に行く番ですよぉ~!」
「それにしても、ミキサは一杯買ったね。荷物、持とうか?」
「えっ! そんな、悪いですよ!」
「こういう時は、持ちつ持たれつなんでしょ? 僕には荷物くらいしか持ちつできないけど……ほら、貸して」
「あっ……ありがとう、ございます……これって、その……まるで、デートみたい……ぐへへ……」
「もぉー! 二人とも聞いてるのぉ!?」
「聞いてる聞いてる。で、クリムはどこに行きたいの?」
「ここですっ!」
それは目と鼻の先にあった。一言で説明すれば、雑貨屋。珍妙な商品を海外から取り寄せた輸入雑貨店。軒先では、謎の人形がこっちをじーっと見ている。いや、めっちゃ入りにくい!
「このお店はですねぇ、エルフの交易商さんが世界中から集めた品物を売ってるんです! グルメさんでも楽しめること間違いなしっ!」
「へぇー、面白そう……いや、待って! すぐ隣りじゃん! どうして最初に正反対の方向へ駆け出したの!?」
「いーから、いーから。そうそう、グルメさんの使い魔就任記念に、何かプレゼントを買わなきゃですねぇ?」
「この店で!? 呪いの人形とかはやめてよね……」
「あら、クリムにしては名案ね。それなら、どっちがグルメ様に相応しいプレゼントを見付けられるか……勝負よっ!」
ミキサはクリムに挑戦状を叩き付けた!
どうしても白黒付けなきゃ気が済まないのか。二人とも、負けず嫌いなところがあるよね。はぁ……心配だ。嫌な予感がビンビン。最終的に犠牲になるのは、僕だからなぁ。
「うえっ!? その勝負、乗った! 私だって、絶対に負けないよぉ~!」
「この自信はどこから?」
「ミキサちゃんだからって、容赦しませんっ! 吠え面かかせてやるぅ!」
「やっぱり喧嘩腰だよね?」
やれやれ。もっと静かに店を見て回りたかったのに。
果たして、勝負の行方は――!?
☠
思ったよりも、なかなか楽しかった。誰しも小さい頃に巨大な玩具屋へ行って、とってもワクワクした思い出があるはず。それと同じ気分。子供の様にはしゃいでしまった。
この村は閉鎖的な環境であれ、様々な文明や種族と交流があることも理解できた。いつかエルフ以外の種族にも会ってみたいなぁ。
そして、訪れる運命の時。
「グルメ様っ! ご準備はよろしいですか!」
「……はい」
「まずは私の番です! どうぞっ!」
ミキサから手渡された小さい箱を開けると、中から出てきたのは――
「……石? 見た感じ、何の変哲もない加工された石だけど……もしや、パワーストーン?」
「違います。これは、魔石です。音声吸収魔石」
「音声、吸収魔石……? つまり、音を吸収するの?」
「正確には声を吸収します。声のエネルギーを熱エネルギーに変換して、発散する。もっとも、完全には吸収できませんが。ほら、現に私たちは会話ができているでしょう? だけど、向こうで座っているクリムには……全く聞こえていません」
「ホントに? おーい! クリムー!」
返事はない。ポケーッとしながら、こっちを眺めている。もし聞こえていたら、ピョンと跳ねて駆け寄ってくるはずなのに。
本物だ! 本物の魔石! マジのパワーストーン! 元の世界へ持って帰れば高く売れる奴!!
「でも、どうしてこれを――まさかっ!?」
「そうです! これを持っていれば……」
「いくら不味いと叫んでも……」
「「他の人には聞こえないっ!!」」
解決した! 僕の悩みが一気に解決した!
「うおおおっ! スッゲー!! 欲しかった! こんなのが欲しかったんだよ! ミキサ、ありがとうっ! もう天才っ!!」
「グルメ様に喜んでもらえて……私も嬉しい……です……へへ……」
「ねぇねぇ、さっきから二人で何やってるのぉ~?」
と、ここでクリムが乱入。改めて彼女にあらましを説明する。
「うえっ!? おんせーきゅーしゅー魔石ぃ~? じゃあじゃあ、これでグルメさん! 好きなだけ不味いものを食べて大丈夫ですね!」
「そうだけど、そうじゃないっ! 好きで不味いものを食べてる訳じゃないからね!? 確かに便利で嬉しいけど! やっぱり、根本的な解決にはなってないんだよなぁ~!?」
「ふっふーん。なら、今度は私の番ですよぉ?」
取り出したのは、ミキサのプレゼントよりも大きめな紙袋。
恐る恐る、中を開封してみると――
「……これは?」
「首輪です」
「チェンジで」
「どぉーしてですかぁ!? グルメさんに似合いそうな、お洒落でカッコイイ首輪を選んできたんですからぁ!」
「お洒落でカッコイイ首輪とは」
まぁ、確かに……派手で可愛らしいピンク色ではない。落ち着いた黒色を基調とした、皮ベルトのような首輪。いや、首輪というか、チョーカーに近いかもしれない。ギリギリファッションで通せるレベル。
「ほら、早く着けてみてくださいよぉ!」
「えええぇ……」
着けるしかないのか……首輪を着けるしかないのか……!? さっきから、クリムは目をキラキラさせて待っている。
ああああああぁ!! 断れる雰囲気じゃねえええええぇ!!
