不可解な『火の渦』
「あ、指令が来てます」
美味しそうな焼き飯の匂いが消えてきたころ、私は指令メールが届いていることに気づいた。
お、と灯ちゃんが声を上げて近づいてきて、私の後ろから同じ画面を覗き見してくる。
「ええ、どうやら多摩市の金田山で怪しい目撃情報が頻発しているようね」
黒縁メガネの位置をくいっと整えながら、今関係長は自分のディスプレイ画面から目を離さずに言う。
さっきのぼさぼさ髪は綺麗にまとめられ、いつも通り後ろで団子の形に留められている。
見た目だけだとできるキャリアウーマンって感じでかっこいいのになあ。
「ほー、『火の渦』ねぇー」
私はメールの内容を読み上げた。
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指示カテゴリ◆調査、保護
場所◆多摩市 金田山
詳細◆山の中腹から頂上にかけて、毎夜「火の渦を見た」という通報が相次いでいる。
符術が使われた形跡を発見したため、符術者または特殊能力者が原因である可能性がある。
調査の上、対象人物を保護せよ。
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「相変わらずチョー雑」
「もうちょっと情報がほしいですね…何時ごろに出るとか」
「仕方ないわよ、だって7係よ?雑用係と書いて7係って言われているんだから」
「ちぇ」
支援一課は係ごとに各地域を担当している。
例えば1係は政治の中枢エリア、2係はその他23区、など。
その中で7係は特定な地区はなく、他係のおこぼれ業務をもらってギリギリ存続しているような、そんな部署だ。
ひとしきり不満を零した灯ちゃんを見て、今関係長はにこりと笑って言った。
「と、いうことで、吉川、結城、この件はあなたたちでよろしくね」
なんかあったら言ってちょうだい。
やっと係長らしい顔になったその人に、私たちも背筋を伸ばして返答した。
「「はっ」」
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多摩市
空と陸の境目はたくましい山々が連なり、緑が多く空気の澄んだ地域。
日々都会の喧騒に身を置いているからこそだろう、長時間の移動も苦にならないくらい清々しい気持ちになる。
何度目かの深呼吸をしていると、灯ちゃんはだるそうにマップを見た。
「金田山はあっち」
指をさした先にはこの地域唯一の娯楽であるショッピングモールがある。
その向こうまで行けば山が見えるかな。
灯ちゃんに聞くと、そーね、と答えた。
「にしても、火の渦ってどんな見た目してんだろ?」
「確かに、どのくらい大きいのかもわからないですね」
ショッピングモールの隣を歩きながら2人で歩いていると、私の携帯が鳴った。
「あ、係長だ」
電話に出ると、すぐに今関さんの声が聞こえた。
『どう?もうすぐ着くかしら?』
「はい、そろそろ見えてくる頃かと」
『さっき目撃者の1人と連絡が取れたのよ。電話番号と住所送るから、現地見てから話聞きに行くといいわ』
「ありがとうございます!わかりました」
『うん、よろしくね』
「今関ちゃんなんだって?」
「火の渦の目撃者の連絡先を送ってくれるって」
「お、やーりぃ!こんな昼間に山行っても見れないし?タイミングばっちり今関ちゃーん!」
やっと灯ちゃんのテンションが上がった。
その会話とほぼ同時にショッピングモールを通り過ぎた私たちは、前に小さな山を見つけた。
片道30分ほどで頂上へ登れるという小さな小さな山、これが金田山か。