第三十四話 いざ進めや
駅までタクシーで移動し早速目標を探してみると、到着した明るい時間には見かけなかった、いかにも高級そうな窓まで黒塗りのタクシーが1台だけ客待ちしていた。
その黒塗りタクシーにチョコンと乗っている看板には初乗り2,000円と記載があり、明らかに他タクシーと比べて割高。車種も国産車の高級部類に属している車種で他タクシーとは醸し出されている雰囲気が違っている。その値段と雰囲気もあって利用客は少ないのだろう。運転手も停車した車内でスマートフォンをいじっている。
とりあえず近づいてみると流石は客待ちの運転手。すぐに視線がこちらに向き客かどうかを判断するような視線を送ってきた。その視線に応えるように手を振ると運転手はすぐに下車して後部座席のドアを開けてくれる。ドアの開け閉めを手動で行うことで高級感が増す不思議。自動ドアの機能の方がお金がかかっているのにね。
「ご利用ありがとうございます。どちらまで向かいましょう?」
乗車時に頭が車にぶつからないように白い手袋をした手でガードをしてくれているタクシーの運転手と思えないような紳士っぷりを発揮する運転手。
頭の中で反芻していた合言葉をしっかりと思い出す。
「え~っと、『エピティミア』で。」
俺の言葉を聞いた運転手が一瞬止まって眉毛がピクリと動く。だがすぐにゆっくりと首肯した。
「かしこまりました。そちらに向かう場合、銀のカードをいただくことになっておりますが、お持ちでしょうか?」
銀のカード。異世界共通券の使えるお店では魔法紙幣という扱いなので基本的に金貨、銀貨、銅貨といった呼び方で呼んでいるが、タクシーの運転手は銀のカードといった。まぁ通じるから良いんだが……ちなみに銀カード1枚は5千円だ。
運転手の言葉から占い師の独り言を思い返す。
占い師は言っていた。『渡す額によって、向かう場所が変わる』と。
銀のカードより高い価値は金のカードしかない。
「あ。はい。えーっと。じゃあとりあえず銀カード1枚で。」
なので俺は、銀カードを1枚渡す。
「有難うございます。それではご案内させていただきます。移動に際してシートベルトの着用をお願いしておりますので着用を宜しくおねがいします。」
「あ、はい。」
運転手がドアを締め運転席に向かっている間にシートベルトをする。車は静かに動き出した。
後部座席は高級車だけあって広々としているがガラスのスモークが思ったよりもきつめにかけられていて風景が、よく目を凝らさないと見えない。運転席のガラスのスモークに目を向けると明らかにスッキリと見えて視界が違う。おそらく後部座席のスモークは意図的に濃いめにされているようだ。
後部座席からの視界がある程度限定されるようになっている為、視界の真っ直ぐ先、前の座席に備え付けられているタブレットに目が向く。操作してみると町の案内や歴史なんかの動画が見られるようになっていた。普通は見ることが無さそうなマイナーな内容の動画だけに、つい、なんとなく何があるのか確認したくなってしまう。
これらの仕掛けから観光客にターゲットを絞っていることが分かるが、その癖に視界が限られているのはおかしいので、きっとターゲットの観光客の中でもサキュバス店に向かう観光客がメインターゲットのタクシーなのだろう。この車に乗って移動しているだけで、どこに案内されているのか、どこに連れていかれるのかが分からない雰囲気が、少しのドキドキ感を演出してくれる。まぁ、そんなことをしてもスマホで位置探索出来ちゃうから、あくまでも演出の一環なのだろう。
「あー運転手さん。送ってもらった後なんだけど、出てくるの待っててもらうか、迎えに来てもらうことってできる?」
「待つのは有料になりますんで、送り先で呼んでもらうように伝えてもらえれば迎えに上がりますが?」
「じゃあ金カード渡すんで小一時間くらい待っててもらうってのもアリ?」
「えぇ、かしこまりました。有難うございます。」
タクシーを捕まえておくことに成功。
これで俺の望みは叶えられる。
そう。
タクシーの運転手に渡す金額によって向かう先が違う。
であれば、何がどう違うのか調べ尽くしたくなるのが男心ってものだ。
まずは提示された金額で向かう先の内容を確かめ、そして次は高い金額で連れて行ってもらえる場所に何があるかを確かめるのだ。きっと高い金額で連れて行ってもらえる方がサキュバスサキュバスしてるはずだからな! 探求心は無限ナリ!
