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第十三話 寂しい温泉街……ならば

「意外と温泉街って見る物ないもんだなぁ……まぁ温泉に入りに来るのが目的だから当然か。」


 タクシーを手配をお願いし観光案内してもらっているのだが、見所として自然が多かった。あとは人気絶頂期に調子に乗って建てただろう一世代昔の建築物。

 他に神社なんかもあったのでお参りし変美人に感謝を捧げておいたが、ひょっとすると神様違いで怒られるかもしれない。だが、感謝できる機会には感謝を捧げておこう。

 次に温泉街センターに案内されて、そこをぶらついてみたりしたが特に見るものもなく、どうにも手持無沙汰。


「なんか寂しいねぇ。」


 人通りもまばら。

 平日だから人は少ないのだろうが『温泉街』という仕組みとして成り立つのかが心配になるくらいの人の少なさだ。


「ここらの景気が良かったのは、もう、ひと昔もふた昔も前のことですよ。お客さん。」


 案内してくれているタクシーの運転手が、どこか諦めたように、少し悲しそうな顔でそう言った。

 このタクシーの運転手に幸せのお裾分けとして10万円を渡し『色々案内して』とお願いしたら、こうして一緒に車を降りて色々説明をしてくれているのだ。

 初老のおっちゃんだが地元の人の話が聞けるのは少し楽しい。


「俺の泊まった所は、そこそこ流行はやってそうな感じしたけれど、他はそうでもないんですねぇ……」

「あそこは元々高級志向だったからねぇ、そういう人たちにはウケてんだろうね。逆に大衆向けのホテルなんかは難しそうなのが多いねぇ。まぁ辛うじてチェーン展開のホテルグループさんが潰れたとこを改装したりして集客してくれて『なんとか持ってる』ってのが正直な感想だよ。ほら、若者の温泉離れってヤツさ。時代の流れを感じるねぇ。」


 『若者の~~離れ』って言葉はあまり好きじゃない。

 昔の人たちが流された情報に乗せられて消費させられていただけで、今の人たちは、きちんと精査して取捨選択しているだけのことだ。

 だから自分に必要ないと感じるモノには消費しない。だが決して消費しないわけじゃなく、好きな物にはきちんと金を使っている。


 『新しい車が出た』よし買い替えだ。となった時代は遠い過去。今は、自分のスタンスに合うかが最も重要であり、そのスタンスの在り方は燃費や維持費であったり、はたまたブランドであったりと色んな基準に分かれている。そして気になった車が、自分の基準を満たした上で『必要だ』と感じれば、普通に買う。これが今の時代の消費の在り方だと思う。

 脊髄反射のように『3年乗ったから買い替える』という情報の刷り込みに従う行為は、今の消費者から見れば、ただの愚か者にしか見えない。


 他にも『腕時計』『ブランド品』『海外旅行』など、バブル期の刷り込みは今もまるで呪いのように囁かれているが、今の時代、別に腕時計などしていなくても社会人生活は送れるし、ブランド品は好きなら使えばいいが、他人の名前をステータスにする事でしか自分を飾れないような自分に自信が無い人間と取る人もいる。海外旅行は日本すら碌に知らない状態で外に行ってどうするの? とか解釈の幅はとにかく広い。


 消費者の一人一人が自分で考え、単一の考えや行動を一様にしなくなったことで、情報を流す側が消費者の操作ができなくなり、その事を『若者の~~離れ』という言葉で操れるように引き戻そうと足掻いているだけ。

