11 最終回「心無い一言」
北陸新幹線に揺られて終点の金沢で足を下ろし、在来線と私鉄に乗り継いで一時間ほど南南東へ時間をかけると、山あいの風靡な場所へとたどり着く。日本三名山の一つ「白山」を有する白山市だ。
自然に恵まれた環境でありながらも近年近隣工業都市のベッドタウン化が進み、人口が急増している市でもある。
今、都住夏織と五城雄哉はこの白山市に赴いていた。
二人が駅前で捕まえたタクシーに乗り込み、やがて目的地として降り立ったのはどこにでもありそうな新興住宅地。別段観光地でもない事から、二人が親睦を深めるために観光旅行をしていないのは明白であり、すなわちそれはブレイブ・ワンの死神事件に関連した行動である事が伺えた。
ーー社会を震撼させたあの事件から十日間が過ぎた。
テレビや新聞、ネットニュースは今でもブレイブ・ワンの死神について報道を続けているが、いよいよネタが枯渇して来たのか、報道内容はゲームトラブルによる集団健康被害からゲーム依存やら殺人ゲームのモラリティにへと主題を変質し始め、SNS界隈ではマスゴミは相変わらずだと散々叩かれている。
全ては事件の翌日、五城のオフィスで解決した。
五城が悪魔の棲むサーバーへと回線を繋ぎ、エクソシストの二人が悪魔を弱らせつつ負の言霊を浄化。孤立した悪魔が夏織に憑いて逃げようとするも再びエクソシストによって完全浄化された。
よって事件は完全に解決したのだが世間一般の人々はそれを知らない。ネットゲームの奥底に悪魔が潜んでいたのだが、警察とエクソシストの合同チームで祓魔が無事完了しましたなどと警察庁発表出来ないからだ。
よって「ネットゲーム起因と思わしき集団健康被害事件」は警察庁に形だけの合同捜査本部を置いたまま、人々の記憶の片隅で風化して行くのをただ待つだけになったのだ。
だが全てが終結した訳ではない
独自の捜査活動を命じられていたサイバーフォースセンターの五城警部補と外部アドバイザーの都住夏織は集団健康被害事件以前からこのケースに関与しており、全ての顛末を含む報告書提出の義務が未だ存在しているのだ。
その報告書作成に対する補完業務の一環として、五城と夏織は北陸の地にいる。
集団健康被害事件が起きる直前、夏織がネットの巨大掲示板の書き込みを読んで「これは当たりだ」と指摘したコメントを元に、五城が警察庁の機器を使用して個人を特定した行為。ーー裁判所が令状を発行するプロバイダの情報開示命令を待たず、独断で個人情報を取得し、その個人に対して連絡を取った事に対する正統性を報告するよう求められていた。
もちろん警察庁の部局からは違法捜査だと責められてはいない。心霊アドバイザーを招いての超法規的捜査である事は認められているし、静岡県警上層部とその裏にいる国会議員の存在も知られている。つまり本庁上層部は心霊捜査の確実性を立証せよと命じていたのだ。
そしてそのネットの書き込みとはこれ
『昨日の夜弟が死んだ。夜中に自分の部屋でドタンバタンと騒ぎ始めたから私や両親が驚いて部屋に行くと泡吹いて床に倒れてた。通信ゲームやってる途中だったみたいだけど、悪魔を見たって言いながら意識を失い救急車が来た時は心臓止まってた』
石川県の白山市某所の団地内が書き込んだ端末の住所となっており、所有者は十九歳の専門学校生。五城が連絡を取った当初は弟の形見だからと家庭用ゲーム機の証拠提出を渋って拒否していたのだが、あの事件の報道を見て心境が変わったのか、自宅に赴いて弟の部屋で電源を入れるなら良いと本人から許可を貰ったのである。
夏織は旅気分でご機嫌だった
新幹線が実家のある長野を通過した際は帰りに寄って姪っ子と遊ぼうかと車内ではしゃぎ、駅弁食べ比べと称して鶏めしだの釜飯だの三食も四食も買い込むも、挙げ句の果てには缶ビールに手を出そうとして五城に怒られる始末。
