13.めっさ不味い
図らずもクッソ不味い料理と遭遇してしまった時。どうすれば良いか。もし、高名な数学者に問うたら――こう答えるかもしれない。
『マイナスとマイナスを掛け合わせればプラスになる』
なるほど。本理論をメシマズで例えるならば。一品目のクッソ不味い料理と、二品目のクッソ不味い料理を合わせて食べれば、クッソ美味くなる――!!
って、そんな訳ないだろ!!
クッソ不味い料理とクッソ不味い料理を合わせたら! クッソクッソ不味い料理の出来上がり! 実際に食べて確かめた僕が言うんだから、間違いないっ!
不味さとは! 乗算ではなく加算である――!!
マイナスとマイナスを足したら、より一層マイナス。ちょっと考えれば分かりそうなもの。味覚とは科学であるが、数学ではないのだ。不味いと不味いを合わせて美味いになるのは、奇跡でも起きない限り有り得ない。
以上が、本日のディナーに対する僕の考察結果である。
不味い料理に始まり、不味い料理に終わる。
そんなメニュー食べたことある!? 僕はこれが初めて!!
ただ不味いだけじゃない。次から次へと! 怒濤の不味さが押し寄せる! どれを食べても、口が一向に直らない! まさに、不味さのロイヤルストレートフラッシュ――!!
不味さの総合値では断トツ! これまでに食べた中で、トップクラスの不味さ!
だけど、単品で考えれば。
出された料理をバランスよく食べるのではなく、一品のみに絞って食べれば……まだいける。むしろ、料理によっては十分に食べれる不味さ。死ぬ気で我慢すれば。
どれが一番マシかと言うと――
「ああああッ! 辛いいいいっ!! 辛不味いぃ~! でも、これだけなら食べれる! 良心的な不味さ! パンと合わせちゃダメッ! 魚の部分は避けるっ! ちょっと工夫するだけで、かなり味が違ってくるよ! ただ、辛いんだよなああああああァ~!! 不味いよりはマシだけど! かれええええぇ~!!」
カレー、もといカラシである。
僕が異世界に来てから、最も美味い食べ物がこれっ! いや、まあまあ不味いけど! 相変わらず我慢しなきゃ食べれないけど! 他のみんなが不味すぎて、相対的に美味いだけ!
あとは辛くなければ文句無しだった。いや、誤解しないで欲しい。不満はいくらでもあるが、少なくとも文句は言わずに食べれるレベル、っていう意味合いだから。
「あー、辛い。辛いのに不味い。いっそ、舌が麻痺してくれ。ただ、こうやって食べてると……何だろう。癖になる不味さ。やはり、コクと深みのある不味さは一味違う。クリムが絶賛した、カスタさんの得意料理なだけはある。今日は僕のためにご馳走を振る舞って頂いて、本当にありがとうございます! 素晴らしい。もう感動ですっ! 不味くて辛いけど! 今のところ! これが一番美味い――!!」
僕の感想を聞いて、カスタは複雑な表情を浮かべていた。料理を褒められているのか、けなされているのか。全く分からない。気に入ってもらえたようだが、そもそも不味いは褒め言葉じゃない!
「……えっと、グルメさんのお口に合ったならば、何よりです。ただ、お口に合ったと言えるのでしょうか……?」
「もっ、もちろん! あぁ、クッソォ……!! 僕がクソ・マーズの呪いに掛かってなかったら、きっと美味かったんだろうなぁ! いや、絶対に美味かった! カスタさんの料理は最高ですっ!」
「うふふっ。面白い方ですねぇ。それならば、作って良かったです」
どうやら、完全にクソ・マーズの呪いを信じ切っているようだ。自分でも、実はそうなんじゃないかって思えてきたぞ……。そんな馬鹿な。
ここぞとばかりに鍋のカレーをモリモリ食べる僕の隣りで、クリムは頬を膨らませていた。いや、頬張っている方ではなく、怒っている方。
「もぉー! グルメさんっ! そんなにカラシばっかり食べてちゃ、みんなの分が無くなっちゃいますよぉ~!! もっとバランスよく食べなきゃ!」
「それが無理なんだって。辛うじて一品ずつ食べれるレベル。水も最初はもう二度と飲めないかと思ったけど、これだけならば花の蜜より不味くない。我慢して飲む。ただ、水よりもスープの方がマシ。一手間加えて、味が良くなってる! これは驚きの大発見!」
「何それぇ!? まるで、私の作ったスープは、水よりも不味かったみたいな言い方ぁ~!!」
「ごめん。その通り」
「失礼なぁ!」
「クリム。あなた、ちゃんとお料理の練習をしてた? サボってないわよね?」
「うええぇ……一応してた、けどぉ……」
「はぁ……全く」
僕が思うに。メシマズの人が独自の方法で料理の練習をしても、恐らく上達しないだろう。やはり、指導者が必須。本気で料理を改善するならば。
まぁ、お前が言うなって話だけど。僕はいい。もう諦めた。
「それで、僕からクリムにお願いがあるんだけど……」
「はいはーい。何ですかぁ?」
「これ食べて」
僕が差し出したのは、生野菜のサラダ。
コイツだけは――!! 単品でも無理ッ! 野菜嫌いの子供の気持ちがよく分かる! どうして苦くて不味いものを、一ヶ所に集めちゃったんだ!? 綺麗な色合いからは想像できぬほどの! 苦さのオンパレード! 不味さのバーゲンセール!
