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08 パープル・ハート勲章



 警察庁サイバー犯罪のエース、五城雄哉は悩んでいた。

 眉一つ動かさずに淡々と仕事をこなすその無表情ぶりで、同庁の職員や同僚から冷徹機械の「マシーン」だと囁かれていたのだが、今日に限ってそんな彼も悩みを抱き焦っている。

 入院した都住夏織を見舞おうとしているのだが、手ぶらではマズイと言う結論に至り、どう対処するべきなのかと暗中模索の状態であったのだ。


 もちろん、夏織の症状は大事に至らずに済んだ。

 彼女が深夜に倒れて気を失ったのは、大量に吐血した事でのショック症状らしく、十二指腸も胃も不思議なほどに無事であるとの検査結果が出ている。


 ブレイブワンの死神と呼ばれた負の存在が現れ、その悪影響をギリギリでかわした夏織はそのまま総合病院の緊急外来へ担ぎ込まれた。

 五城は彼女を集中治療室まで付き添ったものの、意識を取り戻した夏織に「己の成すべき事を成せ」と追い出されてしまい再び本庁へ。

 上司や外事課の許可や後ろ盾を得てアメリカ連邦捜査局へ通報し、現地捜査局サイバー課経由でイマジンファクトリー社のサーバーを遮断するのに成功したのである。

 そしてその日の明け方に諸々の庶務を終わらせて仮眠、昼前になって目を覚ました五城は慌てて夏織の入院先へとお見舞いの足を伸ばしたのだ。


 --そこで冒頭のくだりに戻る

 最寄駅を降りて病院に向かうまでの道のり、アーケード商店街を抜けている間に彼の脳裏によぎったのだーーお見舞いに行くにあたり、手ぶらなのは人としてどうなのか と



 (やはり定番の花なのだろうか? 鉢植えはダメだと聞いた事はあるが)


 花屋があれば花屋の前で立ち止まる


 (いや、数日で退院するし花はやめよう。お菓子の方が喜ばれるかも)


 洋菓子店や和菓子屋があればその前で立ち止まる


 (アホか俺は! 彼女は胃腸のトラブルで血を吹いたんだぞ、食べ物なんてもっての他。暇つぶしに本が良いのかも)


 本屋があれば本屋の前で立ち止まる


 (あああああ! あの人どう考えたって本なんか読みそうもない)



 いちいち店の前で立ち止まっては無言で悶絶するこの男、側から見れば不審者この上ないのだが、道行く人々は関わり合いになりたくないと思うのが当たり前。五城の周りにだけ不思議と誰も近寄らない謎の空間が出来上がっていた。


 それでも何か用意しなければと思ったのか、おもむろに時計屋へと突撃した五城は、入院中も時刻が分かるし退院しても利用出来ると考え、女性用の腕時計を購入して夏織へのお見舞いの品とした。

 もうこの時点で彼がどんな人生を送って来たのかが垣間見れるのだが、額に脂汗を浮かべながら念仏でも唱えるように小声でブツブツと「手ぶらよりましだ」と繰り返すあたり、何事にも動じないクールな表情とは裏腹にコミュ障で女性に対して免疫が無かったのかも知れない。


 そのまま病院の門をくぐり入院患者棟へ赴き、緊張感丸出しのまま夏織の病室前に立つと、何やら賑やかな話し声が聞こえて来るではないか。


 ーーコンコン

 (どうぞ〜)


 ノックしてみたところ間違いなく夏織の声が聞こえて来た。

 来客中であるならばあまり邪魔になってはいけない。打ち合わせは改めて連絡を取れば良いし、とりあえず渡すだけ渡そうと病室に入ると、あまりの賑やかさに五城は目を白黒させて驚いた。


「五城君か、お疲れ〜 」


 夏織のベッドの傍らには五城よりも一回りは歳上だろう夫婦が椅子に座り、妻であろう女性はまだ年端もいかない幼女を抱えていた。

 ああ、家族でお見舞いに来たのだなとその光景から判断は出来るのだが、問題は見舞われた方の夏織にある。……彼女は何とベッドの上であぐらをかいて、天丼の弁当をガツガツと美味そうにかきこんでいたのだ。