金沢駅に降り立った後も仕事帰りに金沢グルメだ観光地だのと、どこに寄ろうかと浮き足立っている。
そんな元気いっぱいの夏織に触発されたのか、普段はクールで無口な五城も口元に笑みを浮かべている。互いに気が合うのか一緒にいて疲れないのか、どちらか一方が「付き合おうよ」と声をかければそのままゴールインしてしまいそうな雰囲気ではある。
ただ、五城の背広の内ポケットには、夏織に渡しそびれた見舞いの品が入ったままチクタクと時を刻んでいる事から、夏織が能動的積極的に動かなければ進展が望めないのは確実。
まだ知り合って幾ばくかの二人であるからして、今後の時間の流れに身をまかせるしかなかった。
だが優先すべきは己が為すべき仕事。その道のスペシャリストとして並ぶ二人である以上、先ずは仕事で結果を出してそれを積み重ねなければならない。
既に解決した事件だからと言って気持ちが緩んだとしても、それでも結論にまで至らなければと二人は北陸へ赴いたのである。
白山市とある団地、その一角にある普通の住宅を前に地元のタクシーは止まり、降りた二人は玄関に並んでチャイムを鳴らす。
すると奥から女性の声が掛けて来て玄関を開ける。現れたのは年配の女性、亡くなった少年と掲示板にコメントを寄せた少女の母親だ。
「娘から話は聞いております、どうぞお上りください」
娘は学校に行っており不在との事。警察庁の職員だと身元を明かした五城たちを母親が招き入れた。
「先ずはご焼香させてください」
二人は丁寧に挨拶し居間へと通される。
向かった先には真新しい祭壇と少年の遺影。生前本人が好んで食べていたお菓子やジュースがズラリと並んでいた。
「テレビやパソコン画面の光が信号となって身体に変調をきたす事があると娘から聞いたのですが、本当なんでしょうか? 」
「光過敏性発作と言う学術名がある事は確かです。しかし今も研究にある段階の症例であり、今回の息子さんのご不幸も、可能性として確認させて頂きに来ました」
「そうですか。長時間ゲームをするのはやめなさいと、あれほど息子に言い聞かせて来たのに。無念で無念で……」
泣き出す母親を前に二人は焼香を済ませる。それでは確認させて頂きますと席を立ち、母親に案内されながら二階の少年の部屋へ。後はご随意にどうぞと母親は階段を降りて姿を消し、夏織と五城の二人だけとなった。
「いたたまれないな……」
「そうね。遺族の悲しむ姿は何度見ても慣れないわ」
旅気分などあっという間に消し飛んだ二人は、さっそく作業へと入る。
少年の勉強机に鎮座するデスクトップパソコンを起動させてゲームのページを開けてポータルのメニュー画面へと飛ぶ。
「読める、感じる。確かに少年はこの部屋で通信ゲームをプレイしている途中に発作を起こし、のたうち回って息絶えた……」
「って事は、集団健康被害事件よりも以前に起きた事例。彼もネットの噂を先取りしようと追いかけていたのかな」
五城はパソコン画面にかぶりつき、夏織は家庭教師のように立ったまま五城の肩口から画面を覗く。
だが次の瞬間、単なる確認作業を行なっていただけの二人に重大な事実が判明する。まさしく衝撃的な事実だ。
それはこの五城の言葉に端を発する
違和感と不快感が混ざった焦りの言葉だった
「夏織さん……無い、無えよ。プレイメニューのリストにブレイブ・ワンなんて入ってねえよ」
「どういう事? 彼が亡くなった後に誰かいじったの? 」
「いや、少年の姉が話してくれたけど、気味が悪いからシャットダウンしただけだって」
まてよ、どういう事だ? とメニュー画面からプレイ履歴へと飛び、生前の少年がどんなゲームで日々を過ごしていたかを確認する。すると様々なゲームタイトルが並ぶのだが、ブレイブ・ワンの名前などどこにも出て来ないではないか。
