16.至極不味い
はちゃめちゃな朝を迎えたばかりだというのに。
さっきまで兵士とバチバチ睨み合ったり、弓矢で射られそうになったり、クッソ不味い果実を食べたり。常人ならば、疲れてグッタリしてもおかしくないのに。
クリムは意気揚々と元気良く言い放った!
「グルメさんっ! お出掛けしますよ!」
「……へっ?」
「とぼけてる場合ですかぁ~! ほらぁ、行きますよっ!」
「待って、待って。どこへ?」
それ以前に、休ませてくれないの? っていうか、僕は一仕事を終えたばっかりだからね? 見るからに、ソファで座ってグッタリしてたよね?
現代人とエルフでは、活動エネルギー量にかなりの差があるようだ。羨ましい。
「うえっ!? どこへ行くか、聞いてなかったんですかぁ~?」
「ごめん。聞いてなかった」
「もぉー! 言ったじゃないですかぁ! グルメさんを飼うための、正式な許可を貰わなきゃって!」
「あっ、その話か。それは聞いてたけど、未だに受け入れ難い」
常識的に考えても。モンスターを拾っただけでは、ペットもとい使い魔として認められないだろう。モンスターも種類によっては危険なのだ。多分。まだ危険な生き物を見たことないけど。
飼っても安全か、ちゃんと意思疎通できるか、主人の言うことを聞くか。それらを総合的に判断して、偉い人が許可をする。どこの世界でもそう。現代社会だって、ペットの登録制度があったような気もする。
「よーしっ! しゅっぱーつ!」
「はいはい。お供いたします」
「元気ないですねぇ? ほらほらぁ! 元気出ーしてっ!」
「ンギャアアアアアアアアアアアァ!! 痛い痛いッ! やめてーっ! 折れる折れる! 確かに、元気が出たように見えるけど! それは元気のスイッチじゃない――!!」
大事なことは学習しないのに! 変なことだけ学習してるよ!!
すると、騒ぎを聞き付けたのか。奥からカスタがひょっこりと顔を出した。
「二人とも、騒がしいわね。あら、今からお出掛け?」
「ううん! グルメさんのお散歩っ!」
「そうだったの!? いや、犬の散歩みたいに言わないで!!」
「えへへー。あっ、おかーさんも一緒に来るぅ?」
「いいえ。私はちょっと疲れちゃったから、二人で行ってきなさい」
「りょーかいっ! ついでに、お昼ごはんは外で食べてくるからぁ~」
外で食べてくる。つまり、外食……?
この集落にも、レストランみたいな店があるのだろうか。
賑やかに騒ぎ立てるクリムを、カスタが優しく諭す。
「はいはーい。気を付けてね。問題だけは起こさないように。巡回中の兵士さんと揉めるなんて、絶対にやめてよね」
「うえっ!? 大丈夫だってぇ。もうこれ以上は揉めないよぉ~」
「これ以上?」
「何でもなーいっ! 行ってきまーす!」
「ちょっ、クリムっ! 待ちなさいっ!」
「安心してください。僕が代わりにクリムを見張っておきますから」
「グルメさん……どうぞ、あの子をよろしくお願いします」
「はい。では、行って参ります」
また改めて、カスタからよろしくお願いされてしまった。
やれやれ。これじゃあ、どっちが主人か分からないぞ。
☠
両側が花畑に囲まれた小道を、鼻唄混じりにピョンピョンと進んでいくクリム。その後ろを、遅れて追い掛ける僕。
「グルメさーん。おっそーいですよぉ~」
「いや、そっちが速いんだって! ホントに散歩させる気ある!?」
「あっ!」
「うおっぷ! だからって、急に止まらないで!」
思わずクリムの背中に突っ込んでしまったが……ビクともしない。このエルフ、強いぞ! 体幹が鍛え上げられているっ! まぁ、僕が弱いだけかもしれない。
「忘れ物をしちゃいましたぁ! どうしましょう?」
「何を?」
「首輪と紐」
「あっ、結構です。そういうプレイに興味はありません」
だって、考えてもみてよ。
僕が首輪をされて、クリムに引かれて街中を歩く……絵面が完全にヤバイ奴!! ストレートに言えば、ド変態だよっ! ペットが誰でも首輪されて喜ぶと思うな!
