01 プロローグ 「ゲーム実況配信者の死」
『みなさんこんばんわ、ペンゴのゲーム実況チャンネルへようこそ! 今日も張り切ってプレイして行きたいと思います! 』
大手動画サイトで今話題になっている動画。
ペンゴと言う名前で活躍している古参のゲーム実況者の配信動画なのだが、動画の下に表示されている配信者の名前は別のアカウントが表示されている。
「呪いの心霊動画TV」と言う名前のアカウントが、このペンゴ氏の生放送した内容を録画再編集し、別タイトルにて動画配信をしているのだ。
タイトルの名は……【呪い】有名ゲーム実況配信者が配信中に死亡? ーーゲームの呪いか
そう。この心霊動画配信アカウントは、ペンゴ氏に起きたトラブルの一部始終を心霊動画として配信していたのである。
『それでですね、前回までは人気のFPSバトルロワイヤルゲーム、“Who Dares Wins”をやって来たのですが今日は特別編! ちょっと趣向を変えての放送になります』
画面にはペンゴ氏が所有する旧式家庭用ゲームのメニュー画面が表示されており、その中からコンシューマーゲームのリストに合わせてクリック。ペンゴ氏がこの媒体を通じて購入して来たゲームのタイトルが画面狭しと並べられた。
『たまたま、たまたまなんですが、友人プレイヤーや視聴者さんからある噂を聞きましてね、その内容がなかなかに面白かったもので、今日はその噂について確かめてみようと思います。わざわざ古いゲーム機を接続させたのはそう言う理由です』
ズラズラと並べられたゲームタイトルの上でふわふわと遊ぶカーソル。そのカーソルがとあるゲームのタイトルの上でピタリと止まり、ペンゴ氏が再び語り出す。
『ブレイブ・ワン(勇気ある人)、懐かしいでしょこれ! 俺がゲーム実況を始めたきっかけのゲーム、FPS(一人称視点)の名作です』
ーー第二次世界大戦を舞台にして、ノルマンディー上陸からベルリン陥落までにおいて、アメリカ軍第101空挺師団の活躍を追っているのがストーリーモード。そしてこれが大ヒットした理由は「マルチプレイ」、世界中のプレイヤーを相手にした通信対戦が熱くて熱くて何度夜を明かした事か分かりません。
ゲーム自体も二作目三作目が出て、このブレイブワンのマルチプレイに関しては八年以上も前にサービスが停止されたのですが、未だにこのゲームを熱く語る人は多いはずですーー
カーソルはそのままにリストにある「ブレイブワン」をクリック。するとブレイブワン自体のトップページが表示された。
『見てください、トップページには飛べるんです。そしてストーリーモードを選べば、今でも遊べるんです』
ここでペンゴ氏の声色が変わる。
それまでは自分の今を作り上げたきっかけを語るような、幸せに満ちた回顧の口調であったのが、急に視聴者の不安を掻き立てるように声のトーンを落としたのである。
『いくら今でも遊べると言っても、今時プレイする人などいません。そこで噂の登場です、“不特定な水曜日の深夜零時、マルチプレイのページが開いてプレイヤーを受け入れる”……どうです? 何かオカルトチックですよね』
ーー色々なルートで噂を集めると内容の細部はまちまちなんですが、共通点だけで組み上げるとこういう流れになります。
・毎週ではないが水曜日の深夜零時に限り、マルチプレイのルームにログイン出来る事がある
・マルチプレイにはプレイヤーなどいないはずなのに、必ず一人だけログインして来るプレイヤーがいる
・そのプレイヤーのアカウント名は不明、記号とアルファベットのランダム登録なのか、意味する名前ではない
・そして一対一でのプレイが始まるのだが、謎のプレイヤーが奇声を発して襲って来るため、あまりの恐怖に接続を遮断してしまった
『大体の噂がここで終わります。まれに謎のプレイヤーにキルされると、生身の自分も死んでしまうと言う、謎のプレイヤーは死神説を唱える人もいました。ですが、体験した自分自身が死んだらそんな噂を広められる訳がないでしょうから、それに関しては眉唾ですね』
さて、時刻はそろそろ深夜の零時になります……と、ペンゴ氏が自分の状況を説明し、その時を迎えるかのごとく固唾を飲むような沈黙が続く。
一分が過ぎた頃だろうか、漂っていた沈黙がペンゴ氏の大声でかき消された。ブレイブワンのメニュー画面に突如異変が起きたのだ。
『時刻は零時……入れる、入れる! マルチプレイの入り口が点灯した、クリック出来ます! 』
喜びとも驚きともとれるペンゴ氏の騒ぎを機に、この後一度画面は止まり「呪いの心霊動画TV」のナレーターの抑揚の無い低い声が流れる。この心霊動画を視聴する者たちに対してのおことわりと注意喚起だ。
