15.すこぶる不味い
さて、不味い汁を全身に浴びてしまったら……拭くだけでは事足りぬ。
すぐにでも! 今すぐにシャワーを浴びたい! 一刻も早く、まとわり付いた不味さの全てを洗い流すっ!
唯一の問題は、この家にシャワーなんて存在しないことだが。多分、この集落のどこを探しても見付からない。体を清める場合には、川で湯浴みをするとか。ここのエルフは、そういった種族なのだろう。
どうすればいい!? 今から川へ行くのは、ちょっと厳しい――!! どこにあるかも分からないし、距離的にも遠いと思う。そして何より、不味い汁まみれのまま、外を闊歩するのは怪し過ぎる!
「うおおおおおおおおおッ! 不味いぃ~!!」
「ほら、グルメさん! こちらへ」
「えっ……どこに行くんですか……?」
視界がぼやけたまま、カスタに腕を引かれて辿り着いた先は、どこだろう……? 方向から判断するに、洗面所の辺りか。確かに、そこには水を浴びれそうなスペースがあったけど。瓶に水が溜めてあったけど。
「いえ、勿体ないですっ! 僕が浴びるためだけに、貴重な生活用水を使うのは! そこまでして頂かなくても! お構いなく!」
「大丈夫です。水のご心配はありません。早く、服を脱いで」
「待ってください! 脱げますから! 自分で脱げますからァ――!!」
僕の大事な大事な一張羅。不味い汁でビショビショになった、元の世界の服を……脱ぎ捨てた! もう恥ずかしいとか、言ってられない! 「不味い」と「恥ずかしい」なら、間違いなく後者を選ぶ! それくらいの不味さ!
ただ、着替えがなくなってしまった。これも全て、朝から着替えてリビングへ向かってしまったのが運の尽き。
「ご準備は宜しいですね?」
「えっ!? 準備って!? なっ、何の準備――!?」
一糸まとわぬ姿のまま、僕は素っ頓狂な声でカスタに返事をする。もしかして……見られてるのか!? 一体、どこまで見られてるのか――!? チクショオオオオオオォ!! やっぱり恥ずかしいいいいいいいいいぃ!!
「では、行きますっ!」
直後、カスタは何かをぶつぶつと唱え始める。いや、マジで。これから何が始まるの!? 怖い怖いっ!!
そして――
「水流魔法・ウォーター・サーバー!」
突如、肌で感じたのは、物凄い勢いの水流――!! 今、魔法って言った!? 魔法で水を出したの!? そんな方法でシャワーを浴びれるなんて! スゴイッ!
ただ、勢いが強過ぎる――!! もしかして! これ攻撃用の魔法じゃない!?
「んぎょおおおおおおおおおおおおぉ!? 痛い痛い痛いッ!! 腹が、胸が、顔がァ! 当たった箇所が全て痛いっ! 万遍なく! 触れた身体の部分が全て弱点と化す――!! 守護らねばァ! あの場所だけはッ! 死守しなければァ!! グオオオオオオッ!! 弱めて! お願いだから、威力を弱めてッ!! なああああァ!? 絶対にシャワーじゃない! 海外ドラマで見たことあるっ! これ、そういう拷問――!! おげっ! しかも口に入ると不味いぃ~!!」
今にも死にそうな悲鳴を漏らしながら、僕は不味い水で不味い汁を洗い流すのだった。
「弱めてェ!! カスタさん! 勢いをッ! 弱めてえええええぇ!!」
「えっ!? 何ですかぁ!? 聞こえませんっ!」
「声が届かない――!? 水の音がうるさいから!! 滝のような激流のせいで!! うごおおおッ! 弱く! もっと弱くぅ!! クッソォ! 攻撃魔法としては完璧ッ!! だが、恨むぞォ! この魔法を考えた奴ァ! 恨むぞおおおぉ~!!」
最終的に、僕は綺麗になった。一切の不味いを洗い落とした。
ただ……その代わりに、何か大事なものを失った気もする。
☠
無事に地獄のシャワーを潜り抜けて、ゴワゴワした謎の植物のタオルで体を拭いたなら。着替えが無いっ! もちろん、さっきと同じ服は着れない。
