出勤の朝
『特殊治安局』は国防省の防衛庁に属する、「符術」関連の事件や治安維持活動を中心とした組織。
全国それぞれの地域ごとに課が分かれていて、私は東京・横浜エリアの「支援一課」に所属している。
寮から徒歩10分の執務室へ向かいながら、私は道中で買ったコーヒーを啜った。
月曜日ってどうしてこんなに体が重いのか…。
そんなことを思っていたら、同じことが頭をよぎっているだろう同僚の顔を見つけた。
「灯さん、おはようございます。」
「あ?」
ショッキングピンクの長髪を高い位置でひとまとめしている彼女は、なかなかにドスの聞いた返答をして私を視界に入れる。
ああ、なんだ、と小さくつぶやいて眉間の皺を緩めた。
「菜子っちじゃん、はよ。」
彼女は灯ちゃん。
年下だが勤務歴は私よりも長いので先輩にあたる。
お堅い政府の一組織にしては派手な格好のため、どこにいてもわかる長身の女性だ。
今日もピンクのチェーンがじゃらじゃらと存在を主張している。
「今週もはじまっちゃいましたね」
「それなー、まじかったるいわ。あ、アイスコーヒー?ちょうだい」
私はコーヒーを左手に持ち帰ると、灯さんは遠慮なくそのまま飲んだ。
隣を歩いていた中年の局員がしかめっ面しているのは見なかったことにする。
「さんきゅー、生き返ったたわあ」
「いえいえ」
そうやって他愛もない話をして、7係の執務室へ向かう。
――――――――――――――
7係の執務室は、わかりやすいことに7階の端っこにあった。
所属している局員たちの席がまとまって置かれ、ソファがあるくつろぎエリアがある大部屋と、奥の係長部屋というシンプルな構成になっている。
サビが効いてきた扉をあけると、中には人はいなかった。
「始業5分前なのに誰もいない?」
壁の行動管理表を眺めたら納得がいった。
みんな今日は現場直行みたいだ。
扉横の大きなスクリーンを触り、全員の今日のスケジュールが大きく映るように変える。
「いやー、人はいるみてーだわ」
先に奥へ移動した灯さんが一転を見つめて呆れた声を出す。
何かと思って近づいてみると、見慣れた人がいた。
「今関さん…」
簡易の係長席でぐったりしているのが1名。
7係のトップ、今関さんその人だった。
「またオールワーク決めちゃってんじゃん、ウケる!
この前肌年齢が実年齢より+20だったってテンサゲだったヤツとは思えないわー」
「ほんとだ、髪ぼっさぼさ…」
せっかくの明るくて綺麗な髪がもったいない。
私たちの会話の声が聞こえたようで、係長はもぞもぞを動き始めたた。
「ん…?朝…?」
「そうですよ、朝です。」
「…朝…」
机に突っ伏していたからだろう、顔のいたるところを赤く跡が残っている。
今関さんはゆったりとした動作で近くに置いてあった黒縁メガネをかけた。
ぎゅるるるる…
「…」
「…」
「………そういえば、昨日から食べてないわ」
はああ…と盛大なため息が隣から聞こえた。
居心地悪そうな係長。
先週も全く同じ景色を見た気がする。
「菜子っちはメールチェックおねがーい、あたしは係長のエサ作っちゃうんでー」
「え、エサ…」
「はーい。今関さんは顔洗ってきてください」
「はい…」
のろのろとふらつきながら係長の部屋へ入っていくのを見送って、私は自席に座った。
三つ折りのキーボードを広げて、プロジェクターをオンにする。
空中に現れた画面を動かしてメールチェックを始めた。
これもいつもの日常の1つ
7係独特のなんともしまらない週初めだった。