第十五話 強兵爆誕
温泉街でやろうとしていることの概要を電話で西さんに話、今村先生や川相さんと詰めてもらった結果、もうそこそこの金額が動き始める判断から、多少の損は無視することにして1億円の壁を越えない額まで増資することにした。
というかなった。なにせ俺は『こうしたら良い』と言われたら『うん! そうしよう!』と答えるだけの無能社長だ。彼らはかしこいし俺よりもずっと考えてくれているのだから、それでいい。なので株式会社YOSHINARIが有償株式を発行し、言われるままに俺が全てを買い、資本金額1億円の会社にパワーアップ。
今後、発生するだろう他社からの与信調査や、世間的な印象を考えてというのが増資の主な目的らしい。1円からでも株式会社が設立できるようになっているからこそ資本力を持っていることをアピールするのは、一定の価値が得られるとのこと。
まぁ小難しい事は分からんが。俺のやりたいことがやりやすくなるならそれでいい。
温泉街の居酒屋店主の竹田さんにも、俺の異世界風居酒屋や、グループ連携した異世界っぽい地域創出は勧誘した当日に酒を飲みながら説明済みだ。そして東京に行ってもらった。東京で今村先生に土地建物の売買についてや雇用の詳細を詰めてもらう手はずになっている。
ふっふっふ。
都会的に洗練されたダンディー西さんと都会的レディー川相さんに、日本屈指の法律事務所までエスコートされることになる地方の居酒屋店主竹田さん。
ふふっうっふふ。
俺の味わった緊張を全身で味わってくるが良い。
……まぁ、ちょっと可哀想な気もしないでもないけど、でも、とてもじゃないけど信頼を得られないような手法で引き込んだんだから『信じても大丈夫かもしれない』と思ってもらわないと、これから竹田さんは毎日不安に縛られることになるはずだ。なにせ突然やってきたワケの分からない男に全てを金で買われた状況だから、不明瞭な状態にも程がある。だからこそ、ちゃんとしている人たちが『大丈夫。ちゃんとしてますよ』という姿勢を見せるだけで多少なりとも安心できるはず。だから、ちょっと可哀想でも長期的に見ればプラスになって欲しいからこその東京送り出しの判断だ。
まぁ、間違いなく『なんか吉成さんはヤベェ』とも思うだろうけど。
――なんて思っていた時期が私にもありました。
「社長。言われていた通りWEBで公開されている作品を読み漁っておきました。」
「……あの、竹田さん。ちゃんと寝た?」
「仮眠は少し取りました。」
一泊二日で東京から戻ってきた竹田さん。とりあえず竹田さんの確保という功績に満足し、風呂しかすることも無い俺が到着予定時刻に駅に迎えに行くと、その目にはクマがはっきりと残り、寝不足が可視化されたようなオーラを纏っている姿があった。
俺はただ、東京に行くまでの移動の時間とかにWEBのファンタジー小説読んでみて、そういうのに出てくる酒場をコンセプトに居酒屋やるつもりだから。と軽く伝えておいただけなのに、明らかに徹夜明け。しかも出会い頭の言葉から、どうにも徹夜で読み続けていたっぽい。
「その仮眠の少しって何分? ……ちなみに、何を読んだの?」
「これは読んでおけ、というWEB上の情報を参考にして『転生したらゼリー』と『ブラック職転生無双』です。」
「うん! とてもじゃないけど1~2日で読み切れる量じゃないよねっ! 実は少しも寝てないよね!」
「読みました。面白かったです。今『剣好きだから下克上』が途中ですが、これも面白いです。」
「義務感でガッツリ読む必要ないから! 折角の楽しい作品なんだから楽しみながら読んで! ていうか寝てスッキリした頭で読んで!」
俺の言葉に首を横に振る竹田さん。
その顔はなぜかやる気漲る企業戦士のような雰囲気を漂わせていた。
「いえ、今更ながら社長のやろうとしていることが見えてきた気がしたんです。こっちに戻る前に西さんとも話をしたんですけれど、東京の方でも、居酒屋ができた時点でWEBを中心にした小規模プロモーションをかけてくれるそうで、そこで動向調査をして、他施設が整ったら、ガンガンプロモーションをかけて集客するって話をしていただけました。
