第十九話 好意と妄想
「おっ?」
通知のなったスマホを見てみると、今どき珍しいショートメールメッセージが入っていた。
『有難うございます。友人も感謝を伝えたいとメールしました。すみません。今、幸せです。有難うございます。』
「ひんっ」
山さんからだった。
ごめんな。俺、山さんと友達が普通であることを噛み締めて、その些細な幸せを喜んでいる時に、俺、女の人に、うつつを抜かしてた。ゴメンな。なんかゴメンな。
一気に申し訳ない気持ちになってしまい泣きたくなる。
『腹いっぱい飯食って、暖かくして寝て、尊厳を取り戻してください。あなた達は素晴らしい人です。』
気がつけば、自分の恥ずかしさを隠したい気持ちと夜のテンションが相まって、普段なら送らないような返信を送っていた。
上からも上の目線での言葉だけれど、彼らには、まだ上からの目線の方が対応しやすいだろう。それに、そんな上の人間が肯定しているのだと思ってくれれば、ホームレスの気持ちからも早く脱出してくれるかもしれない。
よく知った住所なので、ネットでクレジット決済したピザも宅配注文し、追伸でピザを手配したことを連絡しておいた。
彼らの場合、現状栄養を取りすぎるということは無いだろうから、多少、胃に重いかもしれないけれど、これまで食べる機会のなかっただろう暖かい食事を、腹いっぱい食べてほしいものだ。とりあえずパスタや飲み物を注文しすぎた気もするが、別に構うまい。
なんか山さんと会って話聞いてから、山さんへの親近感が溢れてしまっている。
俺と出会ったことで幸せになってくれたら、俺も幸せだ。
これからも何かしらバックアップは続けていこう。
「おっ?」
『今日は一緒に過ごせて嬉しかったです。おやすみなさい吉成さん。』
「オッホホ」
川相さんからのメッセージが届いた。
『こちらこそ素敵な時間を有難うございました。すごく楽しかったです。』
すぐに返信を送信する指が動いていた。
送信し終わってすぐ、煩悩が脳を占めている自分に気がつく。山さんの感動はどこに消えたんだ?
我ながら、人間の機微は面白い、さっきまで涙ぐんでいたのに、もうニコニコ笑顔なんだもの。どちらもただメッセージがスマホに入っただけなのに。この差はいったい。
もう一度、川相さんからのメッセージを見る。
「うーん好き。」
もう既に二割増で好きだった気持ちが更に二割増になっている。1.2だったのが、1.44これは流石の川相さん。
美人で頭もよく、そして可愛い。好きにならない方がおかしい。そろそろ寝ても冷めても川相さんの顔が頭に浮かぶことになりそうだ。
彼女は俺の金目当てに、これからも攻勢を強めてくれるだろう。
好きな人に好き好き攻撃をされるなんて、なんて楽しみなことだろうか。
「ん?」
だが、楽しみにしていながらも、どこか自分の心に感じる物足りなさに気がつく。
その物足りなさがなにかを考えてみる。すぐに思い当たった。
「あー、心ね。」
俺は川相さんが金目当てだと、既に決めつけてしまっている。
つまり、川相さんの本心が別にあると考えているのだ。
そして俺が今、川相さんを好きになっているから、心も自分に向いてほしいと思った。それが物足りなさの正体だった。
物足りなさ解消ができるか検討する為に、川相さんの立場に立って思考を始めてみる。
俺が川相さんの立場だとした場合、現状、収入は不満を感じていることだろう。50万円の給料があったとしても、税金云々で手取りは36万円くらいになるはず。西さんは倍額もらっているし、それになにより俺という大金消費者の存在がチラホラ見える。自分の使える現金の不満は多いだろう。
手取り額で考えてみると、この額面は彼女が一流勤めを辞めてまで欲するものではない。つまり、彼女が俺のところに就職することを決めたのは、一流勤めのステータス以上の価値を見出したことが大きいはず。その価値がなにかを考えれば、おおよそ俺。俺の背後にある金だろう。
一度の話だけで見抜いて行動を決めるのだから、川相さんは相当思い切りがいい性格だということも分かる。多分、俺よりもずっと男前な判断力と実行力があるはずだ。
