第三十九話 じょじょじょ女子高生
貧乏は染みつく。
貧乏臭が漂うというように金が無い貧乏臭さは、まるで匂い立つように、その人から感じられるのだ。
女子高生といえば、華の女子高生などと例えられるように美々しいイメージがつくような存在。
だが、そんな存在であっても、自分で切ったであろう清潔感の足りない髪に、着古した制服、履き古した靴。陰気さを可視化したような暗いオーラを背負い、尚且つ金のかかっている場所に居る事で感じているであろう居心地の悪さを、その表情に浮かべていれば、その貧乏くささで美麗なイメージを保つことはできない。
「ひんっ」
悟ったような雰囲気の田渕咲良と、明らかに金のかかっている空間に怯えるような戸田萌。
二人の女子高生から滲み出ているように感じられる苦労が、俺の鼻を鳴らす。
田渕 咲良は、母親と弟が交通事故で亡くなった。
犯人は捕まったが、捕まっただけだった。
父親は当時サラリーマンだったが、看護師だった母親が亡くなったことで生活に支障をきたすようになり、唯一の家族の彼女を大事にしたいと自身の家族の住む地元に引っ越しを決めた。当然勤めていたサラリーマンを辞めることになり、地元の土建業に就いた。
父と子、そして父方の母とで慎ましく生活をしてきたが、無理が祟って父親が身体を壊しはじめ、稼ぎが不十分な生活が余儀なくされることになった。そして父親の母も無理をしたせいで年々身体が弱り、今はもう介護が必要になるのが目に見えている状況。
それでも助け合ってきた家族の仲は良く、出ていく金額が増える生活に苦しみながらも助け合って生きてきた。
彼女は中学高校と学業を頑張り、家族の支えになれるようにと高収入の代表である医者を志して好成績を収め続けていたが、現実に捉えられるようになると、その高額さに諦めざるを得なかった。
それでも腐ることなく高収入を得ることのできる職種とその為に必要になる学位を検討し、弁護士か公認会計士を目指そうとしているが、それでもやはり家族にかかる負担の大きさは、とてつもない。
そんな時、無返済型の奨学金と生活費補助を知り、すぐに飛びついた。
それが彼女だ。
そしてサトミさんは、彼女は優秀で頑張っているようだけれど『並の優秀』でしかなく、無返済型の奨学金と生活費補助を受け続けるのは難しいと判断した。
そして高収入の仕事であれば、学位が無くても、まっとうな仕事で得ることができる仕事があると声をかけて今に至る。
戸田 萌は、交通事故で両親を亡くし、現在は母親の妹家族の下で世話になっている。母親の妹は夫と息子、娘がおり、子供の中で彼女が年長。
両親の事故は過労の運転手による居眠りが原因の事故で慰謝料や保険金が出た。その金額は母親の妹と夫が管理している。
だが金が関係を狂わせた。
親戚の嫌みや非道な妬み、絡みに晒され続けた母親の妹は年々、萌という存在に苛立ちを募らせるようになってゆき、そして母親の妹につられるように、その夫、そして息子と娘も、軽視したり、冷たくなり居心地は悪化。
最近では食事も別々に取るようになっている。いや、正確には取らされるようになった。という方が正しい。
養父母の雰囲気から彼女に入るはずの保険金も実の息子と娘の学費に回されることが決定している空気が漂っており、彼女の進学費用は無い。だが育ててもらった恩のある彼女にはどうすることもできない。それでも未来の為に学業は頑張っていた。
そんな時に、無返済型の奨学金と生活費補助を知り飛びついた
それが彼女だ。
サトミさんは、彼女は並か優秀で計ると『並より』でしかないけれど、今の環境から引き離さす切っ掛けがあった方が良いと判断して声をかけた。
――と、彼女たちの生い立ちを要約した書面をサトミさんから渡されていて、後任者のプロフィールとして資料を読んでいた俺は、いざ、本人を目の前にすると、ただでさえ辛い目にあった子たちが、そのまま辛い思いをしてきているというのを目視で実感し、それが伝わってきて耐えられなかった。
全身から漂っている貧乏くささが、彼女たちの辛さを表しているようで辛かった。
いや、泣いてないよ。別に。
「よ゛ろ゛し゛く゛ね゛っ!」
サトミさんがそっとハンカチを渡してくれたので、目元をぬぐって鼻をかむ。
ちょっと女子高生の顔、見れないれす。
「もう……アナタったら。
こちらが話していたタダユキさんです。苗字はヨシナリだけど私も同じヨシナリになるので『社長』って呼ぶと良いわ。」
「……はい。」
「は、はひ。」