という訳で、カスタから受け取った新たな服に着替えるのだった。
「あの……カスタさん。朝から大変ご迷惑をお掛けしました」
「いえ、こちらこそ。まさか水が痛いとは気付けなくて、申し訳ありません。久々に魔法を使ったもので……あら? その服、とってもお似合いですよ!」
「ほっ、本当ですか? ありがとうございます! お借り致します!」
森のように濃い緑色をした、鮮やかで身軽な衣装。半袖短パンなんて、いつ以来だろうか。上着の裾は少し長めで、腰には木の皮で作られたベルトを巻いている。まさにエルフっぽい。コーディネートのテーマとしては、「森の戦士」って言葉がピッタリ。この集落の男のエルフは、こんな感じの格好をしているのだろうか。
また、服とは別パーツで謎の布があった。どうやって着るか悩んだが……最終的に、スカーフみたいに首回りへ巻くことで落ち着いた。これならば、フードにもなって便利。
一つだけ問題があるとすれば。現実世界でこんなの着てたらヤバイ奴――!! 完全にコスプレ! 何のキャラかよく分からないけど、見るからにコスプレ!
「うふふっ。どうぞ、お使いください。ただ、こうして見ると……もう完全にエルフですね。なかなか格好良く決まっていますよ。外に出しても恥ずかしくないくらい」
「カッコイイ、ですか。面と向かって言われると、恥ずかしい……」
カスタは真っ直ぐにこちらを見てくれるのだが、何故だか僕は目を合わせられない。何というか、めっちゃ気不味い。だって、多分見られちゃったから……。向こうは気にしてないみたいだけど……。
この集落のこととか、魔法のこととか、彼女に聞きたいことは色々とある。ただ、僕の心の内を占めていた感情は――今すぐこの場から立ち去りたい! 何でもいいから理由を付けて!
「……そうだ! お礼にお手伝いをさせてくださいっ! ご飯を頂いて、泊めてもらって、こんなにお世話になったのに! 何もしないままでは、僕の気が済みません! 手伝えることはありますか? 何でも良いです! あっ、料理と味見は除いて」
「お手伝い、ですか……? 別に宜しいのに」
「いえいえ、気にする必要はありません。僕が勝手に手伝いたいだけなんです! そういう気分っ! 川の水を汲んできますか? 植物を採ってきますか? 庭の水やりでも構いません!」
カスタは少々考えて。穏やかな口調のまま、僕に返答する。
「ふふっ。分かりました。でしたら、お願いしましょう。庭の水やりでも」
☠
カスタの選択は無難だと思う。川の水汲みも、植物の採取も、さすがに僕一人では任せられないだろう。この集落のことも分かっていないのに。危なっかしいったらありゃしない。
ただ、庭の水やりならば簡単! 家の外に出て、水を撒くだけ! 絶対に問題は起こさないっ! 起こす訳がない――!!
「では、お願いしますね」
「はいっ!」
彼女から必要な説明を受け、僕は元気に返事をした。若干、空元気に近いかもしれない。それに、カスタは僕のためにわざわざ仕事を作ってくれた感じも否めないが……そうだったら、ちょっと申し訳ない。
とにかく、僕は仕事を与えられた!
外に貯水してある水を木製のジョウロに汲んで、指示された範囲に水をやるだけ。簡単簡単。ちなみに、この家には3種類の水が常備されているようだ。
①飲む・口をすすぐ用の飲料水
②手を洗う・服を洗うなどに使う生活用水
③水やり専用の屋外貯水
飲料水を除けば、ゲチョリ川の水でまかなえる。やっぱり、水は大事。遠くの川から汲んでくるという、労力が掛かっていることを思えば尚更。
「ほーら、お水だぞ~! 美味いか~? いや、不味いだろ~? だって、あの川の水だもんなぁ。仕方ない。我慢して飲みなさ~い」
もし、植物に味覚があったら。確実に非難囂々――!!
