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第十七話 お手軽人助け


「有難うございます……また、頑張ってみます……頑張ってみます…………」

「うん……とりあえずは英気を養って。

 そんで自分が一般人だって感覚を取り戻せたら、それから頑張ってみてください。」


 堪えきれない涙を目じりからこぼしながら、ただうつむき小さく何度も頭を下げるやまさん。


 実年齢はもう少し若いだろうが、痩せ細り、40代後半にも見える人の堪えきれない涙は、こっちの心にも来るものがある。

 思わず俺も涙声になりながら、なんとか声をかけ、家の鍵と100万円を渡して新しい住人を迎えた住み慣れた家を後にした。


 『ホームレスの救済』という自分を持ち上げまくった偉そうな思いつき実行してみると、意外と簡単に事は運んだ。


 まず支援団体に寄付の申し入れとともに面会をお願いした。すると担当者には即日会うことができたので、その担当者に話が通じるホームレスに取材を目的としての面会をお願いしたのだ。もちろん更なる寄付も付け加えた。

 そうしたら寄付額が効いたのか、数時間もしない内にホームレスのやまさんこと、やま 定男さだおさんと会うことができた。


 そして彼に会って俺は思い知った。

 ホームレスも名前のある人間だったのだと。


 『ホームレス』という一括りで考え、頭の中では人間と理解していても、実際に人生を歩んできた苦しんでいるだけの同じ人間であると見ていなかったことを思い知らされた。

 彼は『ホームレスの人間』ではなく。ホームレスにならざるをえなかった『山定男』という人間なのだ。そんな誰でも知っていることを、俺は当然のように見ていなかったのだ。


 山さんの身の上話を要約すれば、持病があり勤めていた会社が縮小の折に首を切られた。新たに勤めることが叶わず食いつめ、金がなくなり、家がなくなり、ホームレスになった。そんな話だ。


 だが彼の口から語られる持病の苦しみ、年齢や病気を理由に就職を蹴られ続ける苦しみによる絶望。希望がなく絶望に折れるしかなかった年月。生き続けることの辛さと重みは筆舌に尽くしがたい思いを孕んでいた。

 訥々(とつとつ)とした口調ながらも、諦めを強制されて受け入れた心の苦しみと辛さがじわじわと伝わってくる。そんな語り方だったと感じる。


 俺は山さんに借りていた家を又貸しする事を即座に決め、そのまま伝えた。

 そうしたら山さんからは「友人を呼んでもいいか」という他のホームレス仲間を気遣う言葉。これだけでも山さんの人間性が分かった。

 俺はその問いに、周辺住民の迷惑にならないよう一般人の友達が来たと言えるよう清潔にさせることを条件に許可した。そうしなければ俺は自分を人でなしと思えてしまいそうな気がしたのだ。それに知り合いのホームレスも立ち直るきっかけになって欲しい気持ちが止められなかった。


 だから山さんのこれからの生活と、その為の資金として100万円を渡すのだ。


 この金に山さんは泣いた。

 ただ泣いた。

 静かに涙した。


 俺もつられた。


 俺が偶然もらえることになった金。

 額面以外無価値だった金に、意味が生まれたように思えた。


 金があれば、何でもできるんだよ。

 そう心から思う。


 山さんに携帯電話を買ってやれるし、俺に連絡できるようにしてあげれられるんだ。

 金があるからできるんだ。



「っはー……いいことしたなぁ。」


 今日は良い天気だ。

 いい天気だからホームレス支援団体に5,000万円くらい寄付しとこうっと。




--*--*--




 女の敵は女。


 いつだって私の敵は女だった。


 青春を謳歌する同級生。その青い春の香りに自分の羨ましさを隠しながら、ただ愚かと蔑み、ひたすら勉強に明け暮れた学生時代。

 小中高、一貫して、ただひたすらに勉強に打ち込んだ。


 勉強が厳しさを増したのは中学生からだった。幽霊部員の許される文化部に所属し、一切部活をすることなく学校が終われば夜9時まで塾で勉強。家に帰れば塾から持ち帰った宿題をこなして、寝るのは11時。