泣く泣く、首輪を装着っ!
「……あ、あれっ? 結構しっくりくる……?」
「ピッタリじゃないですかぁ! ミキサちゃん、どう?」
「うん。クリム、なかなかやるわね」
「なかなかやるの!?」
「はぁ、グルメ様……とってもお似合いですっ!」
「……本当に?」
複雑な気持ちである。首輪を似合ってると褒められてもなぁ……。寝癖のまま外へ出掛けて、髪型がカッコイイと言われた気分に近い。
すると、ミキサがポンと手を叩いた。
「良いことを思い付きましたっ! ほら、首輪に魔石を取り付ければ……よしっ! これで叫び放題です!」
「ミキサちゃん、スゴーイ!」
「まさかの。首輪に実用性を見出された……」
こうなったら! もう外せないじゃないか――!!
「でも、常に声が吸収されちゃうのは困るんだけど。例えば、助けを求める時とか……」
「安心してくださいっ! 魔石を手でグッと握って覆っちゃえば、効果は消えちゃいますから!」
クッソォ……!! ものの一瞬で解決された! どう足掻いても、首輪という運命の輪から逃れられないらしい。
名実ともに、完全にペット――!! どうしてこうなった……。
「では早速、実験してみましょう!」
「じっ、実験……?」
待て待て待て。実験って……実験!?
ミキサが取り出したのは、薄茶色の紙で包まれたお菓子のようなもの。いや、多分お菓子だ。十中八九、お菓子! でも、一応聞いてみる!
「今度は何?」
「ビストロ・メシマズで帰りがけに貰った、口直しのお菓子です」
「やっぱり」
「ペロンと言います」
「ペロン」
確信した。これはキャンディだ。口直しの飴。僕も昔は、ステーキ屋さんの帰りによく貰ってた。最近はあんまり見ないけど。
この世界にも似たような文化があるとは。まぁ、あるよね。
「グルメ様、どうぞ!」
「おおっ! どうなるかなぁ~? ワクワクだねぇ~?」
「えっ、今ここで食べるの?」
店の外とはいえ、そこら中に人が溢れ返る街の中心部。もし、魔石が機能しなかったら……絶対に恥ずかしいことになる! みんなの注目の的!
「いや……別に、不味いものを食べなくても、叫ぶことくらい……」
あっ、ダメだ。二人とも完全に期待してる。とても期待に満ちた表情。果たして、結果がどうなるか。
実験は実験でも! 残虐非道な動物実験――!!
もう楽しんじゃってるよ! 僕が不味いって叫ぶのを!
果たして、これは本当に不味いのか……包み紙を開くと、鮮やかな青色。ソーダ味の飴みたいだ。かつての僕も、駄菓子屋で買ったシュワシュワのソーダ飴が好きだった。あれは美味い。
ただ、今回は――不味いだろう。ほぼ確実に不味いだろう。
最初から不味いと分かっていても! 食べねばならぬ時がある!
それが今! 他の誰かに期待された時――!!
例え、美味い確率が0.000001パーセント以下だろうと!
二人の笑顔を守るためならば。
僕は食べる。
「グルメ、いきますっ!」
――カロッ
………
……
…
「ブボオオオオオオオオオオオオオオオオォ!! ヴァアアアァ!? げえあああぁ! オブエエエぇ!? のおおおぉ……マッッッズ!! やけに不味いッ!! うっげ……どこが口直し!! お前、口直しの定義を知ってるかァ!? 何も直っていませんが!? 口直しならぬ、口壊しッ!! とんだ味覚の破壊神――!! 最悪オブ最悪っ! これを食後に渡すたァ! どういう了見じゃあああぁ!? ハッカ飴よろしくスーッとするかと思いきや! その比ではないッ! 口が、鼻が、目が、スースーし過ぎて死にかけるッ!! 絶賛、死にかけの真っ最中! 軟膏――!! これ口直しの飴やない! 軟膏やァ! ぼげぇ! 強烈な軟膏の塊! 覚悟して口に入れても! ダメッ! 軟膏は食べれないっ!! よもや、これを舐め続けろと!? もう、人間を辞めるしかない――!! 人間ではいられぬ不味さァ! おえっ……無理ぃ……」
果たして、結果は……?
「成功ですっ! グルメ様、成功ですよ! 誰も気付いてません!」
「おおぉ……不思議ですねぇ。私たちしか聞こえてない。スゴーイ!」
「そんなに喜ばれても! 実験が成功しても! 今の僕は全く嬉しくないが――!! おうぇ……」
これが良いのか悪いのか。僕には判断できない。
「うえっ? グルメさん、石が真っ赤になってますよぉ?」
「へ?」
――ボンッ!
「ぎゃあああああああああぁ!? 爆発したァ!! 音声吸収魔石が! 音声吸収し切れず爆発したァ!! 粉々になって吹っ飛んだ!? 嘘でしょ!? こんなことある――!?」
僕の不味い魂の叫びは、魔石でも耐えられないのか!?
いや、どういうことなのォ――!?
みんなの注目を浴びながら、僕は叫び続けるのだった。