それに俺が持ってる地元のツテを通して協力者を集ったりするのも一任することを社長が検討してくれてるって話も聞けて、なんか、色々想像してたら純粋にこの仕事を楽しそうって思ってる自分がいたんです。そして、このビッグプロジェクトに中核として参加できるって思うと、なんかもう寝てられなくて! 俺、社長に出会えてよかったです!」
「お、おん。」
なんだろう。
まるでマルチ商法に洗脳された人間のようなギラつきを感じる。ちょっと引くわ。何した西さん。
なんか俺のしょうもない思いつきで人間一人を大きく変えてしまったような気がして罪悪感が半端じゃない。というか、ちょっと怖いくらいだ。
「え、ええと。じゃあ、東京行く前に話してた『異世界ファンタジーの居酒屋』ってののイメージはできた?」
「もちろんですよ! 外装も内装も、食器もなにもかも凝って良いなんて想像しがいがありすぎてイメージが止まらないんです! ワイバーンの胸肉とかメニューに書く方法がないかとか悩んでも、西さんに相談すれば弁護士の先生がハッキリとした答えをくれるんですから、もう心配もないです! 最高です!」
「え、エールとかも飲めたりするの?」
「それっぽいクセのある無濾過エールを用意しますよ! ドイツのそれっぽいビールに心当たりありますし! でもクセが強すぎると飲み進まないでしょうから『東方の国の方に好評のエール』とかで日本のピルスナーも用意します! なんだかんだで日本人の口に合うのは日本のビールですからね! あと『ドワーフお気に入りの火酒』とかも出します! ドリンクは水を有料にするかが難点ですよね。演出として「なんだい? 酒場で水が欲しいのかい?」とか言いながら銅貨1枚とか取っても良い気もしますけど。こんな感じでもう飲み物ひとつとってもメニューは想像に溢れてます! あと、ウェイトレスとかも昼から夜にかけては給仕らしさとか可愛らしさを全面に出しつつ、夜の時間帯は娼婦っぽさを演出するとかもアリですよね! 中世の酒場の給仕ってそういうのもありましたし! もちろんやるとしても服装とかのイメージでの演出ですけどね! ただトイレだけは不便にすることできないし、どうしても現代感が出ちゃうんで、そこは魔法のうんちゃら感でごまかす方法がないか考えなきゃですよね!」
「……うん。」
俺はギラギラした目の竹田さんの両肩に、静かに手を置く。
すると竹田さんの言葉と勢いが止まった。
「竹田さん……俺は感動した。感動したよ。
もう竹田さんに任せていれば安心だ。竹田さんから買った建物は支店って扱いになるけれど是非とも、そこの支店長を任せたい! そこで異世界ファンタジー特区、作ってくれるか!」
「…………はいっ!」
感動したように震えながら返事をする竹田さん。
「よしっ! 有難う! だが身体は大事だ! もう一人だけの身体じゃあない。異世界ファンタジー特区を作るという目標の為にも、しっかり休憩は取るんだ! じゃないと良いアイデアは浮かばない! 良いアイデアは、良い生活をしていてこそ! これを忘れないでほしい。」
「はいっ!」
「よしっ、じゃあもう帰って! 寝て! 起きたら心の思うままに頑張ってくれ! 収益が上がるようになれば、固定給だけじゃなく歩合での見返りもある! 頑張り甲斐はあるぞ! もし困った事があってもバックアップはある! すぐに西さんに連絡すれば良い! 方針に困っても西さんに連絡だ! だから安心して寝ろ! 寝てから頑張れ!」
「はいっ! 帰って寝ますっ! 有難うございました!」
なぜか敬礼をして、走るように駅から出ていく竹田さん。
俺は胸を張って何度も首肯しながらその姿を見送る。
そして姿が見えなくなってから身を縮めた。
「こわぁ……もう東京かえろ。」
俺は、竹田さんという強兵の誕生に怯えるように帰投を決定したのだった。