そして、今日の一度の食事だけで俺が好むような振る舞いをし、見事、俺を川相さん好き状態にするくらいに演技力がある。これは、自分がどう見えるかを知っている証拠。客観性があり、相手の行動の受け取り方を見抜く想像力に長け、そしてそれらを計算しつくす狡猾さがある。
それに単純に勉強もできて頭も良いし、自分の強みを必要に応じて隠すような地頭の良さも持ち合わせている。
頭が良くて、実行力もある。狡猾さを兼ね備えた判断力を有し、そして美人。そんな人が川相さんだ。
「ふむ。無敵だな。」
自分が無敵のステータス保持者と仮定して現状を考えると、とりあえず結婚して離婚して財産もぎ取る方法が頭をよぎる。
結婚後の収入は共有財産となると聞くし、離婚時は折半になると聞く。
今は収入源がなにか探っている段階だろう。もし俺の1日1,000万円の収入を知ったら、早く結婚し、年月を稼いで目標金額に達したら離婚する。なんてことを考えないでもないかもしれない。
恨みを買う怖さも知っているだろうから、きっと俺の心を操って浮気させる方向に仕向け、自分に過失が無い方向でうまく対処するだろう。なにせ一日で俺を好きにさせるくらいだ。1日で他の人を好きにさせることだってできると思える。
そして彼女は法律面に強いから、抜けはないはずだ。
法律を盾にされた場合、俺は足元どころか爪先に触ることすらできないくらいに差があるから対抗する気が起きない。
ひょっとすると、彼女の中で俺がある程度気に入るラインにまで達していれば、子供を生んでから別れて養育費をもらい続けるなんてことも頭にあるかもしれない。
川相さんはまだ24歳。
29歳で本当に好きな人と結婚すると段取りしていたとしても、まったく問題なく可能だろう。
「うーん……なんかこう考えちゃうのも、あまりに虚しいよな。」
俺は川相さんをもう好きになっている。
ならば、俺の金目的でも、それ含めて、川相さんにも俺を好きになってもらった方が、俺の心が楽しい。
他人の心はどこまで行ってもわからない。
きっと、川相さんはこれからの俺を落とす攻勢の中で、川相さんは俺のことを好きなんだと思いこませてくれるような振る舞いをしてくれるだろう。
だけれど、少しでも俺がそれを疑いたくなるような隙を見つけてしまえば、俺は即座に『川相さんはやっぱり』という心持ちになるはずだ。そしてその隙を探す目は厳しい。
となると川相さんには、俺を好きなんだと盲信できるくらいに振る舞ってもらう必要がある。
そしてそれと同時に、同時に、こちらもまたそう振る舞う必要があるはずだ。
いつだって人の心は対等だ。
川相さん程の賢い人のこと。俺が金目当てで近づいてきていると思っていることもわかっているだろう。そういう警戒をしていることも考慮しているはず。
それ以外にも、金のある男は女をただの食い物と同じ欲求を満たす道具程度に見ているとも考えているはずだ。
つまり、川相さんは俺が川相さんを、どこにでもいる女の一人と思っていると考えている可能性が高い。
俺は、川相さんに好きになってもらいたいと思った。
それと同様に、川相さんだって、俺に好きになってもらいたいと思ってはいないだろうか?
相手にだけしてもらおうなんてのは虫のいい話で、同じ苦労をしてこそ相手もそう振る舞おうという気持ちになってくれるはずだ。
俺は上辺だけではなく、心から好きになってもらいたいと思っている。
それを相手に望むのであれば、まずは俺が川相さんを心から好きにならなくては、話にならないんじゃないだろうか?
「よし……」
心が決まった。
とりあえずフリであっても、上辺だけでなく心から川相さんを好きなフリをしてみよう。
そう決めると、川相さんを知ってみたい気持ちが溢れてきた。
なるほど。好きは『もっと知りたい』って欲求を生むのか。
よし。ここはいっちょ、俺が川相さんをもっと知るためにも、こちらから好き好き攻撃をするしかないな! 金にあかせた、俺らしい攻勢を考えてみようじゃないか!
なにせ好き好き攻撃をされるのは気持ちよかったからな! 次はお返しにこっちから好き好き攻撃だ!
早速スマホを取り出し電話をかける。
「あ、西さん? 夜にごめんね。なんか学校とかの施設を遊びで使う方法って無いかな? あと、若い劇団員とか借りる方法とかも当たりをつけてほしいんだけどできるかな?」
やりたいようにやるぞー! 金の力で!