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第十四話 異世界風居酒屋計画始動

本日2話目




 

「休みにする間の補填は100万円でいい?」


 目の前にポンと札束を置いた男。

 まさか本当に本当の本気なのか?


「あ。色々支払いとかもあったりするか……じゃあ200万円にしとこっか。そだ。株式会社YOSHINARIで領収書ちょうだい。吉成はアルファベット。『し』には『H』忘れないでね。」

「ちょ、ちょっと待ってください。お客さん!」


 いつの間にか二つに増えている札束と、勝手に進み続ける話を止める。

 ふらっとやってきた、お客さん。そのお客さんとの他愛もない雑談と思って適当に返していたが、現金が出てくるとなると話が違う。

 必死に話していた内容を思い返す――





「ねぇねぇ店長さん。」

「なんです?」

「俺に雇われてみる気ない?」

「雇うですか? あはは、いいですねぇ。雇われって憧れますよ。」

「おいおい、雇われ人も楽じゃねぇぞ? まぁ、俺たちぁ雇われっていうとグレーだけどな。ははっ、でも、それでもヒデェ時は2日も家に帰れないことがあるくらいだしよぉ。」


 時々顔を出してくれるタクシーの運転手がつっこみながら愚痴を入れてくる。

 もう遥か昔のことだろう記憶を、さも昨日のことのように告げるのは毎度のことだ。


「あの夜中から明け方まで客待ちしてたって話ですか?」

「あれ? オレ話したことあったっけか?」

「ええ、何度か。」


 いつ来るか分からないお客を、ただ待ち続けるよりも、今いるお客と話していた方が時間の流れが早い。

 どうせ今日も大して忙しくなる予定もないのだから、できるだけ長居してもらいたいものだ。


 暇つぶしがてらにお客の戯言ざれごとに付き合ってみることにして『雇われてみない?』と話してきた若い男に向き直る。


「で、お客さん。私なんかを雇ってどうしようって言うんです? しがない居酒屋の男ですよ?」


 暇つぶしならタクシーの運転手の相手でもいいが、どうせならついでにお金も落としていってもらいたい。

 タクシーの運転手は、お酒を飲まないし、あまりお金を落としてくれないから、優先するのはこちらのお客様だ。


「その居酒屋やってるってのが良くてね。それに若い人だから俺の話も聞いて考えてくれそうだしさ……ちょっと聞いてみたいんだけど雇われに憧れるってのは本当? なんで?」


「憧れるのは本当ですよ。私は自営業ですからね……雇われと自営業だったら、肩にのる責任の重さってヤツが違うように見えるんですよ。まぁ雇われも楽じゃないってのは、そこの方が教えてくれてますけどね。」

「あー、責任ね。自営業だと稼げりゃあ万々歳だけど、失敗した時の責任も全部自分にかかってくるもんね……まぁ、ぶっちゃけ金の負担がデカイわな。」

「仰るとおりで。居酒屋だと金もそりゃあかかりますからね。仕入れ先の支払いとか、借入の返済とか。」

「借入かー。居酒屋やる為に銀行とかから借りたのね。ん? ってことは、この建物って、もしかして店長さんの持ち物だったりするの?」

「えぇ。運よく買うことが出来まして……今となっちゃあ運が良かったのかも分かりませんけど。」


 俺は地元の生まれで調理師免許を取得後、ホテルの料理人として働いていたのだが、地元ホテルの料理人の給料は正直安かった。それに上の人間の面子は、まったく変わらないし新人が入ってくる予定もなかった。永遠に新人の立場としてこき使われる未来しか見えなかった俺は、その閉塞感を打開する策を探していたのだが、その時に知り合いから、この空き物件を紹介してもらった。

 地価よりも安く提供してくれるという声にチャンスが巡ってきたと感じ、挑戦してみたい気持ちから、ホテルを退職して銀行から3,000万円を借りて購入。内装も整えて、希望を胸に開業した。


 だが、3年目の今、とうとう返済の目途が立たなくなってきている。


 返済ができない。

 金が無い。


 銀行の返済額は最小限にしてもらっているし、店を開く必要最低限の仕入れにしている。

 でも毎月出ていく金は出ていく。

 税理士顧問料や各種保険。社会保険に国民年金。固定で出ていく物が、どんどんと少ない財を削ってゆく。給料を無しにしていても、それでも目減りしていくのだ。


 金が無い。

 金が無いんだ。

 そして明日の金に困っても誰も助けてくれはしない。


 こんな苦しさは雇われなんぞに理解できまい。

 この苦しさと縁がない雇われという立場は、今の俺からは喉から手が出るほどに欲しい物。誰かに使われている方が今よりもずっと精神的に楽だ。それだけは間違いないと確信できる。

