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09 五城、怒る



 入院した夏織を五城が見舞ったその日の夕方。

 警察庁 情報通信局 情報技術解析課 サイバーテロ対策技術室、通称「サイバーフォースセンター」部局内にある五城の専用オフィスには珍しい来客がある。

 まるでここが警察庁の施設では無いような錯覚に陥るような、場違いとも言って良い二人組が訪れたのだ。


 一人は老人

 老人と言っても背中が曲がったり瞼が垂れたりなどの老いは一切感じられず、眼鏡の奥に厳しい瞳をたたえながら密度の濃い白髪を後ろへ撫で付けた、昭和の紳士と呼んでも良いほど。


 もう一人は青年男子

 筋骨隆々な身体つきが影響しているのか、着ている服が随所随所パンパンに張っており、そのまま力むと服がビリビリに千切れそうなほどのマッチョマン。しかし顔は何処と無くあどけなさが残る童顔でまるで某教育番組の体操のお兄さんを彷彿とさせている。


「はじめまして、須藤直治と申します」

「はじめまして、ロドリゴ・ルイス・石川と申します」


 二人は五城と丁寧に挨拶を交わすと、傍で微笑む夏織の合図を機にいそいそと着替え始める。ーーその姿が五城にとって異質に見えたのだ。


 年相応の私服姿だった須藤とロドリゴが着替え終えた姿とは黒い立襟の祭服。つまりカトリック教会の神父が着用するキャソック姿になったのである。


「最強のエクソシストを呼ぶって言ったでしょ。二人ともバチカン所属の正真正銘の神父。ロドリゴも日本に滞在してたなんてラッキーとしか言いようがないわ」


 笑顔で二人を迎えた夏織は五城にそう切り出しながら説明を始める。

 須藤もロドリゴも各大陸、各国各地方の教区には一切所属せずに、カトリック教最高峰のローマ教皇庁から勅命を受けて独立行動するエクソシスト。世界で五本の指に入るその道のスペシャリストなのだそうだ。


 「なるほど。これまで宗教には縁が無かったもので」と納得する五城ではあるのだが、それとは裏腹にロドリゴが気になってしょうがない。

 二人はカトリックの司祭……つまり神父としての地位がある事は夏織の対応からして充分理解出来る。都住夏織の豪快で乱暴な言葉遣いが息を潜め、見た事の無いほどに丁重にもてなすあの姿を見ていれば、二人のエクソシストがどれだけの尊敬を受けているのか手に取るようように分かる。

 だが五城の私見として、老齢な須藤はまだしもこの子供の顔をしたマッチョマンが理解に苦しむのだ。聖書を抱えて十字架を持ち、悪魔と立ち向かうにはあまりにもこのロドリゴに風格や威厳を感じないのだ。


 だが五城の抱く違和感に気付いたのか、ロドリゴと対面する人はいつもそうだと言いながら、夏織はクスクスと笑いながら五城の肩をぽんぽんと叩く。


「ロドリゴが気になるんでしょ? 彼はメキシコのルチャ・リブレで活躍する謎の覆面レスラー、マスカーレ・デ・ホスティーサよ」

「マスカーレ・デ・ホスティーサ? 何だか聞いた事があるような、、、」

「あはは、昨日の夜東京ドームで試合やってたろ。ほら、極東プロレスジュニアヘビー級タイトルマッチ、チャンピオンのライトニング・ブライガーを破ったメキシコの刺客」

「えっ、えっ! あのマスカーレ・デ・ホスティーサって、ロドリゴ神父なん……ですか? 」


 あまりに驚いたのか、失礼にも本人を指差しながら驚嘆する五城。ロドリゴはそんな光景を目の当たりにしながら腹を立てる事もせずに、極めて穏やかに語り出した。ーー彼も彼で、夏織の関係者である五城に対してリスペクトを抱いていたのだ


「マスカーレ・デ・ホスティーサの正体は私です。メキシコでは“正義の仮面”としてリングで伝導活動していますからね」


 その国その国の文化風土が違うように、プロレスと言ってもその内容は各国で大きく違って来る。

 日本の場合はどちらかと言うと、ガチンコ勝負なのかそれとも台本があるのかと長年に渡りファンが熱く議論を繰り返す、よりスポーツや格闘技に近いストロングスタイルと呼ばれている。

 これと好対照なのはアメリカのプロレス。試合前のインタビューや選手同士の因縁やらをトータルとして演出し、試合自体も息を飲む技の応酬よりもどれだけ「映え」るかを狙う、まさしくエンターテイメントである。

