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第二十話 青春時代をもう一度


 俺は犬。犬になるんだ。


 構ってください。構ってください。大好きなんです。構ってくれないんですか? 構ってくれないんですか? 大好きなんです。構ってもらえないのは寂しいです。構ってくれるんですね! やったーー!! 嬉しい! 嬉しいです! 有難うございます! やっぱり大好きです! あ、終わりですか? 悲しいです。悲しいですけど我慢します好きなので! また次回をお待ちしております! 構ってください!


 この精神だ。

 求めて、求めて。でも迷惑はかけないように嫌われないように我慢するべきは我慢する。


 現状、上司と部下という立場だから、そういう立場からの川相さんの受け取り方とかセクハラ、パワハラを考慮すると俺が犬モードを全面に出すことはできないだろう。


 だけれども! そんなことを気にしていたら伝わる物も伝わらない! 嫌がるような気配があれば犬のように「ごめんなさい。嫌わないでください。ごめんなさい」したら良いんだ! とりあえずやってみる! それが今の俺だ!


「どうにも俺は川相さんを好きになったっぽいので、その好きな川相さんがコンプレックスに思っていることを解消する方法が無いか考えてみたんです!」

「……」

「で、学生時代が勉強しかしてなかったのがコンプレックスって話を思い出して、ちょっと学生ごっこで解消できないか試してみたくなりました!」

「……」

「俺自身も、川相さんみたいに勉強に追われていたって程ではないんですけど、そんなに充実した学生時代ってワケじゃなかったので、リア充な青春をちょっと味わってみたくて……というわけで、それがこの舞台です! はい! これどうぞ!」


 『吉成』というネームが刺繍された中学生ジャージを着た俺が、ふんわり可愛いモードの、少し戸惑っている川相さんに『川相』の刺繍の入った中学生ジャージを渡すと、流石の川相さんも少し戸惑いながら受け取っている。


「あ、あの……」

「あくまでも『ごっこ』ですけど、ちょっと遊んでみませんか?」

「わ、私の為に、嬉しいです。」


 その戸惑いに隠そうとしている『情報量多すぎ』『何してんだこの人』『告白された?』というような感情と混乱が見えた気がする。

 混乱している川相さん可愛い。また川相さんを知れたな。うん。



 廃校になった中学校を借りきっての青春ごっこ。

 西さんが、その手腕で廃校を有効活用しようとしている団体を調べ上げ、そこに話を通して借りた。借りるのは難しいらしいけれど金を積めば理由は後付けでいいらしい。

 そして同級生役として、それぞれネームを刺繍されたジャージを来た劇団員も配置済み。ネームで名前をすぐ確認できるので、劇団員には即興劇、あくまで日常の同級生役の振舞いをしてくれるよう依頼してあり、この劇の主人公は俺と川相さんだ。


 もちろんジャージを渡したが、学生服とセーラー服も用意してある。しかし、いきなりコスプレさせるのは流石にワンクッション置く必要があると思ったので、とりあえずのジャージ。

