1.クッソ不味い
時は西暦2020年!
この現代社会には、美味い食べ物が溢れ返っている――!!
もう、何を食べても美味い!!
高級料亭で出されるウン万円の御膳から! その辺の近所で売っているジャンクフードまで! 母さんの真心が込められた手作りカレーに始まり! お湯を入れて三分のカップ麺に至っても!
断言しよう! 大体、美味い――!!
それも当然。人類は美味さを求めて、今日まで研鑽の日々を過ごしてきたのだから。過去数千年の食の歴史を振り返っても、一目瞭然。二十一世紀に入ろうとも、食の進化は留まるところを知らない。
美味さとは、科学である!
人間の有する五感の一つ『味覚』。これを解き明かさんと、今日も多くの人々が研究に明け暮れる。その集大成こそが、美味い食べ物なのだ!
みんなも化学調味料は使っているだろう。よく勘違いされるが、これは身体に悪い人工物ではない。飽くまで化学的に『うま味成分』を抽出した結果である。そして何より、コイツは美味い!
美味いものが悪い訳がない! 否、例え身体に悪くても! 美味さこそが、正義! それが、この世の真理である。
まさに現代は、食のカンブリア紀――!!
むしろ、不味い食べ物の方が少ない。意図的に不味く作ったのは別。現代の食材と調味料を使って、作る料理が全て不味くなるなんて、極めて稀少スキル。
つまり!
化学調味料と人工甘味料に支配された現代人の舌が!
日頃から美味い食べ物を堪能している肥えた舌が!
文明すら未発展な異世界の食べ物に合う訳がない――!!
そして、この物語は!
特に能力は持たないが、食の表現力だけズバ抜けた男の異世界奮闘記である!
☠
心地良い小鳥の交声曲で、僕は目を覚ました。
「……あれ? ここ、は――」
瞬間。
目に飛び込んで来たのは――
蒼空。
ここまで「蒼い」という表現がピッタリな景色を、僕は知らない。
身体中をくすぐる草の感触を振り払い、思わず上半身を持ち上げた。
「……どこ?」
そんな疑問すらも打ち消すかの如く。子供が無邪気に絵具を塗りたくったカンバスさながらの、彩り豊かな世界に目を奪われた。
どこまでも続く新緑の絨毯。もとい、緑の草原。
赤、黄、橙、それぞれが目一杯に咲き誇った花畑。
大地に根を張り力強く直立する木々。この先は、森だろうか。
向こうには、ズシリと存在感を醸し出す巨大な山脈。
遠くを見やれば、空を翔ける鳥が影を落とす。
周りで僕を不思議そうに眺めているのは、実にヘンテコな生き物たち。
確信した。
「スゴイ! ここはどこだ!? いや、違う! ここは、異世界だ――!!」
都会のゴミゴミしたビル群で育った僕が、今や大自然の中に一人。
ならば、異世界としか考えられない! 前後の記憶は曖昧だけど。なんやかんやあって、異世界に来たのだろう。まぁ、よくある話だ。
居ても立っても居られず、僕は走り出した!
すると、周囲にいたモンスターたちは一目散に駆け出す。驚かせてしまったようだ。しかし、中には逃げるのが遅い奴も。ボヨン、ボヨン、必死に跳ねている。
「ははっ! 面白い奴! これがスライムか!」
他にも、リスかネズミか区別の付かない奴、葉っぱと鳥を足して2で割った奴、宙をふよふよと浮いた雲みたいな奴。色んなモンスターがいる。
でも、大丈夫。見るからに無害。多分、ザコモンスター!
「ヒャッホウ! 異世界だ! 異世界に来たああああああああぁ!!」
夢にまで見た異世界。思い描いた通りの異世界。
だったら、少しくらい! はしゃいでもいいだろ!!
そのまま草原を駆け抜けて――森の入り口へ。
「はあっ、はぁ……スゴイ。もう、感動だ……!! これから、どんな冒険が待っているのか……考えるだけでゾクゾクするっ!!」
異世界に来たら、何だって出来る! 窮屈な現実から解き放たれた! 今の僕は自由なんだ!
「あっ! あれは――」
目に留まったのは、樹にぶら下がった真っ赤な果実。近くの一つを手に取る。
パッと見たらリンゴだけど、大きさはミカンくらい、触った感じはモモのよう。
「食べても、大丈夫かな……?」
試しに、その辺のモンスターの前に転がしてみると……食べた! 喜んで食べている! じゃあ、恐らく人間が食べても大丈夫!
「では、早速。一つ、頂きますっ!」
顔の前に近付けると、芳醇な香り。ピッタリ熟した食べ頃だろう。
見れば見るほど鮮やかな赤い色。まるで、僕に食べて欲しいかのような。
表面は柔らかすぎず、硬すぎず。そのままガブリといけそうだ。
大きく一口、僕はかぶりついた。
――シャクッ
………
……
…
「オゲエエエエエエエエエエエエエエェ!! ガアッ、ゲえっ! ウエエエッ!! ベえっ! マッッッズ!! クッソ不味いッ!! えっ、何これ!? 嘘だろ!? 人間の! 人間の食べるモンじゃねえ――!! 何だよ、この味! えっ、こんなに美味そうなのに!? 口に入れた瞬間、不味さが爆発! 胃が、舌が、脳が一切受け付けない! ドロッとした食感も相まって、もう最悪ッ!! 後から後から、生臭さが溢れ出す! 噛めば噛むほど、苦味と渋味が押し寄せる――!! とんだ地雷だよ! 腐ったリンゴの方が百倍マシ! どうやって育ったら、ここまで不味くなれるのか!! お前は二度と! 果物を名乗るな!! ウゲッ……まだ口に残ってる……うえぇ……」
涙目になりながら。
思うがままに、罵詈雑言を叫び切った。
これまで沢山、異世界グルメ作品とか、飯テロ漫画とか、読んできたけど……さすがに想定外!
逆にガチで『飯テロ』だよ!!
酷い『逆グルメリポート』があったもんだ!!
しかし、僕はまだ知らなかった。
この世界は、まだまだ多くの不味い食べ物で満ち溢れていると――!!