第十一話 計画再始動
1日1,000万円! 10日で1億円! 100日で10億円!
これだけの金を使えれば、なんでもできるって証明してやろうじゃないの! やってやろうじゃない! 心配事なんか全部放り投げてなぁ!
半ばヤケクソ気味な気持ちになった俺は、税金を気にし始める前の目標を改めて心に思い起こす。
まずは『健康第一』に『幸せに暮らす』そして気が向いたら『幸せをお裾分け』する。
俺は1日1,000万円をフルに使って当面はこの目標を叶える! これが俺のすべきことだ。
俺が金の力で本当に幸せを感じられれば、あの変美人の綺麗事の否定にもつながるだろう。
会社を辞めて贅沢をできる暮らしをちょっとしただけで、前よりもずっと幸せを感じているんだから、随分と簡単なことだ。
これからは、やりたいと思ったことは迷わずやる。『金さえあれば、なんでもできる』とも宣言したからな。飯の時に感じた寂しさもなんとかしたいと感じたのも、ちゃちゃっと解消しよう。金の力で。
よし。やる気が出てきた。やってやるぞ。
「まずは手始めに豪華な新居の建設だな。」
お手洗いを出て会議室に向かいながら、現状でできることを整理する。
現時点で法律事務所にいるから、まずは法律面のバックアップを得る為に今村先生と顧問契約を結んでおくのもいいだろう。法人設立の登記とか、その他、面倒そうな物をまるっと投げられる。
もちろん登記なんて司法書士で十分やってもらえることは分かっているし、個人でだってできることは知っている。だが、個人でやるには時間がかかるし、信頼できる司法書士を探すのも時間がかかるのだ。
今村先生は普通に考えれば値段だけがネック。逆にいえば、デメリットがお金だけしかないと言える。
それに対するメリットは多い。事務所の体制ひとつ考えても、今村先生の横には、その他大勢の弁護士が名を連ねている状態。流石、日本屈指の法律事務所。つまり、今村先生を通して、その他の弁護士たちも力を貸してくれるということ。大勢の様々な経験を積んだ法の専門家のバックアップ。これほど心強いことはない。もちろん金が必要になるが俺にはなんの問題もないことだ。
それに、今後、大金が絡む案件も出てくることになるはずだ。契約書も作る必要が出てくるだろう。なにせ頭に描いただけで12億円規模を支払っての建設を考えている。そんな契約となればリーガルチェックなんかも必要になる。やはり、専門家の目は結局どこかで必要になるのだ。遅いか早いかなら早いに越したことは無い。
それに当然契約をするということは『相手がいる』わけで、その相手に対してい、いちいち俺個人の収入の凄さなどを説明することはできないし、するつもりもない。だから相手にしてみれば俺など、あくまで一個人でしか無いという認識になる。ただの普通の人に見えることだろう。ちょっと前まで一般人だったから自信がある。
だが今村先生と契約しておけば、別途、金は必要になるが、俺を一個人と侮るような相手と契約を結ぶ時に、この可児名楼法律事務所を利用することができるのだ。
俺を侮る契約相手が出てきたら、そいつをここに呼び出す。俺が初めて来た時にビビリまくったように相当な心理的なダメージを負うはず。
相手からすれば、いざという時には、この日本屈指の法律事務所が敵になると意識せざるを得ないのだから、恐れ慄くことは確実。『この紋所が目に入らぬかー!』をリアルにやれるわけだ。
『敵はザコだと思っていたらラスボスだった』という展開を演出できるのだ。
もちろん単に今村先生の威を借りているだけでしかないが、この威を借りられるというのは、とても大きい。なにも無いと比べれば正しく月とすっぽん。頼りになる。
というか、俺は無知だから、無知な個人が大金をチラつかせていれば必ずカモにしてやろうと考える人間は現れる。必ず現れる。これは決定事項だ。絶対出てくる。
世の中、綺麗事、性善説ではバカを見るだけ。性悪説に立って考えることがリスクを減らしてくれるのだ。頭ハッピーセットはハッピーなまま毟られる。備えはいつでも必要だ。
だからこそ、ここでしっかりと対応できる人間を用意しておけば、いざ俺から毟り取ろうとする人間が現れた時にも『あとは別の者が対応します。よろしく今村先生』と流して任せることができる。
…………
……なんかスゴイ楽しそうじゃないか!