やる気に打ち震えている内に人里は離れた寂れた廃工場の敷地っぽい門を通ってゆくタクシー。
ゆるゆるとスピードを落として進むタクシーの中からでも、明らかに廃工場であることが伝わってくる。なんとなく夜の廃工場でドキドキ感が増す。
タクシーは3mくらいの高さはありそうなシャッターが閉じられている大き目の倉庫の前で停車した。倉庫の見た目はどこかの資材置き場だったのだろうかとも思えるような古びた感がある。
「到着です。あ~……お客さん。カードの方は充分お持ちですかね?」
「ん? カード? うん。手持ちは充分あるけど?」
「なら良いんです! いえね。ここで開かれているパーティは個人的な催しらしいんで現金のやり取りは一切ないと聞いてますので……」
「はー、そうなんですか……んっ?」
なんとなくの違和感。
違和感について考えてみる。
今、このタクシーの運転手は、異世界特区共通貨幣のカードが足りているかを確認した。
つまり、ここから先、異世界特区共通貨幣のカードを使う可能性が高いことを運転手は知っている。
さらに、その後に続いた言葉で気になったのが『個人的な催し』『現金のやり取りは一切ない』という言葉。
これは、この先は現金が使えず、なおかつウチの会社の設置する異世界通貨発券機も置いてないということなのではないだろうか?
そして、異世界特区共通貨幣のカードを手にする最後の機会が、このタクシー内には備えられているということに違いない。
これらのことから導き出される事は何か。
「お客さん?」
「あ、ちょっと待って。今考えてるから。」
運転手からかけられた言葉に手の平を向けて返答しながら頭を捻る。
これまでの竹田さんとのやり取りも思い返しながら頭を捻る。
そして分かった。
「なるほど! 俺は通貨カードで遊ぶ個人的なパーティに招かれただけの客ってことか!」
「私どもは合言葉を知っていてカードを持っているお客さんは招待客なので運べと承っておりますので。」
うむ。
俺の立ち位置は『パーティの招待客』なのだ。
けして『商売の相手』ではない。
商売の相手ではないから金銭の絡むことはない。
ただ、どこかの企業が公共性の無い異世界通貨券というおもちゃを販売しているから、それを転用して商売ごっこめいた事をするかもしれないが、あくまでも現金は使用していないし、その異世界通貨券も近くで買えるわけじゃなく、特定の場所でしか手に入らないから、ただのお遊びでしかない。この運転手が提案するのも、自分の手持ちのカードが不要なので良かったら買ってもらえませんか? 的なただの交換交渉でしかない。そういうことだ。
万が一の時の言い訳ができるように考え抜いたのだろう。
なにせ、こと性風俗において厳密な規制があるのが日本だ。
例えばバーで女性店員がお酒を飲んで酔って陽気な調子に乗せられてストリップでもして、お客が喜ぼうものなら経営者が逮捕される。
バーというお金を対価にお酒を提供する目的の場所で、お酒ではなく性風俗を売りに営業したと解されるからだ。
竹田さんと行った異世界風スナックで話があったように、異世界風キャバクラや異世界風スナックが規制に沿った内容としてクリーンにやる限界なのだ。他はすべてグレーゾーン! それほどに厳密な規制なのだ。
どこまで許されるのかを調べてみれば「異性の客に接触する役務」は届出やその他条件が必要で、それらをきちんとした上でのみ、なんとか規制の範囲内として許される。だが、許されるのは『接触』だけなのだ。『接触』は当然ながら『接触』であって、接触以外は許されず、それ以上の性的な何かしらは犯罪となる可能性がある。
つまり犯罪となることを避ける為には『お金』『性的な役務』『役務の提供者』をとことん有耶無耶にするしかないわけだ。
今回の場合、『お金』は使っていない。
『性的な役務』は個人的なパーティの集まりで、労働として行われているわけではない。
『役務の提供者』も個人的にパーティを主催しただけ。
もちろん。有耶無耶なグレーゾーンを、よりグレーゾーンのままにする為の言い訳の連呼でしかない。
正式に調べられた場合、内容によっては犯罪となるだろう。
だが秘匿されて気密性も高い為、早々捜査対象になることもないはず。
「うん! なるほどっ!」
これはイカンな!
俺は、そのおもちゃのお金を発行している会社の社長だから、おかしなことに使われていないか調べる必要がある!
徹底調査が必要だ! アンダーグラウンドな世界に突撃取材だ!
「じゃ行ってきます!」
鼻息荒くタクシーを降り、薄く明かりの漏れる倉庫の脇にあるドアに向かう。
アルミ製の安っぽいドアにはカギがかかっていたので、隣の呼び鈴を鳴らすとブツっとつながる音が聞こえる。
「合言葉は?」
「えっ!?」
予想外の言葉に俺の頭は一瞬停止する。
「……あっ! え、『エピティミア』!」
数拍の後、ガチャッと鍵の開く音が聞こえた。
よかった! あってた!
法的な規制云々は個人的な解釈や感想が混じっているので詳しい事や正しい事は是非個々でお調べください。
法律も読んでみると、なんか行ったり来たりしまくってて意外と楽しかったです。
そして間違ってそうなところは、是非指摘して教えてください。そういう知識すこ。