「夏織さん見てくれ、ブレイブ・ワンどころじゃなくて、この子はFPSシューティングゲームなんてまるっきり購入していない! 」
「そうね、ロールプレイングゲームばっかり。 エターナル・ファンタジーシリーズ全部に、これも、これも! 」
「ブレイブ・ワンの悪魔は、ブレイブ・ワンにとどまっていなかったと言う事なのか? 」
焦る五城の肩には夏織の手がかけられていたのだが、その肩口に猛烈な圧力を感じた五城は「痛っ! 」と口にして夏織に振り返る。
思い切り肩を掴む手に力が入ったらしいのだが、振り返った五城は愕然とする。
ーー夏織が目や鼻から血を滴らせ、ショックで呆然としていたのだーー
「夏織さん、夏織さん! 」
五城は椅子から飛び上がり、夏織を抱き寄せ横にする。
上着のポケットからハンカチを取り出して流れた血を拭いてやると、夏織は落ち着きを取り戻したのか起き上がり、こう語り出した。
「いた、モンスター・コンクエスト3の中にいた。ストーリーモードじゃなくて通信協力プレイの中に間違いなくいた」
「俺たちが以前祓った悪魔がそこに逃げ込んだのか? 」
「違う違う! 全く別の存在よ。負の言霊の集合体、怨嗟の感情が固まって出来た擬似人格、呪いの根幹があったの」
五城は頭を殴られたかのような衝撃を受け、まるで瞳孔が開いたかのようにじっと夏織を見詰めたまま。
既に終わったはずの事件であったのに、全く別の場所に別の恐るべき存在があったとすれば、事件は解決したなどと冗談でも言っていられないからだ。
そして、このファンタジーロールプレイングゲーム「エターナル・コンクエスト3」は未だに人気がある作品で、通信回線を使っての協力プレイは日本でも有数のアクセスを誇っている。
“イマジン・ファクトリー社だけじゃない。これじゃ、キリがないじゃないか! ”
負の言霊とはつまり、通信ゲームに参加して来るプレイヤーたち一人一人のマナー無き一言。
「使えねえな! 」「死ね! 」「ふざけんなバカ」「このクソ芋野郎! 」など、プレイヤーが他者に対する呪いの言葉を吐けば吐くほどに蓄積され、どんなジャンルのゲームであっても負の言霊の集合体は産まれる可能性を秘めている。
もしそれが人に対して健康被害を及ぼそうとするなら、そうなる前に片っ端から探し出して片っ端から浄化しなければならない。ーー五城と夏織は完全にゴールを見失ってしまったのだ
「夏織さん、とりあえずエターナル・コンクエストの死神、浄化の手続きを取ろうか? 」
「そうね、悪魔が便乗して来ないならば、私の姪っ子でも対応出来る。帰りに長野に寄ってくれる? 」
荒々しい声が聞こえたと、階下から慌てて母親が上がって来るも、「彼女も光信号に過敏で」と言い訳で取り繕いその家を後にした。
「……サーチ&デストロイだね」
「そうね、全くその通り。気楽に酒なんか飲んでられないわよ」
「その言葉そっくりそのまま返すよ、報告書の件で頭がいっぱいだ。飲んでなんかいられないよ」
何とか冗談を言い合って、明るく平静を保とうとする二人なのだが、夏織はともかくとして五城はひどく落ち込んでいた。
まだまだネットの死神に振り回されなければならないのも要因の一つだが、それよりもっと切迫した問題として見舞いの品を渡すタイミングがまたまた失せてしまった事が痛かった。
行きのように気楽に話せていれば気分やノリでそのまま渡せたのであろうが、空気が変わってしまった今になって渡せば、何故今渡す?とドン引きされてしまう可能性に押し潰されてしまったのである。
五城の葛藤は続く
夏織の闘いも続く
怨嗟の声が鳴きやまぬ限り、二人の死闘は続くのである
ーーゲームに熱狂した若者が数十時間プレイした後に過労死したなんて、海外配信のニュースを聞いた事がありますよね? それ、本当に過労死ですか? ーー
警察庁心霊アドバイザー 都住夏織の悠々自適
終わり