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第十二話 味方多ければ易し


「各業者の過去と直近の建設事例に、実際にそこに行ってみての印象とかの評価。それを見てマイナス評価のところを除外して、上位三社にデザインコンペ開催させるって感じかな? あと賄賂とか、それに該当しそうな接待してくるところは、その空気を出した時点で除外する方向で。」

「かしこまりました吉成よしなり様。尽力してまいります。」

「じゃ、そんな感じでよろしくー。」


 俺の電話の相手をしていたのは、西さんという40歳近い男の人。彼は俺の代行してくれる秘書のような存在だ。

 秘書といえば美人な女性。甘美な昼下がりなんてイメージを持っていた俺が、なぜわざわざ男の人を秘書にしたのかといえば当然ながら理由がある。

 それに彼は秘書のような存在であって秘書ではない。彼の仕事は『俺の代行』これが彼の仕事の本質だ。


 なぜこうなったかは、今村先生に秘書みたいなアシスタントが何人もついていて、その中の一人、川相かわい仁美さとみさんという黒髪ストレート清楚そうな美人が俺の担当としてつくことになったんだが、彼女の動きを見ていて俺もアシスタントがいれば便利だと気がついた。


 なにせ今村先生は、調べ事とかあったら、とりあえず彼女達に任せて情報を集め、彼女達から上がった情報の中から取捨選択していたようにみえた。そのやり方がとても楽そうに見えたのだ。

 だから俺もアシスタントという存在が欲しくなり今村先生に誰かアシスタントを紹介してもらえないか相談してみた。

 内容が内容だけにアシスタントを同席させて相談を続けることになったのだが、月給50万出すと言ったら、同席していた今村先生のアシスタントが、そのまま移籍してくることになった。俺は別に引き抜くつもりはなかったし、日本屈指の法律事務所のアシスタントという、一種の『一流勤め』というステータスを捨てるとも思ってなかったのだが……まぁ、せんせも苦笑いはしてたけど、怒ってはなかったから問題ないだろう。


 で、その美人で可愛い川相さんに、してほしいこととか相談してたら『それはちょっと……』的な顔をするのが垣間見えた。

 美人の顔を曇らせるのは俺の本意じゃないから、その原因を聞いてみると、どうにも俺の依頼内容は責任が重すぎ『アシスタント』の域を超えていると感じる物が多かったらしい。

 その言葉に俺も『まぁ確かに』と思ったから、川相さんの上の立場となる『責任者』を用意することにした。それが西さんだ。月給100万円で彼女に相談したら、どこからともなく連れてきたよ。金の力、ここに極まれる。


 西さんの履歴書から察するに、おそらく前職で知り合った人間なのだろうが、経歴に問題はなし。というか、俺の代行と言うには俺よりも学歴や職歴が高すぎて、人間としてもレベルが高すぎる人間だとも思えるのだが、まぁ、それくらいの人間の方が、これからやっていく上で周りのハッタリにもなるだろうと判断して雇ったのだ。


 もちろん彼らを雇う上で、法人設立が必要になったので『株式会社YOSHINARI』も作った。俺の為の会社だから、会社の名前は俺の名字。


 川相さんが「吉成の川相です」と他人に言うのだから、正直『私は吉成のものです』と言っているような感じがして、むず痒いながらも、なんか気持ちよくなったよ。うふふ。

 まぁ、西さんが同じように「株式会社YOSHINARIの西です」って言った時に冷めたけどね。うん。


 と、まぁ、こんな感じで、俺は既に2人の人間を雇うことになったのだが、誰かに相談すると事は動き出しやすく、そして容易に運ぶのだと実感した。そして任せるところを任せると楽。もちろんその為には前提として『金がある』ということが条件になるがな。


 そして俺のやろうとしていたことを西さんに任せた俺はといえば……


「さてさて、続きをいただきますかねぇ。」


 東北の温泉地。温泉備え付けの一棟貸し切りタイプのラグジュアリー旅館で、料理を前にまったりしていた。


 銀行の貸し金庫に通帳と印鑑は預けたし、クレジットカードの上限の高いカードへの変更も終わった。心配事のなくなった俺は、ラグジュアリーホテルの雰囲気と洋食、そしてなにより都会の喧騒に飽きてしまい、食事と雰囲気に和を求めて、気の向くままのリラックスの旅に出ているのだ。


 今、俺の目の前には、向付むこうづけ、侘び寂びを感じさせる刺身が鎮座している。


 西さんは食事などと思われる時間には緊急の用でなければ掛けてこないだけの気遣いをしてくれる人だが、今回は思いつくままに移動した為、旅館に入る時間が中途半端になったので運悪く西さんの電話のタイミングが食事と重なってしまっていたのだ。


 スマホを横の座布団に置き、中断していた食事を再開する。


 サメ革でおろしただろうチューブではないキメ細やかな本山葵をヒラマサの刺し身の上に少し置き、白と赤のコントラストの美しい刺身を、黒一色ではない、どこか透明感を感じさせる醤油につけてから口へと運ぶ。


 舌に触れると醤油でありがながら塩っけを感じさせないまろやかな風味が広がってゆく。

 その風味の後を追うように、生魚でありながら臭みのかけらも感じさせない優しい香りがやってきた。魚の油が舌で溶けたのだろう。これぞ刺身ならではの優しい風味。


 一噛みすれば、コリっとまでは行かないながらもシャッキリとした歯ごたえを感じさせる身の弾力。魚を捌き慣れた、包丁の腕が確かな人間でなければ出せない歯ごたえだ。

 切り口の断面が断面と感じさせない程に活きているからこその弾力。少しのヘタりも無いのだ。ただ切るだけでは刺身にはならない。刺身は料理なのだと感じさせてくれる。そんな歯ごたえだった。


 甘美さを感じさせる歯ごたえの中、やがて本山葵の風味が混じり始める。チューブの『ワサビ』という山葵ではない本物の山葵は、おろされて間もないのだろう山葵本来の風味を一気に口内へと広げ、そして独特の刺激が舌に覆われた魚の脂を押し退けるようにクリアにして、味わいを新たにしてくれる。


 なるほど。山葵と刺身は最高のマリアージュだ。


 山葵の風味は消えるように姿を薄め、また刺身の風味が顔を見せ始める。

 俺はその顔を見て、冷酒グラスに手を伸ばし、日本酒を少し口へと流す。


 キリっと冷えた辛口の冷酒。

 『ドライ』という言葉を感じさせてくれるように舌の上の風味を全て吹き飛ばしてゆく。そして吹き飛ばした後に良質の米と清々しい水で作られたことを感じさせる香りが残り、それがとても心地よい。


「ふぅ〜……やっぱり刺身は最高だな。日本人で良かった」

 

 久しぶりの和食に思わずニッコリ。

 また刺身に手を伸ばす。終わらない刺身と日本酒の戦いが始まったのだ。幸せの戦いだ。


 食事の後は露天風呂がが待っている。

 風呂三昧に飽きたら庭園散歩したり、少し寂れた雰囲気の温泉街までタクシーで行ってみたりする予定。


 いやぁ、都会から離れるってのもオツなものだわ。うん。


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