第四十三話 ゆっくり建築
「へぇ、そうなんだ。」
「えぇ。」
サトミさんからの報告は、地元へと帰った女子高生達についてだった。
どうやらサトミさんは二人に新しいスマートフォンも手配したようで、それを使って女子たちは密に連絡を取り合っているらしく離れていても近況をよく理解している。二人を帰した後、スマホを触っている姿をよく見るようになったから良い関係が築けているのだろう。
サトミさんの話では、田渕 咲良は実家で訪問介護の受け入れをはじめたそうだ。祖母に手がこれまで程かからなくなったことで父と娘の負担が大分軽減され、父親も身体的な負担の少ない無理のない仕事への変更の為に動き始めたそうだ。
この動き出す切っ掛けになったのは俺が出した『就職祝い金』で、サトミさんは俺の善意を強調して彼女たちに伝えていて少し恥ずかしい。だがその元手が尽きた後は今後のサクラの収入が柱となるのだが、収入額から見て問題は無いと判断している。
またサトミさんの目からは祖母も父もサクラの負担をできるだけ軽減しようと努力していることが痛ましいほど理解できるらしい。サクラが金を出そうとしても祖母と父の二人がブレーキを全力で踏み、必要最低限を頼るような形。
本当に仲の良い家族で何よりだ。
ということでサクラは一層の節約の為に新居ビルの一室に住むことになった。
劇団員たちにシェアハウスを用意するくらいなのだから、より密接に関わることになるアシスタントに便宜を図るのは当然とサトミさんに言われてしまえば俺に逆らう余地などない。
それに実際に東京で一人暮らししながら節約するよりも、新居の一室で暮らせば家賃不要、食費不要、それに多分衣服もサトミさんが渡しそうだし細かい物以外の着るものも不要。衣食住にお金がかからないから、その分を実家に回せて余裕のある暮らしができるようになるから反対する気もない。その代わり俺から仕事が随時飛んでくる可能性もあったりするけれど、そこはご愛敬。
もう一人の戸田 萌についても、地元に戻った後、サトミさんの手配で今村先生の同僚の弁護士の知り合いがモエの地元で弁護士をしており、その人が協力してくれることになった。なにせ実の両親の残してくれた保険金が母方の妹に搾取されているのだから。法的な対応が必要になる。
だけれど、どうやらモエは養育してくれた家族を訴えるようなことはしない方針を固めたらしい。養育してくれて、仮であっても家族としてくれていた恩があると。
辛い目にあっただろうに、その決意は固く、何もせずに卒業と同時に形見の品と共に養父母の手を離れるのだそうだ。
サトミさんもモエの意思を尊重して、その方向で応援している。
もちろんモエが地元を離れた後、こっそり地元弁護士を通して養父母にモエの自発的な行動以外で不必要な干渉をしないよう釘を刺す手配は進めている。モエの今後の収入や立ち位置を考えれば下に見られている存在だけあって義理の兄弟の為の利用目的で今後関わってくる可能性が十分に考えられた為だ。モエに保護者が必要な場合に備えて俺とサトミさん、そして弁護士でバックアップする構えも既に整っている。この対応の早さは流石サトミさんと惚れなおしたわ。
というワケで、モエもまた新居ビルの一室に住むことになっている。
サクラが住むのに、モエに住ませないというのも不公平になるし、もちろん俺が反対するはずもない。
そもそも新居ビルはラグジュアリーホテル並みに作っているのでサクラやモエが増えたところで何の負担にもならないし、むしろ予備で考えていた空き部屋の有効活用ができて良い。
さて、そんな新居についてだが、大分形は出来上がってきている。
ラグジュアリーホテル的なビルではあるけれど俺たちにとっては新居となる居住スペース。
当然ながら居住スペースも十分にとってあり、1階層をまるっと俺たちの為に占有しているのだが、1階層だけで十分すぎるスペースが確保できてしまった。
建設している建物は天井の高い8階建てになっていて、設備や駐車場がメインではあるけれど地下も備えてある。
このビルの1階には、まず広すぎるエントランスが用意されており、入ってすぐの印象はビジネスビルと感じるような、とても住居とは思えないつくりになっている。というのも1階から4階までは会社スペースになっているから意図的にそういう作りにしてあるのだ。
