第三十二話 異世界風サキュバス店
「うん。これキャバクラ。」
ほんのり暗い間接照明マシマシな店内でソファーに腰かけ女の子と話しながら呟く。
「そだよーオニィーサーン。」
異国情緒たっぷりの言葉遣いで話す女の子。
いや、ちがう。完全に異国の人だ。右を見ても左を見ても、完全に異国の人で固められている。
なるほど。
確かに日本に居る気がしないな。
ボーイさんまで海外の男の人だ。これは異世界感ある。身近にも完璧な異世界があったってことか!
「って、んなアホな!」
「oh! オニィサン若いから元気元気ねー。」
思わずツッコミを入れると返ってくる謎の返答。
ツッコミをしたら元気なのだろうか。うーん謎テンション!
「まぁ楽しいし別にいいか!」
「ハッピアワーねー!」
異世界特区共通貨幣が使える外国人キャバクラで、ひと時のウェイを楽しんだ。
異国情緒も異世界よねー――
「イカンでしょ。」
「イカンですか。」
外国人キャバクラに連れて行ってくれた狂戦士竹田さんを真正面に、異世界風スナックのソファーに腰かけながら真剣な顔で言葉を放つ。
異世界風スナックというだけあってスナックで働いている女性陣が着ている物は中世を模した異世界風ドレスだ。
もちろん完全な中世ではなく中世コスプレのレベルにとどまり、現在、隣に腰かけ水割りを作ってくれている女性のドレスには、なぜか大きなスリットまで設けられている。きっと異世界男子もスリットが好きなのだろう。俺も大好きだ。
だが
「イカンでしょう?」
「イカンですか?」
真剣な眼差しの竹田さん。
お前の情熱はどこにいった。
そう問いたい。
問い詰めたい。
いや、居酒屋とかで情熱溢れてたし、彼が情熱をかけるところは特区全体だから、まだまだ情熱を注ぐところが多すぎて、こっちの特定分野には情熱の余波分しか来てないのかもしれないけれど。
「イカンでしょう……」
「イカンですか……」
男は皆スケベなのだ。
スケベな事には金を使うのだ。いや、違う。盲目になり気が付けばつぎ込んでしまうのだ。それが漢。
そんな狙い所を、みすみす平凡なレベルにするのは、どうかと思う。
「イカンでしょう!」
「イカンですな!」
わかっとったんかい!
流石の温厚な俺も、竹田さんの返答に若干のピリ付きを感じずにはいられなかった。
だが、彼は他のことは本当に一所懸命。一生懸命&一所懸命な感じで取り組んでくれている。
そんな彼を責めていいのだろうか? まして遊んでいるだけの日々を過ごし、一生懸命と対極の位置に居る俺がだ。
自戒に冷静さを取り戻し、若干感じたピリ付きを反省と共に溜息で放り出す。
「はぁ……いや、正直楽しかったですよ。外国の人がいるだけで異国感ってあったりするけれど、完全に外国人の中に入り込むっていうのは、もう異世界感を感じましたし。うん。ノリも凄く良かったし、なんか自分から下ネタ言ってたし。慎みとか、そういうのは別にして単純に陽気で楽しかったです。こっちの異世界スナック? も、なんていうか華やかな上品さがあるというか? うん。いいと思います。」
「そうですか!」
竹田さんの満面の笑みに、俺は出かかった言葉を唇をかんで押しとどめる。
頑張っている竹田さんに辛辣な言葉をかけるのが心苦しい。だがしかし言わねば異世界サキュバス店は『この程度』で終わってしまう。
「いやいやいや~、今、他にもヨーロッパ系の人を集めたお店の準備もしてるんですよ。そこはもう完全に日本語の話されていない所にしようと思ってるんです。」
「……っんーー!」
『ちっがーう!』と叫びだしそうな口を太腿をつねって止める。
いや、確かに竹田さんの描いているサキュバス店は、俺の理想とは違うだけで日本で営業するソレ系のお店としては良い方向なのかもしれない。
なにせ株式会社YOSHINARIの運営。俺の理想とするサキュバス店がグループに属しているとなると、それは世間体が悪い可能性が高い。
今、竹田さんが紹介してくれたお店は『異世界特区という面白い施設を作る』という中の、大人向けアトラクションとしてきちんと許容できる範囲に収まっている。