一つも文句を言わずに飲むなんて偉い! ただ、植物の水やりにも使えるということは、川の水にヤバイ成分は入っていないのだろう。じゃあ、どうして不味いんだ……?
そんな悩みすらも、ちっぽけに感じさせてくれるほど、雄大な自然。草木が生い茂り、花は満開に咲き誇る。日差しは暑いけど、木陰に入れば涼しい微風が手足を撫でる。
モンスターの姿は見えない。ただ、奇妙な虫が踊るように花から花へと飛び回っている。蜂みたいな役割を持った虫だろう。あっ! 変な鳴き声の鳥! 見た目まで変だ!
庭で水を撒いているだけなのに、とっても贅沢な気分。楽しい。お仕事が楽しい! ゴミゴミした都会とは何もかもが違う! 体だけでなく、心まで洗われるよう。
「……おや? あれは、別のエルフ……? おおっ! 3人目っ! いや、もっといるぞ! ここはホントにエルフの集落だったんだ! いや、疑ってた訳じゃないけど。そういえば、エルフの団地だった」
大人から子供まで、実に様々なエルフがいる。面白いな。どう見ても、外見は人間そっくり。生活スタイルも、人間との共通部分が多々ある。
しかし、エルフの中にいても、僕は全く浮いていない。格好からエルフだからね。
「お兄ちゃん、おっはよー!」
「えっ……? あっ、おはよう!」
小さい子から挨拶されてしまった。初めてのことで戸惑ってしまったが、無事に返せた。それだけで、何だか気持ちが嬉しくなる。だって、元の世界では事案になり兼ねないからね。やっぱり、ここは優しい世界――!!
それから、僕は調子に乗って。見掛ける人に挨拶をしまくった。そして、誰もが笑顔で返してくれる! スッゴイ! こんな村なら、一生住んでたい!
おや? 何だか、一風変わった格好のエルフがいるぞ。あぁ、なるほど。武装したエルフの兵士か。カッコイイなぁ。僕もあれなら着てみたいかも。
「おはようございまーす!」
「む、ああ。おはよう……みっ、耳が尖ってない――!? 貴様っ! 何者だ! さては人間だなっ!? どうしてここにいる! どうやって侵入した!? 何が目的だっ!!」
「えええぇ……?」
いや、確かに。僕は人間だけど。兵士も耳が尖っているか否かで、人間って判断するのか……。
ほら、顔立ちとか体格も微妙に違うじゃん。まぁ、耳の違いが確実と言えば、確実だけど。あぁ、だからクリムはフードを被れって言ってたのか。
じゃなくて!! これはヤバイことになった!!
挨拶を返してくれたから、良いエルフなんだろうけど! 相手は兵士だった! 恐らくは集落を巡回中の警備兵。そこへ現れたのが、エルフに扮した人間――!?
絶対に怪しまれる! 僕だって怪しいと思う!
「いえ、怪しい者ではありません!」
「怪しい奴の常套句ではないかっ! ならば、名を名乗れ!」
「僕はグルメです!」
「貴様がグルメかどうかなんて知った事かァ!!」
不味い。怒らせてしまった。この名前が裏目に出てしまった――!!
「違います! そういう名前なんです……」
「そんな名前の奴がいるか! 偽名にしては杜撰だなっ!」
信じてもらえない。やっぱり、この世界で「グルメ」って、キラキラネームみたいな感じだった!
僕があたふたしていると、集落の普通のエルフたちまで周りに集まってきた。いや、兵士も! 早くも応援が来ちゃったよ! 3人に増えちゃった!
えっ、嘘だろ……?
エルフの兵士が僕に向けて構えたのは、弓。
矢尻が真っ直ぐに狙っている。僕の脳天を。これは洒落にならない。そして、多分……放ったら確実に命中する! 根拠はある! だって、エルフの兵士だから!!
