行方不明者と火の渦
「あら、午前中はこっちなのね」
翌日 朝10時
ちゃんと帰って寝たらしい今関係長は、元気よく出勤すると座っている私の背中に体重を乗せてきた。
豊満なそれが背中に当たっている。うらやましい。
重みで頭を下げることになり、否応なしに自分のそれを見る羽目になった。
…。
「おはようございます。金田山付近で発生している事件を調べておこうと思いまして」
「ふーん、で、灯ちゃん、どうだったのかしら?昨日は」
「ばあちゃんのメシ、激ウマだったー!」
「なるほど、良い収穫があったならば結構」
よかったわねーと言う今関係長。
さすが癖しかない7係をまとめてるだけある。
「灯さん、何かありました?」
「超面白そーなヤツなら見つけた」
「面白そー?」
「会社員の男性が2か月前から行方不明、だってさ」
ネット記事をよく読んでみると、2か月前に金田山の入り口にいる姿を最後に、行方不明の男性がいるらしい。
その後局内データベースを探るとその男性の詳細な情報が出てきた。
「彼の名前は『源川 勇』41歳、会社員。
妻子はおらず両親は既に他界。社内の評判は良く登山が趣味だそうです。」
「聞く限り、いなくなる理由はねーなー」
「警察が捜索したそうですが、小さい山なので既に下山した可能性が高く、早々に近隣地域の捜索に切り替えたそうです」
「それで、今も見つかってないのね」
今関係長がのんびりとお茶を飲みながら茶々を入れてくる。
係長のディスプレイの端に表示されている通知が30を超えている。
この人絶対暇じゃないのに何でこんなにまったりしているんだろう。
「源川さんの家系を調べたところ、戦前に符術を使える人間がいました。
その方は火を操る能力に長けていたそうです」
「なるほど、てことは源川が関わってる可能性あるかもってワケか」
他に情報はねーし、あとは金田山に登ってみっかあ。
灯ちゃんは符が入ったバックを背負って、にやっと笑った。
いってらっしゃい、と手を振る今関係長に返事をして、私たちは執務室を出た。
―――――――――――――――
午後は昨日よりも温度があがり、少し暑いくらいだった。
さっきまで元気だった灯ちゃんは、だんだん溶けていくように力を無くしている。
途中で飲み物を買っておいて正解だったかな。
金田山は頂上を中心に緩やかな坂をぐるぐる回りながら登ってく構造になっている。
頂上を目指すだけで360度それぞれの景色を見られるので、紅葉シーズンが一番に賑わうらしい。
今は緑の葉が生い茂る季節なので、その景色は想像だけに留まった。
「おーおーおー!」
しばらく歩いていると、来てる、来てるううと突然声が聞こえた。
元気を取り戻した灯ちゃんは、周りに浮いている符の反応を楽しんでいる。
のぞき見ると、文字の周りに模様が現れ、一部赤く染まっていた。
火の符術が反応しているんだろう、私の目にも赤い縁がよく映るようになってきた。
「まだ日が落ちるまで時間があるのに、反応してるってことは…」
「昼間もここに居るっつーことじゃね?」
「やっぱり、でもどこにいるんだろう…気配は強くなってるけど…」
ペットボトルのお茶を飲んで、私たちは灯ちゃんの符の反応を頼りに歩みを進めていった。
反応が濃い方向に進みながら歩くこと5分程度。
突然灯ちゃんが立ち止まり、眉間にしわを寄せた。
睨む先を見つめると、複数の赤い縁が一気に暗い1本の赤色へ収束していく。
――近い!
私は咄嗟に灯ちゃんの前に出て、腰に貼っていた「封」の符を触る。
符が光った瞬間に顕現した白い刀に手をかけて、私は茂みをじっと見つめた。
ごそ、ごそごそ、と草木が異常な動きを見せる。
心臓や血管がどくどくと音を立て始めたのを感じる。
やがて大きな音をして現れたのは―――――真っ黒こげの男だった。
「あのー、すみません、怪しい人じゃないんです…」
顔が真っ黒すぎて表情はわからなかったが、とても申し訳なさそうなひ弱な声だった。