むしろ、ふらっと飲みに入ってボッタクリとかにあいたくなるわ。被害にあって「助けて今村先生!」ってな。なんという安心感!
俺は会議室に戻り満面の笑顔を作る。
「今村せんせ! 顧問になって!」
「は?」
--*--*--
「なるほど」
事務所を後にしてホテルに向かうタクシーの中、俺は『金で人を使う』という意味を少しだけ理解できたような感触を得ていた。
金の使い方を学んだのだ。
とりあえず今村先生に顧問契約をお願いし、顧問としての相談内容の質問があったので、これから俺が幸せに暮らす為の法人を作ったり建物建てたりする話なんかを思いつくままに伝えてみた。予算含めて。
そうしたら、なんか面白そうな顔をしながら、月額は5万円で顧問やってくれることになった。もちろん案件ごとに別途費用は必要になるし、これから作る法人との契約を前提にしたみたいなイメージらしいけど、法人までのバックアップもしてくれると乗り気。
とりあえず、顧問今村先生誕生記念にまた100万円デポジットを預けながら、デザイナーとか、建設会社とか、場所とか諸々全然決まってないって話を続けてみたら、なんと知り合いで良ければ紹介してくれるってなった。
なんか一流の弁護士事務所に務める弁護士の知り合いなんて、一流しかいない気がするね。とりあえず、その知り合い方でチーム組めたら組んでもらうようにお願いしたよ。
そしたら、楽しそう満面の笑みを浮かべながら了承した上に、今日は無料で大丈夫ですので、またいつでも起こしくださいって、にこやかに見送ってくれたよ。
流石の俺も今村先生の対応が柔らかくなったこととか、雰囲気の変化で気がついた。
『これが金の使い方か』と。
人は金で動くし、金に集まるのだ。
今村先生は、俺の話した内容の規模から、俺から香る金の匂いが想像していたよりも、ずっと大きいことを確信して、これまでの対等のような雰囲気から、こちらを立てるような雰囲気に変化した。要は金払いがいい客を逃したくなかったのだ。
弁護士っていっても商売だ。 ビジネスでやっている以上、その目的は結局、金儲けに収束する。
『正義のために』という綺麗事がドラマなんかのせいで浸透しているが、そんなものは弁護士の本質ではないのだ。
『弁護士』は『職業』。
職業は『生業』とも言うが、それは『生計を立てるためにやること』
つまるところ、金儲けの為の手段でしかないということ。
もちろん職業と理解した上での理想はあるだろう。その理想は『正義のために』などの美しいものかもしれない。
だが、その理想を第一に掲げ、その為に動ける弁護士など、どれほどいるだろうか? きっとほんの一握りだ。
弁護士といっても人間。
人間である以上、生きるためには食わねばならない。そして食う為には金がいる。
弁護士を頼る相談の中には理不尽なものもあるだろう。
だが、その理不尽な案件であっても、自分の食い扶持のためには失敗できない。
金を稼ぐ手段が限られている状態であれば例え嫌いなことでもやらなきゃいけないし、したくもない弁護でも、仕事として、しっかり遂行しなければならないのだ。
国家資格を得て弁護士となっても、いきなり独立する人は少ないだろうし、大抵の場合、既存の法律事務所に入所して学ぶのだろう。その法律事務所では、他の弁護士がやりたがらない仕事が『経験のために』という名目で割り当てられるだろうことも想像に易い。
どんな仕事でも楽に稼げる仕事は無いということだ。
俺の依頼の仕事以外な。
多分、俺の仕事は精神面でも知識面でも楽な仕事だろう。そして金払いもいい。
ローリスクハイリターンの依頼者など、そりゃあ多少の媚売っても逃しませんよね。
よくわかりました。
俺は今日、金を撒き餌に、人を惹きつける方法をあることを実践を通して知りましたわ。
人生って勉強の連続ねっ!