「おおお、落ち着いて……! おおおお落ち着いてくださぁーい!?」
「貴様が落ち着かんかッ!」
絶体絶命。まさか命を狙われるなんて、人生初の経験。これで落ち着いていられる訳がないっ!
不味い、不味いぞ……!! 異世界に来て最大の不味いピンチ!!
どうすれば――そうだっ! クリムに誤解を解いてもらえば!
「どうか聞いてください! 僕がここにいるのは! クリ――」
「クリ?」
そう、言い掛けて。はたと気付いた。
クリムをここに呼べば、僕への嫌疑は晴れるはず。ただ、逆に。どうして僕がここにいるのか。それを、洗いざらい話すことになる。彼女が人間を集落へ勝手に連れ込んだ。確実に良くない案件だろう。
結果、クリムとカスタにまで迷惑を及ぼしてしまう――!!
偉いエルフからお咎めを受ける。いや、下手したら重く処罰されるなんて可能性も。せっかく助けてもらったのに? クリムには命を救ってもらったのに?
助けられた恩を! 一宿一飯の恩義を! いや、二宿五飯の恩義を! 全て仇で返すことになる! それだけは、絶対にいけない。僕の我がままで、あの二人の笑顔を失わせることは……何があっても許されない。他ならぬ、僕が許さない。
ならば、黙っておくべきだろう。それが賢明な判断だ。クリムから招き入れてもらったことは、心の内に仕舞っておく。彼女を裏切るくらいなら、喜んで犠牲になろう。それくらいの恩は受けた。
「――いえ、何でもありません。どうぞ、連行してください。抵抗は致しません」
「む、急に物分かりが良くなったな。賢い選択だ」
はたして、僕はどうなってしまうのか。無事に生きて帰れるのか……難しいかもしれない。
ただ、最期に少しだけ。
我がままを言っていいなら。
美味いものが食べたかったなぁ。
「うえっ? これは何の騒ぎですかぁ……? って、グルメさーん!?」
「貴様、この人間と知り合いなのか!?」
言っちゃった! 自分で言っちゃったよ! クリムの方からバラしちゃった!! 僕の覚悟が台無し――!! あの葛藤は何だったんだ!?
しかし、当のクリムは何も意に介さず。迷わず僕の前に割って入る。自分の危険すら顧みずに。
「ダメでーすっ! 撃っちゃダメッ! もぉー! 兵士さんたち、武器を下ろしてくださいぃ~!!」
「クリム……」
ありがとう。と、言いたかった。
ただ、身の振り方を迷っていた。ここで彼女を突き離せば、無関係だと信じてもらえるだろうか……? いや、クリムが許さないだろうな。そもそも、とっさに演技を合わせられるとは思えない。良くも悪くも、彼女は真っ直ぐなのだ。
しかし、兵士に話がどこまで通じるか……。
「そうか。この人間は、貴様が連れ込んだのかっ!?」
「そぉーですよぉ!」
「いや、待って。クリム。喧嘩腰はやめて」
「疑うんなら、何度だって言ってやりますよぉ! この子は――この人間さんは! 私のペットですっ!!」
数秒間。時が止まった。
「……待て。ペット? そいつは、ペットなのか……?」
「だーかーらぁー! そう言ってるじゃないですかぁ!」
「待ってくれ。人間だぞ? 人間を――ペットに? えっ、本気で?」
「人間さんをペットにしちゃダメなんて! 誰が決めたんですかぁ!?」
おおう。スゴイ。見るからに兵士の方が取り乱した。クリムのペースに巻き込まれてる。困惑しながら、仲間と相談を始めたぞ。
そして、多分。人間を飼っちゃダメという法律は、この村に無いんだろうな。完全に盲点だった。前例が無いから。
「むむむ……だが、人間をペットとして認める訳には……」
「もちろん、ただのペットじゃありませんっ! 正確に言えば、私の『使い魔』ですっ! 私、今日から魔物使いになりますから――!!」
「待って。僕が聞いてない」
「ちゃんと言うことだって聞くんですよぉ! ほらぁ、グルメさん! お手っ! お座りっ!」