注目が集まっているので深呼吸をして、目の潤みを止める。
「はー、すー、ふーーーー……どうも社長です。」
女子高生、田渕咲良は俺の言葉を聞いて、目がサトミさんに向き、女子高生、戸田萌は顔までサトミさんの方に向いた。
『どう反応したらいいんですか?』と無言で答えを求めているのが嫌でも分かる。
俺もつられてサトミさんを見る。
「ふふっ」
その様子にサトミさんは堪えきれず小さく笑い、女子高生たちは尚のこと、どうしたらいいのか戸惑い始め、そんな彼女たちの焦りを感じた俺は、とりあえず口を開く。
「あー、ゴメンね。えっと、まぁ、余り肩ひじ張らず、気楽な感じでいいから。ねぇサトミさん。」
「と、社長は言ってくれていますけど、まさか社交辞令を本気で言っていると勘違いしていないでしょうね? アナタたちが他の人間と会う時には社長の代理として会うことになります。特に若いアナタたちです。もしアナタたちが侮られれば、それだけ社長の評価が下がることにつながってしまいますので、それを忘れず、いついかなる時も決して気楽になんてできないと思ってください。」
っ驚愕。
きつめの口調で放たれたサトミさんの言葉に驚愕の視線を向ける。
「なんてことを言ったら疑いなく信じるでしょうね……それくらいアナタたちは、まだ何も知りません。
安心してください。社長は優しい人なので本気でそう思っています。ここでは気を抜くようにしましょうね。もちろん緩すぎると思えば私が締めますけど。」
「……はい。」
「はい。」
サトミさんに向けていた驚愕の視線をさらに驚かせてたら、いつの間にか女子高生達がしっかりサトミ教官に従っていたでござる。
うん。流石の俺。
まいど置いてけぼり。
まぁ、いいか。
「タダユキさん。それじゃあ彼女たちは卒業と同時に入社という形を取りますけど良いですか?」
「あぁ、うん。もちろん。よろしくね。」
「宜しくお願いします。」
「よろしくおねがいします!」
「うん、モエ。お辞儀の角度がおかしい。」
「す、すみません。」
「サクラは表情が死んでる。」
「……はい。」
鬼教官がおる。
「鬼教官がおる。」
「まぁ、こんなにも優しいのに。」
「しゅみません。」
お辞儀が話題に上っているので、しっかりと30度傾けてピッチリ礼をする。
「あら、きっちりとしたお辞儀。ただ言葉使いは、わざと噛んでいるので減点です。」
サトミさんの返しがいつものノリに戻っていて、夫婦漫才のような空気。なんとなく雰囲気が和らいだ。
雰囲気が和らぐと、やはり女子高生からは、女子高生らしい幼さが感じられた。
辛い思いをしてきた子たちだし、できるだけ幸せになってもらいたい。
彼女たちに向き直る。
「まぁ、多少厳しくても一流企業に勤めてたサトミさんに直接教えてもらえることは、多分二人にとって、とても大きな財産になるだろうから、絶好の学びの場になると思ってもらえたらと思います。でも、学ぶだけじゃなく、それ以上に楽しい日々を過ごしてほしいと思ってます。」
幼い二人につられて老婆心が顔を出す。
長い付き合いになるかもしれない二人だし、これから楽しい事も是非みつけてほしいものだ。
人生は辛いことばかりじゃない。
……と、そうなると、二人には問題があったんだったな。
まぁ、多少の特別扱いくらいはしても良いよね。
「ねぇサトミさん。」
「はい?」
「田渕さんのお婆ちゃんと、お父さんのケアの手配ってできる?」
サトミさんは、ゆっくりと口角を上げ、静かに頷いた。
「あと戸田さんの住むところの手配も?」
「えぇ。大丈夫です。住むところについてはモエだけじゃなくてサクラも必要ですから一緒に手配します。」
「あ、そっか。それもそうだったわ。まぁ……モエさんの方は、もし必要だったら今村先生使って。」
「わかりました。」
田渕さんも地方から出てきて東京に住むことになるんだから、住むところは必須だった。ウッカリ。
忘れていたワケじゃないよ? と田渕さんに目を向けると、驚いたように目を見開いて固まっていた。
となりの戸田さんも驚いたように口が開いている。
女子高生二人の驚愕の表情に、俺もつられて驚愕の表情になってしまう。
「それじゃあサクラは、卒業までの内にお婆さんの入れそうな介護施設に当たりを付けてみて。モエは住むところの擦り合わせを詰めましょ。その時、ちょっと人を紹介するわね。」
ただ一人静かに笑顔を浮かべるサトミさんの声だけが響いた。
「あらあら、入社前からもう初仕事ね。ふふっ。」




