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第三話 開き直るしか道はない

本日3話目です




「はぁあぁんっ!」


『オイナリサマカンパニー 10,000,000

 オイナリサマカンパニー 10,000,000』


 二つの『10,000,000』という数字が並び残高に2,000万円がプラスされたのを目にして、若干の二日酔い気味の頭も乱暴に酒気を頭から蹴りだす。


「はぁぁあんっ!」


 通帳を再度確認し、そして再度叫ぶ。

 ドン! と壁が鳴り、直ぐに現実に引き戻された。

 そもそも俺は記帳をしていないのだ! なぜ数字が増える!?


「おえっ」


 現実に戻って、その現実味のなさが少しの吐き気に変化した。

 依然として頭が追い付かず、一旦通帳を閉じる。


「……とりあえず会社行かなきゃ。」


 これまでの毎朝の流れを身体が求めて自然と動き出す。

 トイレとシャワーを済ませ。下着姿のまま、いつもの皿にシリアルを入れてヨーグルトと牛乳をかけて食べる。皿とスプーンを手早く洗い、ワイシャツにスラックス、ネクタイを身につけ、上着を羽織る。財布、鍵、スマホ、パスケースにハンカチをチェック。鞄の中身はいつも通りで準備完了。さぁ出勤だ。


 通帳を手に取り開く。


 2,000万円。


「はぁぁあんっ!!」


 ワンテンポ遅れて壁がドンとなった。


 ちょっとだけ感じた吐き気を飲み込んで、とりあえず不安を隠すように通帳を鞄に捻じ込む。こんなヤバイ通帳など、どても置いておけない。

 鞄にしまったことで気持ち新たに出かけようと身なりを整える。だが、鞄に入れた通帳が不安を醸し出しはじめ、なんとも気持ちが整わない。鞄に手を突っ込んで入れた通帳を取り出し、今度は上着の内ポケットに入れてみる。だがやはり落ち着かない。尻ポケットに入れてみたり通帳の居場所を変えるが、どこも落ち着かない。色々と移動させて、ようやく落ち着いたのは心臓の位置。Yシャツの胸ポケットの位置だった。既に感じ始めた疲れを小さなため息と一緒に吐き出して、ようやく出勤へと動き出すことができるのだった。



 --*--*--



「はぁぁあああぁぁ……」


 時計の針が20時を回った頃、ようやく家へと辿り着く。


「あー……」


 今日は本当に最悪な一日だった。

 何をするにも通帳が気になってしまい作業が手につかなかったのだ。

 電車に乗っても、仕事をしてても、とにかく胸のポケットに入れた通帳が気になって仕方がなかった。


 電車では、つい鞄を胸に抱き抱えるようにして完全ガードの体勢をとってしまったし、会社で仕事中、上着を一度も脱げなかった。汗を流してるのに上着を脱がないのだから傍目から見て大層様子のおかしかったことだろう。

 また気分的にも足が地につかず本当に仕事にも身が入らなかった。

 なにせ今の俺は1日1,000万円の収入があり、それが継続するかもしれない状態。


 普通、仕事とは『仕方なくする事』だと思っている。

 生きる為には『やりたくなくてもやらなくてはならないこと』それが仕事。


 この俺のやっている仕事で貰える給料は残業代込みで手取りが30万円ちょっと。これまでは税引き前の金額を考えれば結構良い方だよなと思っていた。なのに、何もしなくても1日1,000万円が手に入るとか思ってしまうと、気もそぞろになる。というか働く意味が分からなくなってしまった。


 一緒に働いている人間を見ても「俺、1日1,000万円なんだよなぁ」とか思ってしまうし、上司に態度を怒られても「でも俺、1日1,000万円なんだよなぁ」とか思えて、逆になんか上司が可哀想に思えてくる始末。なんというか、既にお金に振り回されてしまっている感じがしてならない。



「あ~……もう無性に疲れたわ……」


 空腹を感じれど精神的な疲労感から何もする気になれず、気が付けばそのまま万年床に潜り込んでいた。



 --*--*--



「……えぇ、突然ですみません。昨日から体調がおかしかったみたいなんですが……ええ、すみません…………すみません。有給で。有難うございます。」


 翌朝。俺は寝たのかわからないような目を擦りながら通帳を確認し、3,000万円になっているのを確認しては声を上げて壁ドンされ、そのまま仮病を使って会社を休むことを決めた。通帳の数字ばかりが増えてゆく現実感のなさが限界突破してしまったのだ。


 このままフワフワとした状態では色々とマズイにも程があるし、それに通帳の不安度が日々増しすぎて怖い。もし家に通帳を置いておいて泥棒が入ったらとか思うと、それだけで家に帰りたくなって仕方がなくなるし家から出られない。かと言って肌身離さず持ち歩いたとしても、それはそれで誰かに狙われているんじゃないかと思えて警戒心が上がりすぎる。

 こんな精神状態が続いて身体に良いはずがない。


 今日は俺の現状をしっかりと認識した上で、これからの為にしっかりと対応する日だ。


「……行くか。」


 いつもであれば浴びるシャワーも浴びない。脂のついた髪は気になるが、それよりも気になる事が大きすぎるのだ。下着とシャツだけ替えて鞄に入れた銀行印と胸ポケットの通帳を確認して外に出る。