 進学校と呼ばれる高校に入った後も、同様の努力をし続けたことで私は一流と名の付く大学に進学できた。


 人生は学歴で決まる。


 いい大学を出れば職業も安泰。安定した職業を選ぶことで、人生は安寧を得られる。

 将来の為に、今、頑張る。それだけを胸に勉強を頑張ってきた。


 ただ、それでも中学校から青春を謳歌する同級生を羨ましく思う気持ちは心の片隅にくすぶっていた。でも、それは6年間だけのこと。これからの人生60年、70年という10倍以上長い時間において、私は彼女たちよりも、ずっと優れた人生を歩むことができるようになるのだから。


 そう信じて迎えた大学生活。

 そこには同じくらいに勉強に明け暮れたからこそ入れたであろう同級生の女が沢山いて初めて親近感を覚えた。大抵の女が、私のように勉強に打ち込んでいたことが伺い知れるような容姿。


 でも、そんな中に、まるで格の違いを見せつけるように服や化粧に気を配り、華々しく視線を集める女があった。



 私は負けることが嫌い。


 大嫌い。


 負ける時は死ぬ時。



 誰かに負けてしまうことなど、私の心が許さない。

 この心があったからこそ勉強を頑張れた。誰よりも頑張ることができた。

 でも、この時、女としての敗北感を僅かながら感じてしまった。


 一流大学という武器は強い。でも大学にさえ入ってしまえば学部の学力差は、中の生徒以外には気にすることなく、レベルの低い学部でも一流大学の名前だけで評価されている現実があった。

 そう『一流大学』は『一流大学の名前』さえ手に入れば、それだけで良かった。一流大学の名前があるだけで他と比較されても優れた人間であるいう証明になる。その証明を求める人間は、学部の差にまで興味はない。


 知識量と努力で私に劣る女が、さも女としては私に勝っていると主張しているように思えることなど、私にとって我慢できることでは無かった。


 入学し、入学後も想像していた以上に勉強が必要になることに驚きながらも、入学前よりは余裕を持てる勉強量であることから、私はその全てを胸のムカつき、心のイラつきを解消する為に、女磨きに当てた。『女子力アップ』なんて易い言葉と一括りにされたくはないし、そんな言葉には当てはまらない。私は女を磨いたのだから。


 私が努力をし始めると、これまで華々しい視線を独り占めにしていた女は私の存在が鼻についたのだろう。『あの人は流行を知らない』と暗に私の努力を馬鹿にしてきた。


 流行を追い求める方面で競うことは学部の差から必要になる勉強量が許してくれはしない。それにそもそも流行を追うなど、世間によって作られた土俵で競い合うということでしかない。そんなのは安い女のすること。どれだけ世間に踊らされているかを競うなんて馬鹿げている。