「ええぇ……そんな、ペットの犬みたいな……」
っていうか、みんな見てる。大勢の前でそんな芸を披露するのは、僕だって恥ずかしい。
「おい、貴様っ! 言うことを聞かないじゃないかっ!」
「うえっ!? グルメさんっ! どーしてですかぁ!? ご飯だって、あげたじゃないですか! 言うこと聞いてくださいよぉ~!」
クリムの悲痛な叫びをよそに、僕は覚悟を決めていた。
やっぱり、彼女には任せられない。僕が何とかしなければ。
「クリム。僕を信じて。少しだけ、黙ってて」
「うえっ?」
「兵士の皆さん。どうか、僕の話を聞いてください。彼女の――クリムの言ったことは、間違いではありません。僕は彼女に拾われて、命を救われて! この村へと流れ着きました。エルフじゃない。何の関係もない、人間の、部外者です。甘んじて罰を受けましょう。僕はどうなろうと構わない。美味そうに煮るなり、美味そうに焼くなり」
兵士は静かに話を聞いている。ここからが正念場だ。
「ただ代わりに、彼女だけは――!! 見逃してください。何も悪いことはしていないんです。純粋なる善意で、僕を助けてくれた。そして、分かりますよね。恩義を仇で報いる訳にはいかないっ! そこに種族の違いなど関係なく! 故に、クリムが罰を受けることなきよう、よろしくお願いします。この通り」
深く深く、僕は頭を下げた。
「グルメさん……」
誰かのために謝るなんて、ここまでするなんて、初めてのことだ。
ただ、誠意は伝わったと思う。はたして、兵士の反応は――
「……うむ。なるほど。確かに、忠実な使い魔らしいな。疑って悪かった。すまない」
通じた! 話が通じた! やっぱり、根は良いエルフで良かった!
「ありがとうございますっ!」
「ただしっ! 使い魔が一人で出歩くのは――感心しないな。これからは常に主人の監視下より離れないこと。良いな?」
「はい、分かりましたっ!」
「だから、私も言ったじゃないですかぁ……ガッチリ首輪を付けて」
「ごめんなさい。それだけは勘弁してください」
こうして、僕はメシマズの村での滞在を暫定的に許されたのだった。クリムのペットとして。もとい、使い魔として。この世界でも恐らく史上初の、人間の使い魔の爆誕である。
っていうか! 公認されてしまった! 住民にまで周知されてちゃった! 名実ともに、完全にペットになってしまった――!!
☠
どうにか一段落ついて、僕はほっと胸を撫で下ろした。クリムもまた、安堵と不安の入り混じった表情を浮かべている。
「あのぉ……ごめんなさい、グルメさん。痛いことされませんでした?」
「あっ、大丈夫! 今回は僕の不注意っていうのも……」
「別に隠していた訳じゃないんです。ただ、ちゃんと正式な許可を貰ってから、グルメさんを披露しないとぉ……こうなっちゃうでしょう? だから、おかーさんにしか見せてなかったの。みんなにはまだ内緒で。それがまさか、こんなことになっちゃうなんてぇ……」
「分かるから。クリムの気持ちも分かるから。安心して。だって、僕は他のペットとは違う。君を見限って逃げたりなんてしない!」
「……ホントですか?」
じーっと目を覗き込まれる。
「人は誰しも嘘をつくけど。今この言葉だけは、絶対に嘘じゃない。断言する」
「……ふふっ。じゃあ、安心しましたっ!」
パッと一転。彼女に笑顔が戻った。やっぱり、笑っている方が素敵だ。この笑顔だけは、何としても守りたい。
「ただ、誤解のないように言っておきますけれどぉ……エルフは人間を毛嫌いしている訳じゃないんです。この集落は、私たちにとってお庭みたいなものなんですよ。お庭に知らない人間さんがいたら、誰だって警戒するでしょう?」
「なるほど。確かに」
ただ、もう存在が露見してしまった。
裏を返せば、これからは大手を振って村を歩ける!
