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07 補完の動き 後編



「オールアメリカンズ! オールアメリカンズにヒットだ! スタッフさんが確認していたゲームに異変が起こりました。」


 自らもモニターを操作しながらも司会進行役を兼ねる「かつトシ」の二人が慌てて席を立ち、声をかけて来たスタッフの元に駆け付ける。

 他のスタッフが慌ててそのモニターを生中継配信のメイン画面に繋げて反映させ、かつトシ二人の姿を捉える別カメラがワイプ画像として画面左上へと固定された。


「オールアメリカンズ、シブいところでヒットしましたね」

「近代戦を主軸にしたゲームがブレイブワンとするなら、同社の第二次世界大戦モノがオールアメリカンズなのですが、あまり人気が無くてシリーズ化に失敗したゲームです」


 ーーこのゲームはブレイブワン世界的ヒット後に当時のフューチャーマテリアル社が発表したゲームです。第二次世界大戦当時のヨーロッパ戦線において、ノルマンディー上陸作戦からアルデンヌぬ森を経てベルリン陥落まで常に最前線に身を置いた「アメリカ軍第八十二空挺師団」の死闘を描いた史実に基づいたゲームで、オールアメリカンズとはアメリカ合衆国の州単位で編成されず全米から兵士が集められた事で師団に付いたニックネームである。

 このゲームもブレイブワンと同じく、ストーリーモードとは切り離したダウンロードコンテンツがあり、世界中のプレイヤーが連合軍とナチスドイツに分かれた通信対戦が可能となっていた。


「メニュー画面に注目してください。通信対戦のマルチモードは廃止され、購入済みのストーリーモードにしかカーソルが当たらないのに、ほら、ほら! マルチモードにもカーソルが当たります! 」


 かつトシは先に進んでみましょうと、操作するスタッフに促す。

 生中継配信の画面には、このオールアメリカンズのメニュー画面が表示され、マルチプレイモードにカーソルが合わされている。視聴者が固唾を飲むようにと多少のもったいぶった間を作りながら、操作担当のスタッフはマルチプレイモードをクリックした。


「入れた、入れましたよ! 」

「こりゃすごい! こんな事あり得るんですね! 」


 マルチプレイモードのページに入室すると、少人数で遊ぶ分隊プレイや大勢のプレイヤーを集めた総力戦プレイなどの選択肢が現れるのだが、とりあえずは分隊プレイにログインしようとクリック。会場のかつトシやスタッフたちが大騒ぎする中、映像はロード画面へと切り替わる。



「……やはり、ブレイブワンだけではなかったと言う事ですね」

「疑問が一つ解決した。だけど事態は深刻になったわよ」

「分かってます。我々が知り得ないだけで、死神は間口を広げて呪いを放っている」


 警察庁の専用オフィスで動画を見続ける夏織と五城、水曜日の深夜零時にブレイブワンのマルチプレイを追いかけるだけの「週に一度のチャンス」「非常に細い線」から、ブレイブワン以外でも死神ケースが起きると言う「総当たり捜査」の可能性を得たのである。

 逆に言えばそれだけ死神も拡散されていると言う危険性もあるのだが、こちらも人員と設備を充実させれば対応出来ない訳ではなく、目の前に嵐の海は開けたものの一筋の光明が見えた状態だと言っても良かった。


「ともあれ、現状はイマジンファクトリー社が保有するゲームコンテンツが危険なのに変わりはありません」

「そうね、あの会社のサーバーを外部遮断出来れば被害の拡散は阻止出来るわ」

「イマジンファクトリー社はアメリカに本拠地を置く企業なので現状我々では手出し出来ません。今日の朝、関係部局の許可を貰ってアメリカ連邦捜査局FBIのサイバー対策部と連絡を取ります」


 五城はそう説明しながら動画生中継のモニターから目を逸らし、隣で電源を入れたままにしてあるもう一台のノートパソコンへ。ドキュメントファイルにあるワードを開けて申請書の書式を取り出した。

 そして、国際警察機構にも協力要請した方が良いのかなと呟きながらキーボードを叩き出した時、生中継を放送したままのパソコンのスピーカーから、鼓膜を激しく揺さぶる奇怪な声が響いた。



