03 狩りの季節
大きな高画質テレビ一面に映し出されているのは、岸壁に立つ者が犯人だと決まっている刑事ドラマではなく、芸もやらない芸人たちが集まって無駄に騒ぐバラエティ番組でもなく、衝撃の映像! と視聴者に謳いながら都内のロケ地で安く上げる再現映像を流したりネット動画を流す手抜き映像番組でもなく……ため息が出そうなほど見事に細部にまで渡り細かく再現したCGの風景が広がっている。
これは内戦で疲弊した中東某所の街を再現している風景のか、戦車砲で吹き飛ばされた家屋の柱の一本一本や、破壊された黒こげになった車や舗装されていない道路の砂つぶ一つ一つまで、見事に再現されたいわゆる“ステージ”……ゲームのプレイフィールドが映し出されていた。
『Who Dares Wins』
ヨーロッパに拠点を置く新進気鋭のゲーム会社が世に出したFPSシューティングゲーム。
大規模テロを起こした武装犯罪組織を追って世界中を駆け巡る、イギリス空挺特殊部隊SASの活躍を描くゲームなのだが、ゲームの本筋となるストーリーモードもさる事ながら世界中のプレイヤーが集って自らの腕を競う通信対戦……マルチプレイモードが熱いと評判のゲームだ。
今この高画質テレビに映し出されているステージも、そのマルチプレイモードでのプレイフィールド。世界中から集まったプレイヤー四十人を二チームに分けて、制限時間内にどれだけ相手をキル出来るかを競う種目「アベンジャー」の真っ最中。
このテレビ画面を凝視する女性……都住夏織もまたそれに参加し、激しい市街戦を繰り広げていたのだ。
“グレネードを投げる! ”
“酒場に敵確認"
“くそ、ベンがやられた! "
“火力が落ちてる、敵に押し切られるぞ! ”
激しい銃声が街のあちこちから轟く中、敵味方関係無く怒号や悲鳴もテレビスピーカーから飛び出して来ており、さながら自分の部屋までもが地獄絵図の戦場と化しているかのよう。
擦り切れたデニムに半袖の開襟シャツ、そこへボディアーマーを着込んだ民間軍事企業のインストラクターを彷彿とさせる女性キャラが、アサルトライフルを手に縦横無尽にステージを駆け抜ける。都住夏織の分身とも言うべきそのアバターは今、仲間と共に敵対勢力を命がけで狩り出していたのだ。
「カレーさん、右に二人行った! 」
『了解、前に出るからお嬢はカバーを』
「おっけい」
廃墟が立ち並ぶ街路で前方に敵の姿をチラリと確認した夏織、ゲーム内ボイスチャットで仲間の“カレーさん”なるプレイヤーに状況を伝える。そしてカレーさんはカレーさんで夏織を“お嬢”と気軽に呼びながら背後の護衛をお願いしつつミニミ軽機関銃をカカカカカと乱射、1ブロック前の家に向かって突撃した。
『周囲クリア、弾幕張るからお嬢も前進して』
「あっ、カレーさん左の二階! 窓から! 」
カレーが身を潜めた場所から道を挟んだ反対側、廃墟の二階の窓にキラリと鈍く輝く銃の姿を見た夏織。位置的に丸見えのカレーを守ろうとダッシュをキャンセル、その場で彼女の武器であるアサルトライフル 「FN FNC」をフルオートで叩き込み始めた。
「きゃあ! 」
夏織の援護でカレーを狙っていた銃は窓の奥へと引き込んだが、道のど真ん中で銃を乱射すれば否が応でも目立つのは当たり前。射撃音を聞きつけた敵プレイヤーのスナイパーライフルが、見事ワンショットワンキルで夏織の頭を撃ち抜いたのだ。
『お嬢ごめん! 周辺警戒甘かったすね』
「あはは、気にしない気にしない」
『リスポーン(復活)地点まで戻ります? 』
「前線が崩れるからカレーさんはそこにいて、私が行くよ」
どんなゲームをプレイしても夏織のゲームアカウント・プレイヤーネームは「お嬢 」であり、彼女を古くから知るゲームプレイヤーは、年齢の上下など関係無く誰もが親しみを込めて彼女をお嬢と呼んでいる。
そして夏織が「カレーさん」と呼ぶ人物は古くから動画配信サイトでゲーム実況を続けて来た知る人ぞ知る有名人。小手先のテクニックなどにこだわる事無く大量の弾幕で道を切り開く「カレーの虎」、その度胸や迫力もさることながら、人の良さがにじみ出る言葉遣いと他者への配慮から誰からもカレーさんと呼ばれる愛すべき人物だ。