 そんな印象があるから『若者の~~離れ』という言葉は好かない。


 まぁ単純に昔と比べて使う金や、使える時間の無さというのも一因にあるのだけれどもね。

 嫌っていうくらいに使える金と時間を用意すれば誰でも浪費するよ。俺みたいに。


「ビルの見た目も大分古い……時代を感じるのが多いですもんねー。今の若い人は綺麗好きが多いですから、古臭いって印象だけで避けちゃうんでしょうね。」

「ははっ、そうだねぇ。ビルも街も随分と年くってるからねぇ。ってお客さんはまだまだ若いでしょうが。」

「温泉入ったから肌がピチピチですわ。」

「返しは古いねぇ。ははっ」


 運転手の愛想笑い。


 うーん……この温泉街は不況なんだろうな。

 不況ってことは不幸せってことだ。

 ここは一つ、なにかしら幸せのお裾分けをしたいもんだなぁ……


「あ~、つかぬ事を伺いますが運転手さんや。」

「ん? なんですかい? お客さん。」


 変な時代劇調の問いかけに、同じような時代劇調で返してくる運転手。意外とノリが良い。


「この辺でどこか経営が、そろそろマズイって感じのホテルとか旅館とか知ってたりします?」


 タクシーの運転手が変な顔を作った。

 俺もつられて変な顔になる。


「いやぁ、まぁ、そりゃあ客の入りだとかで予想はできるよ? 仲間の話も聞くしさ。でも、だいたいどこも経営がうまくいってないってのが現状じゃねぇかなぁ? 従業員の数が減ったとか、お客さんが飯がまずくなったとか言ってたとか聞くしさ。」

「ほうほう……じゃあ、結構どこもジリ貧を感じてるけど、もう自分の力で動けないって感じなのかな。」

「まぁ、病気療養を目的にしている温泉宿はいつだって人だらけだけどね。」

「あ~……なるほど。温泉といえば、そういう利用もあるのか。」

「あぁ、癌とかなんだろうなって思うお客さんを運ぶことがあるよ。」

「そっか。でもそういうイメージが定着しちゃうと、猶更若い人は来なさそうな気がしちゃうね。」

「だな。」


 なんとなくの予想通りの現状に、思わず数回首肯する。


「打開策探してたりもするんだろうな……機会とかチャンスがあれば飛びついてくれる所も多そうだ。」

「なんだいお客さん? そっち系の人なのかい?」

「え? そっち系ってどっち系?」


 運転手の少し訝し気な視線に素直な疑問を返す。


「いや、まぁオレの気にする事でも無いか。忘れてくださいな。」


 少し慌てたように着ているベストを整え、誤魔化すようにそう言った運転手。

 俺は疑問を感じながらも、つっこみにくくなった雰囲気を察し、意識を思考に戻して集中する。


 幸せのお裾分けの方法。それを考えよう。

 んで、お裾分けついでに、俺のアイデアの実験をするってのも面白そうだ。


 温泉街ではやらなそうな事、できなさそうな事を、俺の資金力でやらせて話題を発生させる。その話題性で集客を上げる。

 結局人が来ないことが一番の問題。人が来れば少なかろうが必ず金は落ちる。沢山人がやってくれば、街も潤う。

 それに、なにか一つでも成功事例を作りだせば不況感に喘ぎ、打開策を模索している温泉街なら、その成功例に従うように同じ方向を向いて動く可能性もあるしな。


 俺は、なんとなくのイメージを固め出す。

 

 とにかく若い人に温泉とかに興味を持ってもらわなくてならない。それもお金を自由に使える社会人層の若い人だ。ここがメインターゲットとなる。

 俺自身がそこに該当すると思うから、俺が行きたいと思うところを作れば、それなりに行きたいと思う人は増えるはず。であれば、簡単に思いつく。


 今、小説、漫画、アニメで異世界物が流行ってるが、俺も好きだ。だが、そういうジャンルに体感できるようなエンターテイメントは、ほとんど無い状態。

 今の若者は『個人の楽しい』に貪欲だ。追っかけであったり、イベント、ガチャのコンプリートであったり、楽しいを味わう為に努力は厭わないし消費もする。そしてそれらの欲求の他に、承認欲求も多分にあるし刺激するツールも多い。だから誰かに話す事の出来るような話題性というのも重要なポイントになるはず。