クリムもクリムで、僕を引っ張って歩きたいとは思わないでしょ!? 女王様でもあるまいし。
「はぁ……先が思いやられる」
「じゃあ、やられないように助けてあげれば良いんですっ!」
「うん。なんか、ちょっと違う。言葉は通じてるんだけどな……。そういえば、クリムってよくピョンピョン跳ねながら進めるよね」
「ぴょんぴょん? あっ、これ? 違いますよ。これはスキップです」
「……スキップだったの!? ピョンピョンしてると思ったら、スキップ!? 全然見えない! 言っちゃ悪いけど!」
「もぉー! 人が気にしてることをぉ! グルメさんは失礼ですねぇ!」
「えっ、気にしてたんだ……」
「そんな悪い子は、お昼ごはん抜きですよっ!」
「ごめんなさい。もう二度と言いません。僕が悪かったです。今日から心を入れ替えて生きていきます。どうか、許してください」
やっぱり主従関係では、クリムの方が上だった。
ご飯を人質に取られたら! 手の出しようがない! 即、猛反省――!!
まぁ、最後には食べさせてくれるんだろうけど。だよね? 食べさせてくれるよね……?
その答えはクリムのみぞ知る。
☠
それから程なくして、僕たちは賑わいのある一角へと辿り着いた。
「なっ!? うおおおおおおっ! 街だぁー! スゴイッ! 店が建ってるっ! ちゃんと街になってる!」
「何ですか、それぇ。私たちをバカにし過ぎですよぉ。メシマズの村にだって、商店街くらいありますっ!」
「バカにしてないって! 思ったより発展してて、ビックリしただけ!」
「へっへーん! エルフの文化だって、人間さんには負けませんよぉ~!」
「まぁ……僕の住んでた街には劣るけどね」
「やっぱりバカにしてますよねぇ!?」
もちろん、背の高いビルが立ち並んでいる訳ではない。建物は高くても精々、二階建て。異世界の街としては十分だろう。
商店街と聞けば、左右に等間隔で店が並んだ大通りを連想するかもしれない。だが、この村はそんなちゃちなモンじゃない。道が真ん中にドンと一本通っていると思ったら、大間違い! 道という道がグニャグニャ! 乱雑に店がそびえ建ち、露天商が品物を広げ、屋台が走り回る。エルフの商人もなかなか沢山いるんだな。
一歩でも入ったら、無事に帰れる保証はない。全てが密集し、混沌と化した空間。まるで迷宮。しかも、立っているのは店だけではない。至るところに樹木が生え、奇妙な植物が蔓延り、天を見上げればツタで覆われている。
一言で表現すれば! 森の中のショッピングモール!!
バカになんてしてない! むしろ、尊敬する! 現実世界にあったら、絶対に流行るって! 話題になる! 隠れ家的で、迷路のような大自然の商店街! ただし、迷子が続出する――!!
そして何より、活気がある。
住民の温かさを、直に肌で感じられる。
「グルメさん? どーしたんですか? そんなとこで立ち止まって」
「……いや、ちょっと感激しちゃって」
「うえっ!? そんなに泣くほどですかぁ!? グルメさんの感性は不思議ですねぇ」
「……うん。自分でも驚いてる」
「ふふっ。いいから、行きますよぉ~! だって、ここはまだ入り口ですからね? この調子だと、奥まで入ったら大号泣じゃないですかぁ!」
「さすがに、そうはならないって」
こうして、クリムと共に商店街へ――メシマズの迷宮へ一歩を踏み出した。
絶対にはぐれないようにしないと。クリムを見失ったら、二度と生きて元の場所に帰れない。これは比喩でなく。
マジで首輪をしとけば安心だったかもしれない……。
「もしもーし! 聞こえますかー? ペチペチ」
「痛っ! あっ、何か言った?」
「もぉー! さっきから上の空じゃないですかぁ。しっかりしてくださいよぉ~。ほらほらぁ!」
「えっ?」
クリムが僕に差し出したのは、彼女の左手だった。
つまり、手を握れと……? はぐれないように。
まじまじとクリムの顔へ視線を上げれば、天真爛漫。無邪気な笑顔で、弾けるように微笑んでいた。いや……早くしなさいと、急かしているようにも思える。
その期待に満ちた蒼色の瞳に応えるべく。僕は右手でおずおずと、差し出された左手を握り締めた。お姫様の命令に忠実な召使いのように。
温もりを感じる。繋いだ手から体温が伝わる。あの時とは、また違った感じでドキドキしてきた!