この会社スペースには芸能プロダクション事務所を含む現在持っている会社や財団法人も入ることになり、もし今後新たに会社が出来た時には随時空きスペースに入っていくことになる。
もちろん1階にはメインエントランスの他、食堂も備えられていて、この食堂は庭への延長もできるように配置されており屋外での食事もできるように設計されている。なので夏には屋外バーベキューやビアガーデンも開催できるのだ。
5階から上の階は居住スペースになりカードキーを持つ特定の人間しか入ることができないプライベートスペースになる。
最重要である俺とサトミさんの居住スペースは最上階の8階と屋上だ。だが将来家族が何人増えたとしてもこの8階だけで十二分に空間があり過ぎる程には広い。多分野球チームを作れるくらいに子供ができたとしてもスペース的には余裕がある。
今回サクラとモエが7階に入ることになったけれど、なにやら2人はそこで共同生活を取るらしい。だが共同生活と言ってもシェアハウスのようなものとは完全に違う。
トイレやシャワー簡易キッチンも備えた一家族が楽々暮らせそうな2LDKの鍵のかかるプライベートスペースを確保した上で、それとは別に広い共用スペースがあるというレベルでの共同生活。なので普通に独立した生活もできるし、寂しい時に共用スペースで一緒に過ごす事もできるという感じ。普通の東京一人暮らしとは比較にならない程のハイクラスな生活になるのは明らかだ。
そしてそんな7階だが、2LDKの鍵のかかる部屋が後4つも余っているのだから恐ろしい。
他の階層の余りも考えると、なぜここまで作ってしまったのかと、ふと考えてしまわないでもないが、備えあれば憂いなし。うん。空きスペースは備えなのだ。きっと。なにかの。
なお、6階と5階は1LDKやシャワーやトイレなどの設備を外したワンルームタイプを用意する事で部屋数をかなり増やしてあり、大人数を雑魚寝させられるような大部屋まで用意されていて、さらに多くの人が入れるようになっている。いったい何のためかは分からないが、きっとなにかの備えなのだろう。
さて他にも、劇団員たちが利用する撮影ブースや練習場にもなる防音設備を備えた小劇場の建設も進んでいるのだが、ここにトレーニングルームと多目的ルームも併設されることになった。もちろんトレーニングルームがあるからにはシャワールームもきちんとある。ただし浴場は省かれた。なにやら設備管理と維持が、かなり大変になるらしい。
また離れの劇団員たちの住居となるシェアハウスも建設が順調に進んでいる。
この新居が完成すれば、とうとうサトミさんと結婚式をあげることになる。
結婚式会場は当然ながら新ビルを利用する予定だ。食堂も完備され庭もあり駐車スペースも十分にあるのだから披露宴を他でやる必要がない。
尚、俺とサトミさんは特に信仰している宗教はないので、教会での教会式と神社での神前式をどっちもやる予定でいる。
もちろん教会式と神前式は大人数ではなく、俺とサトミさん。そして両親の他にカメラマンくらいで行う。
いわゆる結婚式っぽい行事は全部ビルで行うのだ。なので新ビルでやる披露宴が結婚式の本番のような感じになり、どちらかというと人前式のような形になる。
教会式、神前式、人前式……正直ここまでやるのは非常に面倒ではあるけれど、ウェディングドレスも花嫁衣装もどっちの姿も見たいと俺が駄々をこねた結果、どっちともやることになったのだ。
日本人らしく沢山の神様に結婚を誓っても別に問題はないでしょう?
まぁ、ぶっちゃけサトミさんが悩まないように考えた結果、駄々をこねることになったのだけれど別にいいじゃない。一生に一度のことになるんだろうし。思い残すことが無いようにウェディングドレス着て、白無垢も着てもさ。
ぼちぼちとサトミさんとの会話の中で、そんな話も出てくるぐらいにはビルの完成が近づいてきているので、そろそろ式の詳細なんかも具体的に詰めなきゃいけなくなりそうだ。
サトミさんは呼ぶ友達がいっぱいいそうだから、俺の友人席は西さんやバーサーカーとか劇団員たちを動員して埋めることになりそうで憂鬱だったりもするけれど仕方ない。
さぁ、もうすぐ春だ。
主人公を動かしたいのに、脳内で西さんがミッドナイトノベルスで活躍しだしそうな勢いで動き回ってて困る。
逆に主人公は、ぼーっとしてるので、こんな文章しか書けない不思議。
そろそろ主人公がんばえー