 俺はこの温泉街に来た時、なにかしらの特別感を求めていた。そしてそれが無かったから寂しいとも感じた。

 ならば、その『特別感』『ここでしか味わえない感』を作るしかあるまいて。


 やりたいと思ったことは我慢しない。

 それが俺の今の生き方。そう生きると決めた。ならばやるしかない。


 俺は、この温泉街に『異世界ファンタジー』を楽しめる場所を作ろう。

 歴史のある温泉街の一角に非日常を味わえる装置を。


 よし。手始めは『異世界風居酒屋』だな。


 店に入ると、メニューは全て銀貨、銅貨設定。金貨、銀貨、銅貨とかの貨幣しか使えないから、入り口に異世界通貨交換機けんばいきを設置すれば良い。

 料理人や店員は中世風の衣装にして、ジョッキは全て木製。金貨で支払った人にはガラス製ジョッキが出てくるとかも面白い。完全に中世に習ってパンを敷物にするとかは無しだな。あくまで中世風。メニューも意味不明な文字列の上にフリガナで(豚肉のステーキ)とか書く感じにしたら、メニューとかを見ているだけでも楽しいな。

 中世ファンタジーがイメージだから、店員の服には多少お色気要素もいるだろう。ドイツの民族衣装みたいに谷間ボーンが必要だな。うん。ファンタジーとお色気は切っても離せない関係だから仕方ない。

 不況にあえぐ温泉街だからピンクコンパニオンとかの職につくか悩んでる人もいるだろうし、募集をかければ、それくらいなら気にしないって人も出てくるだろう。つーか時給2500円くらいにしたら、谷間が見えるくらいの衣装なら着るって人、普通にいそうだ。

 うん。いや、これはプロモーション時に顔出しOK且つ愛嬌の良い子を選んで『店員を見に来る』という層も作るべきだろう。その方が集客の加速度が違いそうだ。


 異世界風居酒屋を堪能した後は、異世界風温泉とか異世界風遊技場とか異世界風サキュバスのお店とかも用意しておいて、そこでも、異世界通貨交換機けんばいきで買った貨幣を使えるようにグループ化する。


 おぉ、考えてるだけでも楽しくなってきた!


 細々したプロモーションとかは西さんとか川相さんに、ぶん投げればいいんだ。

 そうしたら、まず俺がやることは、実際に働いてくれる人や、場所を持っている人を捕まえることだな。

 よし、やるか。


「運転手さん。近くで店主とかオーナーが若い人がやってる居酒屋とか知らない? できれば儲かってなさそうな店が良いんだけど。」

「居酒屋……かい? 若い人がやってて流行ってない……うーん。あっ。あるな。」

「おっ、じゃあ、そこ連れてってもらえます? ちなみに運転手さんは行ったことあるの?」

「あぁ、お客さんを送った時とかに見かけて、飯も食えるから、時々な。」


 ドライバーの運転手さんに連れられ、木造の一軒家を改築したような居酒屋に辿りつく。外観からして観光客は、とりあえずスルーしてしまいそうな作りに見える。

 運転手さんも折角なので飯をおごると伝え同席してもらう。


「いらっしゃーせー」


 少しの嬉しそうな声。

 店内を見れば、なるほど。これは常連さんたちがだらだらしそうな、なんとなく家庭的な香りが漂っている居酒屋だ。悪く言えば古臭いし慣れた人向けだ。

 一見さんだと、入ってすぐ回れ右して出て行ってしまっても仕方ないような感じもする寂れ具合。

 店的には常連だけじゃなくて観光客も入れたいって感じに30人くらいのキャパシティを作っただろうけれど、その空間が逆に寂しさを彩っている。これは俺の望む寂れ具合だ。この運転手さん。なかなかの目を持っているなぁ。