「大丈夫? 繋いだ? よーしっ! 行っくよぉ~!」
「準備オッケー! いざ、森の迷宮へ!」
「ふふっ、何それぇ」
「……あっ、待って! 速いっ! 手を繋いだのに、速いっ!! そして、止まらない! 止めらないっ! 僕より力が強いから! があああああっ!? クリムぅ~!! ストップ! ストップ! 腕がもげる――!!」
やっぱり先が思いやられる! 助けるのはちょっと難しい!
☠
やっと僕に歩調を合わせてくれた。いや、そもそも。どうして、ごった返す人混みを全速力で駆け抜けるかなぁ……?
僕には行き先が分からないから、彼女の行く方向へ従うしかない。果たして、大丈夫なのか? 無事に到着できるのか? 今もあっちこっちに、寄り道している気がしないでもない。
すると、一軒の店の前で立ち止まった。
「あっ、八百屋のおじさーん! こんにちは~」
「おうっ! クリムちゃん! 元気にしてるかーい? そうそう、今日はこれがお買い得……なっ、何ぃ――!? 男なんて連れてどうしたぁ~!? あのクリムちゃんが……。遂に、ませちゃったか……」
「失礼なぁ! 私だって、ちゃんとませてますよぉ~! バカにしないでくださいっ!」
「待って、クリム。何かおかしい。自分で自分のことを、ませてるって宣言する?」
いや、その前に。もっと否定すべき点があるだろう。
「そうだっ! 紹介します! こちら、私のペットのグルメさんっ!」
数秒間。時が止まった。
スゴイな。もう、時間を操る能力者だよ。
「……ペット?」
「そうです!」
「かっ、彼氏じゃなくて……ペット……? えっ? クリムちゃん。そういうのに、目覚めちゃった……?」
「はて、どういうのですかぁ?」
八百屋のおじさんエルフは、急激に目を白黒させ始めた。では、そろそろネタばらしをしようか。
「初めまして。僕は人間のグルメと申します。クリムさんには先日、命を救って頂きまして。その御恩を返すべく、付き従っている次第でございます」
「に、人間……? 耳が尖ってない――!?」
いや、みんなこのリアクション! 人間に驚き過ぎだって!
しかし、何となく事情は察してくれたようだ。
「あぁ、なんだ。驚いたなぁ……。お連れの人間かぁ。仲良く手を繋いでるもんだから、てっきり……おじさん、早とちりしちゃった」
「お手てくらい繋ぎますってぇ。迷子になったら大変でしょう?」
「いやー! すまんすまん! お詫びにサービスしてあげるから! ほれっ! こいつは採れたての新鮮だから! 二人分、持ってちゃっていいよ!」
「わあっ! でも、ごめんなさーい。私たち、今から行くところがあるからぁ……」
「じゃあ、仕方ねぇなぁ。ここで食べていくかい?」
ここで食べていくかい――!?
そんな、武器屋の装備品みたいに言わないで!! 八百屋だよね!? 野菜しか売ってないよね!?
「良いんですかぁ? なら、お言葉に甘えて……」
「なんのなんの! いいってことよ! 人間の兄ちゃんもどうぞっ!」
おじさんから手渡されたのは、黄土色の皮に包まれた細長い野菜……芋か? これは、芋なのか? 焼かずに生で食べる系の芋なのか?