 このお客も、できることなら俺を本当に雇って、この苦しみから解放してもらいたいもんだ。できるもんならな。


 まぁ……できはしないことは分かっているし、この選択をしたのは俺自身。

 自分の尻は自分で拭かにゃあならん。それがケジメってもんだ。


 今はこのお客の望む話をし、煽て、一円でも多く金を落としてもらう。それが最優先だ。

 

「おおっ、建物も持ってるとか、そりゃあ尚のこと都合良いわ! ねぇ給料いくらで雇われてくれる? 何なら建物も売るとしたいくら?」


 そんな話するかねぇ? ビール一杯で酔ってもいないだろうに。まぁ、他人のマウントを取って気持ちよくなりたい。そんな感じか。

 観光で知らない土地だから恥もかき捨てというのもあるんだろうな。お幸せなこって。


「そうですねぇ。お客さんは良い人そうですし、給料は20万でも良いですよ。建物は3,000万ってとこですかね?」


 建物は実際はもっと安く買った。実際に購入の査定が入れば、土地建物合わせて1,500万くらいがいい所だろう。

 だがリフォームの手を加え、俺の城になっている場所。借入金額と同等の価値がある。妄想だろうが安くは出せはしない。


「オッケー。じゃあ3,000万円で建物売って。んで、そのままそこで居酒屋やるから調理師兼責任者として雇うね。給料は固定で20万。あとは歩合にしとこっか。その方がやる気出るもんね。」

「ははっ、いいですねぇ。是非お願いしますよ。」


 差し出された手を掴んで握手する。

 まったく夢のある冗談だ。


「え~っと、じゃあ本格的に建物のリフォームとかするかなぁ? あ。多分この建物担保にして借りてるんでしょ? それなら俺の会社で買っちゃおう。その方がやりやすいだろうな。うん。リフォームする間は休みになるけど、収入が無いのは辛いだろうし休みにする間の補填は100万円でいい?――





 もしかして、本気だったの?




--*--*--




 ふっふっふっふ。ビビってるビビってる。

 そりゃあ誰だって酒の上での冗談だと思うわな。それが罠。ふっふっふ。


「あぁ、土地建物の売買にかかる税金とか司法書士とか気にしないでね。全部こっちで被る形で処理するし、えーっと、店長さん、名前は?」

「た、竹田です。」

「竹田さんに、まるっと現金で3,000万円いくような形になるように弁護士に言っておくから。もしかすると多少の前後はあるかもだけど、それはまた個人的に補填するってことで。」

「ちょ、ちょっと待ってください。」

「あ。もしかして気が変わった? もし何か気にかかることがあるなら、質問どうぞ。」


 目が泳ぎまくってる店長こと竹田さん。


 必死に言葉を探しているが何も思いつけないのだろう。

 人間、思いもよらぬことが起きるとこういう反応になるんだ。と勉強になる。


 俺は竹田さんの戸惑いっぷりを堪能しつつ、笑顔で待つ。


 すると竹田さんは目だけじゃなくて顔も体も何かを探すように泳ぎ始めた。

 どうにも焦り過ぎてパニックになっているようだ。


 とりあえずカウンターに俺が使っていたグラスを置き、ビールを注いでみる。


「まぁまぁ、とりあえず飲んで落ち着きねぇ」


 声をかけると竹田さんの動きは完全に停止した。

 だが、次の瞬間にいっきにグラスの底が天を向き、空になったグラスがターン! といい音を立ててカウンターに戻ってくる。


 盛大に息を吸い込み、そして盛大に息を吐く竹田さん。


「何がしたいんですっ! お客さんっ!」


 その顔色は興奮しているのか真っ赤だ。

 人間観察を楽しみながら、竹田さんの声を柳のように受け流して、改めて笑顔を作る。


「だから竹田さんから建物買って。そのまま竹田さんを雇って働かせたいんだってば。」


 


 株式会社YOSHINARIに従業員が一人増えた。

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