 私は暗に表現された事に対抗する為に『男受け』を研究し、そして磨いた。

 なぜなら突き詰めればファッションは、自分自身と異性の為にしか存在しない。


 流行を追うのは自己満足と承認欲求の満足の為、もう一つの役割は、自分をより魅力的に見せ、人を魅了する事。要は異性を落とす武器の役割。

 私は前者の役割を不要と切り捨てて、後者の育成に時間をつぎ込んだ。その方が実用的で愚かしくない選択だから。


 下品にはならず清楚に見え、優しく感じる振舞い。

 強さを隠し、庇護を促す弱々しさを纏い、自分よりも容姿の劣る女に優しくし引き立て役を作り上げ、服、化粧には最新の注意を払い、嫋やかな美しさを演出し続ける。

 すると、いつしか、かつて華々しく注目を集めていた女は、私の目の届かない場所へと移っていた。


 私はあの女との勝負に勝利した。


 私の目の届く所には、私が敵と思える女がいなくなり、技術が身に付きぽっかりと空いた時間で、私は、私の容姿と演出に寄ってくる男を転がす術を学ぶ。


 男はとても分かりやすかった。

 女程考える必要もなく、策を練る必要もなく、ただちょっと勘違いをさせてあげれば、なんでも言うことを聞いてくれる。

 ただの勘違いだけでいつだって味方になって使われてくれる。そんな可愛い存在だと学んだ。


 中には敵になりそうな男もいたけれど、女と比べれば簡単に潰すこともできた。

 女の敵は女だけれど、男の敵は男と女がいるのだから、少し考えれば不利なことも分かりそうなものなのに、どうにも男の人にはそれが理解できないらしい。


 私の学生生活は、ようやく順風満帆。

 様々なことを学び、いくつかの国家資格も取った。

 自分ひとりの力で生きていくことに、なんの問題もないステータスを手にした私は、より良い人生の為に、伴侶を探す目的で一流と呼ばれる法律事務所に入所した。

 日本屈指の法律事務所であれば好条件の男も多い。手管を学んだ私にかかればどうとでもできる。そう考えての就職。


 でも、実際は魔窟だった。


 女の敵は女。

 それを思い知った。


 私と同じような高ステータスの男を探す、自分に自信をもった女が溢れ、さらに男も求められることに慣れ、遊び方と躱し方に慣れている化け物。

 同僚となった女達の陰湿な水面下の攻防、仕事を邪魔し、横取りし、貶めるだけでなく、いかに美に優れているかを無言で競い合う戦いが日夜繰り広げられ、その戦いに疲れた隙を突いて、うまみだけ吸おうとする男。


 私は誰にも負ける気はない。

 常に勝者への道を作り続ける。

 そう考え、戦い続けていた。


 そして心はいつしか疲弊していた。


「で、ホームレスの支援団体に会社の金で寄付しようと思って。5,000万円くらい……すみません。1,000万円でも多いですよね……すみません。1,000万円くらい寄付する方法ないですか?」

「竹田さんに続いて、また唐突ですね社長……」


 そんな時彼を知る。

 様々な案件を扱う日本屈指の法律事務所に対する彼の依頼は、どこぞの町の弁護士であっても容易な内容で、あまりに異質過ぎ、また支払いも振込や小切手ではなく今時珍しい現金払いだった為、所内で少しの話題になっていた。 


 その彼を担当する弁護士のアシスタントをしていたことは、今考えると幸運だった。おかげで自分の目で彼という人間を確認することができたのだから。

 

 実際に目にしての印象は明らかに小市民の出で立ちと性質。だけれども金銭に関しては異常な可能性が感じられた。

 通常、それほどの金銭のポテンシャルを持っている場合、性質はそれに合わせて変化している。


 その時の彼は、例えるなら『サラリーマンが油田を引きあてた』そんな風に感じる印象。


 そして突如巡ってきた機会に、私は自分の印象を信じてのってみることにした。


「ちょっと経緯を伺いたいくらいです……社長は今どちらにいらっしゃいますか?」

「え? 今、中野だけど……」

「東京にいらっしゃるんですね。それでは……今の時間ですと社長、夕食のご予定はいかがですか?」


「え? たまにはラーメンでも食べようかなって思ってた感じです。はい。」

「中野ですか……では、私もご一緒させていただいて宜しいでしょうか?」

「えっ!? ラーメンだよ!? 川相さんってラーメンとか食べるのっ!?」

「話を聞くためですから……と言いつつも、実はあまりラーメンとか食べたことが無いので、ちょっと興味を惹かれたというのもあったりします。」

「あ~。」


「……ダメでしょうか?」

「いやいやっ! そ、そういうことなら喜んで! えっと、ここまでタクシーとかで来てくれれば、えっとアレ? ここどこだったけ!?」

「ふふっ、良かったです。断られたら、ちょっと落ち込んでたところでした。

 それでは、また中野に着いたらお電話しますね。」


 ゆっくりと間をおいて、静かに電話を切る。


「ふっ。」


 思わず失笑する。


 なによりも彼から童貞臭ちょろそうなオーラが思いきり漂っていたことが、とりあえずのターゲットにしていた今村さんを押しのけて、彼に賭けてみることにした大きな要因だったりもする。


 私は賭けた結果、完全な勝利を得たと確信している。

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