第九話 所得となると……当然
本日2話目
「ほうほう……ビジネスホテルでも、そこそこの規模にすると6、7億円かかるのか……」
部屋に戻り、祝杯として10万円の値がついているシャンパンをルームサービスで運んでもらい、シャンパングラスを傾けながらスマホで情報を漁る。
情報を検討してみると2、3億円でも十分望みをかなえるビルを建設可能に感じたけれど、その後の人員増加などを見込み、住み込みなどの可能性とかを考えだすと、必要な施設に部屋数がどんどん増えた。
「土地取得とか、デザイン、家具の設置とか諸々考えると、12億円くらいで考えておいた方が自由は利きそうだな。」
なんとなく100室ほどのビルの完成形を想像し、頭の中で収入について、そろばんを弾く。
1日1,000万円。
10日で1億円。
120日で12億円。
たった120日で支払いができるようになる。
というか、年36億円の収入だ。もう億で考え始めると、すごすぎて笑えてくるな。
大企業なんかは1日で数十億円、数百億円の売上をあげるのだから、そんな数字と比べると端金のようにも思えるが、こちとら個人だ。たった一人の個人の収入で考えたら、想像しきれないような、とんでもない金額といっても過言ではない。
これだけの収入があるのなら、手付金や工事期間、その他諸々の準備に必要な期間での収入で、大抵のことは賄える。今すぐにでも建設に取り掛かっても問題なさそうな気がする。
いや、建設場所の調査に土地取得。建物のデザインに建設会社の選定などなど、取り掛かる前にもやることが多すぎて、それだけでも数カ月は必要だろうし、純粋に工事期間だけで考えても1年くらいかかる可能性だってあるのだから、もっと30億円とかの規模の建物で建設にしようが確実に問題は無い。断言していい。
「はー。夢が広がるなー。」
妄想をつまみにシャンパンを傾ける。
正直『こんなもんか?』と思った10万円のしゃんぱんの味だが、つまみのおかげで酒のうまさは倍々に増してゆく。
夢だけが十分に膨らんだので、マイナス方面のことを考えてみることにした。
するとすぐ思い当たる。
「でっかいホテル並みの建物とか建てたら、固定資産税とかが気になるよな。めちゃくちゃ高そう。」
巨大建造物となれば、大きな資産といってもいいだろう。
そしてそんな大きな資産を持つと、この日本においては所有している資産に応じた税金が発生するのだ。
そして俺は青ざめた。
「税金……
……これ、そもそも所得税とか……どうなってるんだろう。」
もっと、根本的な問題が存在したことに気が付いたのだ。
日本でお金を手にしたら発生する罰金のような存在。それが所得税。
この収入に至っては所得というよりも贈与のようなお金だから贈与税が絡む可能性もある。
日本は紀元前660年に建国され、どの国よりも長く国として続いている。だからこそ海外と比較しても何代も続く家が圧倒的に多い。にも関わらず、なぜ海外の代々続く名門と比較した時に、資産が天と地ほどに開きがあるのか。
それは、この贈与税や相続税の存在があり、その中身がえげつないからだ。この相続税や贈与税のすさまじさから、中途半端な資産家は3代で絶えるとも言われている。
スマホで詳しい税額を確認する。
まずは所得税。
課税対象金額が年36億5千万円だとすると、かかる税率は……45%だ!
3,650,000,000×45%
スマホに数字を叩きこむ。
なんとなくの数字は半額だと分かっているが正しい数字が欲しい。
「はい! 16億4,250万円っ! うっそだろ!」
放心。
放心しかできない。
放心しながらも、贈与税の税率も調べる。
贈与税。
4,500万円越えの税率55%
「50%以上っ! 半額以上ってか!」
贈与税と比べると、まだ所得税の方が優しかった。
思わず買ったばかりのスマホを投げつつ、やりきれない思いからベッドに飛び込んで悶える。
現に俺の通帳に1日1,000万円というお金は入ってきている。
ということは『公的機関の記録が残っている』ということ。税金を支払わなくてならない証拠が確実に存在するのだ。
「あ゛~~……」
1日1,000万円もの金額を、まるっと使えると思っていたが、どうやら、そうは問屋が卸さないらしい。
これから1日に使えるのは贈与税で55%持っていかれると考えて、450万円。これが使える最高額だ。
「なんか一気に侘しくなったな……」
オイナリサマカンパニーという銀行の行員をバグらせるくらいの不可思議な存在からの振込。もしかすると税額分は対処済みで1,000万円全部使えるのかもしれない。
だが、そう思って生活をしていたら、納税時期に『20億円払え』という案内が来て、いざその時に金が無くて払えないということになりかねない。なぜなら、その頃には金使いも荒くなっているだろうし、節約ができなくなっている可能性だってある。そんな状況で大節制を求められるのだから青ざめる程度だけでは、とても済みそうにもない。
で、あれば、今から最大限使える金額を設定しておいて、その範囲で行動すれば良いだけのこと。
半分以上持っていかれるかもしれないと言っても、税。控除を増やす方法はあるはずだ。
現代にいる金持ち達は、節税対策をきちんと行っているからこそ金持ちなのだ。
所得をそのまま経費につぎ込むとか、何かしら税額控除の方法はあるはず。
「税理士に相談……か。
ただ、収入の不明さが説明できないんだよな……だって、俺自身がどこの誰から振り込まれてるのかも理解してないんだから所得なのか贈与なのかも分からないもんなぁ……」
とりあえず会社も辞めてしまったし今の状態を見るに確実に確定申告をしなきゃいけないだろう。
だが、その記すべき収入が、所在不明のわからないお金。説明のできない入金だ。その行きつく先を考えると、どうにも恐ろしい。
恐ろしさから逃れるように現実逃避記憶消去剤を瓶で一気に呷る。
「ぷはぁっ! えぇいっ! とりあえず限度額を1日450万円に節約しながら様子を見るっ! こればっかりは、もうなるようにしかならんわっ!」
新居建設計画は無粋な横やりで、いきなり頓挫した。