 これから本当にお金が下ろせるのかどうか。

 この通帳の数字が妄想ではなく、きちんと現金として手にできるのかを確かめなくてはならない。


 電車はあったことも無いのにスリの恐怖が勝ってしまい使えないので、いつも使っている駅まで歩いてからタクシーを捕まえる。


「近くの名楼なろう銀行までお願いします。」




 ワンメーターだった。




 というか、名楼なろう銀行。普通に歩いて行ける距離だった。



 自分のチキンハートっぷり、そして思考停止っぷりに頭も冷える。そして、情けなさに冷えたことで、ようやくちゃんと頭が動き始めた気がする。

 タクシーにお金を払い、お釣りをきちんと受け取り銀行に入る。

 銀行内は朝いちばんの時間のせいか人が少なく、待ち時間も少なそうだ。受付番号発券機のボタンを押すと3番の紙がにょきっと出てきた。


「3番のお客様。2番の窓口にお越しください。」


 発券と同時に機械音性に呼ばれた。あまりに呼ばれるのが早すぎて引き落としの書類も書けていないが、とりあえず窓口へと向かう。


「いらっしゃいませ。」

「おはようございます、これ、3番です。」


 発券機から出たばかりの熱転写紙を受け皿に置いて座る。座るために椅子を動かしている間に、受け皿から熱転写紙の姿はなくなっていた。なんと手際のよい受付のお姉さんか。


「えっと、今日は引き落としと……あと、貸金庫について教えていただきたくて。」

「かしこまりました。それでは、まずはこちらの引き落とし書類にご記入をお願い致します。」


 お姉さんから手際よく提示された書類に記入を進める。

 引き落とし額は300万円にして捺印。

 通帳を胸ポケットから取り出し、記入を済ませた用紙と一緒に受け皿に乗せると、すぐに窓口のお姉さんが確認を始めた。

 通帳の残高と書類に記入された金額を見た瞬間、お姉さんの顔が若干強張ったように見え、その目線が瞬間的に俺の顔に向き、また通帳に戻り、なにか色々と情報を確かめているようにも見える。


 お姉さんの時間にして2秒にも満たないだろう仕草に、俺は少しだけ息を飲む。


 なぜなら、俺から見ても毎日1,000万円の入金が続いている個人なんて異常にもほどがある。怪しすぎるのだ。行員さんから見ても、そう見えるに違いない。コイツは怪しいぞ。と。なにより、もしかすると、あの通帳に書かれている数字は、俺の妄想でしかない可能性だってある。


「お客様……」

「……はい」


 若干の緊張を伴った返事。


「300万円の引落しとなりますと免許証など個人情報の確認できる書類の確認が必要となるのですが、本日は何かお持ちでしょうか?」

「あ……はい。免許証ならありますけど。」

「有難うございます。番号を控えても宜しいでしょうか?」

「あ、はい。」


 渡した免許証を受け取りスラスラと書類に記入を進める受付のお姉さん。


「有難うございました。それでは現金をご用意してまいりますので、少々お待ちいただけますでしょうか。」

「あ、はい。」


 返された免許証を受け取り、にっこりと笑顔を作った受付のお姉さんを見送る。

 程なく3束の札を持って戻ってきたお姉さん。そのままお姉さんの席を通り過ぎて、機械の前で止まった。機械に札束をセットしボタンを押すと、ダダダダと音を鳴らし始める機械。どうやらあの機械で枚数を数えているようだ。その後、ようやくお姉さんが戻ってくる。席に座ったかと思えば、枚数を確認した証拠だろうか、札束に印鑑をポン、ポンと押している。


「お待たせいたしました。金額のご確認をお願いいたします。」

「あ、はい。」


 受け皿に乗せられた通帳と現金が手元にやってくる。

 確認も何も、機械通されてるのも見えていたし、改めて300枚も数える気もない。

 一緒に出されたマチ付きの封筒に、少しだけ手こずりながらも、なんとか束を収めて鞄に突っ込んだ。


「それではお客様、貸金庫について資料をお持ちしますね。」

「あ、はい。」


 なんとも流れるように仕事をするお姉さんだ。頼もしい。それに美人さん。

 銀行の受付っていうのは、銀行の顔って意味もあるからだろうか、なんだか美人さんが多い気がする。


 問題なく現金を手に出来たせいか、自分の中に余裕が生まれた証拠だろう、今更ながらお姉さんの顔立ちに興味が湧いている自分に気が付いた。


 その後、全自動の貸金庫は契約開始まで日数が必要ということで契約の申し込みをして、お姉さんから個人年金や保険なんかの営業を受けて銀行を後にする。

 貸金庫が即日利用できなかったのは残念だが、利用開始まで時間がかかるのは、ちゃんと織り込み済みだ。お願いします! わかりました! で使えるような貸し金庫だと逆に危ない気もする。


 この毎日1,000万円ずつ増えていく通帳を銀行の貸金庫に預けることができるまで、もう少しの我慢。預けるまでの時間だけ、しっかりと守ればいい。

 そう。家よりも俄然安心と思える場所に居れば良いだけのこと。そういう場所は少し考えれば日本には沢山ある。

 そこで通帳を守り過ごしてから、銀行の貸金庫に預けてしまえば、もうそれで後顧の憂いなし。安心して行動できるようになる。

 こうした安心が確保される筋道がたっただけで、やはり随分と心持ちは違ってくるものだ。


 銀行前にいたタクシーに手をあげ、乗り込む。


 向かうは、安全安心、なにもかもが保証されているハイグレードな場所。

 そう。星付きのラグジュアリーホテルだ。

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