「あ……あんた一体何やってんだ? 」


 理解の範疇を超える光景に五城がアワワと動じていると、夏織は病院食では腹がもたんと言い放ちニヘラと笑う。


「胃腸が病んでたんじゃないんですか? あれだけ血ィ吹いといて何食ってんだよ」

「あれは読みが通った時の体質変化だからね、終われば不思議と元に戻るのよ」

「御都合主義もはなはだしいのですが……」

「あはは、細かい事は気にしない。それよりもね、あたしゃ今血が足りないの」


 ルパンかよと小さくツッコミを入れながらも、先に見舞いに来ていたこの家族に配慮をと考えたのか、改めてまた来ますと口にしながら引き下がろうとした五城を夏織が止める。


「ちょっと待って、ちょうど良いタイミングだから紹介するよ」


 夏織はそう言いながら家族に向かって五城を紹介し、五城に対しても先に来たこの家族を紹介した。

 聞けばこの家族は姓を木佐貫と言い、ご主人と夏織は古くからネットゲームを一緒にプレイする仲なのだと言う。共通の趣味が講じたのかネットゲーム以外でもサバイバルゲームも行うようになり、今ではサバイバルゲーム終了後に木佐貫氏が妻と娘を呼んでバーベキューを楽しんだりと、家族付き合いをする関係なのだそうだ。


「ゲームアカウント名は“カレーの虎”、木佐貫さんは有名なゲーム実況配信者だよ」

「なるほど、それで分かりました。そちらの娘さんがさっきから夏織さんを“お嬢”と呼んでいた理由も。夏織さんは“パープル・ハートのお嬢”だったんですね」

「あは、恥ずかしいからそれ言うのやめて」


 パープル・ハートとはアメリカ軍の勲章の一つで「パープル・ハート章」と呼ばれる名誉負傷章である。

 昨今においてはあまりカレーの虎の実況配信に登場する事はなくなったが、以前は派手に弾幕を張って物量で攻めるカレーや突撃して行く仲間のプレイヤーたちにそっと付き従い、彼らの死角を常にカバーしながら仲間の被弾を避けるスタイルを貫き、自分は被弾するも味方チームの生存率を上げる事からいつしか彼女を讃えるために付いた異名だ。

 この異名を知っている事から五城も相当なFPSゲームのファンで、古くからゲームの実況配信を見ていた事がうかがえるのだが、夏織は敢えてそこには言及せずに、今日は話が聞きたかったからカレーさんと連絡を取ったら、わざわざ家族で見舞いに来てくれたのだと言いつつ“本題”を切り出した。


「あのブレイブワンの死神、悪意を持った誰かが作成した不正プログラムではないって言ったよね? 」

「昨晩夏織さんがそう言いましたね、あれは悪意そのものだと」

「ええ、それでね、今木佐貫さんに聞いてたのよ“FPSゲームってそれほど悪意が溜まりやすいゲームなのか? ”と」


 夏織は五城に据えてあった視線を木佐貫に移す。その視線を感じた木佐貫は、あらためて五城に説明してくれないかと言う夏織の真意に気付き、五城に対して穏やかに説明を始めた。


「FPSゲーム、ファースト・パーソン・シューティング・ゲームはですね、実は日本じゃあまり人気が無いんです」


 それを枕言葉に口を開いた木佐貫は、神妙な顔で耳を向ける五城に向かい淡々と語り出した。


 ーーあくまでも個人的な意見ですが、世界規模でゲーム市場を考えると、日本とそれ以外の国では「好み」と言う点についてはっきりと差が出ています。文化の違いもあるのでしょうが、こと日本においてはファンタジー系のゲームが圧倒的な人気を得ており、リアルな戦争ゲームのジャンルはコアな部分で細々と息が続いているのが現状です。

 仲間たちと集い、剣と魔法を駆使して難敵を倒すファンタジーゲームとは対照的に、リアルな舞台設定の上で兵器や銃器を駆使して敵プレイヤーを殺す殺伐としたFPSゲームは、日本人の好みに合わないのかも知れません。