だから、僕の代わりに食べてもらおうという魂胆。ペットの不始末は、主人の務め。ペットが残したものは、主人が処理する。この世の道理。
「好き嫌いはダメですよぉ! お野菜もちゃんと食べなきゃ!」
「そういう次元の話じゃないんだって! どうか、そこを何とか――!!」
「もぉー、グルメさんはスーパー我がままなんですからぁ……分かりました。一つ貸しですからね?」
「よっしゃ! ありがとう! ただ、一つどころか、二つも三つも貸しがある気がしないでもない。終始お世話になりっぱなしだから。果たして、返せる日が来るのだろうか……」
「グルメさんは、ダメダメですねぇ……」
そして、僕たち二人の様子を、カスタは温かい目で見守っているのだった。
☠
三人で色々なこと話しながら、無事に夕飯を終えた。会話の内容は、主にクリムの近況報告がメイン。どこへ行ったとか、何をしたとか、僕を拾ったとか。その後、片付けまで終えて今に至る。
僕は、また改めて気付いた。やっぱり、一人よりも二人、二人よりも三人で食べる方がご飯は美味い。不味さが和らぐ。不思議なものだなぁ。
「ふぅ……食べた食べた。不味かったけど腹一杯食べれた。満足満足」
「本当に満足しましたか……?」
「あっ! 気を悪くされたらすいません! とっても満足です! こんなにも幸福感と満腹感に溢れているのは、呪いに掛けられてから初めて――!! また食べたいくらいですよ!」
「そうですか。良かったです。では、また作りますね」
「ホントですか!? やったぁ!」
「うふふっ。今度こそ、美味しいと言わせてみせましょう!」
またカスタの料理を食べれるなんて。僕は幸せ者だ。いや、不味いんだけど。欲を言えば、もっと美味いものが食べたいんだけど。はぁ……母さんのカレーが恋しい。
ちなみに、カレーも水もスープも頑張って完食したが、腹の膨れた一番の要因はパン。あれも単品で食べれるレベルだった。味を表現するならば、結構不味い。全体的にボソボソしていて、耳は無駄に硬い。苔まみれの小石を噛み砕いている感じ。それをひたすら無心で噛み続ける。あと少しで、悟りの境地に達するところ。
「ふわぁ……お腹が一杯になったら、眠くなっちゃうよねぇ……もうこんな時間だし。グルメさんは、眠くないんですかぁ?」
「まだ眠くはないけど。今日は色々とあって疲れたし、満腹になったから、ぐっすり眠れそうかな」
「じゃあ、今日も一緒に寝るぅ?」
「丁重にお断りします」
「えぇー? なんでー?」
二つの意味でお断りする。断固として拒否する。
一つ! さっきからそこでカスタが怖い顔をしているから!
二つ! また蹴っ飛ばされてベッドから落ちるのは勘弁!
「安心してください。グルメさんには別の部屋を用意しますよ」
「ご迷惑をお掛けします」
「そんなぁー!」
「クリムっ! 文句を言わないっ!」
「はぁい……」
良かった良かった。今日こそ安眠できそうだ。
まぁ、昨日も昨日で。床に落ちても目が覚めない程度には、ぐっすり眠っていたけど。
「ふわぁ……じゃあ、私は自分のお部屋で先に寝るからぁ……おやすみ~」
「待ちなさいっ!」
「うげっ!?」
立ち去ろうとするクリムの襟首を、カスタがガシッと掴んだ! 予想外の制止に、クリムは思わずガクンとなる。長い髪が前にバサァってなるほど勢いよく。
「ちょっと、おかーさんっ! やーめーてーよぉ~!」
「クリム。何か忘れてない?」
「?????」
「はぁ……寝る前に。やることがあるでしょう?」
「もちろん、おトイレに行ってから寝るよぉ……」
「そうじゃなくて! 歯は磨いたの?」
一瞬の沈黙。
からの、クリムがハッとする。
「あぁ! 磨いてなーい! 忘れてたぁ~」
「クリムっ! まさか……向こうで暮らしている間は、ずーっと磨いてないの!?」
「まっさかぁ~! 5日に1回くらいは思い出して磨いてるよぉ~」
「毎日磨きなさいっ! 食べたら磨くっ! 約束でしょう!」
「うえぇ……やんなきゃダメェ……?」
これには僕も驚いた! てっきり、エルフには歯磨きの文化がないのかと思っていたら……ちゃんとあった。まぁ、見た目からして人間に近いのだ。当然と言えば当然。僕が勝手に思い込んでいただけ。
じゃあ、どうして思い込んでしまったのか。クリムが磨いてなかったから。ただ、それで判断するのは早計だったようだ。
昨日は! クリムが磨き忘れただけ――!!