 そしてメキシコはと言うと、テレビがまだ無かった時代から面々と受け継がれて来た大衆娯楽であり、子供から大人までが安心して観戦出来るような“勧善懲悪”に主題を置いている。つまり正義の覆面レスラーと悪の覆面レスラーがリングの上で華麗な空中戦を繰り広げて、最後は必ず正義が勝つ……これがメキシコのプロレス「ルチャ・リブレ」。


「勧善懲悪であるがゆえに、聖書の教えに通ずるものがあるのですよ。私はライフワークとして今後もリング上で闘い続けます」


 なるほど、そう言う生き方もあるのかと五城が感心していると、ロドリゴの説明に捕捉するように夏織が口を開いた。

 須藤神父が運営に参加する児童福祉施設でロドリゴは幼少期を過ごし、須藤神父の教えに目覚めた青年期に母方の故郷であるメキシコに移住。大衆文化のルチャ・リブレにも伝導の道を見出したのだそうだ。


「聖書の教えを説きながらプロレスラーとしても活躍する彼は、今ではメキシコに四つの孤児院を建てた英雄でもあります」


 自慢の息子を褒めるように須藤神父は目を細める。ロドリゴは照れながらも須藤の教えがあったからこその自分だと謙遜するのだが、昔を懐かしむ良い空気に満ちていたオフィスを夏織がガラリと変えた。ーー何故今ここに人が集まったのかを再認識させるためだ


「五城君、これで最強のエクソシスト二人は準備出来た。それであんたの方はどうなの? 」


 ハッとする五城であったが、もちろん彼とてスペシャリストの一人。夏織の気迫に一瞬鼻白んだものの応接用の簡易テーブルに置いてあるノートパソコンを立ち上げて胸を張る。


「警察庁と切り離した独自サーバーを使って極力プロバイダを入れぬようにイマジン・ファクトリー社と繋ぎました。呪いの拡散を抑えながら覗けるはずです」


 よし、じゃあ私も準備するか! と声を張り上げた夏織は、応接用の簡易テーブルを取り囲んでいた来客用の長ソファを取っ払い、パソコンの画面の真正面にパイプ椅子を据えてそこに座る。

 するとまるで流れ作業のような「当たり前」さで須藤神父とロドリゴ神父が夏織の両腕両足を結束バンドで固定し始めたではないか。

 さすがの五城もこの異様な光景を垣間見て明らかに動揺し、慌てて口を挟んだ。


「五城君、大丈夫だから心配しないの」

「これ見て心配しない方がおかしい! 一体何をやってるんだ」

「私の力は“読む”だけじゃなくて、読んだものを取り込む事も出来るのよ」

「ま……さか、ブレイブワンの死神を取り込む積もりなんですか? 」

「正確にはブレイブワンの悪魔ね。普通に退魔の儀式やっても悪魔って分が悪くなると逃げるのよ、だから私が取り込んで逃げ道塞ぐって作戦なの」


 ロドリゴ神父は夏織を庇おうと、日本で悪魔祓いの儀式を行う場合は、常々夏織に手伝って貰っていたのだと異常性を否定する。

 須藤は更に時を遡り、夏織が十一歳のころ突然教会に連絡を寄越して、悪魔を取り込んだから祓ってくれと依頼して来た、それからずっと儀式をする際は夏織に手伝って貰っていると告白する。


 だが五城はそれで納得はしなかった

 三人が言わんとする事が理解出来ない訳ではなかったのだが、悪魔との戦いを目の前にあまりにも夏織が超然とした態度を取っているので、その態度そのものが気に入らなかったのだ。


「夏織さん、昨日の夜派手に血を吹いて倒れたんじゃなかったのか! 今だって入院先抜け出してここにいるんだろ! いくら目的意識が高いからって、自分の身体の事心配しなさ過ぎじゃないのか! 」


 静まり返るオフィス

 須藤とロドリゴは五城が何に腹を立てているのかを悟り、あえて何も言わずに微笑みながら夏織を見る。

 何か言ってやりなさいと神父二人の視線を受けた夏織は何かモジモジしながらうつむき加減。彼女も彼女なりに五城の真意がくみ取れていたのだ。


「あ、悪魔祓いは……やる。これ以上被害者を出さないためにもとにかく早めに決着付ける」

「あ、ああ……」

「その、もしも……万が一、私に何かあったら……」


 言葉尻が消え入るように小さくなり、ごにょごにょとしか聞こえない。

 五城は前のめりになり、顔をしかめながら「私に何かあったら? 」と夏織の言葉をトレースすると何と、聞いていた自分自身も赤面するような内容が返って来たではないか。


「私に何かあったら、あなたが見てよ! あなたが見ててくれるんでしょ? 」


 のけ反りながら、お、おお……としか答えられない五城であった




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