 俺の趣味的には拝み崇めるくらいには川相さんんおセーラー服姿を見たいのだが、そこは我慢だ。


「って、吉成さん? あの、今『好き』っていいました?」

「はい! 言いました! 俺、この間の食事で川相さんのこと好きになったみたいで好きです!」

「あ、有難うございます……あ、人として、とかって方向ですよね。」

「どっちかというと異性としての好きの方が大きいですね! でも人としても好きになりたいので、もっと川相さんを知りたいんです!」


 川相さんの瞬きの回数が多い。

 現実を受け入れ難いと感じているのか、はたまた何かを恐れているのか。


「嬉しいです! 私も吉成さんのこと気になって……いえ、好きになってたので!」


 どうやら、とりあえず俺の言葉は気まぐれでもチャンス程度に捉え、現状に乗ることを選んだようだ。


 川相さんの立場に立って考えたら、それ以外の反応もできないだろうなとは思う。

 『落とそう』と思っていた相手が『落ちて』いたのだから、その波に乗るしかない。それ以外の対応は、いかに川相さんといえど即座には思いつけないはず。


 だが、今。

 言質はとったぞ。


「えぇっ!? 川相さんも俺のこと好きなんですか!? やったーっ! 告白成功したー!」


 盛大に勝利の雄叫びをあげる。


「おいおいおいっ!? マジかよ! やったじゃん! 吉成っ!」

「嘘だろ!? 川相さんだぞ!? 絶対失敗すると思ってたのにクソ! おめでとう!」


 大げさに喜んでみせると仲良し設定の同級生役劇団員が俺をバシバシ叩きに来る。


「うへへうへへ、ちょ、やーめーろーよー。」

「このこの!」


 デュクシデュクシされつつ全力で浮かれてみる。

 俺は犬だ。ご主人様が「よしよし大好きだよー」と言ってくれたのだ、これぞ天上の喜び也。

 いや、普通に嬉しいわ。やっぱり『好き』って言葉はすごいな。


 ひとしきり喜んで、やはり『何してんだこの人』感を隠し切れない戸惑いを見せる川相さんの所に戻って笑顔を作る。


「それじゃあ、これからは恋人同士ってことでよろしくお願いします! 今日の学生ごっこも一緒に楽しんでくれると嬉しいです!」

「は、はぁ……」


 もう言質を取ったからには俺たちは恋人だ。遠慮しないぜ。

 まずは俺のやりたいと思ったことを思いきりやってみよう。


 なし崩し的に女子同級生役の劇団員に更衣室に案内させて川相さんがジャージに着替えた後、まず世界観に没入する為に体育の授業をした。


 案外体育館とかに入ると、懐かし過ぎてワクワクが止められない。思った以上に楽しい。

 普通は男女に分かれてやる体育だけれど、先生が休みで自由時間になった設定で、男女混合バレーボール大会を開催。

 キャッキャしながらも、みな、多少なり真剣にやってしまうのが面白かった。


 川相さんが普段パリっとしてて『私ランニングしてます』『運動にも気を付けてます』っぽいイメージなのに、ボールがくると全然わたわたしてたから、ひょっとすると球技はダメなタイプなのかと思った。また一つ川相さんのことを知れて嬉しい。


 「バレーは苦手で」とか『別に悔しくありませんよ』風に装うのに自分から前を向く負けず嫌い感も知れた。川相さんは結構どんくさい負けず嫌いで可愛いのだ。


 なお競技にバレーを選んだのは、俺がバレー好きだからだ。

 やっぱり好きな人には格好いいとこ見せたいじゃないか。

 川相さんとは同じチームだから遠慮なくアタックしてやったわ! ぬはははは!


 ちなみに相手チームの劇団員にバレー経験者もいて、思ったほど活躍できなかった模様。うん! 身体が重い! トレーニングルームはよ!


 ひとしきり遊んだ後、チャイムが鳴り体育の時間は終了。


「あーあー汗かいたのに、休み時間15分しかないって最悪よねー。川相さん、はやく着替えにいこー」

「えっ?」


 と、また戸惑う川相さんを連れて行った女子劇団員。

 俺は心からのグッジョブを送った。なんなら後程賞与も送ろうじゃないか。うん。

 やはり好きな人の学生服姿ってのは見てみたいのだよ!


 速攻で俺も学生服に着替えて、ダッシュで教室に戻る。もちろん更衣室は制汗スプレー臭くしてな!


 ワクワクしながら隣の席に来る予定になっている川相さんを待つ。

 男子劇団員たちも、数人がダベっていたり、スマホを見ていたり、狸寝入りしていたり、みな適当にそれらしく振舞ってくれている。


 授業開始のチャイムが鳴りそうなくらいに時間が過ぎ、ようやく女子劇団員たちと川相さんの声が聞こえてきた。


 俺は犬だ。川相さんの犬だ。

 多少コスプレに無理がありそうな雰囲気になってしまっていても、そんな川相さんが好きな犬だ! よしこいっ!


 女子劇団員に押されるように、やってきた川相さん。

 恥ずかしさを堪えきれないのか、赤面しているようにも見える。


 俺は静かに拳を天に捧げた。


「おい……どうした吉成」


 仲良し設定劇団員がすかさず俺の行動に言葉を投げてくる。


「川相さんが……可愛い過ぎた。俺はもう思い残すことはない。」

「おいおいおいおいっ! 告白成功したからって、おいおいおい!」


 俺の反応に、川相さんはコスプレの恥ずかしさや、その他、これまで味わったことのないような言葉にしにくい感情が生まれたのだろう。ただ戸惑い、促されるまま、ただ俺の隣の席に着席した。


 うーん。天使。

 天使が恋人。最高だな。


 そして、いまだ仲良し設定劇団員にデュクシデュクシされつつ思う。

 この劇団員の人たち、めっちゃ良いな。楽しいし。これから応援しよう。と。


 俺の感涙の内にチャイムが鳴った。


「おーし、おまえら席につけー。」


 先生役の入場。

 机の中にセットされている教科書やノートを出す。


 次は川相さんの活躍する番だ。この先生役。塾講師。

 自慢じゃないが、俺はもう高校の数学すら解ける気がしない程度の学力しかない。だが、川相さんはひたすら勉強に青春を捧げてきた人。俺のアホさ加減を川相さんに知られてしまうのは惜しいが、でもそれすらも、むしろ知ってほしい。


 それくらいに俺は川相さんのことが好きなのだ。

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