「おう。」


 タクシーの運転手が片手をあげ声に応える。


「あれ? 人連れって珍しいね。上がり?」

「や、違うよ。今も、こちらのお客さんの観光案内の真っ最中だよ。」

「観光案内でウチにくるってのも、なんか少し変な気がするけど、来てくれるのはありがたいですね。いらっしゃいませ。」


 カウンターにつきながら店主の出してくれたおしぼりを受け取る。


「とりあえずビールください。あと何か軽いお肉食べれます?」

「ビールは瓶ビールでいいですか? お肉は、軽い……となると、焼き鳥とかですかね?」

「じゃあ焼き鳥を塩薄めで、ビールは瓶でお願いします。運転手さんは?」

「オレ、生姜焼き。」

「はい」


 返事をして、キビキビと動き出す店主。程なく俺にはお通しとビール、コップが出された。運転手はメシと判断したのだろう。水だけ。俺のみ居酒屋対応のようだ。

 運転手さんが瓶ビールをついでくれたので、軽く礼をしながら酌を受け、ちびりと口をビールで潤す。ビールの苦味が口と胃に目覚めろと刺激を与えてくれる。

 割り箸を割り、とりあえず出されたお通しのわけぎとイカのぬたをつまみながら店主を観察する。


 年のころは30の半ばくらいだろう。接客は悪くない。顔つきを見るに優しそうな人に見える。若干のヤサグレ感が見えないでもないけど客の入りが悪いことで本来よりも愛想が減っている可能性もある。収入が貧しくなると笑顔も貧しくなるからな。


 メニューをじっくりと眺めてみるが、ワードで手作りしたようなデザインで既製品のカバーに差し込んだ簡素な物。油でベタベタするということはないが、いつ作ったのだろうという侘しさが隠せない。

 メニューの内容も刺身、揚げ物や単品メニューが多く、特色は薄い。お値段も普通の居酒屋。酒の種類もビール、ワイン、芋焼酎に麦焼酎、日本酒が3種類程度と、お店同様に寂しい。それに後から付け足したように差し込まれた定食の項目が、本来居酒屋だけでやっていくつもりだったのが止むに止まれず手を出した感がある。


 正直な感想として、この店に入るならチェーン店に入った方が良い。そう感じるラインアップだ。

 つまり、このまま続けても、その内、店を畳むだろう気配がしている。


 再度店長に目を戻す。カウンターの中の焼き場のお客から見える部分は、それなりに手入れはしてあるように見えるし綺麗に保たれている。真面目な性質の人なのだろう。

 焼き鳥だけの注文でも不満を見せず、きちんと焼いているし、生姜焼きも同時進行していて手際は良い。


「ふむ……」


 もう一度、お通しに箸を伸ばす。


 『うん。やっぱり普通』


 味も普通。ぬたもぬた。イカもイカ。酢味噌も酢味噌。

 最近、舌の肥え始めた俺には普通の味は安心感を覚えないでもないが、特別感は無い。

 だが不味くないし、安心感というのも良い味だ。


 ビールを流し込み、ホップの苦味が舌をスッキリさせる。


「ぷはー! ……店主さんは、一人でお店やってるんですか?」

「えぇ。前は他にも一人いたんですけど、今は一人でも十分なもんで。」

「あの子は、いい子だったよなぁ。」

「いい子でも、置いておくだけで金かかりますからね。」


 意外と初っ端から赤裸々に語るな。

 インディアン嘘つけないに通じるくらいのインディアンレベル。『儲かってないんです!』って言われて、客がじゃあ次も……ってなるわけないだろうに。


 俺は店主を眺めて気づく。


 あぁ、なるほどね。

 この人は、もう諦めてるんだ。

 なんとも、やりやすい。


「はい、こちら焼き鳥、こちら生姜焼き定食です。」

「どうも。」

「あいよ。」


 焼き鳥をかじる。

 しっかりとリクエスト通りの焼き鳥。

 焼き鳥は本当にビールと合う。


「ねぇねぇ店長さん。」

「なんです?」

「俺に雇われてみる気ない?」

 

 面倒を省いて直球を投げることにした。

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