「はぁ……朝から疲れちゃいましたねぇ。おかーさんからグルメさんの様子を見て来なさいって、言われただけだったのにぃ……」
「あっ、道理でタイミングが良いと思った。本当にありがとう!」
「いーえ。そうそう。グルメさんも、喉が渇いたんじゃないですかぁ?」
「えっ!? そりゃあ、渇いた、けど……」
「良いものがあるんですっ! おかーさんには内緒ですよぉ?」
これは悪い顔をしている。母親に黙って、こっそりお菓子を食べる子供の顔。
クリムはスルスルと背の高い木に登ったかと思えば、ピョンと飛び降りてきた。わっと! 危ないっ! 降りる地点をちゃんと確認して!
その手に握られていたのは……
「今年も美味しくできましたかねぇ?」
一つの真っ赤な果実だった。
「もっ、もしかして!? いや、まさか。これはドロベチャの……?」
「ちーがーいーまーすぅー! 全然違うじゃないですかぁ!」
「そうなの? ただ、僕には同じにしか見えない」
「そもそも、ドロベチャの実はこんな高い木に生らないでしょう? 味も正反対ですっ! 本当はこれ、おめでたい記念日にしか食べちゃダメなんですが……今日はグルメさんの『使い魔就任記念』ということでっ!」
「嫌な記念日だなぁ。ちなみに、名前は?」
「ヌチャドロの実です」
「ヌチャドロの実」
もうダメだ!! 不味そうにしか聞こえない――!!
名前からして、絶対にドロベチャの実の親戚じゃん! 生物学上の分類が近いって!
「ほら、半分こですよぉ」
「待って。どうやって半分に割るの?」
「ふふっ。グルメさんもまだまだですねぇ。これはパカッと半分に割れる果実なんですよ。記念日に、二人で分けて食べるんですっ!」
「へぇー。不思議な風習があるもんだなぁ」
渡された半分の果実を見ると。
やっぱり似ている。あの果実に。芳醇な香りや、持った感触まで。
つまり、めっちゃ美味そう。
「じゃあ、かんぱーいっ!」
「乾杯? 飲み物じゃないのに? まぁ、記念日だからいいか」
やれやれ。完全に退路を断たれた。もう、食べるしかないじゃないか。まるで、大いなる力によって強制的に不味いものを食べさせられているかのようだ。ふっ、そんなバカな。
どうか今回こそ、美味くありますように。観念して、僕は一口かじる。
――シャクリ
………
……
…
「ブオゲエエエエエエエエエエエエエエェ!! があっ、げエッ! うえええっ!! ベエッ! マッッッズ!! すこぶる不味いッ!! えっ、何これ!? 嘘だろ!? 味まで一緒なんだけどォ!? 人間の! 人間の食べるモンじゃねえパート2――!! 何だよ、この味! 見た目はとことん美味そうで!! 前にも似たようなこと言ったけど! 口に入れた瞬間、不味さが超爆発!! 腹が、口が、精神が一切受け付けない! ドロッとした食感だけでなく! ヌチャッとした食感が新たに加わった! 不味さに新メンバーが加入したァ!! 最悪中の最悪ッ! 生臭さと、苦味と、渋味は、そのままなのに! 大切な記念日に食べちゃダメ――!! 台無しになるぞぉ!! っていうか、マジでみんな食べてるの!? この果実を!? もっと腐ったリンゴを見習えっ! どうやって育ったら、ここまで不味くなれるや! 否、なれない――!! お前も二度と! 果物を名乗るな!! オエッ……また口に残ってる……うえぇ……」
その隣りで。
クリムもまた渋い顔をしていた。いや、なんで!?
「うええぇ……今年のはちょっと、出来が悪かったみたいですねぇ……」
「そんなことある!? えっ、年によってそんなに味の落差が――!?」
やっぱり、この世界は不思議な食べ物で溢れている――!!
ただし、共通点がある! そう、みんな不味いッ!!