「……配信者ペンゴ氏の入室パスワードなど個人情報が表示されるので一度画面を停止させます。この後ペンゴ氏はサービスが停止して開かずの間となっていたはずの通信対戦モードのページに入り、死神だと噂される謎のプレイヤーと対戦を始めるのですが、配信された映像自体が呪いの可能性があり、動画は配信致しません。キャプチャーの静止画像とペンゴ氏の音声のみを流します」
どうやら録画しておいたペンゴ氏の配信内容をそのまま動画として流すのは危険と判断したのか、随所随所のキャプチャー画像で画面を切り替えながら、ペンゴ氏の音声だけを流す手法で場面は進んで行く。
『マルチプレイにログイン出来たので、自分の対戦ルームを作ってみます』
『部屋作りました、誰かがこのページを見れば入って来てくれるはずなんですが……』
『さすがにアクセスしてる人はいないか』
マルチプレイの待機画面が映る中、再びペンゴ氏が叫んだ
『いた、入って来た! 誰か入って来たよ! 』
対戦ルームのキャプチャー画面が切り替わり、その入室者の名前が表示される。ペンゴ氏のアカウント「pengo」の下に、数字とアルファベットが不規則に並んだ無秩序な名前、ランダムで適当に作ったかのような名前。
この時点で噂が現実になる事に不安と恐怖を覚え出したのか、ペンゴ氏の声がホラーゲームを実況しているかのような怯えた声へと変わって行く。
『これが噂の死神なのか? 俺みたいに噂を検証してる人の捨て垢かも』
『この人の使用機種表示、家庭用ゲーム機じゃない。パソコンにマウス使ってる』
『開発者サイドで研究してるのかな? 何かの実験? 』
もう一人のプレイヤーの欄にはゲーム内ボイスチャットのマークは点灯しておらず無言のまま。スピーカーで聞いてるかなとペンゴ氏は何度も呼びかけるが、一切反応を示さないでいる。
すると、ルームの待機モードが終了し、対戦開始のカウントダウンが始まる。いよいよ仮想空間でのバトルが始まる。
『ルールは三十人対三十人のコンバットモード、マップはカランタンの街中。さすがに一対一は寂しいがやってみるか』
不安や不審な点があるにしても、やはりそこは一流ゲーム実況者。対戦開始ともなれば魅せない訳にはいかない。
カウントダウンが終わったと同時に、見慣れ過ぎて忘れていた自分の遊び場を思い出しつつも、狙撃に有利だったポイントに向かって全力で走り出した。
ーーその時だ
ペンゴ氏の音声のみが再生されていたこの動画がら、陰惨で狂気に満ちた、おどろおどろしい奇声が聞こえて来たのである。
【……いぃぃぃぎやアあねああねぃぃイししぃぃ! ……】
自分以外のゲーム内ボイスチャット、つまりペンゴ氏の相手である謎のプレイヤーの声。
この全く意味の理解出来ない悲鳴がずっと轟くようであれば、さすがのペンゴ氏も怯えてしまう。
『な、なんだよ。何が起きてんだ? 何言ってっかさっぱり分かんねえよ』
ここでキャプチャーの静止画面が次の画像に切り替わる。
ペンゴ氏の視点からのカランタンの街中が表示されているのだが、街路からペンゴ氏を狙う黒い影が表示され、心霊動画TV側の画像加工により赤い線で囲まれたのだ。
【……いぃぃぃぎやアあねああねぃぃイししぃぃ!……】
何者かの悲鳴が再び轟いた瞬間、この動画は完全に止まる。そして何故このまま続けずに終わらせるのかを、心霊動画TVのナレーターが説明する。
「……この後、ペンゴ氏も急に叫び出したらかと思うと悶絶しながら苦しむ物音が聞こえ、ドスンと倒れる音がした後に静かになってしまった。心霊動画TV側としては、ペンゴ氏のプライバシーに配慮して、氏の音声をそのまま放送する事は控え、この先の展開は口頭で説明させていただく。……彼の生放送を視聴していた方たちの証言によると、ペンゴ氏の声は全く聞こえなくなり、異変に気付いて部屋に飛び込んで来たのか、母親らしき人物が彼の本名を叫んで取り乱したり、救急車のサイレンが激しく鳴り響いたりした後、生放送終了の設定が来たのか配信は終わったそうだ」
ーー何故、サービスが停止したゲームにアクセス出来たのかは未だに分かっていない。そしてアクセスした先に現れた謎のプレイヤーも分かっていない。それらを検証しようとしたペンゴ氏もあれから一切の更新が行われておらず音信不通のままで、彼の友人のSNSから判明した事実は死亡したと言う情報も入っているーー
「ここで、我々心霊動画TVのスタッフは恐るべき事実を目の当たりにする。噂によると、死神と呼ばれているその謎のプレイヤーの叫び声。この不気味な叫び声に着目した結果、スタッフ一同戦慄を覚えたのだ」
【……いぃぃぃぎやアあねああねぃぃイししぃぃ! ……】
この一見意味も分からない、日本語とも思えない叫び声を逆再生してみたので聞いて欲しい
【……しぃぃぃぃィねえぇェぇ! ギャアアア……】
ーーおわかりいただけたであろうか、それではもう一度
◆プロローグ
終わり