夏織とこのカレーさんは十年来のゲーム仲間である。たまたまゲーム上で知り合って今に至るのだが、様々なゲームを一緒にプレイするのは当たり前のこと実生活では年に数回サバイバルゲームでオフ会を行い親交を重ねるまでに至っている。
本日は実況配信無し。配信があると隠れてしまうシャイなお嬢のためにと、プライベートでチームを組んで遊んでいたのである。
(クソ! 向こうのショットガン持ちが角待ちしているぞ )
(あの距離でヘッドショットとか、チートじゃねえのかそれ! )
(あいつずっと家の中で芋ってるじゃねえか、芋野郎、出て来て戦えよ! )
制限時間が迫って来れば誰もが味方陣営の成績を気にする。当たり前の話負けるためにプレイする者など誰もおらず、皆が皆自分たちの勝利のために死力を尽くしている。勝敗ラインが拮抗しているならばいるほどに、プレイゲーム内のボイスチャットが荒れ始めるのは必然。味方も敵のプレイヤーたちも、自分の有り余った熱量を言葉に換え始めている。
「ああっ、タイムアップ! 惜しかったねえ」
『お嬢さすがっす、俺よりキル数多いじゃないっすか』
「個人成績よりもねえ、やっぱり勝ちたいよねえ」
『ですねえ。今の人たちは上手かったですよ、誰が言い出したか自然にフォーメーション取れてたし』
「あはは確かに、個人プレイの積み重ねじゃ限界あるね」
残念ながら夏織たちのチームは負けてしまった。淡々と個人成績とチーム成績ぐ表示されながらステージはロビー画面へと切り替わる。
ひとしきり夢中になって遊んだのか、トイレ休憩しようと夏織が提案したので、お嬢とカレーの虎はネクストステージから離脱。互いの部屋だけはBGMが流れるだけの沈黙した時間が流れ始めた。
いそいそと赴いたトイレで用を済ませながら物思いに耽る夏織。ゲーム仲間のカレーさんは妻子持ちの会社員であり、時間も時間だから後一回くらいかと呟いていると、ふと先日の一件を思い出す。
警察庁生活安全部の岸田氏から懇願されて、静岡県警のお偉いさんたちを迎えて銀座の料亭で一席設けた際の出来事、、、食べるだけ食べて芸者さんたちと飲んで騒いで落ち着いた頃、静岡県警側から切り出された相談事の数々。
生活安全課の課長だと言う若きキャリア組のイケメンが口火を切って一件目の相談を持ち出したが、彼らの真の目的と言うのは実は、二件目の相談にあったのだ。
一件目の相談は簡単だった。夏織ならばお茶の子さいさいとでも表現すべき案件だった。ーー何故ならば、夏織の能力を試そうとでもしているのか、迷宮入りにもなっていない比較的新しく「読みやすい」案件を写真を添えて夏織の前に差し出したのである。
『今年の三月に失踪した七歳の少年です。家族や親族が集まってお花見をした際に、風邪をひいているからと自宅で独り留守番していたこの子が姿を消しました。失踪の届けも出ており鋭意捜索中です』
ひどく腹立たしげな表情で夏織はその写真を受け取ると、家族の集合写真に並ぶ少年の笑顔を優しく指で撫でながら、脳裏に浮かんで来たビジョンの一つ一つを整理し始めた。
ーー元々コイツらは私を試そうと言う気に満ちている。ナメた真似してくれるがこれもビジネスだと思ってーー
夏織の鼻から鮮血が滴り落ちる。
静岡県警の面々は何事かと慌てるのだが、警察庁の岸田氏と当の本人はどこ吹く風。夏織は秘密の能力をフル回転させた結果、脳圧が上がって副鼻腔を圧迫させているのか、鼻血が出るのは当たり前だとばかりに身じろぎもしない。
写真に穴が開くのではと誰もが息を飲んで見守る中、瞳孔が開いたかのように瞳で少年を眺めていた夏織は、やがて作業が終了したのかゆっくりと前を向いた。
「この子は残念ながら死んでます、裏山の携帯電話のアンテナ塔……その周辺に土をこんもりと盛り上げてある場所がある。そこを探してください。彼が眠っています」
驚き眼を見張る県警職員たち。その結論もさることながら、何故少年が悲劇的な結末を迎えたのかが知りたいのか、前のめりに夏織を見詰めている。
「近所に不審者がいます、二十代後半の無職男性が。性的暴行を目的にそいつが少年宅に忍び込んだ結果、少年に騒がれて凶行に及んだ。……あなたたちが既にマークしている男、そいつで間違いないですよ」