 『……いぃぃぃぎやアあねああねぃぃイシししぃぃ! ……』



 あまりの唐突さに驚き、ビクリと身体を震わせながら反射的に仰け反った五城。勢いで椅子からガシャンと転げ落ちてしまったのだが、床に尻もちをついてしまった情け無さに構っている暇は無かった。「びたん! 」と言う盛大な音を立てて夏織が床に沈んだ事に気付いたからだ。


「夏織さん? ……夏織さん! 」


 慌てて立ち上がり彼女の元に駆け付ける。

 うつ伏せになって床に倒れていた夏織を抱き上げると、鼻からだけでなく、口や耳からもおびただしい血を流しながら虫の息になっているではないか。


「夏織さん、大丈夫ですか! 」

「ギリギリ……目を逸らしたから……何とか……」

「今救急車を呼びます、しばらく我慢してください」


 彼女を抱えながら立ち上がり、ソファに寝かせた後にオフィスの固定電話へ。どうやら被害を受けたのは夏織だけではなかったらしく、受話器を持ちながらチラリと見たパソコンのモニターの向こうでも、何人もの番組関係者が倒れていたりと阿鼻叫喚の光景が繰り広げられている。


「五城君……五城……! 」


 救急車を手配している五城の耳に、途切れ途切れだが夏織の声が聞こえて来た。


「動かないで! 今救急車を呼びましたから」


 ハンカチでは拭いきれないと、机の引き出しからタオルを取り出し夏織の顔を拭いてやる。夏織は血の泡を尚も吹き出しながら、ガタガタと震える身体をそのままに五城の袖を掴む。五城に何か伝えたい事があるのか……それを伝え切るまでは気絶は出来ないと足掻いていたのだ。


「五城君……聞け、大事な話だ。……今すぐ遮断の手続きを取れ」

「今からですか? 」

「そうよ、朝まで待てない……」


 ゴボゴボ!

 夏織は再び血の泡を吹き出して五城を慌てさせるも、体質的な事だから大丈夫だと言い張っている。


「……いなかった、呪いを仕掛けた人間などハナからいなかった……! 」

「不正プログラムを仕掛けた人間がいない、そもそも不正プログラムなど存在しないと言う事なんですか? 」

「……そう、あれは巨大な言霊、積もりに積もって肥大化した負の言霊……呪いそのものよ」

「俺には理解出来ません、何でそんなものが」

「……考察するのは後でも出来る。それよりも早く遮断を……呪いの先に地獄の門が見え、奥から悪魔が覗いていた……このまま放置すると、放置すると! 」


 当初は何者かが不特定多数の人々を対象にして、個人的な怨恨をぶつける目的で不正プログラムを作成してブレイブ・ワンにそれを繋げているのではと考えていた。夏織も五城もその図式だと考えていた。

 だが『読んだ』夏織によると、何者がなどそもそも存在せずに、様々な負の感情や悪意が凝縮された巨大な負の言霊だけがそこに存在し、地獄と現世を繋げようとしている。

 被害者の魂がどんどんと飲み込まれて行く、とにかくサーバーの隔離だけでもしないとーーその言霊を最後に夏織は気絶した。


 夏織が五城が見ていたパソコンからは相変わらず怒号や悲鳴が溢れており、混沌にまみれた生中継は番組が終息する気配すら見せていない。

 遠くで鳴り響く救急車のサイレンが、やがて五城のオフィスにも聞こえて来る。五城は夏織の心配をしながらも、彼女の言葉をどうすれば迅速に実現出来るかと、思案の翼をはためかせていた。



  西暦が二千年に到達するかしないかの頃、子供向けアニメーションの地上波放送中に前代未聞の事件が起きた。

 アニメーションの演出で画面に光の点滅などを多用した結果、視聴者層である複数の幼児・児童が体調不良を訴えて救急搬送されたのである。

 激しい光の点滅を断続的に見た結果による光過敏性発作がひこ起こされたとの結論に至ったが、これを機に政府や放送業界などで再発防止措置が講じられる事になり、過剰な光による演出は影を潜めたのだが……


 時代は令和に変わった今、媒体はテレビからネット動画へと変わり、視聴者を恐怖のどん底へと叩き落としたのである。


 都市伝説ーー『ブレイブ・ワンの死神』は、単なる都市伝説ではなく事件へと昇華した。

 突発性心臓発作による死者は三十八名、重篤症状による救急搬送約四百件、救急搬送されないものの体調不良を訴えた者は数知れず、単なるネットの片隅の噂がとうとう社会問題へと変化してしまったのだ。




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