多分働いている人も法的に問題のない人を選び抜いているはずだ。
そう。俺の理想のサキュバス店が間違っている。
俺の理想が間違っているのだ。
ルールに則していないのは俺なのだ。
そんな俺が、俺の会社を思って行動している竹田さんに文句をつけることなど、どうしてできるだろうか。いや、できるはずがない。
ここは誉めて、褒めて、ホメるべきなのだ。
俺に許されるのはそれだけ。
「……っ………っ! ……っ」
だが
声が
出ない。
「……社長」
「ンあーっ!」
竹田さんの声に自分の予想していない所から返答が勝手に出ていた。明らかに変態だ。
「……」
だが、そんな変態の肩に竹田さんは無言で優しく手を置いた。
慰めのようなタッチ。
竹田さんの顔を見てみれば『分かってますよ。ええ。分かってますよ』と言わんばかりの顔をしている。
「……これが精いっぱいなんです。」
「…………そうか。」
もう言葉はいらなかった。
全てを悟ったような顔の狂戦士が穏やかな顔でそう告げると、やはり俺の考えたことはあっていたのだと知れたからだ。
彼は会社を思うからこそ、下手なことができなかったのだ。
彼は会社を守りながら、できる精一杯を尽くしてくれているのだ。
それを実感すると不思議な程に心が晴れた。
「いや、すみませんでした。突然変な声を出したりなんかして。」
「いえいえ、構いません。自分が社長の立場だったらと考えたら怒鳴り散らしてたかもしれませんから。」
「ははっ、さすが竹田さん。やっぱり表立って出来る事って限られてるんですね。」
「ええ、微妙なグレーゾーンは存在します。でもグレーゾーンはグレーなんですよね。いつ黒と言われ指さされるか分からない。」
「うん……うん。それを考えると、本当によく考えていただけたと思います。ありがとう竹田さん。」
「いえ、もったいないお言葉です。」
「さ。これ以上、酒の席で無粋な話もなんでしょうし飲みましょうか!」
「ええっ! お付き合いしますっ!」
用意された水割りを手に取り乾杯する。
腰を上げないとグラスが当たらない距離の為、お互い軽くグラスを上にあげるだけの乾杯。
別に立ってまでしてグラスを当てにくるような気を使わなくていいという意思疎通が阿吽の呼吸で、できるのは大人の飲みという感じがする。流石は元飲み屋の経営者。
2件目の為、軽く唇を濡らすだけ。それでも良いウイスキーが使われているのが香りでわかった。
だが、対面の竹田さんが置いたグラスからカラカラと氷の音が響いた。
「お付き合いします……と言いたいところなのですが! 実は私、この後、少々予定がございまして。」
「へっ?」
まさかの狂戦士からの退席の言葉。
狂戦士の狂戦士らしからぬ意外な言葉に思わず間抜けな声が漏れる。
「折角、社長がお越しになられたのに、すみません! いえ事業の確認なのですから、本来は朝までだろうが、ご案内すべきところ! 誠に申し訳ございません!」
「あ、うん。いや、うん。大丈夫。気にしないで。」
そう。これは接待みたいだけど、お仕事なのだ。
お仕事で事業の把握をしているのだから、事業を進めている人間が説明を切り上げるのはおかしい。言った本人もおかしいことを完全に理解しているから、尚のことオカシイ。
だが、どれだけおかしくても、俺にバーサーカーを止める勇気などない。
「有難うございます! では私はこれで! そうそう社長……私は退席させていただくのですが、なにやら夜の町では怪しげな噂が流行っているそうです。折角の夜ですから、その噂でも調べてみてはいかがでしょうか。」
「……ん?」
「噂は多分このスナックの店員も知っていると思います。まぁ暇つぶしにでも……それでは失礼いたします。」
急展開に頭が付いていかなかったが、竹田さんが満面の笑顔を残し颯爽と席を立っていってから俺の鈍い頭も働きだした。
「……んっ!」
どうやら異世界サキュバス店は、まだ終わってないのかもしれない。




