第四話 守る為の贅沢だから仕方ない
タクシーが都心の高層ビル街を進み、やがてドアマンが立っているラグジュアリーホテルの車寄せで動きを止めた。
タクシーの中にいながらも、すでに普通とは漂う空気が違っているように思え、その空気が俺をドキドキとソワソワが混在した落ち着かない精神状態へと導いてくれる。
とりあえず鞄の300万円を確認して口から細く長い息を吐き出し、なんとか精神の高揚を抑制する。
大丈夫。俺には金がある。金があれば、どんなことでも問題ない。
現金療法。ここに爆誕。
現金療法を実践した俺は、鞄の中の1束の帯を破り1万円を取り出してタクシーの運転手に渡す。
「釣りはいらないよ。なにか美味しい物でも食べて。」
「ぉぁ有難うございます!」
バブル期を過ごしたであろう年齢を感じさせるタクシーの運転手は、昨今では少なくなっただろう『釣りはいらない』の言葉に、驚きの方が大きい声を上げながら、少し戸惑いが混じりつつも嬉しそうな笑顔を見せた。
俺の見た目がただのサラリーマンという意外性もあっただろう。だが俺にとって、このお金はあぶく銭もあぶく銭。明日になればさらに1000万円入ってくるだろうことを考えれば、わざわざ釣りをもらうよりも少しくらい幸せをお裾分けをした方がという気持ちにもなる。
そして実際にお裾分けしてタクシーの運転手の笑顔と言葉を受けると、施しをする側の人間の気持ちも少しだけわかった。
こういう施しは自分の為でもあるのだ。
感謝されることで自分の価値が高まるような気がして、価値の高い所にも平気で足を踏み込めるような気持ちになる。自分を高揚させる意味合いがあるのかもしれない。
俺は少し自信がついたような気分でタクシーを降り、ドアマンの笑顔に強張ることのなく笑顔を返し、中へと足を進める。
「おぉ……」
中に入り。つい声が漏れた。
高い天井、落ち着いていながらも絢爛さを忘れない装飾。そこにいる人間までも自然と上等に見えてくる空間がここにあった。
ラグジュアリーの意味する、贅沢、豪華、高級という、どの言葉も相応しい。なるほど。ラグジュアリーホテルだ。そう首肯せざるを得ない。
雰囲気に飲まれている田舎者のようだと自分を客観的に思うが、スゴイものはスゴイのだから、これはどうしようもない。
1万円で手に入れた張り子の自信があっという間に剥かれ、スーツの安さを気にする小市民に戻りながらカウンターを探す。
だがカウンターが無い。
『はて?』と首を傾げると、嫋やかな笑みの制服を纏った女性が近づいてきた。
「なにかお探しでしょうか?」
小汚い格好をしているであろう俺に対しても、見惚れるような所作と笑顔。なるほど。ラグジュアリーホテルだ。
またも感心しつつ、若干の焦りと共になんとか口を開く。
「あのぉ、フロントって、どこにありましゅかね?」
かんだ。
かんだぁああーーーーー! いやーぁあーー!
自分の口を叩きたい気持ちを堪える。
「宿泊などのフロントは30階にございます。あちらのエレベーターから向かうことができます。」
「あ、そうなんですか。ありがとうございましゅ。」
「いえ、わかり難いつくりで申し訳ございません。向かわれますか?」
「あ、はい。」
連続でかんだことが無かったことのよう。なるほど。これがラグジュアリーホテルだ!
お姉さんの後に続き、案内に従ってエレベーターに乗り30階で降りる、降りてまた豪華な広間がありながらも少し目を動かすと、案内の人がやってきてフロントに案内された。
フロントロビーには外国人の姿もちらほらと見え、ここで働いている人は、みな英語が堪能なのだろうということが伺い知れる。そんな知的上品な受付に向かい、男の人を避けてお姉さんに話しかける。
「あの、予約をしていないのですが、宿泊できますか?」
「この度は当ホテルにお越しいただき有難うございます。何泊のご希望でしょうか?」
「出来れば今から入れて、今日と明日。明後日のチェックアウトな感じで。予算は100万円までで現金で払います。」
「かしこまりました。1名様で宜しかったでしょうか?」
「あ、はい。」
「少々お待ちください。」
わざと金額を先に言って『金はあるんやでー』宣言したのに、チラリと一瞬顔を見られただけ。それしか反応がなかった。
流石ブルジョワに慣れただろう受付のお姉さんだ。この程度の金額など問題ではないらしい。なるほど。これがラグジュアリーホテルだ。
「大変申し訳ございませんが最上級クラスのご準備は難しく、デラックススイートルームでしたら、今すぐのご利用をいただけるのですが、いかがでしょうか?」
「あ、はい。かまいません。ちなみに……その部屋のお値段は……」
「1泊、約25万円となっております。ご希望に沿えましたでしょうか?」
『俺の住んでる所だと3カ月住めちゃう』と脳内が叫んだ。
だが堪えた。
でもすぐに『2泊だから6ヶ月分だ』と訂正した脳内が悲鳴をあげた。
「んっふ。」
脳内の悲鳴が表に出てくるのは変態のような吐息への変換にとどまった。
なんとか変人への進化を気力で押し留め、人間でいたい気力を振り絞って咳払いを繰り出す。
「えほん。あぁ失礼。えぇ。良い感じです。はい。えっと、では、とりあえず部屋代の先払いと、ルームサービスとかも頼むかもしれないので、先にいくらか支払っておきたいのですが、できますか?」
「かしこまりました。預り金の形で承らせていただきます。」
「えっと、じゃあ預けるの100万で。」
すでに早口に回りまくる口から自分のテンパり具合は自覚している。
だが、もう進むしかないのだ。
降りることができないジェットコースターに乗り込んだような気分のまま帯付き一束を鞄から取り出して支払いを済ませ、俺はようやく自宅よりもずっと安全安心の部屋。セーフティールームを手に入れた。
「おっほぉぉおほほほほほほいほいほい! すっげぇぇええ!!」
セーフティルームは思わず叫ぶくらいには豪華だった。
流石、1泊おれの住居3か月分。
全然家より広いぜいぃぇええい!
短めで、すみませぬ!
ちょっと修正しました。