そして、この流れは絶対に断れない――!!
「……えっと、何ですか?」
「おう! 知らねぇのか。こいつの名は――」
「ゴクリ……」
「クセー芋だ!」
「クセー芋」
どうしてこの世界の食材は! ヤバイ名前ばっかなの!?
絶対に臭い奴じゃん! これ絶対に臭い奴だって!!
「……クリム。本当にここで食べていくの?」
「ほへ? ほへは、ほっふほふへ。ほいひーっ!」
「もう食べてるー!!」
これで自分だけ食べぬわけには――いかないだろうがッ!!
彼女の食べ方を参考にして。
パキッと芋を半分に折ると、紫色の中身が出現した。サツマイモに似てるな。皮が黄土色で、中身が紫色の、サツマイモ。
焼いていないはずなのに。生なのに、中身がホクホクしてる! 少なくとも、僕にはそう見える。とても奇妙。湯気が出ていたら、完全に焼き芋。
触った感じは、全体的にグッと引き締まっている。中身が詰まっている証拠。そして、別に臭くはない。拍子抜け。むしろ、ほのかに香ばしさが漂う。炒った大豆のような。
今回は、果物じゃない。サラダに使う生野菜でもない。異世界で初めての芋。食べる価値はある。クリムの零れる笑顔を見ても、やっぱり美味そうだ。
っていうか、八百屋さんが自信を持ってオススメしてくれたんだから! 不味い訳がないって! これで不味かったら、詐欺じゃないか!!
ホックホクの中身を、大きく一口、一息で貪る。
――ホフッ
………
……
…
「ノゲエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!? オエアッ! ぬわっはァ!! うべぇ……エッ! おーええェ! んがあああああああぁ!! マッッッズ!! 至極不味いッ!! 土――!! 完全に土だこれぇ!! 食感から味まで、土そのものッ!! 芋じゃなくて、皮に包まれた土! 小さい頃に転んで口に入った土の味が! 今、僕の口一杯に広がった――!! 土は土でもクッソ不味い土! 砂みたいなジャリジャリした感触はないが! それが妙にリアルな土を演出ッ!! いや、こんな演出いらない! おゲエエエェ!! ペエッ! 何が臭いかと思ったらァ! 満場一致で土臭い――!! ホントにホントにホントにホントにクセー芋っ! 不味すぎちゃってどうしようっ!? 本気で吐き出す五秒前――!! 貴様らはァ! 一生地中で眠ってろ!! ウベッ! おうぇ……」
僕の目の前には、愕然とした表情のおじさん。
そりゃあ、どういう訳だか、渡した芋が不味かったのだから。店の前で「美味い!」って叫んでもらえたら、宣伝にもなっただろうに。まさか「不味い!」と叫ばれるなんて――!!
これで八百屋さんが潰れちゃったら! 僕のせい!!
「ちっ、違うんです! これは呪いなんです! 口にしたものが全て不味くなる、超絶に美味いものしか食べれない、禁呪・クソ・マーズ! お店も芋も悪くないんです! みんなみんな僕が悪い――!! この八百屋さんの芋がスッゴイ美味そうだったから! 呪いを忘れて思わず食べちゃった! あぁ~! 呪いに掛かってなかったらなぁ~! クッソ美味かったんだろうなぁ!!」
誤解を解くため、必死になって、なりふり構わず叫ぶ。とんだ茶番劇みたいになってしまったぞ。
どうか、信じて! お願いだから信じて――!!
「あぁ、なんだ。呪いだったのかぁ……。そいつは、すまなかったなぁ」
信じた! やっぱり良い人だった!
エルフって良い人しかいないの!?
「グルメさーん。それ、いらないんだったら、私が食べちゃっていいですかぁ?」
「あっ……どうぞ」
言われるがままに、僕はクリムに皮付きの土を差し出した。
どうして、こんなに不味い食べ物が美味いのか……。
あぁ、チクショウ……美味そうに食べるなぁ!
僕も焼きたてホックホクの石焼き芋が食べたーいっ!!




