第四十二話 見送りからの帰り道
ちょっと短めです。
田舎の貧乏臭い女子高生から、2日かけて品の良さそうなお嬢様方に変身した田渕 咲良と戸田 萌の二人を、別々の手土産を持たせた上でそれぞれの生まれ故郷へ飛行機のファーストクラスと新幹線のグランクラスで送り返した。
「どうでした?」
その見送りからの帰りのタクシーの中で、女子の改造を2日に渡って主導したサトミさんが満足と疲労感を同時に漂わせながら問いかけてくる。
「ん。良さそうな子達で良かったよ。」
「そうですね……私もこの2日で大分、素の部分を見れましたけど2人とも良い子でした……」
「長い間お疲れさまでした。」
「いえいえ、好きでやったことなので……でもタダユキさん。私が聞きたいのはそっちじゃなくて『あれほど楽しみにしていた女子高生と実際に会ってみてどうでした?』って方なんですけど?」
「えっ? いや別に俺、楽しみにとかしてなかったし。」
「タダユキさんは隠し事が下手なんですから別に私に気をつかわなくてもいいんですよ。」
「ん!? ん……う~ん。」
サトミさんの微笑みから、これは無駄な足掻きはせずに諦めろと確信させられてしまう。だが、ただ『女子高生』というパワーワードで盛り上がっていただけで特段変な感情を抱いていたワケではないので素直に答えておくことにした。
「うーん……まぁ、思ったよりも怖くなかったってのが正直な感想かなぁ?」
素直に思ったままを答えると、サトミさんは面白そうにクスクスと笑いだした。なので、俺も小さく笑いながら口を開く。
「いや、なんか女子高生って怖いイメージなぁい?」
「ふふっ、無いですよ。でも男性から見るとそういう風にも見えるんですね……てっきり嬉しいものとばかりかと思ってましたけど。」
「まぁ、嬉しいって気持ちがないわけじゃないけど、なんか若すぎてさ。その若さが怖いのよ。」
「そんな達観するほどの年じゃあないでしょう?」
「うむ。じゃがのぉ、わしゃあのぅ、これまでの生活の中で、ぴちぴちぎゃるに縁がなかったからのう……」
「あら?」
『あら?』の一言だけで『私は若くないと?』と言っていることが十二分に分かってしまい爺の装いを消し飛ばして、わざとらしく背筋を伸ばす。
「その代わり素敵なレディとのご縁がありましたけどね。うん。」
俺の言葉に対してお愛想の微笑みをもらったのでニッコリ笑い返しておくとサトミさんは、また一つクスリと笑った。
「でもタダユキさん。2人も同じこと言ってましたよ?」
「えぇっ!? なに? 俺……怖がられてたってこと?」
「えぇ。」
「え~?」
「高卒にはありえない好待遇で雇ってくれる会社の社長ですからね。緊張もするし不安もあるし当然、怖いとも思うでしょう?」
「え~~? ……まぁ、そう言われれば分からんでもないけどさぁ……」
「サクラなんてかなり暴走気味な妄想もしてましたし。」
「ん? 妄想? なにソレ、なに聞いたのサトミさん! 現役女子高生のする妄想とかちょっと気になるんですけど?」
「ふふっ、いつか本人に聞いてください。」
「うわ、絶対聞けないの分かって言ってるよこの人。」
餌のもらえないお預け。いただきましたー。
ガックリ感から車窓を流れる景色に目を向けると、空を飛ぶ飛行機が小さく見えたので、なんとなく目で追っかけてみる。
「案外、そう遠くない内に聞けると思いますけどね。」
「ん? ゴメン。なんか言った?」
「いーえ。何も言ってないですよー。」
「んっ?」
サトミさんが話題と表情を切り替え軽く手を打つ。
「それで今日はこれからどうします?」
「んー……サトミさん疲れてるだろうし、今日は家帰って休も。って言っても色々動くんだろうけどね。だから明日あたりに温泉とかどう?」
「ふふっ、ちょっとしか動かないで休みますよ。いいですねぇ温泉。どこにします?」
「近場でいいんじゃない?」
「千葉とかですか?」
「おっ! 千葉ならフェリーつかお!」
「フェリーですか、いいですね。船ならクルーズとかも素敵ですよね。」
「おおっ! 豪華客船! よし乗ろう! 豪華客船乗ろう!」
「もう、明日は千葉がいいです。」
サトミさんがタブレットを取り出し、千葉の温泉を検索し始める。
ふとタブレットをなぞる指が止まった。
「いつか、こういうのもあの子たちがやったりするのかなぁ……」
サトミさんの珍しい呟き。
サトミさん自身も呟く気がなかった言葉が疲労感から漏れたのか、少しバツの悪そうな顔になった。珍しい表情に思わず吹き出す。
「なに言ってんのサトミさん。こういうのを探すのも俺たち2人の楽しみなんだし流石にお願いしないでしょ。まぁ、もしかするとチケット取りに行ってもらったりとかはするかもしれないけどさ。夫婦の楽しみは2人で独占ですよ!」
俺の返答にサトミさんは向き直って小さく笑い、そして優しく微笑んだ。
「そうね。」
「ん。」
指が動き出し温泉のリストが表示されたので覗き込む。
「は〜、意外とあるね。千葉の温泉って。」
「選ぶのは温泉付きの客室か貸し切りが出来るところよね?」
「うんっ! 流石わかってるねーサトミさん。」
指が動き、情報が更新されてゆく。
「タダユキさん」
「んー?」
「呼びたかっただけです。」
「んっ?」
「あ。ここどうです?」
「ん? ん、お、おん。」
なんとなく優しげなサトミさんと小旅行先を検討するのだった。
行き先が決まり、サトミさんがタブレットをバッグにしまって目の疲れを取るように車窓から遠くを眺め始めたので、俺もまた車窓から飛んでいる飛行機がないか空を探す。
「……」
また何かサトミさんが呟いたような気がした。