 雑談でコミュニケーションを図りつつ、絆を深めた仲間たちとパーティーを組んで強敵を倒すシステムと、ある程度武器装備のレベルが均等化された世界で、殺すか殺されないかの結果を求めるシステム。その国その国の人々の文化の違いが現れているのかとも考えています。

 もちろん、昨今ではFPSゲームやTPSゲーム(三人称視点)でも爆発的な人気を得るものも現れ、多岐に渡る趣味の世界において、俗に言う殺し合いゲームのプレイ人口が国内で増えているのも確かです。そしてそれらに対して人殺しを助長する危険なゲームだと指摘する意見には断固反対します。メディア媒体から悪影響を受けると言うならば、世界人口の約六割の人々は今、海賊王を目指して腕や足をびょ〜んと伸ばしていなければならないはずですから。


 そう言う土壌の中で、私が危惧しているのは以下の通りです。

 今ほどお嬢にも説明はしましたが、FPSやTPSゲームのマルチ対戦は荒れやすい事。そこに危惧を抱いています。


「ゲーム内のボイスチャットをオープンにしていれば、誰もが何かしらの嫌な体験をしています」


 ーー例えば暴言、例えば嫌味、例えばブチ切れた叫び、罵り、罵倒、挑発、侮蔑

 そう言う光景を目の当たりにしたり、直接言われた事が一度はあるはず。またキルされた相手から駄目押しで死体撃ちされると言う侮辱行為を受ける事もある。


「そう言う負の感情が蓄積されて、お嬢の言う通り巨大な悪意そのものになったのではと考えるのです」

「キレ芸ワロタとか“死体撃ちは挨拶のようなもの”って風潮が当たり前になってるけど、気持ち良くないのは確かよね」

「お嬢の言う通りです。海外配信者のブチ切れ動画なんて見ても、見る人によっては楽しいのでしょうが俺には笑えません」



 ブレイブ・ワンの死神とは、積もり積もったマルチ対戦プレイヤーたちの負の感情の集積体。それだけでも理解に苦しむのに、それが意志を持って人間を攻撃しているなどと、五城にはまるで雲を掴むかのよう話であり、まるでイメージ出来ていないのが本当のところ。

 だがそこで立ち止まる訳にも行かず、問題を解決するために前に進もうと、今自分が理解出来ている事、知り得た情報を彼女に開示すべきと五城は逆に口を開いた。


「先ほどFBIから連絡がありました。やはり世界規模で死神事件が起きていたようで、死者の数も少なくありません」

「なるほど、これで謎が解けた。木佐貫さんとね、日本のプレイ人口だけじゃ巨大な悪意は出来上がらない、無理だって話してたのよ」

「俺にはまだ謎が解けていませんよ。怨嗟の声が意志を持つなんて……生者を死に追いやろうとする意味がまだ理解出来ない」


 五城が首を振りながら眉間に皺を寄せる。

 元々「オカルト」自体になどまるで興味を寄せるような人生ではなかったのに、まさか警察官になってオバケを追いかけるとはーーと、混乱しきりなのだ


 だが、ここで夏織が五城に駄目押しする。

 真の敵、討つべき敵とは何なのか。そしてどうやって討つのかを提示したのだ。


「五城君、昨晩私が倒れた時に、地獄の門が開いて悪魔が覗いてるって言ったよね? 」

「え、ええ……確かに」

「言葉の通りよ、これは悪魔憑き事件なの」

「悪魔憑き? 悪魔憑きって」

「負の言霊が集積されて巨大な悪意が生まれた。そして悪意は人格を産んだのよ、他者を攻撃しようとする意志を抱いた人格に。それに悪魔が喜びながら飛びついて人を攻撃する方法を導いた。だから悪魔憑き事件なの」


 口の横に米つぶがついてるよと、木佐貫の娘が小さな手でそれを取ってくれた事に満面の笑みで礼を言いながら、そのままの表情で夏織は言う、最終決戦だと。


「五城君、夕方にあんたのオフィスを借りるよ。私は読むだけの人間だけど、代わりに最強のエクソシスト呼んであるから。今日中に決着付けるよ! 」


 自信満々で言い切った彼女を頼もしいと思う反面、お見舞いの品を渡すタイミングを逸した五城。……何処と無く落ち着かないまま行き場を失った視線を泳がせていたのであった。




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