なんてこった……。
「ほらっ! グルメさんと一緒に磨いてきなさいっ!」
「はぁい……おーい、おいで~。行くよぉ~」
完全にペットのノリで連れて来られたのは、奥の部屋。食事の前に手を洗った、洗面所みたいな場所。もちろん、水道などない。代わりに、瓶に水が溜め込んである。
そして、一際目を引くのが――鏡。金属を使える程度の文明があれば、鏡だって存在する。銅鏡みたいなものだろうか? そこまで大きくはない。
「はい。どーぞぉ……」
「えっ?」
クリムから手渡されたのは。一本の木の枝。
先端に毛の一本も生えていない。これで歯を磨けと――!?
「あの……毎度申し訳ありません。何これ?」
「ゴシゴシの枝です」
「ゴシゴシの枝。またシンプルな名前……」
すると、彼女は枝を口に咥えて、ゴシゴシと歯を磨き始めた! 歯ブラシと同じ要領で!
なるほど。小枝で歯を磨くとは盲点だった。よくよく見れば、先端は小枝の折った部分が剥き出しになっている。柔らかな木の繊維が、房のように。磨けないことはなさそうだ。
「どぉーしたんでふかぁ? ほやぁ……こうやっへ、磨かないほぉ……」
「分かってる。それは、分かってるけど……」
歯を磨く。
それはつまり――この枝を口に入れるということ!!
果たして、大丈夫なのか。大丈夫なのか――!?
確かに、これは食べ物ではない。頑張って食べる必要もない。ただ、口に突っ込んだ時点で……味はする。木の枝の味が。
心配で心配でならない――!!
待て待て。落ち着け。大丈夫だ。不味ければ、吐き出せばいい。だって、歯ブラシなんだから。
それに、この世界の食べ物は不味いかもしれない。だが、食べ物でない小枝ならば……可能性はある。そう、逆に美味いという可能性。
ぐっと枝を握り締める。触った感じも、見た感じも、どこまでも普通の小枝。両手でふんっ! と、力を込めたら、簡単にポキッと折れそう。ただ、微かにハーブのような香りがする。歯磨きに用いるくらいなのだ。殺菌や防虫に優れた植物なのだろう。
郷に入っては郷に従え。
磨かぬという選択肢などありはせぬ。いざ、尋常に――
――ガッ
………
……
…
「オエエエエエエエエエエエエエエエエエェ!! ブヴェッ!! ペエッ! オエッ!! ぬがああああああぁ! オエエェ……!! マッッッズ!! めっさ不味いッ!! 何を間違えてこの枝を――!! 歯ブラシなんかに採用したァ!? マジで誰だ!? そいつを引っ捕らえろっ! 極刑に処する!! オエエッ! もっと他の樹木があったろうにぃ!! 口に入れた瞬間! 苦くて苦くて、強制的にえずく――!! オエーッ!! 急いで吐き出しても! 不味さだけは口の中に居座り続ける! そうだった! 不味いものって大体そうだったァ! 忘れてたァー!! 磨けば磨くほど! 樹木の不味いエキスを歯に塗りたくっているっ!! 苦味の特攻部隊に! 口内が侵蝕されていくぅ~!! がああああァ! だったら僕はァ! 自分の指で磨ぁく!!」
郷に入っても郷に従えなかったよ……。
こんなことなら、歯磨きなんて文化――無い方がマシだった!!
そして、クリムがどうして歯磨きを嫌がるのか。何となく分かった気がする。
「じゃあ……磨いたねぇ?」
「はぁ、はぁ……死ぬかと思った……歯磨きで死ぬかと思った。洒落にならん。次からは別の方法で磨く……」
「私は、寝るからぁ……はわぁ……しずまれ~」
「だから、人間もおやすみだって!!」
大きく欠伸を一つして。クリムは自分の部屋へと歩いていった。
僕もまた、カスタに部屋を用意してもらって、今日は一人で眠るのだった。
ベッドに入って数分と経たず。あっという間に夢の中へ。
色々とあって疲れたから……主に叫び疲れた。
今日も一日、不味かった。
どうか、明日こそ。美味いものが食べれますように。