県警職員たちは大いに驚きながら、夏織を賞賛するに至った。夏織が指摘した通り、静岡県警も近所に住む不審者をマークしていたのだ。
これで夏織は一切の疑問無く、静岡県警のお偉方に信用される事となるーー試された事について腹は立つものの、やがてもたらされる興味深い秘密の入り口に、夏織は立つ事を許されたのである。
「都住夏織さん、あなたを一流の読み師と見込んで相談したい事があります。クライアントの立場もあり守秘義務が発生しますが、それを承知でお願いしたい」
テーブルに両手をついて頭を垂れる県警本部長と以下の幹部たち。地元静岡で絶大な影響力を持つ、警察官僚出身の保守系国会議員からの依頼で……
『お嬢、お嬢……まだトイレかな? 』
「カレーさんお待たせ、戻って来たよ」
『あっ、おかえりなさい』
「時間かかってゴメンね、小腹空いてポテチの封開けちゃった」
『あはは。どうします、もう一回戦くらいやりたいですよね』
トイレから出て自室に戻ると、カレーの虎が優しく待っている。
有名なゲーム実況者として長年その地位を確立し続けるのには、ゲームの巧さもあるのだろうが、実況する際の言葉遣いや人柄の良さも影響する。
中にはキレ芸で人気を得る者もいるが、やはりカレーの虎氏が人気を維持し続ける一番の理由は人柄であろう。同業者たちだけでなく、身内だけでなく、一見さんやたまたまマッチアップしたプレイヤーたち、誰にもそうやって接している穏やかさが視聴者を惹きつけるのである。
「夜も遅くなって来たし、あと一回でやめようか」ーーそう提案した夏織がふと気付く。カレーの虎氏ならば、その絶大な人脈の広さで様々な噂が耳に入っているのではと思い付いたのだ。
「カレーさん、ちょっと時間良いかな? カレーさんならもしかして知ってるかもって思って」
『あははは、そんなかしこまらないで遠慮無く聞いてくださいよ』
「ごめんね、ちょっと気になった噂があって……」
夏織はそう言いながら、守秘義務が発生している事を肝に命じつつ、一つ一つ言葉を選びながらカレーの虎に質問した。
ーー我々も昔はムキになって遊んでいた『ブレイブワン』、何か今しきりに噂になってる事があるらしいの。とっくにサービス終了してるのにマルチプレイにログイン可能で対戦プレイが出来る。更に敵プレイヤーに死神が現れて、見たら死ぬって噂なんだけどーー
カレーの虎は「その噂ですか」と笑い飛ばしながらも噂は聞いていると言う。先日呪いの動画を見た事も話してくれた。
『呪いの動画は削除されちゃったみたいで、逆に盛り上がっちゃった感はありますね』
「私はその動画見逃しちゃってさあ、気になってるんだよねえ」
『むう〜〜、ホラー話としては面白いなあとは思うんですが、リアル現実で起きた話として考えると……』
「あり得ないと思う? 」
『俺は無いと思いますね。サービス終了してるんだから、ゲーム配信会社のサーバーだって通信対戦やるほどの余裕は残してないでしょうし、誰かがそっくりなマップを作って不正に繋げたとしても遮断すれば良いだけで、サイバー犯罪として追跡すれば犯人も突き止められます』
「そうだよね。もし死神なんて本当にいたとしても、回線辿って追いかければ誰がやってるのかすぐ分かるもんね」
『死神に会ったら死ぬってのも良く分からんですよ。回って来た噂だと既に三人くらい死んでるらしいですが、どうやって殺すのかすら謎で。……モニター越しに殺人光線でも放って来るのかな? 』
「殺人光線って、あはははは! 」
噂話を楽しむような空気に包まれつつ、二人の雑談はやがて夏の定例オフ会はサバゲー大会を開催しようとの方向へシフトして行くのだが、他愛も無い会話だと思って気軽に話していたのはカレーの虎だけで、夏織はそうでは無かったのだ。
ーー静岡県警や地元に絶大な影響力を持つ国会議員、その息子が突然死した。死因は心筋梗塞で健康体である事から原因は不明。自室のパソコンではブレイブワンが起動中のままになっていたーー
サイバー犯罪の可能性も考えられるが、呪いのたぐいであったとしても否定出来ない。犯人がいるならば探し出して欲しい。
都住夏織に課された使命とはこれ
彼女はネットの奥底に潜む死神を、狩り出すよう求められていたのである。